『ファンタジーの文法』ロダーリ | すっぴんマスター

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■『ファンタジーの文法‐物語創作法入門』ジャンニ・ロダーリ著/窪田富男訳 ちくま文庫



ファンタジーの文法―物語創作法入門 (ちくま文庫)/ジャンニ・ロダーリ
¥840
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「物語はどこにでもある。眠っているだけ。目覚めさせるには「ファンタジー」を働かせればよい。でも、どうやって?著者はそのための数々の「技術」を治開する。それは同時に現代の教育に対する不信の表明であり、子どもたちの想像力を培い創造力を育むことこそ、これからの社会を作り出していくための必要条件であることを訴えている」Amazon商品紹介より




たいへん興味深い内容だったのですが、ずいぶん時間をかけてしまった。『猫とともに去りぬ』の作者によるファンタジー学。



・書評‐『猫とともに去りぬ』

http://ameblo.jp/tsucchini/entry-10739842833.html



時期的には、新書の『ディズニーの魔法』、それからフロイトが、民話の分析という点で重なるところがあり、フロイト的には「思考の万能」ということになるだろうか、不思議な一致のなかで、なるほど、ここらへんがいまの僕には鍵なんだなというふうに読んでいった。

文章は平易で非常に読みやすく、ひとつひとつの章も短いから、細かい時間の読書にたえる構成ではある。だがそれだけに、けっこうだらだら読んでしまい、本の前半と後半があたまのなかでうまくつながらないというあってはならない状態になってしまった。


とはいえ、おもったとおり刺激的な一冊であって、なるほどと鹿爪らしい顔で納得するいっぽう、なにか背中を叩かれるような、元気づけられるような感じもあった。というのはたぶん、ロダーリというひとの、子どもたちすべてがもっている「創造力」に対する信頼が、システムの支配する世界(つまり要不要や役に立つ立たないといった文脈)では忘れられているものであって、もちろん著者には経験的確信があったにちがいないが、それ以上に、なにか無垢な直感みたいなものにも見えて、世界を明るく照らすような気がしてくるんだろう。


本を通して書かれているのはかなり具体的な技術なのだけど、そこを一貫しているのは、その、「創造力」というものがなにか特殊な能力ではなく、すべての子どもが最初からそなえている能力だということである。というよりは、さまざまな技術を、それに即した具体的な経験談に沿うかたちで書いていくことで、「創造力」というのは公平に育まれていかなければならない大切なちからであり、それを殺すような現行の頑迷なシステムはまちがっている、ということが主張されているといったほうがいいかもしれない。

さらに、必要か不必要か、役に立つのか立たないのかという観点で見たとしても、ファンタスティックな創造力はどんな分野でもなにかをなそうとするときに有効なものであり、ニュートンや、マルクスでさえ、この創造的想像力なしでは、ああした偉業をなすことはできなかったという。数学にも、物理にも、哲学にも、見ていない世界を想像するちからというのは不可欠なのだ。要するに、効率を優先し、学力を計量化することを好み、創造的能力を軽視するかたくなな「時間制の少年院」としての学校は、こうした可能性を発芽の前からつんでしまっているのである。

だから、タイトルの印象としてはなにかプロを目指す作家志望が読むような実用書のようでもあるが、これはむしろ、子をもつ親や、あるいは教師に向けて、さらにいえば、こうした社会全体の基礎となって働くすべてのおとなに対して、書かれているのだ。

といっても、本書が書かれたのは1973年のイタリア。こうした考えは、すでに日本でも一般的となっているというぶぶんはあるだろう。しかし、みんなが「こうした考えが存在することを知っている」ことと「こうした考えをする」こととでは千里の径庭がある。お母さんたちがすでに家で、自然に、この方法を採用している可能性は高いかもしれないが、こうした教育法を現場で実践する教師がやや疎まれたりということは、まだありそうな気がする。僕は現場を知らないので、気がするだけだが。

ビジネスとはちがい、子ども達は生きている。いかに教師が周囲から浮こうと、彼がロダーリのように熱い教師なら、「末端のがんばりだけでは限界がある」というふうなことはくちにしないかもしれない。しかし、子ども達は人類にとっての宝だ。目の前にいる子どもだけが子どもではない。社会全体がこうしたことに合意し、ごくふつうに行われるようになるのが、やっぱり理想だろう。


「ファンタジーの二項式」という大きな公式はあるものの、内容としてはこまごまと、かなりくわしく書かれているので、ここではそれらを引用したりということはしない。

イタリア語の発音や文法などを分析するところには閉口したし、訳者の苦労も感じられたが、基本的に具体例(経験談)を典拠としているためか、難解ということはまったくない。やっぱり、専門家向けの技術書ではなく、一般の大人にむけられた、教育の本だとおもう。




猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫)/ジャンニ ロダーリ
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