第330話/フリーエージェントくん⑩
以前からはなしにはあがっていた、商材を買う可能性の高いひとびとのアドレスが記載されたリスト、これがついに天生の手を離れ、売りに出されることになったのだが、仁にはもうお金がないので買えない。しかしライバルのしんこchはこれを買って、次々と成果をあげていく。仁としては、独自の方法をとっていくしかなく、とりあえず地元に同級生などに声をかけることからはじめてはみたが、どいつもこいつもぜんぜん金をもってない。そんなところにマサルから電話があったのだった。
仁のほうでも、にっちもさっちもいかないこの件をどうにかおしすすめるためにマサルに相談しようとしていたところである。マサルも、地元で仁のうわさをきいて悪い顔をしていたので、なにかたくらみがあるらしい。
仁はマサルの前で夢を語る。若者が大きな夢を抱えるのはべつにふつうのことだが、よほど酔っ払っているのでもないかぎり、タメの友人にそれを語るというのはかなり気恥ずかしいものがある。しかし仁は決意のかたさがそうさせるのか、ことばにためらいはない。
マサルは、どういうつもりか、地元での仁の評判を話して聞かせる。ウザがられてると。仁は、マルチ商法のまがいものとみんな勘違いしているのだという。じぶんの売ってる商品は誰でも金持ちになれるほんものだと。いまのところ仁はまだ金持ちになってはいないので、余計説得力がないのだろう。損して得をとるというのも、こういうところにかかっているのかもしれない。とりあえず「金持ち風」にならないと、儲かってる雰囲気がないと、「金持ちになれる」ということばも説得力に欠けるのである。
マサルはずっと半笑いだが、はなしはまじめにきいている。丑嶋社長いわく、情報商材は自分以下の情報弱者にしか売れないのだという。買い手はたいてい決まっていて、いつまでたっても借金をやめられない債務者のように、何度も同じような商材を買ってしまう。何度も買うということは、何度も失敗しているのである。アドレスのリストはこのようなひとたちのものであるということは、まちがいないだろう。
マサルは表情をかえて、みんな興味はある、という。しかし商材を買う30万はない。そこで仁からマサルにビジネスの相談があるのだという。
そんなところへ、丑嶋からマサルへ電話だ。やっぱりマサルにとって丑嶋はふつうにこわい存在みたいだ。待ち合わせしていたらしく、すぐ来いということである。
電話をおえてまた表情を変え、具体的な儲けの仕組み、じぶんがそこに混じるとしたらどのようなことになるのかをマサルは訊ねる。清栄メソッドはひとつ30万。それが売れると、二ヵ月後に報酬としてアフィリエイターの仁に清栄から15万が支払われる。仁は、それをマサルにまるまる渡すという。そのかわり、金のない客・・・こないだの苅べーとかだろう、そういう客に、二ヶ月無利息で商材を買うための30万を貸してやってほしいと。カウカウファイナンスは10日5割がふつうである。これでは、30万貸して利益が15万だから、二ヶ月で5割という計算になってしまう。しかもそれは「売れたら」のはなしである。しかしこの手のはなしは、商品の価値を信じて、ある程度は売れるという計算ではなしをすすめないと、前に進まないものかもしれない。とはいえ、つまり、商品の価値がほんもので、「売れる」としても、2ヶ月5割では、これまでのカウカウのルールと比較して割りにあわない。だいたいそれでは仁は1円ももうけていないことになってしまう。報酬の15万全額をマサルにわたしてしまうことになるのだから。
だが、カウカウが10日5割なのは取り立てが困難な客ばかりを相手にする違法金融だからである。行方をくらましたり、最悪が死者が出たりすることになれば、取立てはさらに難しくなり、リスクも高まるし、取り立てそれじたいにもコストがかかる。しかし仁の客はべつに金融機関を渡り歩いてるブラックな客というわけではないし、2ヶ月5割で割りに合うはずだと仁は熱弁する。仁としても、もうけが出なくても、いまは清栄メソッドをひとつでも多く売って清栄に認めてもらい、弟子になることが最優先である。そうすれば次の金儲けにしても次の段階になる。それでよいのである。
マサルは納得したようである。だが条件があると。丑嶋社長には絶対言うな、ばれたら俺もお前もマズイからなと。
マサルの条件を受けて、仁は少しびびっている。危険な行為はなるべく避けたほうがいいなと反省しているが、しかしなぜ「マズイ」のだろう。まず、そもそも、マサルは仁の客たちに貸す金をどこから出してくるのか。会社の金をつかうのだろうか、それともポケットマネーをつかうのか。じぶんの金を貸すとして、カウカウではそういう副業は許していたのだっけかな。おおっぴらにやらなければ問題はないが、そうするとやはり同業者、競争相手ということになってしまい、カウカウとしてはつぶさざるを得なくなるかもしれない。顧客の管理とかも、ある程度担当が決まっているっぽいから、金の細かい動きまでは社長も把握していない可能性はある。だから会社の金をつかっても3ヶ月くらいはばれないのかもしれないが、いずれにしても、そう考えると、会社の金でもじぶんの金でも、社員がそういうことをするのはカウカウ的には認められないのかもしれない。
天生と清栄が弟子候補のはなしをしている。しんこchは相変わらず絶好調だが、仁はまだ売っていない。しかし色々がんばっているらしい。ふたりには、仁としんこchがライバルであることも理解しているようである。やはり競争心というのが重要なようである。そして、そういう下層のものがちからをつければじぶんたちもさらに儲かるようになっているらし。ふーむ、なるほど。そうやって仁やしんこchが金持ちになり、天生メソッドでここまでできましたとネットでアピールすれば、さらにひとが集まってくる。彼らの存在もますます神格化していくわけである。
仁のところにはフェイスブックを見て興味をもったという、竹山という人物からメールがきていた。会ってみると、竹山は冴えない中年の男である。なんとなく興味をもったというふうではなく、非常にせっぱつまっている。リーマンショックで自主退職に追い込まれてから、アルバイト生活の日々だという。情報商材には幾度もだまされてきたが、対面して会ってくれたのは仁がはじめてであり、信じてると、そのように竹山は余裕のない表情でいう。清栄メソッドは最後の賭けだということで、竹山は全財産の30万を仁に託す。仁は詐欺師ではなく、心底この仕組みを信じている人間であるので、問題はないはずだが、じっさいのところまだ彼自身が金持ちになれていないので、その責任を負えるかというと、ちょっと苦しいものがある。竹山の金は重い。しかし仁が親から借りた金と同じように重い。ここで引き下がれば彼の未来もない。やりぬきましょうと、仁は金を受けとる。ともあれ1件売れたのだ。竹山も、じぶんが商材を購入したように、誰かにそれを買わせればいいのである。
天生がなんだかすごい美人を連れてドライブ中である。彼女に買い物させているあいだ、清栄から女の子が集まるというパーティーの誘いを受ける。ついでに仁がやっと1件商材を売ったことも知る。それを受けて、天生は仁も誘っておいてくれないかという。清栄は戸惑う。なぜそこまで気にかけるのかと。
清栄も仁のことを最初は気にかけていた。それといっしょだと天生はいう。仁は清栄と似ているというのである。
「私の塾を、情報弱者を食い物にしてると批判する人間がいる。
しかし大いに結構。悪評千里を走る。悪い噂ほど情報は早く伝わる。
そのことで私は関心を持たれ、私という人間の存在を宣伝できればお金に変わる」
そんな情報弱者の代表格が仁である。けれど、真っ白な人間はそれだけ多くを吸収する。天生はパーティーでひとつ人を試してみようと提案するのだった。
仕事中にメールを受け取り、パーティーにやってきた仁。会場は多くのひとでにぎわい、いつか仁が街でみかけたかわいこちゃんも姿が見える。最初のころ、なんとかっていうカウカウの顧客にパーティーに誘われていたが、これのことなのだな。
清栄の案内するVIPルームには天生が待っている。戸惑う仁に、天生は「女は好きか?」と問うのであった。
つづく。
「試す」とはなんのことだろう。
天生は、仁は清栄に似ているという。といってもたぶん、むかしの清栄ということだろう。いつか清栄は仁にむかってじぶんの貧乏時代のはなしをしたことがある。たぶんあれは本当のはなしで、だからこそ清栄は最初のうち仁に目をかけていたのだ。しかしただ貧乏なだけではなくて、天生のいいかただと、清栄もまた以前まで情報弱者だったということになるのだが。
悪評でもなんでも、名前が広がれば、ひとびと無意識下に天生の名前は刷り込まれていくことになり、社会に浸透していくにつれ、ふとしたときに天生の名前を目にした誰かがセミナーに出かけてみようと考える可能性が高くなる、たぶんそういうことだろう。たぶん、その悪評を受けて、近づかないようにする人間は、そもそも天生からすれば用のない人間なのである。さらに、やってきた情報弱者も、仁のようなスポンジ人間であるのだから、多くを吸収し、よく育っていく。しかもそれは、天生じしんの利益にもつながるのである。しかし、そうした情報弱者のすべてが「スポンジ人間」であるわけではない。いつかセミナーに乗り込んできた中年男性のように、いつまでたっても受身の「お客様」で、他責的な言葉遣いでしか仕事を語れないタイプの人間というのは、どんな業界でも一定数いる。仁を「試す」としたら、そのどちらなのかということ以外ないだろう。ここでは情報弱者というのがむしろポテンシャルになっている。というのは、情報強者は、このようないかにもあやしい、「0か100か」のリスキーな仕事に取り組もうとはしないからである。
天生は「女は好きか」と問う。そういえば仁の女性関係はほとんど描かれていないが、すれちがう女の子をかわいいと感じる程度には「男の子」である。だが、冷静に振り返ると、こういうときウシジマ作品なら当然描かれてよい自慰の場面はいままでなかった。あるいはそれが、なんとなく仁に好感がもてることの原因かもしれないが、ともあれ、けっこう純情なんではないかとおもう。「女は好きか」という問いは、いかにも成金がくちにしそうな、唯物的な物言いである。金さえあればなんでも手に入る、家も、車も、女も、というような言い回しは定型的によくあるが、家や車と女性が同列にあるというのが唯物的なのである。しかし、そんなふうに批判されても、彼らとしては心外かもしれない。金で強制力をつくりだし、むりやり女性を引き込んでいる、というわけではないのだから。
こんなとき、スポンジ人間はなんと応えるのだろう。逆に言うと、「お客様」体質の人間はなんと応えるだろう。天生は金というものさしをつかって、家や車と同列に女性を語る。女性が金と交換可能であるかぎりで、家や車と価値の大きさを比較することは、道徳的にはともかく、問題はないのである。
そして、このパーティーは「鉄板キャッチャー」という、なんのことかわからないが、はずれのない女の子が呼び込むものが仕切っている。おそらく天生は、仁に女の子をあてがおうとするはずである。スポンジ人間がそのときどうするかはわからないが、「お客様」体質のものは、当然、それを喜んで受け取るはずである。したがってこの試験の要諦は、仁が女の子を断るかどうか、というところにかかってくるにちがいない。それも、たんに純情で恥ずかしいから、とかいう理由ではなく、与えられたものに満足せず、じぶんのちからで手に入れたいから、という理由でなくてはならないだろう。あてずっぽだが、たぶん天生の試験はそういうものだろうとおもう。
それにしても、天生たちの、彼らにいわせれば「腹を括った」言を前にすると、怠惰なものたちもそれなりに暮らせる社会を目指す理想論も、いかにもちからを失ってしまう。天生にいわせれば、情報弱者こそ、チャンスがあるわけである。強者は寄ってこないわけだから。しかしげんに、それでぜんぜん稼げないものもいるわけである。リストの存在がそれを示している。というのは、すでに情報商材でもうけているものは、「お金持ちになる方法」を知っているわけであるから、そこからまた「お金持ちになる方法」を新たに知ろうとはしないはずだからである。おそらくリストに記載されている人物はすべて、過去に情報商材を購入し、失敗している人物たちなのである。情報弱者は、成功すれば、天生の神格化を促進することになるし、失敗すれば、同じところで情報商材を買い続ける。どちらにしても天生にはおいしいことになるわけだが、そこには必ず失敗しているものがいるわけである。仮にリストの人物がすべて成功したとしても、それがもたらすものは天生の神格化であり、また新しい情報弱者を補充するための仕組みを強固にするものなのである。たぶん、問題は「時差」によって見えにくくなっている。じつのところ、この情報商材のやりとりで「失敗」という概念は存在していない。というのは、じっさいに金持ちになったものたちが行っている方法をすでに彼らは手にしているのだから、彼らは潜在的にすでに金持ちなのであり、いま彼らが金持ちでないということは「未だ成功していない」というふうに読み換えられてしまうのである。そしてその理由は、個人の努力や、かけた時間の不足に求められてしまう。構造的に「絶対に金持ちになれる」方法を授けたものにいっさい責任が及ばないようになっているのだ。
マサルがかかわることでどうなっていくだろうか。仁の友人たちがもうけられるとはとてもおもえないし、そうすると、売ったぶんの15万は回収できても、元金の30万はもどってこない。そんなタイミングで丑嶋にばれたりしたら、仁に請求がいくことになるかもしれない。そのじてんで清栄みたいな金持ちになっていればいいのだが。というか仁はそのつもりなのかも。
- 闇金ウシジマくん(30) (ビッグ コミックス〔スピリッツ〕)/小学館
- ¥580
- Amazon.co.jp
- 闇金ウシジマくん 29 (ビッグコミックス)/小学館
- ¥580
- Amazon.co.jp
- 闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)/小学館
- ¥530
- Amazon.co.jp