■『続続・田村隆一詩集』
現代詩文庫111 思潮社
- 続続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)/田村 隆一
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「詩は青春の文学だなんて後進国の嘘っ八だ
目がかすみ
耳が遠くなり
口からヨダレがたれてこなかったら
詩は生れない
詩の懐胎は消費人間の特権だ
文明のストックを喰いつぶせ」夢の中の逆夢より
『陽気な世紀末』全篇、『水半球』『スコットランドの水車小屋』『5分前』『奴隷の歓び』それぞれより数篇とエッセィを収録。作品・詩人論は平出隆、吉本隆明、白石かずこ、飯島耕一が寄稿。つくづくお得だよなー現代詩文庫は。
以下自分語りです。
あいかわらず詩集の感想はどう書けばいいのかわからないのだけど、最近それはあまりよくないなーという感じがしています。おもったことがあるならそれを書けばいいのであって、それをやらないというのは、なにもおもわなかった、つまりなにも得なかったも同然ではないかとおもえるからです。書評というのは、巧拙はそりゃあるとしても、基本的にはその本を読んでなにかを感受したにんげんなら誰でも可能なことであって、深い考察にもとづいた詳解な分析にはもちろんある程度の経験と、てらしあわせるためのリテラシーが不可欠だとはおもうけど、極端ないいかたをしてしまえば、そのひとの内側にわいてきた感情をとりあえずそのまま書いてしまえば、それをいかに掘っていくかは本人のスキル次第として、個人的な評価ということはできてしまうはずなのです。
ところが詩と接するとき、僕はなかなかそういうことがさらっとできない。小説なら多少解釈にむりがあって、そのことに自覚的でも、まあいいや、ぐらいでさくっと書いてしまうということがどうしてかできない。
それで考えると、どうやら僕は詩に対して…つまり詩人に対して、畏敬の念からか、どこか距離をとってしまうようなところがあるのです。そのほんとうの意味は、わからない…。僕は好きなものごとについてはあまり中途半端に放っておくことができない性格なので(そうでないものは他人が引くくらい放っておけるのだけど。だから僕の知識はいつも偏っている)、そういうことが、よくわからないのにわかったようなふりをすることを拒否しているのかもしれない。
それではどうすればいいかというと、これはもちろん詩をいっぱい読んでじぶんなりのものさしができるのを待つ以外ないのだが、それ以上に僕はじぶんが詩について書くときの「書き方」がわかっていないんじゃないかとおもう。じっさい僕は、加藤典洋やなんかを知ってはじめて読後に小説の感想を書くようになったのだし。書評には書評の文体が必要なのだ。僕は天才ではないので、おもに尊敬できるひとからパクりまくることで文章を書いてきた。特に島田荘司と村上春樹からはほんとうにパクりまくった。しかしこれは、自覚的かどうかの差はあれ、ほんとうは誰だってそうなのだ。
現代詩文庫には必ずほかの詩人や評論家、文人による評論が載っているのだけど、これまでけっこう読み飛ばしてきてしまったからな…。これからはちゃんと読もう。そして書評の文体を手に入れることは、もちろん詩のたしかな読み方を獲得することでもある。
田村隆一はこれで二冊目。内容がお得とはいえ、現代詩文庫は1200円もするので、買うときはいつも悩む。ほかに読みたい詩人もたくさんいる。金子光晴などはエッセイや紀行文は読んでいるが、オーソドックスな詩はまだ読んだことがない(もっとも、そういうちがいは金子光晴のばあいはあまりなさそうだけど。紀行文も詩そのものなので)。であるのに、こう二冊目を手にしてしまうということは、意識のどこかで気に入っているのだろうか…(そしてこういうことを「なぜか?」とつきつめていくと、感想が書けるようになるはずだ)。
↓コレ、読んでみたいな~
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