今週の刃牙道/第96話 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第96話/逸材






噛みつきを必殺技とするジャックだが、それは界隈では有名すぎるはなしだった。本部は当然噛みつき対策に丈夫な上着を装着していた。もしジャックが、最大トーナメントに出場したときの知名度だったら、たぶんこの用意はしていなかったんではないかとおもう。しかしジャックがそこまで無名だったら、光成と知り合いでもないわけだし、武蔵に挑戦することも、外出中を襲うとかでないかぎりできないことになる。そして、そんな武蔵にチャレンジするものたちを本部は邪魔する。光成が介入するかぎり、本部の相手は必ず知り合いなのである。そう考えると、その意味でも本部はけっこう有利だ。誰もが勘違いしていたように、本部の本領は武器ありの真剣勝負にあるのであって、なにが飛び出してくるかは彼らにはわからない。しかし本部のほうは彼らの手の内を知り尽くしているのだから。まあ、それもこみで真剣勝負でしょっていったらそうだけど。


噛みついた服を思い切り引っこ抜かれてジャックの歯が全部ぬける。そこでジャックは、考えただけでもおそろしい、がむしゃらのラッシュで本部に襲い掛かる。片足が利かないわけだし、くるくると軸を回転させるようなラッシュはできそうもないが、ジャックくらいになるとそんなことはほとんど関係ない。まだ動く片足で立って固く握った拳をぶんぶん振ってるだけで脅威だし、一般人がひとつでもあたまにもらえば致命傷だろう。

いままでの常識で考えたら、いくら的確にガードしても、花山とたたかったときの克巳みたいに、数発もらったところで本部はじぶんの腕ごとパンチをもらってしまいそうである。が、そうはならない。なんらかのテクニックを駆使しているとしか考えられない。たぶん、感覚としては、比較的力持ちの成人男性ふたりが、金属バットをもって前に並び、交互に思い切りぶっ叩いている感じだとおもうのだ。それを、体力自慢系のキャラではない本部が耐えるには、やはり合気とかなにかこう、古流武術的な、理屈のいまいちわからない技術がつかわれているとしか考えられないのである。それとも、これはじぶんの領域であるという自負が、これまでなかった精神力を本部にもたらしているのだろうか。

まあ、事実として耐えているのだから、このことはこれ以上いってもしょうがない。しかし、そんなことを続けていては身がもたない。本部は力比べでの不利を思い知り、煙幕玉を地面に落として脱出を図る。バキはこれで背後をとられ、勇次郎は逃げられた。これまで、範馬にはこの方法が2回成功しているのである。

しかしジャックには通用しなかった。これは、勇次郎の血が薄い発言も含めて、器用なことのできないジャックのオリジナルなぶぶんかもしれない。煙が晴れる前から、観衆はそのことに気づいている。ジャックは、爆発など関係なしに殴り続けているのだ。しかしこれは、それもそうだろうという気もする。本部は樹木を背中にして動けないし、ジャックはほんとうにただ手をぶんぶん振っているだけだ。煙幕がたんに視力を奪うことのみを目的としているなら、仮に成功しても、ラッシュにはなんの障りもないのである。

本部は、計算が狂って戸惑っている。とまるだろ普通、と。たしかに、理屈では手を振り続けていればラッシュは続行できるわけだが、あんな間近で爆発が起きたら、視力云々いう以前にびっくりしてなにが起きたのか確認しようとするだろう。しかしジャックは、とまらないどころか、速度を上げていく。拳で若干持ち上がった本部を拾うように次の打撃が襲い掛かる、そういうことを加速度的に行うので、やがて本部の体が持ち上がってしまう。いよいよ本部の耐久力が信じられない。

ほとんどジャックの顔面くらいまでからだが持ち上がってしまったところで、逆にそれを利用するように、本部は樹木を支えにして蹴りを放つ。見た目ただの革靴っぽいが、なにか仕込んでいるのだろうか、一撃でジャックを遠くに引き剥がすことに成功した。


そこで目が覚めたように、ジャックがはじめてまだ周辺を漂う煙の匂いに気がつき、火薬を隠し持っているなどと本部にいう。観衆もぽかんとしている。要は、ジャックは攻撃に夢中で、煙幕玉が破裂して爆発が起きたことさえ気づいていなかったのだ。


これには本部も驚いて讃える。性根からのファイターはここまですさまじいのかと。そしてじぶんの甘さを嘆く。ジャックがいくら強くても、じぶんは武器をもっており、相手は素手である。やりすぎてはいけないと、見積もりを甘くしてしまったのだ。ここでは火薬の量のことをいっているようだが、量が多いとどうなっていたんだろう。煙がいっぱい出てもしかたないから、それでダメージを与えるようなつもりだったんだろうか。


いったいどこから出しているのか、どこにそんなにしまってあるのか見当もつかないが、本部のからだのどこかから手裏剣が7つも発射される。ジャックはとっさに腕でガードするが、腹や前腕にはふかぶかとそれらが刺さってしまった。次に先に分銅のついた鎖を取り出し、たくみに操って負傷したジャックの左足に撒きつけて転倒させる。ここからが本部の全開のようである。




つづく。




分銅は即座に回収されているので、とりあえずは転倒させることが目的だったらしい。片足があれでは、しっかり立ち上がるのに少し時間がかかる。本部は立ち上がれない程度の間隔で、遠くから攻め続けていればよいという状況になりそうである。

それにしても、ジャックがぼこぼこすぎてひどく痛々しい。そこがジャックのいいところ、範馬でありながら煙玉に屈しなかったポイントかもしれないが、いつも真正面からろくにガードもせず突撃していくので、勝っても負けてもケガがすごいのである。


本部はジャックの実力というか、ファイターとしての気迫を見誤ったようである。ごく単純化していえば、武蔵のことは君たちよりもじぶんのほうがよく知っている、君たちのこともじぶんはよく知っている、したがってじぶんに勝てないようではとうてい武蔵には勝てない、という理屈で邪魔をする本部にそうおもわせたことはかなりの出来事のはずだ。本部が「これくらい」だとおもっていた馬力を実物のジャックははるかに上回り、煙玉を無効にしたのである。

けれども、本部は即座にこのミスを認め、火薬を増やせばよかったと述べる。これもまた象徴的な発言であり、要するに、本部はジャックについて「量」を見誤ったのである。「形」を見誤ったのではない。このことについては、ジャックの骨延長の効果もあったのではないかとおもう。ジャックは、創意工夫で技を豊かにしたり、バキのように未知を埋めていったりという方法ではなく、手持ちのものを方法を問わず強化するという方向性で強くなっていった。噛みつきでいえば、噛みつくにあたって注意しなければならない衣類の素材を研究して洗練させる、というような方向性ではなく、どんな衣類でも裂けるような顎のちからと歯があればよいと考えるタイプなのである。以前の勇次郎の注意がまったく少しも生きていない様子からしてもそうだとおもわれる。ジャックが衣類にかんしての忠告をじっさいに容れたとしても、彼のばあいは衣類の研究ではなく、より強い顎をつくるという方向に考えが向かうのだ。骨延長も同様の思考法がもたらしたものだろう。身長が伸びれば射程も伸びる。体重も増える。打撃の威力が増す。そのように、ひたすら「増量」することが、たしかにジャックのやりかたではあったのであり、それであるから、本部も火薬の「量」を見誤ったのである。そう考えれば、本部がいうように背をのばしたことはまったくの無意味ではなかったとおもわれる。じっさい、ジャックが仮にあのラッシュをしっかりしたコントロールのもとに行っていれば、つまり、爆発には気づいたけどラッシュは続行するということを意識的に行っていれば、あるいは本部のからだがあそこまで持ち上がってしまうということもなかったかもしれず、ひょっとしたら決まっていたかもしれないのだ。煙玉が範馬でジャックにのみ通用しなかったのは、同様に量的な強さでありながら、勇次郎の目線は外へ、ジャックは内へ向いていることが原因であろうとおもわれる。当ブログの分析では、勇次郎の強さは世界全体にまで広がるほどの知に基づいている。くわしいことは書かないが、だから、バキは、勇次郎からいかにして未知を引き出すかということに腐心してきた。ここでいう知というのは、たんにあたまにたまっていく知識とか、あるいは教養とかそういうことではなく、たとえば経験であり、技術であり、つまり記憶のことである。たほうでジャックは、すでにみずからの内に備わっているものを拡大していくことにすべてのエネルギーをつかう。対戦相手との関係において、勇次郎は相手の技術や、達成可能なことを「勇次郎もできる」というしかたで圧倒する。技術の頂点にいる郭海皇に消力を見せつけ、筋肉魔人であるオリバを筋肉で圧倒する。しかし、ジャックにおいては相手がどういうものであるかが関係ない。衣類の素材によって歯がもっていかれてしまうかもしれないのは、その素材について知らなかったからではなく、たんに顎の鍛えが足りなかったからである。相手が、たとえば合気など、よく知らない技術でじぶんを制圧できたのは、合気を知らなかったからではなく、それをも圧倒するような突進力に欠けていたからである。ジャックはそう考える。もちろんジャックにも範馬の血が(薄くても)流れているので、合気をラーニングするようなこともあるだろうが、基本的には、問題点をみずからの内に求めるタイプなのだ。

そう考えたとき、煙幕玉というのは、ある意味で意識の外からやってくる。大きな音を立ててびっくりさせ、たたかおうとしているものの視界を奪い、場合によっては逃げ出すための道具にもなる。だから、未知がないゆえに未知に弱い勇次郎、そしてそこに近づこうとしてきたバキにはよく効く。けれども、ジャックでは、知っているとか知っていないとか、経験したことがあるとかないとかが、ほとんど関係ない。問題があるとしたらそれはじぶんのなかにあるものだから。たぶんそういう、性質のちがい、勇次郎にいわせれば血の薄さが、煙幕のきかない原因ではないかともおもわれるのである。


さて、にもかかわらず、やはり本部の優勢は変わらない。なぜなら、本部のとらえる世界の知のありようは、それぞれの「形状」の差異だからである。ジャックがいくらみずからを「増量」しようと、けっきょくそこにあるのは相似形をしたジャックであり、たんなる火薬の量の問題にすぎない。それがときには致命的になることもあるが、相性の問題もあり、問題をみずからにもとめることを是とするジャックではそういうことも起きなかった。ジャックでは、相手の動きはあまり関係ない。じぶんがどう動くかだけが問題であり、反省点なのだから、煙も目に入らないし、本部がどんな状態かも気にしない。逆に、気にするような人間だったら、いまのジャックのようなファイターもまた存在していないので、難しいところだが、ともかくいまはそれが悪い方向に働いている。


しかし、気になるのは、本部はどこまでやるつもりなのかということだ。本部は今回、改めてジャックの逸材ぶりを体験し、武蔵には渡さないという。どうとでもとれるが、もともと本部は、武蔵からジャックたちを守護るということで邪魔をしているわけである。たしかに、烈は死んだ。ジャックも、この本部とのたたかいを見たあとでは、とても生き残れそうもない。しかし本部なら、ジャックを殺さないで済ますことができるかもしれない。説得でジャックをとめることができないなら、殺さない程度に痛めつけて、なんなら動けなくして、死を回避すればよいということになるかもしれない。しかし、今回はよりにもよってジャックである。気絶しても攻撃してくる男である。負けてもその日のうちにまたやってくる男である。たとえば武蔵的武のありかたを本部が実演して、納得させるという展開は有り得ない。ジャックのばあいは、文字通り動けなくする以外に方法が考えられないのだ。おもえば、本部はいつもこちら、バキ側のほうを向いて立っている。ふつう、特に少年漫画だと、誰か弱いものを守ろうとするものは、その弱者を背中に、それに襲い掛かろうとする強者のほうを向いて、「守る!」と宣言するものである。しかし、いまの本部の状況がどのようなものか思い浮かべてみると、彼はこちらを向いている。これはほんとうに不思議な状況だ。それというのも、要するに、ここでいう弱者は、だれひとりとしてじぶんのことを弱者とおもっていないし、守ってほしいなどとも考えていないからなのだ。しかし、道理のよく見通せる本部からすれば、要はたとえばクリリンが完全体セルに勝つつもりで向かっていくのを見ている気分なわけである。いや勝てないよ落ち着けと、クリリンの両肩に手をおくのが本部なのだ。そして、本来の守護の意味では、この「落ち着け」でクリリンが納得してくれればそれで仕事は完了なのである。しかしこの本部がヤムチャだったとしたらどうだろう。セルに勝つつもりでいるクリリンは、ヤムチャのいうことをきくだろうか。

そう考えると、本部の守護は第2段階に入っているのである。だから、当初の目的と、表面的に見たときにややずれてきている。誰もはなしをきかないし、そもそも本部にいわれる筋合いはないと、とめようとする手を振り払ってしまうのだ。普通人であるなら、そうですかではお好きにどうぞ、となりそうなものだが、しかし、その構図が見えているのがじぶんだけであるということがもたらす使命感が、本部を次の段階にすすませる。彼らがはなしを聞かないのは、構図が見えていないからではなく、本部を信用していないからである。もともと、僅差の実力者がぶつかりあう世界なのだから、構図なんてあってないようなものだ。どっちにしろ見えない。ただたたかいたい。それだけなのだ。だから、いまできることは、本部が強さを証明し、その知見が信用に足るものであることを示すだけなのだ。それ以外ない。仮にそれが武蔵とたたかう以上のケガを負わせるものであっても、それは結果としてそうなってしまったというだけであり、いまの本部の行動原理である第2段階の守護には違反していないのである。





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