- 絵本・地獄/風濤社
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ちょっと前に、帯に書かれているように、『ママはテンパリスト』4巻で東村アキコさんが紹介したことによって流行った、絵本・地獄です。
この絵本がどの程度知られたものかはわからない。
だが、僕個人としては、死への恐怖を強烈に刻み込んだ、おそるべき一冊となっている。
僕は小学校の図書室ではじめてこれを読んだ。ぼろぼろに劣化した、絵本というか古書という印象のもので、なぜそれを手に取ったのかわからなかったが、すぐに引き込まれ、借り出し、返して、そしてまた借りるということを数度くりかえした。どうしてそんなに真剣に読んだのか、いまでも理解できない。なぜなら、僕はこれを読んだせいで、しばらくのあいだ、こわくて眠れない、あるいは眠っても悪い夢にうなされて真夜中に起きてしまうということをくりかえしていたからである。
ヒットしたことにより、20年ぶりくらいでこの本を再び手に取る機会に恵まれ、開いてみると、ほとんどのページを正確に記憶していることに気づかないわけにはいかなかった。書かれている文章、つまり、五平という男の物語については、記憶にない。文字はほとんど読んでいなかったのかもしれない。だが、文字通りの地獄絵図の細部、三途の川でケツからつっこまれている男や、そろばんみたいなものを抱えてなんともいえない表情で落下していく男、頭頂から股間までまっぷたつにされている女や、鬼の座布団のしたにしかれ、せつない顔つきで血を吐く女、スライスされ、食われ、かまゆでにされて串刺しにかかげられる女、そうした横を歩く、なぜだか知らないがふつうに服を着ているヒゲの二人組・・・もうすべて克明に覚えていたのである。東村アキコさんのところの子はもうすこし小さいとおもうが、たぶん小学校低学年くらいの僕でさえ、電撃的なショックを受け、とりつかれたように読みふけり、記憶し、毎夜うなされていたのである、死への恐怖、あるいはわるいことへの罰ということを教えるという点でいえば、これ以上の本はないだろうとおもう。子供というのは、放っておいても大人になるものではない。そのように見えるのは、そのための社会のシステムが、長い時間をかけて洗練され、完成していたからだ。もし仮に、現行の社会がふるいシステムではカバーしきれないものになってきているとしたら、ある程度は、大人のほうでも主体性をもって、積極的に、あるいは攻撃的になっていかなければならないのかもしれない。僕が「地獄」をくりかえし読んだことは、フロイトの反復強迫の理論を思い出させる。なにかに強いられるようにしてわざわざこのおそろしい本を読み返すのは、たぶん、最初の死の恐怖、というよりは、わるいことをしたあとに待っているとされるおそるべき罰、これへの恐怖に対しての、一種の準備、訓練だったのかもしれない。これを封印したとき、それはトラウマになる。思い出し、僕のばあいはじっさいに手に取り、再体験することで、恐怖を克服しようとする心的運動は、たぶん動的なまま保存されるのだ。たんじゅんな分析だが、地獄の光景は、重い動機を負わない、軽はずみの行動を、立体的にするものだった。子ども心にその意味を明かされたとき、さまざまな種類の不安がおそってきたはずである。記憶しているわけではないが、それは死への恐怖より、むしろそれは不可避として理解したうえで、悪事の意味として、了解されたようにおもう。あまりに強烈な絵なので、幼い子どもにはちょっとどうだろうという気にもなるが、こうした一種の傷が、彼らの世界をより豊かに、立体的にしていくんじゃないかという予感はある。
本書のもとになった地獄絵は、千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵の絵巻ということらしい。そこに、それより前に書かれた「平野よみがえり草紙」というストーリーをもとにして文章をあてはめている。絵と物語、それぞれの原典が互いを想定したものではないためか、なにか、微妙にずれている印象も受けて、それが不思議な効果を呼んでいる。たとえば、五平がくらやみのなか、死出の山に向かう道、絵では腐乱した死体のようなものがごろごろ見えるが、文章ではそのことは書かれていない。歩みの苦しみが書かれているだけだ。もちろん、絵本においては、文章は絵のかわりではない。文章は、その世界の外側で鳴っている、絵に対するひとつの解釈なのだ。それが、漫画とは根本的に異なっているところだ。その意味で、本書はじつに絵本的だともいえるかもしれない。文章の物語を読んで五平とともに地獄を見るもよし、僕のように文章はぜんぶ無視して食い入るように絵を見つめるもよし・・・。しかし、いずれのばあいでも、子どもに見せるにあたっては、まず親が読んでみましょう・・・。
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- ママはテンパリスト 4 (愛蔵版コミックス)/集英社
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