今週の闇金ウシジマくん/第335話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第335話/フリーエージェントくん⑮




苅べーのことばを通して、情報商材販売の仕組みを悟った村上仁。じぶんが天生や清栄に対してしたことを、下のものにやらせればよいのである。

それを悟ってからの仁の成長ははやかった。まず、後輩や知り合い以外で唯一外部からやってきて商材を購入した竹山という男である。清栄メソッドで、伸び悩む彼に、今度は100万もする村上メソッドを売りつける。さらに、うまくいかないと竹山がこぼすごとに、あの手この手で金をしぼりとる。続けて、竹山の紹介で朋子という女性にも商材を買わせることに成功する。朋子はまず仁に知り合いの老人を紹介し、それであっさり紹介料の10万が手に入ったので、にわかにはなしが現実味を帯び、購入をい決意したのである。


仁が苅べーにこの商売の本質をひとことで説明している。



「俺らが売るものは金儲けの方法じゃねぇ。



金儲けができそうな雰囲気だ」




朋子のつくったブログを見ている女性がいる。エミリーと呼ばれていて、デリヘルっぽいのだが、待機している部屋には赤ん坊が眠っている。事務所に住み込んでいるらしい。ということは家がないわけだが、見たところ従業員たちの感じは悪くない。ベビーシッター料を払って仕事中は従業員に赤ん坊の面倒を見てもらっているらしい。とはいえ、それは異様なことかもしれない。そうまでしないとやっていけないくらい、お金がないのである。

エミリーは朋子のブログを読んで、無料なので、申し込みをすることにする。すると即座にメールが返ってくる。自動で返信されるように設定されているのだろう。内容としては、ネット初心者にはあるいはチンプンカンプンかもしれないから、いちど会って話さないかというものである。


どこかのファミレスで朋子とエミリー、それにあとふたりの女性が集まっている。今回の朋子の役割は、メソッドを売ることではなく、仁に紹介をすることかもしれない。直接朋子が彼女たちに100万のメソッドを売ることができれば、彼女は50万手に入れることになるが、紹介ということでも、もし契約が成立すれば、10万が手に入るのである。


エミリーたちからすれば、「100万の商材を売る」ことよりも「50万手に入るかもしれない」ということのほうが印象が強いのである。でも、まだ商材を買っていない人間にその仕組みを教えてしまうのはどうなんだろうな・・・。

エミリーは金を払う。単に知り合いを仁に紹介して10万もらうだけなら、投資はしなくてよい。ここからは、商材を買うことそれじたいが、知り合いを紹介して10万もらうシステムへの参加料のようになっていくのかもしれない。ネットでちょっと調べてみた感じでは、この手のマルチ商法というのは、厳密にいうと違法行為ではない。しかし、ネズミ講は違法だという。僕のあてにならないリーガル・リテラシーを経由して単純化すると、要するにネズミ講というのは、商品、ここでいうと情報商材を経由しないマルチ商法である(だから「商法」ではない)。金の流れに与するために100万を払ったとする。そのあと、彼は、知り合いにあたり、同様にして100万を払って組織に入るよう勧誘する。またその知り合いも知り合いにあたり、つまり孫会員を探し、加入させる・・・。こういうことをくりかえし、一定の数に達したとき、最初に出した100万を超える配当金を得ることができると。これは違法である。しかし、仕組みとしてはほぼ同一でありながら、たとえば情報商材のようななんらかの媒介を経由すれば、それはマルチ商法となり、推奨される行為ではないとしても、同時に違法でもなくなる。重要なのは最初に払う100万が、商材などのなんらかのものを手に入れるために支払われたものなのか、組織に加入し、会員を増殖させる運動に加担するために支払われたものなのか、そのちがいということになる。限りなくグレーなのである。たとえば、朋子は100万を払って(村上メソッドを購入して)この金の流れに参加する資格を得た。それをとりもどすために、朋子は10人以上の契約を成立させれば(10人以上に村上メソッドを購入させれば)もとがとれることになる。まったくネズミ講と変わらないわけである。

これだけではわからないのだが、朋子は契約を成立させることで50万もらっているのだろうか、それとも紹介料として10万しかもらっていないのだろうか。エミリーたちに対する朋子のはなしかたを見ていると、これは、たぶん紹介料しかもらっていないのではないだろうか。100万の商材をなんとか買わせようという、清栄たちがブランディングなどと呼んだ種類の工夫がいっさい感じられないからである。とりあえず100万払っちゃいなさいよ、もし売れたら50万になるし、そうでなくても、いまわたしがやってるみたいに誰かを紹介すれば10万になるわよと、そんな語調に見えるのである。わかんないけど。でも、いちばん現実的なのは、商材を買わず、つまり100万を払わず、紹介だけを続けて10万を細かくもらうことである。その仕組みを、朋子はここで明かしてしまっている。だから、「商材はじぶんでは買わないけど、売ってみたい」というのは「ナシ」なわけである。たしかに現状、商材を購入する100万が、ネズミ講でいう加入料、金の流れに参加する権利の値になっているわけである。天生たちのやっていることの精密さと比べると、これはいかにも危うい。


朋子の紹介した老人も好調だ。ゲートボール仲間を次々と引き込み、商材を交わせている様子である。


そうして急激に利益をあげるようになった仁は、駐車場で村上塾を開いていたものから天生のように会場を借りて行うようにまでなる。ひともかなり集まっている。口がひとつで耳がふたつなのは、しゃべるよりも2倍聞くためだ、などというそれっぽいこともいえるようになった。仁にこんな感じのセンスがあるとはねえ。

例の麻生りなという女の子。仁は彼女を呼び出し、付き合ってくれないかという。いつの間にか一人称が「私」になっている。りなの「はい?」としかいわないリアクションはよくわからないが、いっしょに高級ホテルにとまったりしてるので、とりあえずはオーケーなんだろう。



この調子ならフェラーリの3000万も親から借りた900万もすぐ返せる、と仁は考える。とりあえず返す前に豪遊してしまうところが仁の危ういところかもしれない。そしてカウカウに借りた20万・・・。まあどうにでもなるかと、金の感覚がわからなくなってきている仁は軽く考えるのだった。




つづく。




カウカウに借金があったことは忘れていた。ためしに最近でた30巻を確認してみると、フリーエージェントくん⑦、200万の天生メソッドを買うときに、マサルにそう持ちかけ、20万が限度だといわれてそれだけ借りている。それからどれくらいの日にちが過ぎているのだろう。仁の担当はマサルなので、丑嶋が直接取り立てることはないだろうが、マサルとしては丑嶋に対して「じぶんも(丑嶋が竹本にしたように)やれる」ということを示すいい機会でさえある。何千万にふくれあがっていたとしても、マサルは容赦なく取り立てるだろう。

それにしても、いよいよマルチ商法になってきて、僕としてはもう手に負えない感じがある。どこかに天生塾や村上塾の商法を細かく分析したサイトでもあればよいのだが・・・。なにが起こっているのかを理解するのに必死で、もう一歩踏み込むことができない。だから、これは話半分に読んでもらいたい。


だいたい、村上塾の危うさはどこから感じられるものなのだろう。

逆に考えて、天生塾での金の流れがいわゆるネズミ講そのもののようになるとしたら、どのようになるか。ネズミ講では、加入料はすべて親に払われるようである。子が親に100万払い、子が紹介した孫も親に金を払う。そうして条件を満たしたとき、子に対して、たとえば120万が支払われると、要するにそういうことなんだとおもう。これを天生塾にあてはめると、まず、仁が天生メソッドを買って100万天生に払う。このあと、仁の探し当てた苅べーや淀チンが仮に100万を天生に払い、条件を満たしたと見做されて100万以上が仁に配当されると、ネズミ講になる。だがそうはなっていない。というのは、苅べーに清栄メソッドを売ったのは仁だからである。清栄メソッドの利益そのものは清栄じしんにもいくが、売り手は仁なのである。おもえば、仁の親が天生から清栄にゆるやかに移っていったのも、ある種の目隠しなのかもしれない。親と子、また子と孫が、目立たぬように断絶しているのである。

では村上塾ではどうだろうか。ここで、親は仁であり、子が竹山で孫が朋子だとすると、まず竹山は村上メソッドを買っている。ここでもし竹山が売り手となり、説得からなにからすべてじぶんで行い、朋子にメソッドを購入させれば、天生と同じく親と子、子と孫の断絶が発生する。ところが、竹山は朋子を仁に「紹介」している。契約が成立することで報酬50万をもらうのではなく、紹介料10万を手に入れているのである。だから、重要なところだが、朋子は仁から村上メソッドを購入しているのである。もちろん、商材を経由しているという点がどのように解釈されるのかはわからないが、形状としては、ネズミ講同様、子も孫も、組織()に金を払い、儲けのシステムに参入する権利を購入しているも同然なのである。それは朋子のエミリーたちに対するはなしかたからもわかる。


とはいっても、以上のことは、ネットでなんとなく検索をかけて、なんとなく眺めて書いてみたことなので、あんまり精確な読みではないとおもう。「それはちがうよ」という意見もたくさん出ることだろう。しかしまあしかたない。これが僕の限度である・・・。

いずれにしても、複雑に入り組んで全体の最終的な目的がよくわからなくなっていた天生塾の周到さに比べると、村上塾のものはいかにもたんじゅんで、うたかたの夢という感じがする。金儲けが目的である、という感じが露骨すぎるのである。もちろん、ほとんどのひとびとは、お金がほしくて働いているわけである。労働そのものに見出せる価値とか、仕事に対する情熱とか、そういうのを抜きにして、「働ければお金なんていらない」ということを全面的な意味でいえるひとというのはそうはいないだろう。けれども、「お金を稼ぐ」ことそれのみが目的として自律するということもまたあまりない。たとえば、僕は書店員なので、本を売ることでお金をもうけている。けれども、「本を売る」ということそれじたいの目的は、「お金をもうけること」ではない。それはたとえば、それを欲しいと思っているひとが存在するから立ち上がってきた市場なのであるし、また人類学的にひとというものが知識を欲するから存在し続けなければならない業態なのかもしれないし、ようするに「書店業」そのものの存在目的が「本を売る」ことなわけである。「お金をかせぐ」ことそれじたいが目的化した職業というのはありえない。もちろん個人的資質として、そう考えている経営者がいたとしても不思議はないが、その彼が選んだ業種、アパレルだったり、IT関連だったり、いずれにしても、そこにはべつの欲望が生成されている。それが仮にその守銭奴の天才的経営者が創出した欲望であったとしても、いってしまえばお金ではないべつの貨幣に変換されたなにかしらが欲望されて、動いているわけである。

ところが、村上塾ではそうではない。おもえば、このシステムにおいては、売り手と買い手という関係性でいるのは一瞬のことで、まず「客」という概念がない。生得的であれ、後天的であれ、客の欲望があって、それに応えるように商売が行われる、というたんじゅんな様態ではない。欲望があるとすれば、「お金をもうけたい」ということだけである。通常の図式にあてはめると、売り手側が「お金をもうけさせる側」であり、書いては「もうけたい側」なわけである。冷静に考えるとずいぶん不思議な構図である。お金をもうけたいと考えてどこかのお店に出かけていくひとがいるだろうか。お金でお金を買ってもしかたない。だから、わたしたちは労働力を差し出して、お金に換えようとする。労働力でお弁当は買えないからである。

だが、「欲望に応えている」という点で、たしかに、両者の関係性は「店」と「客」に似ている。ただし、ほんとうの位置関係はじっさいに見えているものと逆である。これはことが「お金」にかんすることであってはじめて成立する事態である。というのは、たとえばこの「欲望」を「ある本が欲しい」というものに置き換えてみればわかる。客がある本が欲しいと店にやってくる。しかしじつはその店もその本が欲しい。だから、先にその本をもってこいという。しかし客はもっていないからこそその本がほしいわけで、もっていくことはできない。つまり、このシステムは、対象が交換可能な量的なもの、つまり貨幣であってはじめて成立するものなのである。しかし、たとえば「10リットルの水が欲しい」という客に「じゃあ5リットルもってきて」と返すやりとりは原理的には成立する。けれども、そのあとたしかに10リットルの水が手に入ると確信できなければ、わざわざそんなことをするものはいない。ではどんなときその確信がおとずれるか。「10リットルかんたんにつくりだせる方法がある」と信頼できる人物に告げられたときである・・・。



ああだめだ、あたまいたくなってきた。






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