第235話/ホストくん⑮
どこからも拒絶され、居場所のない愛華は、瑠偉斗(高田)と対したじぶんにだけ価値を見る。
今週のはじまりのコマ外には、「家の金を盗んで」と書かれている。先週の、震える手でカードと現金をにぎりしめる愛華の描写は、そういうことだったのか。あの家なら、ごく自然にそういうことが起きそうなので、読み違えてしまった。
とすると、愛華は現実問題としては追い出されたわけではなく、家出をしたことになる。
そこからある種の反省が生じ、いまの状態では想像しにくい、墓参りをする父親というものが出てくる可能性もある。まあ、あれがほんとに父親かどうかはわからないのですが。
ともかく、愛華は、最後の武器ともいえるからだをつかって、前回のカケ金を支払うことになる。表柄の上着を羽織って、以前よりはけばけばしく、夜のにおいがする感じだが、一線を越えた迫力みたいなものがあるようにおもえる。
愛華がどうやってこれほどの大金を集めたのか、たぶん高田もある程度は感づいているにちがいない。だが、深くは追究しない。どちらにとっても、それはあまり重要ではなく、また暴きたてたいものでもないのだ。
愛華が帰ったあと、以前高田にじぶんを抱けるかどうか訊ねてきた秀子というおばさんがやってくる。(第230話 )
高田に高そうなスーツや車を与えたのはこの女らしい。
秀子は、そのじぶんが買ってやったスーツに高田がつけている桜の枝を「ダサい」という。愛華の、小さなプレゼントである。
いわれて高田は、ほとんど躊躇せず、それを灰皿のなかに捨てる。少なくとも外見上は、高田がどんな感情を抱いているかはまったくわからない。
秀子はまだまだ高田にお金をつかってくれるようだが、ではかわりにじぶんになにをしてくれるのかと高田に問う。高田のこたえは「なんなりと」である。
そうして、高田は秀子とスコスコすることになるのだ。
瑠偉斗や隼人はいまではかなりのナンバー、すでに将吾先輩を追い抜いてしまっているにちがいない。彼らが注文する酒を処理するのは、いまでは将吾の仕事だ。
飲みまくってげろげろ吐いて、階段でたそがれる将吾のところだが、そこへやってきた高田が血相をかえてゴミ箱をあさる。さっき捨てた枝を探しているのだ。見つけたときは安堵の表情だ。これがどうした「安堵」なのか、つまり、「ホスト」という社会的価値に抑圧されている人間的な感情がもたらすものか、あくまで「ホスト」としてのものなのか、よくわからない。
愛華は今日もからだをつかってせっせと働く。どれだけ無感動を決め込んでもかんたんに慣れるような毎日ではない。だけれども、愛華には高田がいる。なんということのないメールで愛華は救われる。だから、そのほかの日常でどれだけ「記号」のあつかいであっても、愛華には耐えられる。
道行く高田にちょっとしたトラブル、ほかの店のホストだ。ユキという女の子をめぐるバトルである。
高田がすごむ。カウカウ入社以降の高田のような迫力が一瞬見えるが、しかし出て来たのはケツモチの名刺である。相手のホストもカードを、いや名刺を出す。ほんとうにこんなことが起こるのか、ちょっと判断がつかないが、しかし喧嘩をして顔がぼこぼこになってはまずいし、そこらへんはホスト間での暗黙のルールなのかもしれない。
いずれにしても、高田はこの「名刺ジャンケン」で負ける。ヤクザらしいふたりの男が話している描写がある。ぜんぜんもめてる風ではないが、いちおう、高田のところの男が相手に50万払っている。しかも、それっぽっちでいいのかみたいなことまで言ってる。コトは単純ではないのだ。
愛華が男を呼び出す。最初に援助交際した相手かもしれない。そして、妊娠したから明日手術する、20万払えという。
そんな前のはなしでもないだろうし、男は信じない。やがて力ずくで愛華を連れ去ろうとするが、愛華は大声を出して騒ぎ、さらには未来の高田みたいな表情ですごむ。
「逃げンな!!
男だろ!?」
性差を商売道具にしている愛華なのであるから、「男なのだから逃げるな」という理屈は、矛盾しない。
冬美みたいなタフさで金をゲットする愛華だが、徐々に愛華のもっていた、なにかやわらかさのようなものは、なくなっていっているのかもしれない。以前は寄ってきた猫が、今日はそっぽを向いて離れていってしまうのだ。
つづく。
愛華の「妊娠」は、彼女の考え出した新しい方法だろう。
暴力をふるわれそうになったら、大声をあげる。ここに第三者が介在すれば、愛華は女であるから、まず悪者にされることはない。
さらに、逃げようとすれば、この「男女差」の理論をもちだす。
相手をだますという点でリスクは高いが、そもそも男の側にも多少はやましさがある。
重要なのは、愛華がここでも「女」としてふるまうしかないということである。
高田の彼女のあつかいは、前回の「儀式」の遊びが示しているように、本質に目を向けた、唯一無二のものだ。
この居場所を守るために、愛華は日々空洞の「女」を武器にして、本質を磨耗していく。
記号としての私を駆使している点で、高田にとっての「瑠偉斗」と愛華の「女」は似ているかもしれない。
だが、高田にとって「瑠偉斗」は目的そのものである。
であるから、高田じしんにも、「高田」と「瑠偉斗」の境界線がよくつかめていない。
たぶん高田は、今週の枝の描写だけでは判断できないかもしれないが、「高田」として愛華と接しているつもりなのかもしれない。
だけれど、ここらへんは限りなくあいまいであって、現実的には「瑠偉斗」が愛華とはなしをしている。以前寮の先輩が指摘していたように、店に呼び、金をはさみ、なんらかの交換が成立したじてんで、関係は決定的に損なわれてしまうのだろう。
だとするなら、これは、高田にとっても危険なことである。彼には、「瑠偉斗」の場所はあっても「高田」の場所がないという自覚がないのだから。
秀子の求めているものは愛情であり、ひいては「評価」であると、高田は考えていた(と、僕は考えている)。
ここで愛情はセックスで表現されるので、このセックスの価値が高まれば高まるほど、愛情は大きくなる。
そのために、高田はセックスを保留したと、僕は考えている。
じぶんの価値があなたのものに到達していない、あなたのくれるものにたいして等価で交換できるものが、セックスを含めてじぶんにはなにもない、そう告げることで、高田は秀子を高く評価したのである。
しかし今回それが実行された。
つまり、いまがその交換を果たすときだと、高田は判断したということである。
いまの高田には「価値」がある。「価値」とは、他者が評するものである。
その価値は、秀子やその他の多くの客が築いてきたものだ。
しかしもちろん、お客としては、その価値を築いたのはじぶんであるというふうに考えたいだろうし、そうおもわせるのもホスト的スキルというものだろう。
セックスしたのちに、秀子は「自分が育てた男が輝く姿を見たい」という。
つまり、ここでセックスをし、客観的な評価を下したからといって、交換が終了するということはないのである。
秀子は、高田のなかに、ここからさらに広がっていく可能性を見ている。
交換の原理のうちでは、その潜勢する価値は、じぶんのなかにもあることになる。まだ発現していない可能性まで含めて、今回のセックスはなされたのだ。
重要なのは女の価値に追いついてからセックスをすることではなく、この、まだ見えていない可能性とその勢いが出てきてはじめて抱く、ということだったのだ。
高田の評価がまだ定まっていない以上、セックスの価値も未だ不定なのである。
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