今週の闇金ウシジマくん/第328話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第328話/フリーエージェントくん⑧





成果をあげ、尊敬する清栄真実のもとでともにはたらくために、仁はどうしてもスーパーメソッドがほしい。すでに初期天生メソッドを購入するためにカウカウ(マサル)に借金し、母親が仁のために貯めていた100万円をもらっている。マサルからはなんとか20万借りることができたが、仁は父親に土下座し、残りの180万をくれないかと頼むのだった。その仁の口調に感じられたのは、じぶんの立場、といって重ければ、じぶんの価値、そこに存在しているということがなにを示しているのか、そういうことに無自覚な、いってみれば若さのようなものだった。まあ、野望に燃える若者というのはそんなものかもしれない。僕にもなんとなく覚えがある。お金は、前の100万のようにもらうのではなく、借りる。必ず大きくして返す。返せなかったら、新薬の実験台をして金をつくると。親からすれば、息子には金に変えられない価値があるはずである。価値というか、金では数え上げることのできない意味があるはずである。そう自覚していなくても、親が存在していなければ子も存在していない。もし仁の両親が、仁をじぶんの肉体のいちぶのように感じていたとすれば、仁は「万が一お金が集まらなかったらあなたのからだを売ってあなたにお金を返します」といっていることになるのである。もちろん、人間には自我というものがある。親と子は同じ血を流す身内であると同時に他人である。だから、両親としてはまず戸惑いとさびしさを感じたにちがいないと、前回考えたのだった。


父親は、なにをおもったのか、お金をぽんと出す。母親によれば、ついこの前やっと満期になった生命保険のお金だという。たまたま手元にあったということだろう。この前のときは仁の味方をしていた母親だが、さすがにあやしいと考えはじめている。ついこの前100万必要だったのが、今回また200万。あやしいのは、最初から300万必要だったわけではないという点である。100万必要だったじてんで、さらに200万必要になるかもしれないとは、仁はいっていなかったし、じっさいそうなるとはおもっていなかった。傍目には、最初の100万をむだにしないためにどこかあやしいところにさらに200万つぎこもうとしていると、そう見えても不思議はない。

母親のことばに父親は黙っている。前のときは立場は逆だった。あるいは、あのときの仁の涙におもうところがあったのかもしれない。「返すんだろ?」と、仁を試すような表情で、父親は確認するのである。どうあれ必ず返済すると仁はうけあう。これはちょっと意外だ。父親には仁を突き放している感じはない。まだ親として金を出しているというふうだ。仁の、じぶんの身体を担保にするような発言は、ことば通りに、表層的に受け止めるのではなく、彼の本気度がにじみ出た叫びのようなものとして聴くべきなのかもしれない。


天生のセミナーでは今日もお金を稼ぐことのモチベーションを保つことが説かれている。絶好調(自称)のしんこchが清栄真実にはなしかけている。なーんか腹立つ感じのビジュアルに仕上げてきたなこの男は。前は無視というか、特に視野に入ってこないという感じであつかわれていたしんこchだが、いまは名前も覚えてもらっている。清栄のアドバイスをきいて、ブログ開設2ヶ月で月間5万PVまでいったそうだ。うちのブログはいま、アメブロのアクセス解析で1日平均2000から3000というところだから、だいたい月6万から9万ということになる。しかし、毎日2000を超えるようになったのは、ウシジマくんでいうと楽園くんをやっていたあたり、つい最近のことで、開始2ヶ月くらいのころなんて、せいぜい日に2、300というところだった。それにアメブロのアクセス解析はいろいろ判定が甘いというはなしを聞くから、botとかを除くともっとずっと実数は減ってしまうはずである。

清栄はしんこchのなんか腹立つビジュアルには特に触れず、とにかくそれを褒める。そして、そのはなしは仁も聞いている。というか、たぶんしんこchはわざわざ仁のいるタイミングを選んでそういうはなしをしている。仁はいかにもネット慣れしていない青年だし、そこまで対抗心を燃やすことがあるのかという感じもするが、勇気を出して「友達になろう」とくちにしたのがなかば無視され、しかも清栄とさっさと天生のところにいってしまったのをよほど根にもっているのだろう。


さて、うまくスーパーメソッドを購入できた仁は、ブログも大きく改造することができた。なんかよくわからないが、そのメソッドのパッケージでプロのカメラマンにプロフィールの写真を撮影してもらったり、天生の弟子ということか、服装やなんかも他人にコンサルティングしてもらって、みちがえるほど洗練されたブログになった。アクセス数も桁違いにのびたという。そんなものか。ただ、衣装は自腹で3万円。痛い出費だが自己ブランディングのためには不可欠と仁はむりやり納得する。

しかし、閲覧数はのびても、肝心の清栄ハイパーメソッドがぜんぜん売れない。30万もするのである。うちでコミックをポチッとするのとはわけがちがう。いったいどうやって売ればいいのか。

仁のほうでもしんこchへの対抗心がある。ブログ記事というか、なんかつぶやきみたいのを新しいほうから追っていくと、おだやかな気持ちではいられないようなことがたくさん書いてある。どこまでほんとうかわからないが、しんこchは今日も一件売り上げを成立させたらしい。その前の日には天生の家に招かれているし、清栄と出かけたりもしている。仁はたいそうくやしがる。ところで、しんこchは清栄と語り合った日を「世界一充実した一日」と形容している。まあなんということはない表現なんだろうけど、なんかひっかかる。「人生最高の日」ならわかる。つまり、じぶんの人生のなかで、じぶんの経験したほかの「一日」との比較で、その日が最高だったと語るのであればわかる。しかし「世界一充実した一日」とは、世界中のひとびとの経験したその「日」のどれよりも充実した一日ということなのである。もっと厳密にいえば、このつぶやき(ブログ記事?)を読んだ「あなた」よりもわたしのその一日は充実していたと、そういっているのである。この語調がとられた理由は2通り考えられる。まずひとつには、天生が表情や口調など、その存在すべてで表現している圧迫感である。つまり、「あなたの知らないことをじぶんは知っている」という例の感覚をつくりだす演出である。だいぶ前の感想で考えたが、天生が彼を崇拝するものたちに想定しているあこがれや尊敬は、そのリードされている、先んじられているという感覚、じぶんには見えていないものがこのひとには見えているという感覚に保証されている。そのために、天生はあえて、じぶんについてこようとするものを冷たく突き放す。距離を保つのである。しんこchのものも同様に、「これ(つぶやき)を読んでいるあなたとはこれほどまでに異なっているノーブルなオレ」という、つまりブランディングである。もちろん、そんなことをすれば、大半のひとは離れていってしまう。誰もが金持ちになることのみを目的に生きているわけではないからである。だいたいしんこchはなんか腹立つ。けれども、何人かはその「じぶんが見えていない(らしい)世界の相」にあこがれを抱く。それでもうそのキャラクター作り、つまりブランディングは成功なのである。

もうひとつには、本編が仁を中心にした物語であるので、やはりこれが仁個人に向けたメッセージではないかということである。


どうしてしんこchとこんなに差がついてしまったのか仁にはわからない。仁はSEO対策というのもやっているらしい。コマ外の註によれば、検索結果の上位にくるように工夫することをそう呼ぶらしい。具体的にどんな工夫なんだろうか。

それで多少閲覧が伸びはしたが、まだぜんぜんはなしにならないし、メソッドも売れない。節約のために即席らーめんやパスタな日々を続けているが、飽きてきた。おなじ構図のコマなのに、仁のラーメンを食べている顔と、その数日後パスタを食べている顔が微妙にちがっていておもしろい。そりゃずっと麺ばっかじゃ飽きるようねえ。

くじけそうなときは天生の動画を見る。成功の4つの条件とは、願望の具体化、代償、タイムリミット、明確なプラン、なのだという。それらを仁のなかで噛み砕き、紙に書いて部屋中に貼って大きな声で読み上げ、ポージングとともに、なかば自己洗脳的に自分自身に信じ込ませる。スポーツ選手なんかも、試合前なんかはこういうことをしているかもしれない。けれども、こういうメンタルトレーニングというのは、まあ僕はまともにスポーツなんかしたことないし、試合みたいなも少年部の空手でしかないので、想像でしかないのだが、メンタルが負の方向に傾いて実力が出し切れない、というありがちな状況を避けるための方途ではないだろうか。もしかすると、こうした暗示が強ければ、火事場の馬鹿力的に脳内麻薬がこうなんやかんやして実力以上のものが引き出せる、なんてこともあるのかもしれないが、基本的にメンタルトレーニングはそれじたいでどうこうというものではない気がする。つまり、仁でいえば、それをすることでお金が入ってくるわけではないのである。自信は大切だし、それがなくなりかけているとき、どうにかそれを保持する方法をもつことは、生きていくうえで重要なことではある。しかし仁の表情は異様である。たった2コマで「やる」と12回もいっている。


最近はこんな調子だが、仁にはどこか、諦念というか、アンニュイな感じもあって、さっきまでの気合はどこにいったのか、「最高の人間なのに成果は上がらず、今日もバイトだ」と、自己諧謔的というか、半笑いで卑下するようなところがあり、現代の若者というふうで、彼が憎めないキャラになってるゆえんかもしれない。

だが、競馬のはなしをしている同僚たちをみる視線は冷ややかである。こいつらは這いつくばる芋虫、じぶんはいつか羽根をひろげるさなぎだと。

そこへ、いつか仁がみかけたかわいいふうの女の子が通りかかる。忘れちゃったけど、あれか、丑嶋の顧客のなんとかってやつにパーティーに誘われてた子かな。成功したらあんな子とつきあえるんだろうなと。


さて、今日のセミナーは非常に重要なものである。だいぶ前からはなしには出ていた、優良顧客のアドレスのリストである。天生は上手にはなしをすすめる。誰もが情報商材を買ってくれるわけではない。いきなり高級布団の営業がきても、ほとんどのひとは相手にしない。しかしごくまれに、ちょうどいま高級布団が欲しかったというひとがいるのだという。そういうひとを最初から知っていればこれ以上の強みはない。




「我々の営業方法は、説得して相手を同意させることではありません。


最初から同意する顧客だけを相手に商売します」




じつにネット時代らしい発想なのかもしれない。ふつう、リアルの店舗というものは、お客さんの必要としているものをまんべんなくそなえながら、同時に、欲望していることにお客さんじしんさえ気づいていない、そういうものを並べておくものである。そういう経験がなければ、食料や消耗品を販売するのではない店にリピーターというものはいなくなってしまう。だが、ネット時代に入って、パソコンを通した通販が当たり前になっていくと、どうしても、じぶんがいま必要としているものばかり購入するようになってしまう。販売店としてもそれでいいのだから、問題はないわけだが、アマゾンなどを見ていても、なんだっけ、「これを買ったひとはこれも見ています」みたいなのとか、そういう単線的ではない機能も増えているし、やっぱりそういう引きは、ネットでも大切なんじゃないかとはおもう。

しかし天生は、用のないひとは相手にしない、と断ずる。用のあるひと1万人のアドレスが入ったディスク、1件1000円、1千万の価値があるこれを、今回300万で譲ろうというのである。





つづく。





また金が必要になってきた。仁はもうさすがに親は頼れない。いますぐ成果を出すか、こうなるともう、あとはマサルしかない。


このリストとはいったいなんだろう。かってにアドレスが拡散してしまうわけだから、合法ではないんだろうな。かといってダイレクトメールや迷惑メールがきたくらいで通報するひともいないだろうから、表面的には違法でもないと、そんなところか。カウカウファイナンスもなんかこういう感じのものをもっていた気がする。カウカウでは、これまでの顧客は当然として、同業のヘビーユーザーとか、要するにお金に困っていて街金では借りられない、しかも闇金の利用経験がある、こういうひとは、カウカウの顧客になる可能性が非常に高いわけである。そういう人物を調べてまとめ、カウカウなどの闇金に売る業者があるわけである。


もしリストの内容が天生のことば通りなら、たんに営業をかけるという意味合いにおいては、別にどうということはないのかもしれない。アマゾンでCDやDVDを買えば、同種のアーティストの新作情報とか値下がり情報とかメールでくるし、高めの思想系の全集とかを買えば、いかにもそれを読んでるひとが好きそうな人文系の新刊情報が流れてくる。だから、営業としては、ふつうのことである。しかし、うえのようなしかたでアドレスが流れているのだとしたら、これは要するにアマゾンでフロイト全集を買ったら楽天からマルクス全集をすすめられた、みたいなことになるのである。そのメールがどこからきたのか気にしないとすれば、こちらとしては同じことである。だけれど、ふつうはそうもいかない。そして、天生は果たしてそうもいかない人々のアドレスを売るだろうか。そこで、どこからメールがきたのか気にしないようなひとびと、つまり、「どうであれマルクス全集を買うにはちがいない」という具合に、もっとも手近な現象でしかものごとを識別できないひとびと、こういうひとたちを相手にしている可能性がかなり高い。それはちょうど、金をもうけるにあたって、それがどういう機能でじぶんのもとにやってくるのか頓着せず、ただ手元に積み上げる札束の重さだけですべてのものごとに判定をくだすような、そういうひとたちなわけである。

そうだとすると、アドレスの出自も含めて、その人物はおそらくすでにこうした情報商材の仕事をしたことがあることになる。ということは、戌亥の情報も含めると、彼らはそうした商売で成功して天生のようになったか、失敗してパンクしたか、どちらかの人物ということになる。成功した人物は、「金儲けのしかた」を販売して成功しているわけだから、「金儲けのしかた」をすでに抱えているわけである。したがって仁の販売する「金儲けのしかた」を必要とすることはない。つまり、まあ直観的にわかっていたことだが、このリストに掲載されている人物というのは、まずまちがいなく、全員「以前情報商材の仕事をしたことがあり、失敗したひと(そしてまだ懲りてなさそうなひと)」ということになる。じぶんなりの信念や、商売の理想があって挑戦し続けているというのならまだいい。でも、そんな信念があれば、彼はメールなど待たずじぶんでことをはじめ、そしてまた失敗していることだろう。もちろん、このなかにはこれに懲りて、もうこの手の仕事はやめようと考えているひともいるにちがいない。そうしたひとに、誘惑的なメールを送りつけるわけである。これでは、老人の家に強気の営業をかけるしかたと大差ないようにおもえる。


メールを送る仁の側も、やはりそれを受け取る側と同種の思考作法にある。じっさい仁は、目標をたてている場面で、倫理観、良心、睡眠時間にかえてでも成功を勝ち取ると誓っているのである。つまり、仁のなかで、そのような状況になるかもしれないというふうに想像は及んでいるのである。これは「社長になる」とか「50本売る」とかいう目標と同列に誓われているので、仁のなかではまだ達成されていない、困難な課題である。いまは倫理観が邪魔をするけども、いつか必ずこれを乗り越えると、そういうふうに、あたまで誓っているのである。そして、まさしくこれが問われるのが今回のメールだろう。そもそもメールをするかどうか迷う以前に、いまの仁にはそれを買う金がないのだが、逆に、どうにかして用意してしまえば、もはや迷ってなどいられないということになって、彼は良心を乗り越えてしまうかもしれない。だが、たぶん彼は金を用意できてしまう。たほうでマサルが丑嶋越えを志しているからである。丑嶋は闇金業に徹して幼馴染の竹本優希をおいつめた。マサルもそれをしなければならないということはべつにないのだが、マサルはあのとき「おれだって」と考えたようにおもう。だから、金を貸して儲ける、ということ以前に、いまのマサルではとにかく高額貸しつけて、返せなかったらそれでもよし、回収のために友さえも地獄に落とすじぶんのありようを見せてやると、そういうふうに考えている可能性が高いのである。白豚はどんなリアクションをとるかな。最近見ないけど。








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