第278話/洗脳くん⑥
今週のスピリッツには真鍋昌平と、映画「闇金ウシジマくん」の監督、山口雅俊の対談が掲載されている。キャスティング含め、わりとしっかり映画のはなしをしている。本当に楽しみですね。
さて洗脳くんだが、先週の煽りではいよいよ今回のターゲットと丑嶋が接触するということだったが、少なくとも上原まゆみと丑嶋は今回出会うことはない。そのかわり、勅使川原先生が丑嶋の前にあらわれる。というのは、丑嶋は金子のばあさんのとりたてに下町っぽいところにきているわけだが、勅使川原はそこで占い師をやっているのだ。金子さんも世話になっていて、例のパワーストーンをつけている。てっきり僕は、金子のおばあさんじしんがデリヘルで稼いでいるとおもったのだが、そうではなくて、運営しているということかもしれない。
とにかく、その副業で景気がよい。じゃあ金返せよという感じだが、それは勅使川原のパワーストーンのおかげだというはなしだ。
勅使川原先生は金子さんにはあまり興味がなさそう。すぐどこかにいってしまう。しかしいちおう、丑嶋はこのやりとりを見ていたので、勅使川原という存在は認識された。
暗い部屋のなかに天明なんとかの火をつけて丸くなっている上原まゆみだが、鬱々とした表情で勅使川原先生に報告をする。先生の教えどおり、上司や彼氏とは距離をとっていると。別の日にふたりは顔をあわせ、まゆみは新しいパワーストーンをもらう。「出会いや人間関係」がよくなる石だそうである。まゆみはそれをうれしそうに装着する。先生はそのまま去ってしまうが、そこに、まゆみがもっている靴を褒めるなにものかが背後からやってくる。まゆみは振り向いた拍子に、相手のもっていた飲み物に肘をぶつけてしまう。まゆみの足にこぼれたそれをすばやくふき取るのは、神堂大道(しんどう だいどう)だ。神堂は「大丈夫ですかまゆみさん」という。前回の雹が降ったあのとき、見たところ特にまゆみのほうで自己紹介ということはしていない(借りた傘に名前が入っていたので、まゆみは神堂の名前を知っている)。だから、神堂がまゆみの名前を知っているのはおかしい。まゆみも一瞬そのことを訝るが、コーヒーで服を汚してしまったことに気が向いてしまう。
今日出会ったことも奇遇だが、神堂も皇居の周りでジョギングをしているということである。じっさい、次のジョギングでまゆみは神堂と遭遇する。
疲れてきた神堂にまゆみが「頑張りましょう!」と声をかけると、「頑張るって言葉が嫌いです」というお答えである。頑張るは我慢。ガマンして金儲けばかりしてるから心が貧しい。
「人間の可能性というのは無限に広がっているはずです。
お金がないとダメという巨大な洗脳の中で現代人は生きている。
親が子供を洗脳してる世の中です」
ひとびとが共有している価値観も、一種の洗脳であると神堂はいう。その価値観が存在する以前の世界を想像できない、そういうレベルまで意識を操作する、それが洗脳ということだというのが僕の理解だが、一般的にそういう認識が通っているという点でいえば、たしかに、金という価値観で、ひとはひとを、互いに洗脳しているといえるかもしれない。
いずれにせよ、神堂からすれば、そんな人生は本来の生命活動に忠実なものとは決していえない。ひとはどんどん空虚になっていき、適当なものでごまかして生きていくしかなくなる。生きがいを感じているかということばが、まゆみに突き刺さる。
とにかく、走り終えた達成感でふたりはだいぶ打ち解ける。笑顔が素敵ということで神堂はそれを撮影し、写メを送るという。いつの間にアドレスを交換したのだろうか。そこにハシくんから電話。どういう状況だかさっぱりわからないが、ハシくんは猫なのでしかたない。たぶん、お店のあるビルの屋上らしきところで仲間とキャンプをしたのだが寝付けない、三人泊めてくれないかというわけのわからないお願いである。キャンプといっても、てきとうに酒やらなんやらを広げているだけだ。まゆみは当然断るが、神堂はそのまゆみの様子を、おそろしい形相で見ている。電話を切ったところで、メールが届く。いい笑顔のまゆみだ。そこで、神堂の表情ももとに戻っているのだった。
つづく。
神堂がいよいよまゆみに接近してきた。
神堂がまゆみの名前を知っていたことから、彼が単独ではないということがわかる。もちろん、ずっとつけてまわっていれば、誰かがまゆみのことを呼ぶ可能性もあるわけだが、ふつうに考えて、まゆみの名前、性格、ジョギングをしていること等の情報を、勅使川原が漏らしているにちがいない。まゆみと神堂のあいだには、小さな偶然がいくつも連続する。雹に関しては操作はできないが、最初の出会いも、今回と同様、勅使川原と約束をしていて、そこにむかう途中だった。ジョギングをしていることを知っていれば、靴を褒めるところから入り、じぶんもしているというふうに懐にもぐりこみ、さらに次のジョギングで遭遇してしまうなんていうシナリオを書くこともたやすい。「偶然」には、わたしたちにとってロゴス的に知覚できる、つまり「数え上げる」ことのできる世界外のべつの秩序の存在をおもわせるものがある。現状に倦み、うつろになっているまゆみはそうしたボキャブラリーを無意識に求めている。そうした分析を通過せずとも、単純にスピリチュアル女子なのだから、偶然には弱いはずである。しかしもちろん、それはどこまでも「偶々」でなければならない。陰で細かな情報を得ていたなどというロゴス的な「仕掛け」があってはならない。だとすれば、神堂がいきなり「まゆみさん」と呼びかけたのは、ふつうに考えるとかなり奇妙だ。
神堂の運勢観では、ひとの運命というものは前もって定まっている。厳密にいえば、生まれた瞬間、星座の位置によって、すでに決定されている。この理屈でいえば、偶然はなく、すべては必然だ。と同時に、勅使川原先生はラッキーアイテム、またアンラッキーアイテムということばを使用する。パワーストーンも、運気をあげて人間関係をよくするなどの効果をもつものだ。その点では、両者の思想は異なっているように見える。人生が星座によって決定されているものなら、ラッキーアイテムをもっても、あるいはなにもしなくても、同じ道をたどることになるからだ。だが、収縮する現状から新鮮なワーディングで世界を読み換える方法に可能性を見るスピリチュアル女子では、ラッキーアイテムのもたらす幸運は、「ほんらいあるべきわたし」、あるいはそれ以上の、「ハイヤーセルフ」へと導くものなのだ。勅使川原先生は、本来本人には語ることのできないトラウマ的物語を、分析医のような表情であたかも共作するかのようにふるまいながら、まゆみにとっては新鮮で見通しのいい新しい世界の単位となる特殊な言葉遣いで既存の概念を読み換え、彼女固有の語られることのない物語を捏造し、書き換えてしまう。ハシくんはともかく、上司との関係も悪くさせることで、よりいっそう彼女の世界は収縮し、未知の言語への渇望は強まっていく。勅使川原先生の役割は、そうした狭い世界で「我慢」しながら生きている彼女を導き、解き放つことである。ではどこに導くのかというと、それがたぶん、必然の世界、偶然のない世界、ラッキー・アンラッキーにさえ左右されない世界、すなわち、神堂の世界なのだ。
現状のまゆみ、あるいは今後のまゆみは、偶然を感じ続けることにより、勅使川原先生のアイテムの効果と、たしかにこの向こうに、すべてが必然であるような世界があることを感じはじめるだろう。
神堂は「まゆみさん」と呼びかける。ここでこの名前をくちにすることがそれほど重要とはおもえないが、ジョギングをやっているというレベルではない、まっすぐな名前の言い当ては、まゆみのなかに疑問をおこしながら、同時に、神堂が圧倒的外部、まゆみのあこがれる新世界の最奥部にいることを、無意識につきつけるものかもしれない。勘だが、いずれ神堂のほうから、この「タネ」を明かすような事態がやってくるのではないかとおもう。だがその瞬間、まゆみの人格がもとにもどる、ということにはたぶんならない。そのときには、彼女の物語はすっかり勅使川原、あるいは神堂仕様に書き換えられているのであり、まゆみはそれを勅使川原や神堂の言葉遣い、語彙で、解釈するしかなくなっているのである。
神堂は「頑張る」ということばが嫌いだという。彼はこれを、すべて金の問題に収束させる。ジョギングは、べつに金のためにやっているわけではないが、大きい視点で見ると、たとえばストレス解消でやっているとすれば、そもそもそのストレスは金を稼ぐために我慢して仕事をして生じたものかもしれず、だとすれば同じことではないかと、説明はないが、そういうことかもしれない。といっても、働くことや達成感そのものを否定しているわけではなさそう。一般的に、金がないとダメという価値観がある。すべての生はそこを基本にして動いている。だから達成も、原則的にはその価値観に返っていくものである。たぶんそういうことだろう。しかし、このことばの内容は、たいした意味をもたないかもしれない。重要なことは、まゆみのなかに現状を成立させている要素への懐疑を芽生えさせ、それ以外のものにあこがれを抱かせるという構造のほうなのではないかとおもわれる。まゆみ自身は、べつに金儲けに熱心であるということはないかもしれない。だけど、神堂の「一般論」、さらに、事実「生きがい」のない彼女への問いを聞いて、「目が開かされた」ような気分になっている可能性はかなり高い。神堂が採用しているのはそういう話型なのである。
そして、収縮する現状を新しい語彙で読み換えていく彼女に対し、すさまじいリアリズムで金の価値観を体現するのが丑嶋である・・・たぶんこのシリーズはそういう構造になっていくんではないだろうか。
- 闇金ウシジマくん 25 (ビッグ コミックス)/小学館
- ¥550
- Amazon.co.jp
- 闇金ウシジマくん被害者の会~それでも心に刺さる迷言禁言100 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)/小学館
- ¥600
- Amazon.co.jp
- 闇金ウシジマくん (小学館文庫)/小学館
- ¥580
- Amazon.co.jp
- 新装版 スマグラー (アフタヌーンKC)/講談社
- ¥680
- Amazon.co.jp