第161話/安全物
ピクルの首にまきついたまま30メートル落下、呼吸困難に陥るほどの大ダメージを負ったオレタチの範馬刃牙。
だけど、立ってしまうのだよ…、ファイターのSAGAってやつYO…。
ピクルはバキの擬態を見破っていた。彼には、大切なおもちゃが壊れかけている、という認識だ。そこでピクルは神…じぶんより大きな“なにか”にお祈りをしようとする。
苦しくてもバキにそんな侮辱は許せない。
このたたかいはバキのピクルへの侮辱からはじまった。
もしバキが、僕の推測通りの「フェアネス」にこだわるなら、ここで侮辱返しを受けるのは、まあ規定路線みたいなものかもしれない。
バキはやせ我慢をしてピクルをはじきとばす。肺のなかには空気が残っていないので、その咆哮はまったくことばにならない。
体勢を立て直し、大きく息を吸い込んだバキは、いちどすべったネタをもう一回説明するフーミンみたいに、ちゃんとしたことばで言い直す。
しかし、それもこれもピクルには子犬の矯飾程度にしか見えないのかもしれない。むっくらと身をおこしたピクルは右拳を大きくふりかぶる。
恐竜を含めた、あらゆる超A級のファイターたちをしとめてきたピクルの剛拳は、しかしバキの顔の寸前で停止する。寸止めだ。ピクルはぎりぎりでとめたそれを、“蝿も殺せぬ”ちからでバキの頬に添える。ピクルはこれを左右でくりかえすのである。その表情は、これまで見せたことのない、ある種の“緊張感”に満ちているのである。
観戦者のうち光成を除いた烈、花山、それに当のバキは、このことの意味を悟っていた。「子犬の虚勢」というのは、ピクルには比喩でもなんでもない。彼には、かわいらしいがきゃんきゃん吼えて、震えながらこちらを威嚇する子犬にちがいないのである。誰がって、バキが。
(ダイジョーブだよ(はあと)
安全なものなんだよ これは(はあと)
みんな ナゼか怖がるけど…
ちっともキケンじゃないんだよ これは(はあと)
だから――
ね(はあと)
だからボクと遊ぼう(はあと))
ピクルのこの、微妙な緊張感を孕んだ表情の謎もこれでとけた。まったく、だいじょうぶだいじょうぶ、こわくないよー、といって赤ちゃんや子犬に接するオトナのふるまいのそれなのである。バキにとってこれ以上の侮辱はありえない。ピクルはナチュラルにそれをやっているだけにキツイ。ギャグじゃないってことなんだから。
緊急時に発動し、過去幾度となくパワーアップを果たして窮地を救ったバキの「脳内麻薬」。夜叉猿との対戦に向けた特訓で身につけたものだったかな。それが、どうしたわけか、肉体のダメージなしで発動した。それは「気位(プライド)」という弱点である…。
エンドルフィン(?)垂れ流しのバキは踵を返し、ピクルから離れ、観客席の階段をのぼってゆく。
(誰のせいじゃない…
俺が…
俺が弱いから…ッッ)
ちょうど何週か前ピクルがたどりついたところと同じ高さだろうか、とにかくてっぺんにたどりついたバキはてすりに足をのせて後ろ向きに闘技場へダイブである。ちょ…、ちょっとタンマ。いっかい落ち着こう。ね?いっかい…。
つづく…。
これは…自殺ということでいいのだろうか…。
バキのショックは痛いほど伝わってくる。“プライドがずたずた”とはまさにこのことだろう。
「俺が弱いから」という述懐も、たたかいに生涯を捧げているようなバキからしたら、自己全否定に等しいだろう。
それにしては、直前の脳内麻薬分泌の描写はなんなんだろう。
今後の(というか来週の)伏線だろうか。
目の前にいる、ぷるぷる震えながらきゃんきゃん吼えて威嚇するチワワが、急にテンション激下がりして、こちらに背を向けてとぼとぼと歩き出し、道路に飛び出そうとしたら、僕らはどうするだろう?
とめる…まちがいなくとめる…。「いっかい落ち着こう」って言いながら抱きかかえる。
「30メートル落下」ということの意味(それがもたらす結果)も、ピクルはもちろん知っている。
だからピクルがバキを下でうけとめるだろうということはきわめて自然に想像できる。
しかし、そうしたらそれこそ範馬刃牙はファイターとして再起不能ではないだろうか…。
だけれど、ここで今回のテーマというか、烈さんが命名した「文化としての闘争」ということを思い返すと、ここでバキがこんなふうになってしまうのは、どうしても納得いかない。
「プライド」を守るためになにがなんでもたたかいを続けるのが、この文脈では「文化的」なはずである。
としたら、もしかするとバキのこれはノリツッコミかもしれない。
「俺が弱いから…
…って
そんなんで納得できるかッッ」
みたいな。
空中から笑えない威力で蹴りつっこみだ。メテオキック!
的な。
いずれにせよ、ここで鍵となるのは脳内麻薬でしょうね。
また、夜叉猿で思い出したけど、あのときたしかバキは、高い崖のうえから飛び降りて「死に際の集中力」をモノにしていた。
おもえば夜叉猿とピクルというのはタイプとしては近い相手だ。
バキは、知らず知らず、本能的に勝利への道程を探り当てているのかもしれない。
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