■『神がいない死体』上野正彦 朝日文庫
- 神がいない死体 平成と昭和の切ない違い (朝日文庫)/上野正彦
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「監察医として長年、死体と真摯に向き合ってきた著者。その彼が昭和と平成で死体が大きく変わったと指摘する。純粋に生きた昭和の死体。死因さえわからない平成の死体。その差とは何か。死体の切ない叫びが聞こえる感動のノンフィクション」Amazon内容紹介より
上野正彦というと『死体は語る』で有名だが、僕は読んだことがない。しかしミステリの周辺ですごしているとくりかえしぶつかってくる名前であって、テレビとかにも出ているひとなので、日本一有名な法医学者ということでよいかもしれない。「死体の声を聞くこと」を40年以上も続けてきたかたであって、ウィキペディアによるとその経験値は、解剖5000体以上、検死20000体以上ということである。
『死体は語る』やそれに続く主要著作がどういった種類のものであったのかはわからないが、かなり読みやすい平易な口調で語られながら、そこのところの「経験に基づく」重みはたいへんなものだ。
基本的には、平成と昭和で死体がどのように異なっているか、圧倒的な経験のなかから事例を引き出して、並べてみるという感じにとどまっている。いつの時代も、殺人事件やいたましい事故は絶えないのであり、一種の必然なのかもしれない。だがその発生のしかたには、ちがいがある。そこに時代が表出するわけだけど、そういうクールな割り切りみたいなものがじつに専門家らしい。にんげんを個人ではなく、種レベルでみたとき、法医学者の担当する事件は、おそらくなくなることがない。その面では、人類のありようは一貫している。とすれば、そこの発生のしかたのなかには、時代ごとの変化があらわれているはずであり、死体の専門家である筆者は、ひとの死にかた、殺されかた、発見される状況などから、経験的に、時代の相みたいなものを読み取ることができるのだ。
というわけで、本書は、死体にまつわるさまざまな経験談であると同時に、どのように「死体」の観念が変わっていったのかを書いているものでもある。死体は、自存的な存在ではなく、生きていたもの、存在していたものがそれをやめたときに必ずあらわれてくるものなのであって、その意味では、死は生のいちぶであり、死体は生きている人間が最終的にみせるひとつの生の状態だ。死体には、そのひとの生がどのようにあったか、またそれをとりまく関係性がいかなるものであったか、まさしく語りかけてくるのだ。死体を目撃するものはつねに、その死んだものよりは遅れて死ぬことになる。つまり、死体の語りを聞くものは、これからも生きていかなければならない。続いていくひとの生はこれからも変わっていくものだけど、死体は完結している。だから、そこから導かれる教訓は重いのである。
- 死体は語る (文春文庫)/上野 正彦
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