第274話/洗脳くん②
第1話冒頭の凄惨な場面につづき、ウシジマでは珍しい「1年前」という時間表現。
このことで、現在進行中のまゆみの物語はどうしようもない不安感を宿すことになった。
上原まゆみは今年で28歳になるスピリチュアル系婚活女子である。妹のみゆきは、だらだらしてるけど、来週結婚式ということ。実態はどうあれ、年下の妹が結婚するのだから、両親からのプレッシャーも大きくなる。
まゆみの仕事は雑誌編集で、「ノマド」というライフスタイル誌の担当らしい。37歳未婚の林編集長をネタに、まゆみは原口という同僚とまた結婚のはなしをしている。といっても原口は既婚者で、林編集長についてわりと厳しい陰口を叩くのだが、まゆみも胸のうちではひとごとではないだろう。しかし、「なんかイライラしている」という編集長について、「合コンしまくってるのにいい相手が見つからないからじゃない?」というのは、なんというかひどい。だとすれば、林編集長は年中イライラしているはずであり、とすれば、「(今日は)なんかイライラしている」という感想は出てこないはずだからである。この年頃の女子にとっていかに「結婚」が喫緊の要事であるかということがよくわかる。既婚者の原口にしても、じぶんはすでにそれを達成しているから、それをくちにして表現したいという欲求があるにちがいない。
さて、結婚するつもりはないとはいえ、いちおう、現彼氏であるハシくんの登場だ。しかしハシくんは猫にあこがれる無気力男子であり、イケメンだがいかにも頼りない。まゆみに世話をしてもらう気まんまんなのだ。改善する気もなさそう。
まゆみは友人のユカリとどこかの公演でごはんを食べる。ユカリもまた、結婚相談所に登録して婚活をしているいまどきの女子である。しかし、結婚相談所というのはおそろしく金がかかるところらしい。入会費30万、毎月の会費が2万、さらに結婚が達成されたら成功報酬が20万ということである。ふつうに考えて高すぎるけど、それだけ、彼女たちにとって「結婚」ということが重要なのだ。結婚できたからといって、女性には出産もあるし、すべての不安が解消されるわけではないが、ともあれ、周囲のプレッシャーからは解放される。先週とおなじく、いまの彼、ハシくんとは結婚する気がないというまゆみを、ユカリはじっと見つめる。
その夜、何度も携帯が鳴るので、まゆみはハシくんのメールボックスをのぞいてしまう。友人のユカリなのである。甲斐性なしといってもハシくんはイケメンであるし、不安のかたちはひとそれぞれだ。ユカリは以前からハシくんをねらっていたのかもしれない。
まゆみは、スピリチュアルカウンセラー・勅使川原先生に電話をかける。お世話になっているという、例の数珠を売ってもらった先生だろう。ユカリとハシくんのやりとりは決定的だ。まゆみは、別れようと考えていることを先生に打ち明ける。先生はそれをすすめる。そして、今度ワークショップにくるようにいうのだ。
先生のところにむかう途中だろうか、傘が折れるほどの突風が吹き、さらに雹がふりはじめる。ハシくんの理想である猫たちは車のしたに避難、そして、黒い傘をさした不気味な男が、上着をかぶって走り去るまゆみをじっと見つめているのだった。
つづく。
なんだかいやな感じの表情の男だ。べつに怖いとかではないが・・・というのは三蔵とかに比べてのはなしだが。服装の感じからいって、前回「で?」を連発していたのは、たぶんこの男だろう。勅使川原先生とこの男は無関係なのだろうか。
それにしても、まゆみは年中結婚のはなしばかりしている。というか、まゆみの意志とはかかわりなく、そういう波動のなかにいるという感じだろうか。それなのに、現状まゆみの彼氏は猫のような、餌を求めるペットのようなものであって、ペットはもちろん、精神的に癒しを与えてくれることはあっても、将来への不安に具体的な解決策を差し出してくれるものではない。高望みをするスピリチュアル女子でなくとも、多少不安におもっていてもしかたないかもしれない。そこに、ユカリからのメールだ。そもそも、犬とちがって猫は、しばることのできない生き物である。猫を猫としてあつかうぶんには、奔放不羈なぶぶんがあっても、われわれはむしろそこをこそ猫性みたいなものの発現として愛でるかもしれない。だが、猫とは結婚できない。
周囲からの、意識的・無意識的を問わないプレッシャーと、将来への不安。そうした、いわば構造が、まゆみに「結婚」を避けられない、そして到達しなければならない人生のひとつの段階ととらえさせる。ひとりで稼いで生きていけるとか、家名を気にするなんて古すぎるとか、そういう言説も存在するが、げんにどうであるかはさして問題ではない。まゆみにとっては「結婚」は真善美のようなものなのだ。
つまり、人生という大きなものさしで見たとき、まゆみの考えでは、「結婚」は必ずどこかに組み込まれていなければならない。組み込まれていなければ、その人生は不完全である。将来の不安などの理由から結婚が措定されていたはずが、すでにそれじたいが達成されないことで不安を呼び込むようなものになっているのだ。
このまゆみの考えでは、未婚状態は宙ぶらりんみたいなものかもしれない。ユカリは結婚相談所に大金をかけているが、まゆみはスピリチュアル路線に進んでいる。まだ合コン等の描写がないのでなんともいえないが、男にがっついている気配はそれほどない。しかし、この「不完全」の感覚は、日を追うごとに強まっていくにちがいない。
この「不完全」は、欠如の感覚、「ほんらいのわたし」に追いついていない、わたしじしんの「遅れ」の感覚だ。まだ勅使川原先生も、あの男も、はっきりとしたことばを発していないのでなんともいえないが、前回の仮説を継いでいくと、スピリチュアル系の言説は、このように明瞭な、合理性のことばづかいの外側にあるものをイメージしている。勅使川原先生はまゆみの「インナーチャイルド」が泣いていて、もっと響きあうひとが必要だという。しかし、これじたいは、たいしたことはいっていない。誰だって、男性だって、恋愛においては、「わたし」の本質と響きあう出会いを期待しているはずだ。そこに、勅使川原先生は独特のことばづかいをあてはめる。この先生があの男とどう関係するかわからないが、スピリチュアルな言説の一例として考えたとき、そういうふうにはいえるとおもう。このじてんでは、普遍的な恋情のただの言い換えにすぎない。しかし、あらたなことばを与え、具体物としたとき、そこからは新しい物語、新しい世界観をつくることが可能になってくる。たとえば、このインナーチャイルドが手足をもってじっさいに歩くことが可能となったらどうだろう。その世界観において、われわれはインナーチャイルドを追ってどこかに向かわなければならないのではないだろうか。
そうして、言い換えは、わたしたちの既知とする合理性の世界の、外側の世界と通じ合う。そこには、方法か、あるいは具体的な出会いが期待されるのかもしれない。とにかくいえることは、この衝動が、不完全なわたしが達成を求めて動くしぐさの相似形だということである。問題なのはおそらく、いま見えている合理性の世界には解決策はないと、一種のあきらめを経由しないかぎり、この世界観には到達できないということだろう。それはそれで、じっさいにヒーリング効果はあるだろうし、「世界観」にとどまるかぎりにおいては、すべての宗教がそうであるように、生きていくためには不可欠のものだろう。誰もがある意味では「言い換え」をし、そこから「世界観」を醸成しているのだ。しかし、スピリチュアル的言説には、今見えている世界には解決策はない、ということが、最初から傾向として含まれてしまっているのかもしれない。
というようなことは、「洗脳くん」がこれから見せるにちがいない展開をある程度予想しつつ、先走って書いていることだ。そういう傾向はあるにせよ、まゆみはまだ一般的な女子という感じだ。まずは勅使川原先生のじっさいの様子が、気になるところです。
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