第208話/火事の鉄則
扉絵が珍しくバキではなく、今回主役の渋川剛気だ。
主役といっても、彼に独特のなにかが描かれるわけではない。
彼はすべてのもののふたちの代表であるにすぎない。
地下闘技場に栗谷川を招いた光成。
もののふたちの餓えを感じとっているという光成に、栗谷川は疑いを示す。
彼らが並外れた闘争心の持ち主であることはまちがいない。
しかし同時に、彼らは闘争に関して一流であるがゆえ、克己心も一流ではないだろうか。
「フンッ
よくもまァ聞き齧りの知識をベラベラと」
光成がすごい感じ悪い。
じぶんの内的体験ではないという意味では、光成だっておなじことのはずだけど。
じぶんはそうではないというすごい自信があるようだ。
それは、一流の観戦者としての自負だろうか。
光成はこれまでに何度ケンカをしたことがあるかと、栗谷川に問う。
「…まァ
せいぜい2・3回…?」
え…なんでそんなウソつくの栗谷川さん。
北島や花山の付き人(名前忘れた)を制圧したときの鮮やかさはしろうとのものではなかった。職業のにおいすら感じさせたほどだから、逆に彼にとってあの手の実戦は「ケンカ」には入らないのだろうか?
いずれにしても、光成よりはよほど闘技者に近いとおもうけど。
とにかく、光成の考える「奴等」の殺生本能はそんな生易しいものではない。
それぞれに社会的地位もある。
弟子もいれば、彼らの規定する師匠としての、立派な人格者としての像もある。
だからじぶんからケンカを売るということはしない。
しないが、決して火種を見逃さない。
渋川剛気がなんでもないふうをよそおいながら、適当な相手を求めて街を彷徨している。ちょっとした刺激で発火しかねない危険な火種を探している。
いかにもないかつい二人組みを目のはしで捕捉した渋川は、ちょっと肩にぶつかってみる。このふたりは、とてもしろうとには見えないすさまじいがたいをしている。そのうえ渋川は小さな老人にすぎない。ふつうなら逆にからんでくるところなんだろうけど、渋川の小さな弱々しい見目からか、彼らはそれを無視して通り過ぎようとする。
しかし、もちろん渋川はこのチャンスを逃しはしない。通り過ぎながら、なにか小さく、しかしきちんと相手に聞こえるように、不敵なことばを吐いていく。
そのことばがなにかはわからないが、ふたりはきちんとそれに反応する。駆け寄り、ものすごい剣幕で枝のような老人に食って掛かる。渋川はぺこぺこしてみせるが、ふたりは容赦しない。そこへ渋川のとどめの一撃。火に油。ぼうぼうに伸び茂った、胸倉をつかむその男の鼻毛を、楽しげに人差し指で指摘するのだ。相手は渋川の人差し指をつかみ、引き寄せるか殴るかしようとする。
しかし、ちからの流れを読んでたくみに操ることのできる渋川は、軽々と相手の男をひっくり返す。そして、まだ地面につく前に、のどに足刀を叩きつける。
残るもうひとりの男は、すでに渋川のやばさを確信してはいる。これがまぐれではないということもおそらくわかっている。だけれど、とんずらこくわけにはいかない。ナイフをとりだし、果敢にも挑んでいくのだ。不気味な笑みを見せる渋川が、軽くめがねを投げつける。男は一瞬それに気を取られ、めがねをはねあげる。次の瞬間には、渋川の一本貫手がおとこののどにささっている。
あっさりとふたりの男を片付けた渋川が、今度は猛然と、松尾象山のように逃げ出す。
「ここは日本
誰 恥じることのない法治国家
警視庁は極めて優秀
現場からは――
2分以内に脱出(エスケープ)じゃ…!」
そこまでしてやりたい。やりたくてしょうがない、十代の少年のような彼らにすてきな出会いをプレゼントする。それが、光成の使命。栗谷川もいたく納得するのだった。
つづく。
渋川のやってることはかなりえげつない。
肩がぶつかりはしたが、最初ふたりはそれを無視している。それにいちいち何らかの文句をつけくわえてまで、渋川は彼らを引き止めているのだ。
これは、はっきりいって、喧嘩を売っている、といっていいだろう。
しかし、世間的にはそういうことにはならない。
渋川は社会的地位も高いし、なにより老人だ。
対する男たちは、いかにも悪そうな、トラブルの権化みたいなふたりだ。
喧嘩の売買というものがもし他者の定めるものなら、よほどのことがないかぎり、この二者についてはつねに渋川が売られる側だろう。
とにかく、それほどまでに餓えているというのが、今回の描写だ。
このままではいかに彼らが「人格者」でも、なにをするかわかったものではない。
その実例が、烈海王だろう。
だから、一刻もはやく、「ステキな出会い」が必要なのだ。
光成と栗谷川が接近しているというのも、なんか興味深い。
栗谷川は13歳のバキの相手をとりもっていた、いってみれば「ステキな出会い」の斡旋のプロだ。
「ステキな出会い」は,たぶん固定されたものではない。
そのときどきのいい出会いというものがある。
渋川や烈がそうであるように、闘技者たちはもう暴走寸前だ。
彼ら自身は、ある出会いがステキなものであったかどうかということは、その出会いが済んだあとでなければいえない。
それを、ある種の客観性とともにとりもってやるのが、光成たちの仕事なのだ。
そういうわけだから、この流れでは、おそらくトーナメントが行われるということはないだろう。
トーナメントというものは、暫定的な順位を決めるものであり、対戦相手もつねに恣意的だ。
つまり、ひとつの試合そのものが固有の意味をもってとりおこなわれるわけではない。
これは、たぶんバキ対勇次郎が近づいてきていることと無関係ではない。
勇次郎の存在は、混沌として流動的な最強戦線につねに秩序を与えてきた。
つまり、彼以外の人物をすべて「非・勇次郎」と規定することで、ある種のルールを施していたのだ。
だから、そこのしたにいるものは、そしてかつ勇次郎へと漸近しようと試みるものは、どれだけ勇次郎に近いかという語り方で、みずからを規定してきた。
そしていま、その「絶対」がバキによって相対化されてきている。
大きな物語の終焉がもたらす虚無感とともに、おそらく彼らはいちど勇次郎をてっぺんに頂いたヒエラルキーから解き放たれてかけているのだ。
誰よりどれだけ強いから、これだけ強いといういいかたが、勇次郎の存在の揺らぎにより、できなくなってきている。
そのさきに、彼らはステキな出会いを希求することで、存在証明をはかろうとするのだ。
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