第323話/フリーエージェントくん③
日雇いの生活に不安を覚える毎日で、友人のマサルたちとの差を知ったこともあった村上仁は、いかにもあやしい感じの天生翔という男のセミナーに参加することにする。このセミナーもまた、傍目にはかなりのうさんくささで、金儲けもなにもなさそうにおもえてくるが、参加しているものにはそのように感じられないようであるのは、天生のカリスマかもしれない。
だがそれでも、はんぶん疑いながらきたような仁のようなもののうちには、このじてんでもまだ信じきれていないぶぶんはあったろう。まるでそれに応えるかのように、天生たちを詐欺集団と呼び、だまされて借金まみれになったという男が会場に怒鳴り込んできたのである。
男は制止しようとした女性をつきとばし、かなり大声をあげている様子である。じぶんの父親くらいの年齢の男が、そんなふうに騒いでいるのはいかにもだらしがない。そうおもった仁は、特に立ち上がったり詰め寄ったりということはしていないが、「なんなら、口きけねーよーにしてやろうか?」と静かにすごむ。さすが元ヤンキーくん!いや、いまでもヤンキーくんなのか?(いずれにしてもフリーエージェントくんとヤンキーくんの思考作法はかなり似通っているということは以前書いた)丑嶋社長に近い迫力さえある。
それで少しは落ち着いたように見える男に、今度は天生が話しかける。じぶんたちが提供したカリキュラムをちゃんと実行したか、なぞるだけではなく、やり遂げたと言い切れるかと。男はパソコン関係に疎いようだが、バカでも稼げるというはなしだからのったのだと、そういうふうに男はいう。ふむ・・・。いったいどこから手をつければいいのやら・・・。
天生は机のうえに100万円の札束を出し、では選びなさいという。いま100万円を取り返すか、数ヵ月後1億円をとるか。蛇口をひねれば水が出てくる。しかしそれは「水道代を払っているから」ではない。浄水場から自宅の水道に水が届くまで、莫大な費用と手間がかかっている。ネットビジネスも同じである。ある程度の費用は当然だと、天生はいう。
月収100万になるのは捉え方ひとつ変えればよい。天生はペットボトルを男に見せ、どんな形かと問う。ペットボトルの形をしているように見えるが、男はなぜか「筒状」と応える。しかし天生はペットボトルを横にし、底を見せて「丸」だというのだ。たぶん小学生なら「ズルイ!」というところだろうが、男はことばにつまってしまう。
天生の類稀な話術に引き込まれたか、男はなにやらわけもわからないまま納得させられるかたちで、もう一度挑戦することを決めてしまうのだった。会場からは自然と拍手、声援。「夢は叶う」と全員で唱和して、今回のセミナーは終了である。
参加者のなかにはこころのそこから感動していたものもいるようで、スマホを通じて感動を動画で実況中継している。一日中テレビの実況と無意味な動画を垂れ流すことはやめて、天生塾で人生を変えると。テレビの実況とはなんぞや・・・。男は天生塾を「マミーッ!」と讃えているのだが、これなんなんだ。生活保護くんの佐古もこころのなかでこう叫んでいたけど、調べてもわからなかった。ニコ生とかそっち系の界隈で通じているなにかおまじないみたいなものだろうか。今度くわしいひとに聞いてみよう・・・。
清栄真実(きよさか まこと)という清潔そうな男が仁に話しかけてくる。仁がすごんだとき、壇上からその様子を注視していた男だ。マミーの男も反応しているので、たぶん天生塾ではそれなりの実力者なのだろう。
100万なんてすぐ払えないという仁を真実はドライブに誘う。フェラーリ458という、なにやら近未来的なカッコイイ車である。
真実は天生のようなうさんくささはそれほどない。天生は、上から目線と冷笑をあえてまとうことで、超然とした雰囲気をつくりだし、あなたの、そしてみんなの知らない世界のある相をじぶんは知っている(そんなわたしのもとにやってきたあなたは冴えている)、という横顔を演出する。ある意味で、天生ではうさんくさいことそれじたいが営業戦略になっているのである。たほうで真実は、清潔感と語りやすさを担っている様子だ。
真実は、大きく稼げる人間と小さくしか稼げない人間のちがいがわかるかと仁に問う。仁は、わかるわけない、わかったらこんなところこないと応える。口調は乱暴だし、たんじゅんな会話だが、仁は意外と論理的な人間なのかもしれない。
笑いつつ、真実は「こたえ」を語りだす。多くのひとはリスクを回避して安全な道をとろうとするが、じぶんたちはちがう。リスクをあえてとる。それが勝ち組と負け組のちがいなのだと。
真実はトンネルで車をとばす。「音速の決断力」というのは比喩だとおもうが、爆音が時間差で追いかけてくるとはどういう意味だろう。トンネルで反響している音がずれて聞こえているとかそういうことだろうか。いずれにしても、この走りそのものが彼らの生き方の表現になっている。そんなにとばしたらもちろん危ない。車や障害物に激突すれば命が危ない。けれどもあとから追ってくる爆音はたまらなく快感だ。リスクを先にとれば、お金はあとからついてくるのだと。
つづく。
ううむ。いったいどこから手をつければいいのか。
まず、セミナーに乱入してきた中年男性はなんだったのか。結果的には天生の評価をあげることになったので、サクラ、というか、座興のようなものだったという可能性はかなり高い。天生翔という男はいかにもうさんくさい。仁であっても、天生のことばには半信半疑だった。それでセミナーにこないのであれば、それは天生には関係のない人間である。しかしこの会場にいるものたちは、当たり前だがセミナーにきたものたちである。半信半疑ながら、そうであったらいいなという希望をこめてやってきたものたちである。天生にはそれでじゅうぶんだ。彼らが疑いをもってやってきていることなどよく承知している。そのうえで天生は、うえで見たような圧迫的な冷笑、構造的な上から目線を参加者に与えることで、みずからの超然とした雰囲気を際立て、さらに、「セミナーにやってきた」ということそれじたいが示している、彼らの願望に応える。アフロ田中でも、あるときに田中がそんなようなことをいって岡本に否定されていたが、世界にはなにかこう、なんとなく上手くやっていける抜け道みたいなものがあるんではないかと、ひとは夢想することがある。あっても、それを信じてはいない。天生は、まさにその抜け道を「熟知しているかのような表情」を見せるだけでいい。加えて、天生のカリスマと超然とした雰囲気が、これを保証する。かくして参加者の信疑のうち信用のほうは、かなり強固にゆるがぬものとなる。あとは残った疑いを抹消すればよい。そこで、じっさいにその疑い、ほんとうに稼げるのかよという疑問を具現した人物が登場する。天生がその人物をもし説得することができたなら、参加者の疑いも同時に説得されることになる。以上の推論は中年男性がサクラだと仮定したときの仕組みのおはなしである。とはいえ、男が仕込みであろうとほんものであろうと、天生にはどちらでも同じことだろう。天生が参加者の疑いを自覚的にコントロールしているのであれば、それを説得するためにこういう闖入者を設定することはありえるはなしである。しかししていなかったとしても、天生ならかんたんにそれも利用してのけるだろう。
さてその説得の方法だが、じっさいのところかなりの説得力である。天生塾の方針をまとめると、カリキュラムを実行すれば、バカでも月収100万になれる。しかしそのカリキュラムは、きちんとやり遂げたといえるレベルでなくてはならない。だとするなら、「馬鹿でも稼げる」という文句はつけくわえるべきではないようにおもえるが、それはたとえばネットのことなどを理解しようとする努力をいっさい払わないでも稼げるということではないのかもしれない。というかまあ、ふつう、お仕事というものはバイトであってもそういうものだが、ともかく天生は、いつかは稼げるようになると、そのようにいう。それまでつきあうと。ここに、「どんな馬鹿でも覚えられる仕事です」という募集要項の仕事があったとする。じぶんは馬鹿だけど、そういうことならやってみようという気になる。しかしいつまでたっても覚えられず、疲労するばかりであつかいは研修のまま。そこで、「馬鹿でも覚えられるというはなしだったじゃないか、覚えられないぞ」と、そのように訴えかけているのが、この男である。対して天生はどのようにこたえたかというと、水道から水が出るのが奇跡であるように、ひとが仕事を覚えるということもある程度の労力の積み重ねの結果であると、そのようにいうのである。でも大丈夫、いつかはできるようになる。だからその日まで、研修生のままがんばろうと。
ペットボトルの形についてのやりとりも、なかなかおもしろい。どんな形かと問われて、男は筒状と応える。しかし、ボトルの向きを変えた天生は「丸」だと応える。これは、男の視点が変わったというよりはむしろ、天生がペットボトルの形を変えたといったほうが正しい。そもそも「筒状」といういやに平面的なこたえをしたじてんでこの男が仕込みではないかという疑いはもっとも高まったのだが、それはとりあえずおいて、厳密にいえばペットボトルはペットボトルの形をしている。そしてペットボトルは、ある方向から見れば丸いかたちをしているし、それは筒状の底のぶぶんのことを指している。つまり、筒状であると同時に丸であるのが、ペットボトルという形状の性質のはずである。したがって、この問いが仮に2択形式になっていたとしたら、男はどちらをこたえていても、正解を引くことはできない。なぜなら、男が応えたものではないほうを正解だと天生が設定するからである。たぶん一事が万事、天生はそういうトリックを駆使して、演説をすすめているのだろう。つねに、あなたが知っていること、見ているもののいくつか高次の段階にじぶんはいる、そのように示しつづけることで、希望を抱くものたちはさらにそれにしたがいやすくなっていくのである。
今回登場した真実という青年は、フリーエージェントくんの哲学をかなりわかりやすく示してくれた。リスクを先にとったものが大金を得るというのである。当然、「リスク」であるわけだから、事故るものも出てくる。事故をおこすものがまったくでてこない仕組みがあるのだとしたら、そもそもそれは「リスク」ではない。「リスク」がある以上、致命的な脱落をするものが出てくるかもしれない。というか、脱落者が出る可能性のあるような道のことを「リスクがある」と形容するのである。だとすれば、それは普遍的なセオリーにはなりえない。たぶん、彼らのセミナーが正論をいっていてもうさんくさいのはそういうのもあるだろう。だから、この原理を一般化することはできない。真実や天生といった個人が、結果として「大金を得ることができたのはリスクを先にとったからだ」と語ることはべつにかまわない。しかしそれを概括して法則のように語ることは「リスク」ということばがある以上できないはずである。論理的には、大金を得たもののほとんど、あるいはぜんぶは「リスク」を先にとったものだが、「リスク」を先にとったからといって大金を得ることができるとは限らない、そういうことになる。これを普遍化して、ノウハウ、「こつ」として100万円で売るというのは、やはりちょっと奇妙ではある。仁は彼のことばをどのようにうけとめただろう。彼がリスクをとるとなると、まずは用意できないはずの100万を借金するところからはじまるのではないかとおもわれる。となると、友人ふたりは金貸しで、そのうちひとりは主人公のところで働いているのだから、たぶんそういう展開になっていくのだろう。
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