第179話/俺は
完全に身体化された、無造作の窮みのような“技術”で、範馬刃牙がピクルを圧倒する。ピクルは恐竜たちとの激戦を思い返していた。牙を叩き折り、鋭い爪を搭載した腕を捻り折り、迫り来る巨大な角をつかんでトリケラトプスだってぶん投げた…。
マジすか!
ふつうに考えてちからでこんなにでかい動物を投げるなんて不可能だ。
ピクルもこうしたところで無意識に投げの技術みたいなものを習得しているのかもしれない…。
(“巨大(おおき)さにも”
“俺は”)
(“敏捷(はや)さにも”
“俺は”)
(“俺は”
“俺は”
“俺は”)
(俺は
恐龍紀(あそこ)じゃ最強だったんだぜッッ)
俺は俺はという連続は、すさまじいたたかい…命のやりとりを経験するうち育まれたピクルのゆるがぬ矜持を示している。さまざまな不可能を可能にしてきた…。とはいえ、それが日常であるなら、ピクルにはなんら「不可能」的な偉業ではない。彼がそう把握するためには、対極に「それがとてもむずかしいことなんだ」という気づきを与えるためのなにかが必要だ。天才がじぶんの才能に気づくのは、天才ではない「畜群」がまわりにいっぱいいるからである。その「距離のパトス」が、彼に自覚をもたらすのである。というか、そもそもそうした体系のなかになくては、「天才」ということばじたいがなんの意味ももたない。それは同族たちの弱きだったろうか、それとも生物一般においてたんに「勝ち続けること」がいかにたいへんなことであるかを悟ったからだろうか。
なんにしても、そんなにすげえはずの「俺」が、小さな妖術師に追い詰められている。徐々に下がっていくピクルのおしりがついに壁に接する。
「巨きさの有利が―――
利かないッッ」
「筋力(ちから)の有利が―――
利かない」
「なんという技術(わざ)の偉力
なんという技術(わざ)の不可思議」
「古代人は戸惑っていた」
おおきさでも筋力でも、ピクルはバキに勝っており、その点では有利のはずである。しかるに、洗練された格闘技術のマスターであるバキには通用しない。これは、もちろんピクルじしんが身をもって示してきた自然の矛盾だった。ちからで、おおきさで、ペインや作者がなんといおうと、ピクルが恐竜に勝っていたなんてことは、ヤムチャがナッパに勝つくらい有り得ない。そこには無骨ながら彼なりの技術のようなものがあったはずなのである。けっきょく、彼がバキの技術にこれほど圧倒され、戸惑うのは、彼に「感情移入」という技術が欠如しているためではないかとおもう。僕は今回の出だしの回想を読んで、当時のじしんの位置に現在のバキを見るのかとおもったが、そうではなく、彼はひたすら「俺が俺が」と、じぶんの成してきたことをふり返るばかりなのであった。
そしてついにピクルが回避行動をとりはじめる。ジャック戦で見せた壁を蹴っての高速移動だ。烈さんは「つまり」として、これを「避難」と見なす。ピクルがジャック戦でこれをつかったのは、耳を食いちぎられて怒ったときだったはず。げんにピクルは避難しているのだろうが、「つまり」はおかしいだろう。それに、壁などなく、岩や木を蹴っていたはずのピクルには、これは回避行動というよりは、サイズ差を補う立体的な攻撃をしかけるための「技術」であったんではないかと僕は考えているので、たんじゅんい逃げているというよりは、ロープ際で相手にくっつくボクサーのように、このことでピクルはなんらかのほころびをつかみ、活路を見出そうとしているのかもしれない。
だけれど、驚くべきことに範馬刃牙はこのピクルにも追いついているのである。闘技場のあちこちの柵が、爆撃でも受けているように同時的に砂埃をあげながら弾けるが、バキはピクルにぴったりとくっついてはなれない。「君の傍を離れない」という約束を守っているのだ。
決着は直後のはずだったが、延々と烈の解説は続く。それをインタビュアーがつっこんだんだろうか、烈が「メタギレ」をしてみせる。
「口を慎みたまえ
ウソは言ってません
数瞬を詳しく語っているだけです」
つづく。
なんだろうか、最近のこの、物語の壁を超えたようなメタ発言は…。
彼らのたたかいがまさに超次元的なものであることで生じている歪みだろうか…。
涙を流しっぱなしであることもあって、なんかピクルがすごいダメな感じになってきている。
今週号のチャンピオン表紙には、「史上最強決定戦 最後の一撃!!」とあるし、おしまいのページの煽り文には「刃牙vsピクル、クライマックス。軍配はどちらに!!?」と書かれているから、今回バキがきめた左ハイが決め手になるのかもしれない。
ジャックですら見逃すほどの速度であったピクルのあの移動法も、今回バキによって完全に塗りつぶされてしまった。変形したこともなんだか意味がなくなってきている。
あれほど攻略不可能に見えたピクルが、ふと気づいてみると崩落寸前になっている…と見ていいのだろうか?
ところで、今日(10月8日)は範馬刃牙の⑳巻が発売されました。
バキがトリケラトプス拳をつかったあたりまで収録されていたはず。
「バキ」は、たまにコンビニなんかで売っている廉価版で読み返してみて、あんまりおもしろくてびっくりすることがある。
最近ではオリバ対ゲバルとか、「こんなにおもしろかったっけ」という気さえしました。
基本的に週刊連載で、雑誌掲載ぶんの情報量では、ちょっとものたりないということなのかもしれない。
バキ対ピクルも通して読んだらすごいスリリングなのかも。
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