第20話/現代
スカイツリーからどこかに向かうために車で連れ出される武蔵。戦国時代からやってきた彼には、もはやここがふつうに人間の暮らす世界とは到底おもえない。こうなってくると、寒子の行ってる憑依を、霊体のほうはどこまで意味を理解していやってるのか、よくわからなくなってくる。武蔵はよく降霊させていたということだから、寒子はときどき武蔵になっていたわけだが、そのときに、寒子の網膜を通して世界を見たり、ひとに触れたりしていたわけではないことになる。そうでないとここまで驚かないだろう。そうなってくると、魂の状態といまでは、わたしたちでいうと夢のなかと現実くらいの関係で、なめらかに連続しているものではないのかもしれない。
言葉より見たほうがはやいということで、光成は武蔵を車からおろし、街に出る。いったいどんな気分だろうなあ。バック・トゥ・ザ・フューチャー2では、主人公のマーティは30年後の未来にいって、空飛ぶ自動車や3Dの映像技術に驚嘆していたが、それでも、空を飛んでいるのは「自動車」であり、飛び出してくる映像は「ジョーズ」だった。要するに、マーティの知っている世界の量的拡大にすぎなかったわけである。しかし、武蔵の体験しているものは質も量もまったくちがっている。異世界だとしたほうがまだ納得がいったかもしれない。
都会では土の地面を探すほうが難しい。かたいアスファルトの感覚にまず戸惑いつつ、ひとつには建物の巨大さである。武蔵は城を思い浮かべる。現代人からすればむしろお城のほうが壮麗で、量的にはともかく、つまりじっさいの高さとしてはともかく、感覚としては圧倒的な感じもするかもしれないが、お城と比べるとむしろさっぱりとして、高さにこだわっている感じが、現代のビルは強烈かもしれない。
そして明るい。ちょうど夜ということもあり、ビルのなかは煌々と灯っており、武蔵は大火を思い浮かべる。真昼の明るさや太陽そのものを思い浮かべるのではなく、大火である。おそらくここにも、武蔵はじしんの手に負えない巨大さを覚えている。
そして人。武蔵にはそれがもはや人にさえおもえない。
さらに、ここにくるまでに体験したもの、「上下移動する部屋」「自動開閉する扉」「溶けない氷」「早馬より速い箱」「天にも届く輝く塔」を思い返す。エレベーター、自動ドア、ガラス、車のことである。
武蔵はともかく、じぶんがとんでもないところに降り立ってしまったということを認める。そして、「居場所」がほしいという。懇願している感じではない。ちょっと怒っているような感じがある。武蔵としては、呼び出されたわけだから、そういう気持ちがあっても不思議はないだろう。目を覚ましたら地球の裏側の、ぜんぜん文化の異なる国にいて、あなたのちからが必要なのだといわれて、特にフォローのないまましばらく放置されたら、いやとりあえず休む場所よこしてよ、となるだろう。じぶんのちからが必要ということならなおさら。
光成は思いが至らなかったこと、先にいわせてしまったことを謝り、武蔵を車にのせる。とはいえ、光成は計算づくだろう。車は東京ドーム地下闘技場にむかう。武蔵じしんのくちからそこに向かわせるよう仕向けたのである。そのうえ、すでに「会わせたいひと」が準備されているようである。
闘技場に立ち、歯や爪の混ざった砂をすくいあげて、武蔵は落ち着きを取り戻す。そこへ、刀をもったひとりの老人がやってくる。光成は佐部京一郎と紹介する。現代日本で並ぶものなき剣法家だというのだ。
つづく。
佐部京一郎・・・どっかで見た名前だけど誰だっけとおもい調べたら、拳刃に出てきたあのひとか。独歩と立会い、畳をつかったへんな技で独歩がぎりぎり勝利したやつ。ピクルや勇次郎のあとで考えると微妙だが(それをいったら武蔵じしんがそうだが)、若いころの独歩がぎりぎり勝利するような、わりとホンモノだ。刀での勝負では、技をもらえば致命傷は避けられないため、勝敗がくっきりしている。「どちらかというと負けた」とか、「ある意味勝ってた」とか、そういう言い訳はたたない。独歩は素手だったが、あの勝負が紙一重だったのは、つまり刀の切れ味によるものである。あのへんな畳の攻撃がうまくいかなければ、最初の一撃をくらっていた。そしてくらっていれば負けている。たたかいに刀が入るだけで、勝敗はそういうものになるのである。
とはいえ、素人が刀を握ったってつかえるわけもないし、そういう勝負にもっていける技量があるということなのだから、やはり佐部がホンモノであるとみていいだろう。よくわからないが、どうも刀を2本もってるっぽいので、刀で勝負することになるのかもしれない。音楽の世界ではモーツァルトやジミ・ヘンドリックスと並んで天才といわれることの多いチャーリー・パーカーは、ライブ会場に楽器をもっていくのを忘れて、観客のもっていたオモチャのサックスでプレイしたことがあるそうだが、それは極端な例としても、果たして武蔵は武器を選ぶ人間なのだろうか。道具にこだわらないのが天才といわれればそんな気もするし、こだわらないようでは所詮二流であるといわれればそんな気もする。しかし、武蔵がバキ世界の人間としてやっていくためには、たぶん道具にこだわらないタイプであることが好ましいだろう。もし逆だと、ほとんどの人物が身ひとつでたたかうなか、心配しなければならないことがひとつ多いぶん、武蔵はほかのものに遅れをとることになってしまうからだ。
そして、佐部は人斬りとして業界では有名な人物である。戦後の混乱した時期のことであるとはおもうが、それでも昭和の日本である。その経験は現代人としては大きいとおもうが、果たして武蔵に通じるものか。いくさというとつい無双のゲームの映像を思い浮かべてしまって感覚が狂ってることを思い知らされるが、それでも、佐部以上にさくさくひとを斬っていたはずである。たしか武蔵は微妙に戦国時代の後半から活躍をし始めていたはずで、若いころ関が原に参加したとかしなかったとか、そんなうわさをネット見たような気がしないでもないが、そうすると、あるいはほとんどの有名な決闘は江戸時代に入ってからということになるだろうか。こう見ると、佐部の来歴は武蔵のものとちょっと似ている。どちらも、戦争時代が終わり、世の中が平和に収められつつあるなか、真剣勝負をくりかえしていたわけである(たぶん動機は異なるけど)。とはいえ、切捨て御免などということばもあることだし、根本的に「ひとを斬る」という感覚は異なっているのではないかとおもわれる。なんというか、「何人斬った」とカウントするということじたいが、いかにも法治国家の国民という感じだ。もちろん、どんなに剣術が強くても、その経験があるとないとでは、とりわけ武蔵のようなものを前にしたばあい、ぜんぜんちがってくるだろうけれど、いかにもそれは武蔵の時代のフォロワーという感じで、ふるまいとしてはその模型のようにおもえる。
しかし、技術的には光成のお墨付きだし、じっさいけっこう強いし、メインキャラでもないし、武蔵の実力をはかるちょうどいい相手ではあるにちがいない。申し訳ないけど、佐部さんで試し割りをさせてもらうと、そういうところだろう。
それにしても、今回の武蔵の驚きようを見て、ほんとに生身の人間なんだなということがわかったし、それに、なにか新しい強さのありかたが呈示されるかもしれないというふうにも感じた。これまでの強さというのは、勇次郎を頂点にして、極端なはなし「軍隊の攻撃力」と交換可能だったわけである。規模として巨大すぎるということもあるが、それ以前に強さのさまざまなありようということが、銃弾や爆撃の破壊力で統一的に語られてきたのである。じっさいはそういうことはないのだが、表層的にはこれは、強さの量化をもたらす可能性のあるものだった。しかしじっさいには、オリバの力強さと戦車の重量を比較しても意味がないわけである。「オリバがいくら筋肉で武装しても大砲の威力には勝てないよ」というような言説じたいが無意味なわけである。銃弾が飛び交う時代にからだなんか鍛えたってしょうがないよとか、情報化社会でググればなんでもわかる時代にものを覚えたってしょうがないよとか、そんなことを真剣にいう格闘家や学者などありえない。銃弾と格闘の強さは、当たり前なんだけど、比較できない。あえて比較するとすれば、銃弾が格闘技者のパンチを上回ることが多いと、そんなような言い方になるだろうか。まあ屁理屈だけど。
ともかく、今回通して見られた武蔵の生身感はじつに好ましい。こんなんで戦車をつぶせるのかとか、戦車をつぶしたガイア軍団に勝てるのかとか、それをあっさり片付けるにちがいない、軍隊と交換可能な数少ない存在である勇次郎やピクルの相手になるのかとか、まあおもうけど、たぶんそういう文脈の強さではないのである。あるいは、機会があれば、タイミングがあえば、武蔵も戦車をつぶせるかもしれない。ガイアを倒せるかもしれない。しかしそもそもこの武蔵は、そういう外部の矩尺によって強さを計って、なになにができるからこれくらい強い、というしかたで、ランキングに分布されるようなしかたで立つものではないのである。この武蔵は、たぶんもっとこじんまりとした、ミクロな強さのありかたをしている(ような気がする)。予感としては、コミュニケーション、相手との関係性における強さを示していくようにおもえる。ひとことでいえば相手によって強さ(の様態)が変わる、たたかいかたが変わる、そういうタイプなんではないかとおもうのである。勘だけど。
ともかく、いい感じの相手が出てきてよかった。たたかいとなったら真剣勝負という感じのひとだろうし、ひとまずはメインキャラが初戦じゃなくて安心。佐部さんには悪いけど。
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