■『羊飼いの指輪 ファンタジーの練習帳』ジャンニ・ロダーリ著/関口英子訳 光文社古典新訳文庫
- 羊飼いの指輪――ファンタジーの練習帳 (光文社古典新訳文庫)/ジャンニ ロダーリ
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「誰もが知っているグリム童話やロシア民話、ピノッキオなどが、ロダーリ流の現代的なセンスとユーモアやアイロニーでよみがえる。表題作ほか「魔法の小太鼓」「哀れな幽霊たち」「星へ向かうタクシー」「旅する猫」など」
『猫とともに去りぬ』のジャンニ・ロダーリの新訳。翻訳は猫とおなじく関口英子。
今回のものは短編集とか作品集とかいうにはいささか風変わりなしろもので、250ページくらいの薄さの本のなかに20篇の物語が収められ、それぞれに3つの結末が用意されている。短いので、巻頭に示されている「この本の使い方」を全文引いてみよう。
「この本の物語には、それぞれ三つの結末が提示されています。巻末に、著者自身はどの結末が好きなのかを書いておきました。読者のみなさんは、三つの結末を読み、よく考えてみてください。好きな結末が見つからなければ、みなさん自身でつくり、文章や絵で表現してみることもできるでしょう。では、さっそく物語の世界で遊びましょう」
『ファンタジーの文法』の、子供たちや物語に対する実践的な研究もおもしろいもので、本書はそういう試みの練習帳なのだ。
おはなしそのものもたいへん愉快なもので、星新一とか筒井康隆を思い起こさせるような物語の無意味的な動力をもっており、それぞれ魅力的な「制御」できない構造を抱えた、豊かなファンタジーである。僕は寝る前に一篇読むという感じで読み進めたが、毎回物語に触れる幸せを感じながら床につくことができた。意味を汲み出すのは読者なのであり、その汲み出し方の独創性のなかに批評はある。物語の豊かさは批評の価値を保証するものなのである。
そしてもちろん、「この本の使い方」のさきからはじまる物語を練習帳として、子供たち(べつに大人でもかまわない)にファンタジーをつむがせることは、実務的なはなしになるが教育としても非常に効果的だろう。純粋な好奇心から、学校の授業でこれを使用し、作者の結末の選択、あるいは作者が例示した結末それじたいのぶぶんを隠して子供たちに議論させ、ばあいによっては創作させるという景色を見てみたい。先生がうまいことやれば、きっと子供たちは白熱した議論を展開するにちがいない。ロダーリはげんにそういうことをやっていたので、本書は一般の、若い先生がたにとっての補助となるものかもしれない。いきなりゼロから創作をせよというのはむずかしい。ある程度内容を決めてもたいへんだ。高橋源一郎は既存の小説の一行目を借りてその続きを書く、という小説の書き方をいつか示していたが、それとよく似ているかもしれない。大人の堅固な、かつさまざまに解釈可能な、多様な批評を誘う豊かな世界を用意しておいて、そのうえで、子供たちの想像力を遊ばせ、刺激するのだ。
たほうで、あたまがかたくなって創作がむずかしくなり、すっかりひねくれてしまったわたしたち大人には、作者のあたまをよぎった三つの結末をそれぞれ共存可能、あるいはありえたかもしれない未来としてみることができるかもしれない。結末はそれぞれ、当たり前だけど、つじつまがあうようにできている。ということは、物語というものは、少なくともロダーリにおいて、決定論的に、最初の発声から運命的に直進していくというものではないことになる。異なった結末を同時に感じ取ることは、「いまここにないがあってもおかしくないもの」を身近に感じ取るということだ。それはみずからの変形なのであり、潜在的には経験可能なものなのであって、「ありえたかもしれないじぶん」の体験だろう。子供たちが大人の導きと勘で物語の未来を開いていくのであれば、ある程度展開のルールみたいなものを知っている、あるいは知ったつもりになっている大人は、そうでないかもしれない可能性を並走的に想像してみるとよいかもしれない。
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