第387話/ヤクザくん34
ハブ一味とのたたかいを終えてホッと油断していたであろう丑嶋に筋肉魔人肉蝮が襲い掛かるッッ!出発しようとした車になにやら重そうな機械を投げつけて停止させ、小さいバス停みたいな、先端に重りのついた鉄棒で窓ガラスをがんがん叩いていく。肉蝮はそれをほうきみたいにあつかうが、それふつうの重さじゃないよね。真ん中あたりをもってもふりまわすのは難しそう。
最初の一撃で窓ガラスが割れていたような気がするので、その後の攻撃は直接丑嶋を殴っているのかもしれない。丑嶋は肉蝮ごとドアを蹴飛ばして開け、外に出るが、左腕にちからが入らないようだ。外からがんがんやられたその攻撃で折れてしまったのかも。
しかし丑嶋のこころは折れていない。右手にスタンガンをもって、おそらくたたかうつもりで車をおりてくる。意外と新鮮な表情だ。ヤクザ相手だと正面から喧嘩することはまずないし、非ヤクザだとアウトローでも「バカ!あれ丑嶋さんだぞ・・・」状態が多いので、喧嘩になることがほとんどないのである。
しかし肉蝮の馬力というか膂力というか、エネルギーはすごい。丑嶋はおりてくるなり大降りの一撃をくらってしまう。うずくまる丑嶋を、肉蝮は何度も殴りつける。それをぶんぶんふりまわす肉蝮もすごいが、全身の骨がばきばきに折れても不思議ではない攻撃を受けてもいちおう意識もしっかりしているらしい丑嶋もすごい。バキ世界では背中の防御力は高いということになっており、攻撃の種類にもよるが、じっさい丸くなるのは有効である。しかし背中には背骨もあるので、そのリスクを考えると一長一短という気がしないでもない。げんにバキでからだを丸める護身法に開眼した寂海王は、烈海王に背骨をつっつかれてバネ仕掛けの人形みたいに伸び上がっていた。
しばらくしてから攻撃を休み、肉蝮がしゃべりだす。じぶんの利き手を折ったことを覚えているか。丑嶋からの返答はない。まさかほんとに覚えてないんじゃないだろうな。ちなみに、今週のはなしを最後まで呼んでも、丑嶋が肉蝮のことを考えたり呼びかけたりしている描写はない。ただの、わけのわからない襲撃者と読むこともできる。
肉蝮は丑嶋に、人間の骨の数を問う。ターミネーター2のサラ・コナーは作中で215本骨があるといっていたが、肉蝮によれば、赤ん坊の時点では300個、そのいくつかが組み合わさって、成人で約200個になるという。腕を折られたうらみを、200個の骨をすべて粉砕してはらすというおはなしだ。発想がいかにも肉蝮で、もはや丑嶋が苦しむかどうかとか、生きるか死ぬかとかは無関係になっている。
特に誰も問いかけてはいないのだが、肉蝮はひとりで勝手にはなしをすすめ、考えを更新する。頭蓋骨には23個の骨がある。そのなかのひとつのピースだけは、壊さず、一生もののペンダントにして大事にしてやるぜと。
そして肉蝮が再び棒を振りかぶる。次の動きで決める気のようだ。具体的にどのピースを指しているのは不明だが、たたきわけなんかできないだろうし、たぶんあたまを殴るつもりはないとおもわれる。としたら首のあたりだろうか。
タフな丑嶋もダメージは大きい。震わせながら右手をあげ、肉蝮の背後を指差す。
「お前、夢中でしゃべり過ぎ」
巨大なクレーン車が肉蝮のすぐうしろまで迫っていたのである。肉蝮は、ずっとしゃべっていたし、呼吸もあらかったうえに興奮気味だったから、音も聞こえなかったのだろう。としたら丑嶋は聴こえていたのかも。そんなに速度はのっていないだろうが、ものすごい重量である。大男の肉蝮がタイヤと同じくらいの大きさだ。すさまじい衝撃を受けて片方の靴が脱げ、肉蝮は遠くに飛んでいってしまった。運転しているのは、ぎりぎり間に合った柄崎なのであった。
つづく。
柄崎も、丑嶋が滑皮からあずかっていた銃のひとつをもっているが、おそらく丑嶋同様その弾は模擬弾だろうとおもわれる。その件が肉蝮戦で影響するかとも想像したが、銃はつかわずクレーン車で突撃することになった。丑嶋が気づかないくらいだから柄崎が模擬弾に気づくとは考えにくい。銃には、火力として活用する以外にこめかみにつきつけておどす役割もある。しかし肉蝮はそれではとまらないだろう。案外遠くから撃ってみたが発射されず、車に乗り込んだとかかもしれなが、とにかく、状況としては、柄崎は徒歩で遅れてやってきた。ちょうど発売された35巻を読み返してみたが、高田は特に行くとも行かないともいっていないので不明だ。しかし直前に行っちゃだめかと社長に聴いている。そしたら誰がウサギの面倒見るんだ、というはなしになっているが、どうだろう、きているだろうか。
徒歩なので、けっこう近くまできていた柄崎は、爆発音や、あるいは銃声も聞いたかもしれない。そうでなくても、肉蝮が車をぶっ叩く音は聞こえたはずである。で、近づいて様子をうかがうと肉蝮が見えた。そして、銃をつかっても制圧できる相手ではないと考え、考えられるいちばん強力な攻撃に出たと、こういうことかもしれない。
この場面は、肉蝮には忘れられもしない(社長は忘れていたっぽいが)、腕を折られた場面と対応している。カウカウに拉致されそうになっていた小川純は、毒をもって毒を制すとばかりに、執拗にからんできていた肉蝮を呼び出してぶつける作戦に出た。車内で様子をうかがっていた柄崎や加納は、それが肉蝮という超危険人物だということを理解し、タイミングを見て車で突撃したのである。そのときも丑嶋は肉蝮の背後を指差していた。おそらく車のなかで打ち合わせをしていたのだろう、柄崎たちはすみやかに肉蝮を取り押さえ、阿吽の呼吸で丑嶋は、ダンボールでもたたむみたいな気軽さで肉蝮の腕を踏み折ったのである。
中年会社員くんで再登場し、復讐くんでくわしく描写されたあたりから、肉蝮にもギャル汚くんから変化があるらしいことがわかっていた。とりあえず、むかしから彼が道具をよくつかう人物であったことは変わりない。ものすごい怪力の持ち主でありながら、じっさいにはそれを行使することはあまりなく、熱湯シャワーをあびせたり、100均で勝った包丁でちまちま切り刻んだりすることに喜びを覚える種類のサディストだった。それが、中年会社員くんで獏木とやったときはドライバーの二刀流になり、復讐くんではブランコを囲う鉄柵を引き抜いて通りすがりの車にぶつけたりしていた。コンビニで亀田たちと遭遇したときはつまようじをつかっていたが、今回丑嶋をおそうにあたってはやはり重い芝刈り機みたいな機械と、小さいバス停みたいなやつを用いている。このなかでは、ドライバーとつまようじは「昔ながら」の武器といえるかもしれない。要するに肉蝮とっては、身の回りにあるものはなんでも相手をいたぶるための道具になるのである。その基本はいまも変化がない。肉蝮はいつでも武器をつかうが、しかし武器の用意は決してしないのである。あの包丁にしても、それが100均のものであったことは、それが「取り急ぎ」であったことを示すだろう。
彼はいつでも手元にあったもので相手をいじめる。おそらく獏木をさしたあのドライバーも、用意してあったものではなく、あの倉庫においてあったものだろう。それはもともとの腕っ節に自信があるからこそとれる行動かもしれないが、もうひとつには彼が「なんでもない日常」を攻撃的なものに変える存在であることも含んでいるだろう。毎日の汚れや疲れを洗い落とすシャワー、コンビニのわりばしに当たり前についているつまようじ、こういうものが、肉蝮の手にかかると凶器となって牙をむくのである。それは、彼の恐喝の方法がほかのものと比べてもきわめて理不尽であることにかかわっている。熱湯シャワーについては自業自得なところもあるけど、たとえば獏木なんかははっきりいってなんで襲われたのかいまでもよくわからないだろうし、公園の鉄柵でおそわれたカタギのドライバーの一件なんかはほとんど通り魔に等しい。日常生活にも危険なものはあるが、危険だとわかっているものについてはわたしたちは注意することができるし、もっといえば近づかなければいい。それと同様にして、ハブがどれだけ危険な男でも、わたしたちとしてはただかかわらなければいいだけのことであって、回避は可能なのである。しかし肉蝮はそうではない。肉蝮がそうと決めたら、あのまいたんの友達のように、悪夢のようにつきまとって離れないし、逃れることもできない。彼が日用品を武器にしてきたのは、彼自身が、そのように「あっさり転覆する日常」を体現してきたからなのである。
それが若干変化してきたのは、重量のある今回のバス停みたいなやつをつかうようになってからだろう。公園の鉄柵も、あの芝刈り機みたいなやつも、日常生活にあることはある。その点では変化はない。彼はいまでも、身の回りにあるものをつかっている。が、誰もそれが宙を舞うことは想定していない。自動車にひかれれば大怪我をするが、誰も自動車が急に二足歩行でドアを破り、廊下を歩いて部屋に侵入してくるとはおもわないので、自室にいるときに自動車に注意したりはしない。そうした「意外性」の面でいえば、つまようじとかドライバーについても同じことがいえるかもしれない。つまようじを目にさしたら痛いことを我々は知っているが、そんなことは普段考えて生きていない。しかし、想像することはできる。だから、つまようじをあつかうときは目にささらないように、わたしたちは無意識に行動しているはずである。しかし、芝刈り機が飛んできたり、なにをしても微動だにしない鉄柵を引っこ抜いたりというのは、わたしたちの常識ではありえない。それは肉蝮のおそろしい腕力をもってしてはじめて可能なことなのである。これは、肉蝮に自覚があるのかどうかわからないが、やはり社長対策と考えていいだろう。以前までの肉蝮では、「平和な日常がなんの理由もなくあっさり転覆する」ということにおそろしさの本質があった。肉蝮の手にかかれば、100均の包丁も、あちこちをちょんぎるための拷問用具になる。ある日、毎日つかっていた電子レンジが暴走してじぶんを食おうとしてきたのをなんとか退治したそののち、わたしたちは冷蔵庫やテレビやパソコンをいままで通り信頼してつかうことができるだろうか。当たり前に続く日常の連続を崩壊させる、その不安感が、肉蝮への恐怖心の源泉となったはずである。例のまいたんの友達が「毎晩」犯されていたというのもおもえば象徴的である。肉蝮にいちど目をつけられるということは、ずっと目をつけられることと同義なのである。
しかしそれが丑嶋には通用しなかった。もちろん、以上のことは象徴的なはなしであって、肉蝮じしんがそのように宣言してひとを襲っているわけではない。が、どうあれ、肉蝮のいでたちやふるまいには、そうした種類の継続的かつ価値観をゆさぶる種類の粘っこさが底流している。ヤクザ以外では反抗しようともしないはずだし、そのヤクザでさえが距離をおいているというはなしなのだ。しかし丑嶋は、その腕を気軽にへし折ってしまった。そして続いて見せた丑嶋の目の色を見て、肉蝮はおそらく恐怖を覚え、降参したのである。肉蝮が丑嶋の目のなかに見たものは、ふつうに考えるとひとを殺すことについての覚悟とかそういうことになるだろうが、以上の文脈で考えると、おそらく彼は、丑嶋にはそもそも、気を抜いてあったかいふとんくるまるような日常じたいがないということを悟ったのである。もちろん、機械じゃあるまいし、丑嶋にも日常はある。ウサ枕したり業界ウィッスしたりして遊んでいる。しかし丑嶋なら、飼っているウサギが急に牙をむき出して襲いかかってきても、ものもいわず退治してしまうだろう。相手を損なうために侵食する日常が、この男にはないと、そう直観したのである。「日常」というのは、一種の動性のようなものだ。当たり前でも当たり前でなくても、普段生きていて意識されない、視界の空白ぶぶんのようなものともいえるだろうか。「日常」について書くと非常に長くなるのでやめるが、それがないということは、丑嶋にとって生というのは、全面的に非日常なのである。ルーティンと化し、無意識に行うということがないのだ。
そんな丑嶋(とカウカウ)に肉蝮は敗北した。意識したわけではないだろうが、そうして丑嶋をずっと恨み続けていた肉蝮がとった方法が、非日常に生きる丑嶋の想像を上回るような物体の運動であった。非日常に生きている以上、丑嶋は理論的にはどんな事態にも対応できる。ふつうの人間は、防犯について考慮するにしても、ある程度その場所で起こりうることを限定して対策するはずである。それを限定しているのがまさに「日常」の要素、廊下の狭さとか、玄関ドアのかたさとか、当たり前に生活にある物事なのだ。これがない以上、理論的にはどんな方法も、可能性としては見抜かれ、回避されうる。しかしひとつだけ肉蝮が、丑嶋を含めたおそらくすべての人類を上回るものがある。むろん腕力である。彼の腕力をしっかり行使した超人的な攻撃であるなら、丑嶋であっても冷や汗のひとつでも流して戸惑うのである。
ただし、肉蝮も冷静になってみれば気づけたかもしれないことだが、彼は厳密には丑嶋に負けたというよりはカウカウファイナンスに負けたのである。おそらく、じしんの粘着的ありようが通用しなかったという事態があまりにショックで、丑嶋のことばかりに目がいっていたのかもしれない。というわけで、彼は、前回とまったく同じように車にひかれてしまったのであった。
ふつうの車とクレーン車でいったいどれほど衝撃に違いがあるかはわからないが、なにしろ超人なので、どうなっているかは不明である。もし柄崎が車からおりてしまったあとで、元気いっぱいの肉蝮が立ち上がったりしたら、丑嶋がぼこぼこにやられてダメージを負っている状態ではかなり厳しいことになるかもしれない。というか、ここまできてマサルが全然出てこないというのもなんかあやしい。肉蝮はまだ退場ではないような気がする。
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