今週の刃牙道/第93話 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第93話/煙草





武蔵への挑戦権をかけてジャック・ハンマーと本部以蔵が衝突することになった。

舞台はいつもの地下闘技場ではない。烈対武蔵でも武器は解禁されたが、本部の本領が発揮されるのはそういうことでもないんだろう。武器が用意され、それをつかってもつかわなくてもいい、つまり、武器が選択肢のひとつとして目前に用意されている、そういうものではなく、要は「試合会場ではないどこか」こそが、本部の舞台だったわけである。本部の弟子であるガイアの環境利用闘法も、おもえば別にひどく特殊なたたかいかたというわけでもなく、本部なんかからすればごく当たり前のスタイルなのかもしれない。

とはいっても、巨人と浮浪者みたいな四角い男がふつうじゃない喧嘩をするわけだから、どこでもいいというわけでもないのかもしれない。ある程度は、光成のグループが公園周辺を封鎖するなりして管理しているかもしれない。前田光世の提案したルールにしたって、完全に日常のなかの闘争ではない。かといってふたりが永遠に遭遇しないというのでははなしが始まらない。ちょうど、野生動物のほんとうの姿を「観察」することは、人間が「観察する」という動作でかかわってしまう時点で変化してしまうのであり、したがって不可能である、というようなはなしとも似て、原理的には完全に日常とちがわない舞台を用意することは不可能なのである。


公園を歩くジャックが本部を見つける。前回考察したように、どうも本部は最初からここで待っていたっぽい。しかけなどはけっきょくなかったようだが、じぶんがもっとも動きやすい場所を計算している可能性はある。

そして、なぜか愛煙家の肩身の狭さをなげきながら煙草をポイ捨てする。会話としてはかなり唐突なので、ジャックが多少不自然におもっても不思議はないが、ジャックも本部がじぶんを待っていた可能性を考えたのかもしれない。待っている姿に煙草はぴったりなわけである。

本部はポイ捨てした煙草を右手ですばやく弾く。まっすぐに、火のついているほうを先にして、煙草がジャックの左目にとんでいく。思いつきでやったってこんなことはできっこない。本部は煙草がよく似合う。だから、吸っていても不自然さがない。ふつうのひとが、でかいナイフで髭そって待ってたら明らかにおかしいが、本部が煙草持っててもそれが凶器であるとはすぐに気づけない。そういうことを計算して、日ごろから煙草をつかった攻撃方法を研究していたのかもしれない。


着火点が直接眼球にあたったのかどうかはわからない。しかし、仮にあたっていなくても、あんなスピードで飛んでくれば、いろいろ目に入るだろうし、ジャックのまぶたははれてしまった。

ジャックが目をかばうスキを見逃さず、跳躍した本部がドロップキックをかます。いきなりすごい大技だな。金的蹴りとか、その後の凶器攻撃じゃだめなのか?

ジャックの鼻から血が出る。とはいえ、ジャックは花山と並ぶくらいの耐久力である。本部の打撃なんかどうってことないだろう。本部は身軽に着地し、ジャックは目の状態を確認している。左目は見えなくなってしまったらしい。痛みからか、ジャックが汗だくになっているコマがひとつあったので、ひょっとしてけっこう精神的ダメージがあるのか?などと焦ったが、その後の表情はいつものものだ。たんに、ふつうに目が痛かったのかもしれない。

煙草の急襲とドロップキックで、ジャックもこのたたかいが競技ではないということを改めて確認した。そうして、上着を脱ぎ始める。しかし、ジャックの認識は甘かった。ちょうど上着が肘のうえあたりまで落ちたところで、本部が急に踏み込んだものだから、ジャックはそこで脱ぐのをいったんやめたばかりか、構えなおそうとちからを入れてしまい、自ら両腕を服でかためることになってしまった。

本部の背中から出てきたのは、たぶんちょっと短めの木刀だった。体勢を低くし、ジャックの両脛を内側から鋭く叩き抜く。服が破れて出血している。これはどうも痛がってるフリとかではないっぽい。

たまらず膝をついたジャックだが、それでも本部と同じか、少し大きいくらいの高さだ。本部が余裕でそれを指摘する。まるで巨大さが余計なことであり、いまのようにこちらの意志でその要素を取り除くこともかんたんなことだといわんばかりの余裕の口ぶりである。からだを持ち上げようとするジャックの頭頂を、本部が決まっていた行動であるかのようにカウンターでぶっ叩く。額のうえから血が流れ、ジャックが顔から地面に倒れる。

本部はいちど木刀を背中にしまい、倒れているジャックに声をかける。木刀でこと切れるタマかと。まあ、たしかに、こんな程度ではきかない打撃をジャックはいくつも受けてきた。擬態だったのである。

勇次郎のような笑みを浮かべ、地面に当てたままの顔を中心にして、ゆっくり足で円を描くように、ジャックの下半身が持ち上がっていく。本部は距離をとってこれを見ている。やがて血をまきちらしながら勢いよくジャックが跳ね起きる。

すでにけっこうボコボコなジャックだが、まあこれも、花山同様、いつものことだ。あんまり防御しないから、そうなるのも自然なのだ。じぶんと本部は武器があってあじめてフェアだという最初の考えは間違いではなかったということをジャックは改めて宣言する。そして、肘にひっかかっていた服をそのまま破いてしまうのだった。



つづく。




特別ちからをこめているという感じもないし、冷静に考えたらこのひとはジャック・ハンマーなのだから、上着くらいちょっとちからを入れればすぐ破けそうな感じがする。脛の攻撃はたぶんほんとうに痛がっていたし、あたまの打撃だって、打ち所が悪ければ決まっていた可能性だってないとは言い切れない。しかし、ひょっとしてジャックは、ここまでまだ様子見だったんではないか。武器をもった戦場格闘技の専門家とたたかうのはジャックもはじめてのことだ。それがどのようなものか、だいたい知っているつもりだけど、ほんとうのところはわからない。だから、とりあえずは身をもって体験してみたと、そんなところではないか。ただ、これが木刀ではなくドスとかだったらもう終わってたし、危険な考え方ではある。武蔵と烈のたたかいが特殊なだけで、通常、武器をつかったたたかいが長引くということはあまりない。構えたまま膠着してしまわない限り、接触した瞬間が勝負ありだからである。そういう意味では、武器ありのいまの流れは、耐久力キャラにはけっこう厳しいものがある。いくらジャックや花山が分厚い筋肉と精神力で倒れないことを旨としても、日本刀で斬られればほかのものと等しく首が飛んでしまうからだ。そう考えると、究極に実戦的になってくると、耐久力とか、それを支え、また凌駕するパワーとか、またそれを生む巨体とかって、ほとんど無効になってしまう。このたたかいはジャックにとって有利な点はほぼないといっていいかもしれない。


本部の戦術はどんなようなものだろう。突飛なドロップキックは、おそらく意外性をねらったものとおもわれる。こんな小汚いおっさんが240センチの大男の顔面目がけて両足で飛び蹴りしてくるなんて誰もおもわない。つまり、そこに見えているもの、想定可能なもの、そういうものがたやすく飛び出てくる、慎重さを要するたたかいなのだということを、本部はそれで伝えたのである。もちろん親切心からではなく、戦術的なものだろう。なんといっても240センチで、以前よりさらに増しているとおもわれるおそろしいパワーの持ち主である。仮に腕の一箇所でもつかまれたらそれでおしまいだし、一撃でもあの豪腕を受けたら、いろんなもの吐き出しながら戦闘不能になってしまうだろう。本部はジャックにがむしゃらになってもらっては困るのである。なにがとびだしてくるかわからないと、慎重に、いのちだいじにしてもらったほうが、本部には都合がよいのである。

そう考えると、最初に視界を半分にしたのはかなり本部には意味があった。とりあえずあの瞬間には、ジャックは両目をつぶっていたに等しかったはずだし、なにも見えない状態で予想もつかないドロップキックを受けたということじたいが、ジャックの距離感などに与えた影響は大きかったとおもわれるのである。左目をつぶすことでその後も有利に運ぶことができる、ということ以上に、ここで大事なのは、「見えないところから予想もつかない攻撃がやってくる」という状況をジャックに体験させることだったのだ。


この時点までは、ジャックの「武器体験」という可能性を含めても、本部ペースである。本部は、まるでジャックの行く先すべて先回りして、先に問題のこたえをいってしまうように、ジャックの動きをコントロールしている。これまでの既知/未知の文脈でいえば、本部はジャックがどう動くのかをすべて知っていて、ジャックはジャックで、本部にすべて知られているということを毎回痛感しているのである。つまり、この状況は本部の予言したとおりなのだ。武蔵が登場してから、バキたちのたたかいの段階は別のものになった。それまでも彼らはなんでもあり、武器も、相手の死もこみの厳しいたたかいに明け暮れていたはずだが、武蔵が登場することによって、それがある種の事故や、あるいはイレギュラーなものではなく、技巧的なものとなった。バキが死刑囚とたたかって、死刑囚が武器を出しても、別にバキなら対処できる。しかしそのように、素手の格闘の外部として、また批判思想的なものとして、相対的に武器があらわれるのでなく、武蔵においては武器の使用が闘争においての最小単位なのであり、現世においても、素手の拳と刀が等価であるということはあっても、どちらかがどちらかの相似形である、というようなことはないのである。素手のたたかいを知り尽くしているバキなら、それが相似的に多少射程距離を伸ばし、また破壊力を増しても、その運動を推測することは可能なのである。しかし武蔵の世界はちがう。そこには中心がない。もっといえば、どの場所も中心になりうる。価値が遍在しているのである。

いちはやくこうした状況を看破した本部は、これまでと同様、素手の延長として彼らが「武蔵の世界」をとらえるにちがいないと考えた。しかしそうではない。それは、じぶんがいちばんよく知っている。「武蔵の世界」からすれば、いかに強力でも素手はひとつの技術でしかないのだ。

おそらくそういう考え方だったとおもうのだが、今回はそれを示すように、ジャックが武器ありの洗礼をうけることとなった。「武器あり」というか、いちいち「武器の使用を認める」というような断りを必要としないような世界である。その道については誰もが不案内なわけであり、そして本部だけがその世界を熟知している。そういうはなしなのだ。

そうしてみれば、「素手」という武器しか使用しないジャックと、「素手」や「木刀」や「煙草」を次々と繰り出す本部では、条件がかなり異なる。ジャックに勝ち目があるとすれば、理論的にいって、その「素手」がすべての武器の価値を飲み込むか、あるいは本部の領域に踏み込んで武器を使用してみるほかない。しかし素人がたとえばバス停とかふりまわしたって当たらないだろうし、だいたいそれなら240センチの巨体ですばやく攻撃をしたほうが可能性はあるようにおもえる。そう考えると、既知/未知の、要するに知の量で勝負しているうちは、ジャックは本部に勝つことができないかもしれない。ただし、逆にいえば、本部の駆使する「知」は量であるのだから、有限である。本部が隠し持っている武器や技術を、長い時間をかけてすべて出し切らせてしまえば、ジャックの未知はなくなる。じっさい、巨体も含めて、持ち運べる武器にも限度があるし、そういう展開の可能性もないではない。おそらくそれもあって、本部はジャックに「視界不良のなか予想外の攻撃」としてのドロップキックを浴びせたのである。この体験によって、ジャックのなかには本部の背後につねに予想外のなにが兆しているのを感じてしまうはずである。仮に本部が急に服を脱ぎ出して、もうなにももっていないということを示しても、わずかな疑いをも消し去ることは難しくなっているのだ。

未知を未知としてあつかう武蔵との対決を考えると、既知をよりどころにしているぶん、本部であっても不安はある。しかしこの勝負に限っていえば、本部はだいぶ有利なわけである。





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