『闇金ウシジマくん』は今週もおやすみ。来週から再開予定です。先週はバキもやすみだったし、なんか感想ぜんぜんやってない感じがすごいな~
今日は先日12巻が発売されて、単行本でも完結をしたサラリーマンくん編について書こうかと。サラリーマンくんに関してはたぶんこれで最後になるとおもいます。
とはいえ、テーマやキャラクターなどの分析は週刊連載時の感想でしつこいくらいやっているので、ここではとりあえず「通して読んでみた直観」ということに特化してみたいとおもいます。また後半が小堀の妄想なんじゃないかという説も僕のなかでは未だ燻っていますし、書くつもりですが、これについてもあくまで仮説というか「こんな読みかたもできそう」という域を出ないものであり、僕が抱く物語全体の感想・批評は週刊連載時に記したそのままであります。したがって特に論証というものでもないです。物語じしんもそういう姿勢を要求している気がする。というのは、これが普通のおはなしなら、クライマックスが主人公の妄想なのか、そうでないならなぜこのような描きかたをしたのかということはかなり重要だとおもうのですが、サラリーマンくんでは「どっちでもいいか」という感じもまたかなり強烈に残るのです。これは「表裏一体の光と闇」という本編のテーマに返っていくのかもしれない。
まずはまっすぐな感想。サラリーマンくんはちょうどウシジマの10巻から12巻にきれいにおさめられているのですが、とにかく長く、重厚。そして重要なのは、それらの厚みがおはなしの要請するものであり、なんの過不足もなくぴたりと原物語に一致するものだということ。週刊連載では正直言って「長いな~コレ。ウシジマ出てこないし」というのが、少しはあった。少しね。しかしこう通して読んでみると、これが一話でも少なかったらやはりヘンだ。作者の周到な物語設計と意識的なつくりこみがよく感じられる。丑嶋というキャラクターの位置も、彼は10巻のおしまい、サラリーマンくん⑪までまったく登場しないのだが、いま読むときわめて自然な感じがする。とすれば、現在連載中の出会いカフェくんに丑嶋がほとんど登場しないとしても、たいして気にすることはないのかもしれない。
またキャラクター設計についても感服の至り、僕なんかは嫉妬すらしてしまう。小堀や結子、しおりや戸越や志村や、営業先の先生がたはもちろんだが、なにより板橋だ。この男をちゃんと読めているかどうかで、サラリーマンくん編の見えかたはかなり変わってしまう。…万が一板橋の最後、あのピースサインの意味がわからなかったというかたがいたら、とにかくゆっくりと時間をかけた再読をオススメする。その際の注意点は、くどいようだが、「共感」をしないこと。彼のなかにじぶんを探さないことです。大部分のにんげんは、ストレスがたまったからといって、メガネの怖いひとから金を借りたり親友との関係を壊したりしてまでギャンブルをやったりはしない。しかしだから板橋はじぶんとはかんけいのないにんげんだ、自業自得だ、と読んでしまっては、少なくとも『ウシジマ』を読むうえではあまりにもったいない。これはいままでのすべてのエピソードについて言えること。愛沢やジュンや風俗嬢たちや宇津井など、「一般の」世界の住人にとってはことばの通じない別世界に住む彼らが、いかなる地獄を内に抱え、生きていくという単純だがあまりに難しい行為のなかにもがいているか、そういったことをまず乗り越えないと、物語を構造的に読む地点にすら立つことができない。こんなことはもう当たり前だし、たとえば小説や映画なんかを見るときにはほとんどのばあい自然にできてしまうのだが、マンガというメディアのハードルの低さが両刃の剣となり、結果としてウシジマは比較的ハードルの高い作品ということになってしまうのかもしれない。
それ以外では、僕は小堀と戸越の和解がいちばんぐっときましたね。最終話の戸越もいい。こんな優秀な後輩がいて、しかも互いにリスペクトしあえたら、毎日成長の実感があって、仕事だって楽しくなるんじゃないかな。逆に志村課長はほんとにひどい。以前、小堀のとってきた契約があっさり奪われてしまうシーンについて、いかにもフリーターらしく「こんなことマジであるのだろうか」みたいに書いたら、「あります」というコメントをいただきました。これは、もはや成長があるとかないとかいう地点にすら立っていない。国全体のインフラがしっかり機能しないままにオリンピックを開催してしまうようなものだ。
感想はこのくらいにして、小堀妄想説イッてみます。
ここでいう「妄想」とは、小堀が倒れて以降、具体的にはサラリーマンくん27から29あたりに漂う“違和感”に依拠しています。特に27。倒れた小堀は家のなかで古いアルバムを眺めている。特に意識が向かうわけではないのだが、家のなかの雰囲気はがらんとしていて、どことなく小堀がひとりでいるような感覚が生まれてくる。しかし妻の助けで生活が成り立っていたことにやっと気付いて涙する小堀のもとに、どこからともなく創くんと由花ちゃんのふたりがやってきて、ご飯だよと知らせる。ここからの2ページはかなり不思議な様子だ。小堀の顔はいちども描かれず、「いつも同じメニュー」を彼は食べているのだという。食卓には不気味に家族四人の影がかかっている。続くコマでは妻・結子が背中を向けたまま優しいことばをかける。さらに、間髪入れず布団のうえにからだを起こし、うつろな表情で「ありがとう」と呟く小堀がうつる…。
読んだ当初、僕はこれらを小堀が病院で見ている夢なんじゃないかと考えた。小堀が身を起こしている布団は、見ようによっては病院のベッドのようにも見える(同様に布団にも見えるのだが)。サラリーマン⑦を読むと結子が小堀の枕もとで掃除機をかけているシーンがあるので、もしこれがベッドなら、この可能性はかなり高い。
しかしこの仮説はどこまでも「仮説」を出ないし、証明もできない。またうえに書いたように、物語じたいがそれを求めていない。だからもう少し感覚的な読みかたをしてみる。そこで、僕は「異界」という観念を持ち出してみたい。物語は小堀と板橋の世界を両輪としてそれぞれに描かれてきたが、ふたつの時間軸が微妙にずれているということは毎週の感想でも書いてきました。これはもしかしてそのヒントだったのかもしれない。
まず指摘したいのは、小堀の上着だ。違和感に満ちた27から29のあいだ、小堀はずっと、屋内ですらフード付きのジャケットを身につけている。ここでこの上着を、光の世界の人間が闇の異界に入るためのアイテムのようなものと仮定してしまおう。その間、板橋を除くと、小堀は白い服(光の服)を着たふたりの子供以外とは顔を合わせていない。描写のうえでは妻すら小堀を見ていない。うまく言えないのだが、このじてんにおける上着を着た小堀は「異界」にいるのではないか。子供は幽霊が見えるというが、このときの小堀はトトロみたいな存在だったのだ。また小堀にとっては現実界の象徴のような戸越や高崎所長と“通信”でやりとりをしているというのも興味深い。
ここでいう「異界」とは、現実的なことばでいえば闇の世界だが、丑嶋やヤクザの它貫、そして板橋なんかは当然そちらの住人だ。僕は民間伝承には明るくないが、タヌキという名前にももしかすると霊的な含みがあるのかもしれない。
そして最後に板橋と会った夜の公園だ。公園には護り神のようにパンダの遊具が据えられている。パンダはむろん黒と白、「光」と「闇」を表面に宿し、表象している。小堀の「昼と夜とじゃ違うところみたいだ」というセリフも象徴的だ。この公園は、現実界と異界、幽明界のちょうど境のような場所なのだ。
サラリーマンとしての悟りを開き、板橋と和解した小堀は、若き彼らのうつるアルバムを手渡す。この場面は、コミックス版では加筆されていて、アルバムがまさに手渡される瞬間が見開きに大写しとなって描かれている。わざわざつけたすということは、以前のままでは伝わっていないとでも作者や編集部が考えたのかもしれない。この場面がなにを意味するのか…これは考えると非常におもしろい。映画『サイレント・ヒル』のようにいろいろな解釈ができそうだ。
アルバムには、「今よりもっとよくなるって信じていた」頃の、いわば“希望”がつまっている。それを手にすることで完全に目の覚めた板橋は、ひとことも告げずに小堀のもとを立ち去り、死しか選択肢のない漁船へと向かっていく。小堀の影である板橋が浄化された瞬間だ。この次の最終話で小堀は上着を脱ぎ、光の世界に戻っていることからもこれはわかる。しおりも本名をあらわし、闇の姿はかけらも見せない。しかし闇はすぐそこにある。丑嶋やマサルと気付かずにすれ違う場面がそれをあらわす。小堀がスロットをしたりして、板橋を“追体験”する場面があるが、これはだからいわば彼じしんの手による自己分析だ。こう読むと「三万すった」とはいえ、小堀が板橋のように堕ちることはないだろうということがわかる。なぜなら小堀の闇=板橋は、アルバムにより浄化されているからだ。小堀じしんがアルバムを読み、結子の認識を共有するシーンは、だから表現の内では板橋にアルバムを渡す場面と等しいもの、ということになるのだ。
…結局論証でもないのにそれっぽい書きかたになってしまいましたが、これについては自信があるわけでもないしないわけでもない。最初に書いたように、きちんと中身を共有できてさえいれば、「どっちでもいい」という感覚が強いのだ。
でも、書いてわかった。真鍋昌平はつねに慎重に読んでいかないといけないひとだなーと…。来週から再開の出会いカフェくんも期待です。
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サラリーマンくん編は以下の三冊で読むことができます。他のエピソードが食い込んだりしていないため、はじめてというひとにもオススメかも。
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