『「上から目線」の時代』冷泉彰彦 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『「上から目線」の時代』冷泉彰彦 講談社現代新書





「上から目線」の時代 (講談社現代新書)/冷泉 彰彦
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「なぜ2000年代後半から「上から目線」という重苦しい言葉が、社会のあらゆる場面で使われるようになったのか? その背景を目線の始まり、社会の変化、日本語の構造にまで踏み込んで解明。
「コミュニケーションが困難な時代」には対立の尖鋭化が目線となって表れる。目線が悪さをする例、目線に怯える問題点、下から目線の居心地の悪さなど、目線の問題を多くの視点から取り上げながら、さらに、「コミュニケーションが困難な時代」の新しいコミュニケーションスタイルを提案する。
「上から目線」の時代を真正面から取り上げた快著誕生!」Amazon内容説明より







『「関係の空気」「場の空気」』の続編である。

これを読んだのはもうけっこう前なので、内容はすっかり忘れてしまったが、しかし、ひとつひとつ順番に、冷静にかんがえていく、という書き方に好感がもてたし、ああ、このひとにはついていっても大丈夫だな、という感じがするタイプのかたで、とにかく刺激的に読んだ覚えはある。

そして、今回のキーワードは「上から目線」である。端的にいって、「上から目線」は、まったく価値観の共有されていない場所にそれを強行にもちこむことで生まれてくるものだという。というより、現代では「空気」は消え、共有されるもののない「困難の感覚」だけが共有されるという状況にある。共有される価値観などもはやないのであり、そこに、既存の権威的上下関係を持ち込んだり、あるいはそれをにおわせる語法を用いたりすると、「上から目線」になってしまうのだ。

くりかえしくりかえし、いろいろの事例、あるいはまだ記憶に新しいニュースなどがひかれ、それだけでじゅうぶんなよみごたえなのだが、この薄い本で日本語の構造というところにまでたどりついたのは、なんか感動してしまった。細かい分析は紹介しないけど、日本語ではそもそもそのメカニズムからして上下関係が設定されてしまうというのである。ということは、原理的に、価値観を共有しない時代を生きるわたしたち日本語話者は、はなすそばから「上から目線」を宿した関係になってしまうことになるのだ。このあたりは、「でもこういうばあいは・・・?」という疑問がわかないでもなかったので、もっとたくさんの紙数で読みたい気もした。新書では、サイズ的にもこれが限界なんだろうけど。





現在進行形の感覚でもっとも「上から目線」の行き来が感じられるやりとりは、本書でも触れられているが、やっぱり震災のもたらした放射能の問題だろう。僕自身、どうしたらいいのか右往左往しつつ、あらゆる媒体で、呪いの言葉、強い口調での価値観の押し付けを目撃してきた。わたしの信じている正しさ、価値観が、あなたにとっても正しいとは限らない、そんなことは、誰もが知っている。にもかかわらず、激しい語調でみずからの正しさを主張する言説は絶えず、激しさを増すほど、相手はそこに「上から目線」、本書でいえばほとんど全人格の否定を感じ取り、とりかえしのつかないほど関係を損ない、結果として議論は始まる前の位置から一歩のすすまない、むしろ以前より深く溝をつくってしまうのである。いったい、これはなんなのかと、多くのひとが愕然としたはずだ。こうなると、議論は止揚するものではなく、ただ声の大きいものが相手をふみつけにしておわる「勝負」になってしまう。「発言権の争奪戦を続けているうちは会話のフレームなどできるはずもなく、論理的に意味のある会話など成立しようがない」のだ(223頁)




こうした事態を回避するための具体的な方法も、本書には記されている。現代の日本語人にはたいへんなヒントになる一冊だとおもう。






「関係の空気」 「場の空気」 (講談社現代新書)/冷泉 彰彦
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