■『小説の読み方』平野啓一郎著 PHP新書
- 小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)/平野 啓一郎
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「好評『本の読み方 スロー・リーディングの実践』の続編。P・オースター『幽霊たち』、綿矢りさ『蹴りたい背中』、伊坂幸太郎『ゴールデン・スランバー』、美嘉『恋空』…本書では、現代の純文学、ミステリーさらにはケータイ小説も含めた計九作品を題材に、小説より深く楽しく味わうコツをわかりやすく解説する。それぞれの読解で提示される着眼点は、読者がブログで感想を書いたり、意見を交換するうえで役に立つものばかり。作家を目指している人はもちろん、一般の読書ファンにとっても示唆に富んだ新しい読書論」カバー折込から
『本の読み方』の続編です。
前作にはまずなにより「スロー・リーディングの推奨」という目的が大きくあった。
それは、へんなたとえになるが、異性経験の多さを自慢する人々に、そうじゃないでしょと、重要なのはある人物といかにしてつきあうか、あるいはつきあったかでしょと説くような、強い説得力があった。
同じくして、「べつに年間数百冊の速度で読んだり、さらっと表面だけ素読しても、それでたのしいんならかまわないけど、こういうふうに読んだほうがおもしろくない?」という紳士的な提案のされているのが、本書だ。地球を、机のうえに広げた一枚の画用紙だと捉えたとしても、日常生活にはなんの支障もない。しかし、地球が球体であるということを知り、受け入れ、その外側に無限の宇宙の広がりを意識することは、決して無意味なことではない。もちろんそれはどこまでも個人の勝手だが、少なくとも「地球は一枚の画用紙である」という考え以外を容れない人物の世界に「地球は球体である」は含まれないはずだ。
タイトルが「読み方」であることもこのことと無関係ではない。
どちらでも示されている、ある小説のいちぶぶんについての、平野啓一郎の短い分析は、透徹したものでありながら、どこまでも、ブログ的な、ひとりごとに近いものであって、一般的な意味での「批評」ではない。「批評」には、哲学と同じ質の普遍性が不可欠だ。「ほかのひとはどうおもうか知らないが、おれはこうおもったのだ」という他者を拒否したような態度は、極力排除されねばならない。そのためには論理的な思考と語り口は欠かせないし(哲学者のつかうことばがどうしてもむずかしくなってしまうのはこのためだとおもう)、作家のほうがそれを参考なり意識なりしているようなら、過去の作品や思想などと比較して考証することも必要になってくる。そこまでいくのがプロの批評家なわけだけど、僕のようなそこらへんのブロガーでも、文章として「批評」を展開することは技術的にできなくても、その「批評的姿勢」を保ち続けることはできる。それが、平野啓一郎の提唱し、お手本を示した「小説の(本の)読み方」というものなのだとおもう。
空前の大ブームをおこしたケータイ小説『恋空』の項の最後に、平野啓一郎は書いている。
「こうして見ると、極めて論理的で、骨太な構造を備えていると感じられるだろう。そこには、単なる社会学的な分析以上の文学的な批評の可能性が広がっていると私は思う。好き嫌いを含めて、評価を下すのは、最後のおまけのような作業ではないだろうか」238頁
正直いってこういうことを文章にするというのは、仮におもっていても、けっこう勇気のいることだとおもう。しかしこういうところがまさに「批評家的」なありかたの基本姿勢であって、まねしたいなーとおもうところだ。
とはいえ、こんなことは当たり前で、わざわざ現役の作家が示してみせるほどのことでもないんじゃないかなーという気も、しないでもない。僕はこのPHP新書というものをほとんど手にしたことはなかったが、なんとなく、実用書的なものが多いようなイメージがあった。文章も平易だし、どういう経緯で平野啓一郎がこの本を書くことになったかは知る術もないが、だから僕は逆に(?)、実用書的に読むのもアリなのかなーとかおもう。ある小説から抽出した部分的テキストを、問題でも解くみたいに解剖していくその作業が、ここには記されているわけだが、ここでは彼の「読み」じたいが重要なのではなく(もちろんおもしろいのだけど)、その「方法」にこそ価値があるのだろうから。
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