第129話/出会いカフェくん⑦
仕事明け、夜の歌舞伎町・コマ劇前にいる美來のもとにアキトの携帯からメールだ。しかしこれは、携帯を奪ったJPがアキトになりすまして書いたもの。内容は、いま予備校で授業中だが、2時間後には歌舞伎町に着けるので会えないかということ。ミコはうれしそうに待ってると返信する。
ミコやアキトの地元は立川と見てたぶんまちがいないでしょう。というか、そういうことにとりあえずしてしまいます。いま、ミコは新宿歌舞伎町にいて、JPは立川にいる。アキトの予備校はどこにあるのだろう?ふつうに考えて立川近辺のはず。新宿から立川は、中央線の快速で30から40分くらいだろうか?いずれにせよ近くはない。待ち時間を考えても、「帰ってきたら遊ぼうぜ」というのがふつうな気がする。しかしミコはそのことを不審におもったり、不平を言ったりはしない。笑顔で喜んでいる。つまり、2時間待ってでも、新宿で遊べることを喜んでいる。ミコとアキトの親密さがよくわかるとおもう。
アキトになりすましてメールを送ったJPは、「先輩1」に呼び出されて駅前にきていた。やはり例のホストの、指ガッチャン事件のことだった。この男がなんなのか、ヤクザの構成員なのかただの手下みたいなものかどうかはいまいちわからないが、いずれにせよその種類の先輩だ。しかしJPは先輩に背を向けてメールしながら生返事だ。彼がふつうのワルとはちょっと異質だということがよくわかる。別にいきがってワルいことをしてるわけでも、ヤクザに憧れているわけでもなく、彼は生き方を求めた結果としてこの「JP」なのだ。指ガッチャンの動画にはJP以外の撮影者がいたはずだが、いままでのところ基本彼がひとりで行動していることも興味深い。
全治三ヶ月のホストは、月の売上が200万程度というダメホストだったが、それでも損害が出ることはまちがいない。店も辞めるそうだ。三千万は用意しないとヤバイというはなし。しかしあとさき考えずガッチャンしたJPを買ってくれるヤクザもいるようだ。そこで三択。金を用意するか、組に入るか、山に埋まるか。
「だりー。
組に入って部屋住みでトイレ掃除とかマジやりたくねー。
金。用意するよ。
無理なら山に埋まる…
この街から出てまで生きてたくねーし…」
最後のひとことからは彼のなかにある強烈な虚無感がうかがえる。例の「死は神」発言と合わせて、重要なセリフだ。
しかしどうやってそんな大金をつくる気なのか?ていうか、ホストひとりの価値ってそんなにすごいのですか?取り立てるほうは、回収よりもJPを組に入れるかオトシマエを公式につけるかのどちらかを望んでいる気がする。大金すぎるし、まず無理でしょ。
いっぽう、コンテナに閉じ込められたアキトと冬美。なかは密室のためひどい暑さになっていて、アキトはそうでもないが、冬美はあまりの暑さにほとんどぜんそくのセイウチみたいになってる。そんだけ厚着してればね…。その腹に巻いてる肉みたいなやつ、脱げば?
のど渇いたとやかましく悪態をつく冬美を唖然として眺めながら、アキトはかばんから飲みかけのミネラルウォーターを発見する。アキトは「ひとくちだけだぞ」といいながらも親切に先に冬美に渡すが、ケ(ダ)モノと化している彼女はお礼もなしに一気飲みだ。そのうえ、マンキツで空のペットボトルにためたカフェオレを思い出すが、アキトには秘密にしておくつもりだ。どうせぬるいし、いらないけどさ…。
そして、おしっこしたくなったという冬美のしーしータイムに突入だっ!
絵はないが、たぶん陰のほうで(陰なんかないけど)ペットボトルにジョボジョボやる冬美に対し、「マジカンベンしてくれよ…」とアキトが全国のスピリッツ読者のおもいをボソリと代弁する。そして冬美は大便する。いや、マジです。このひとマジでやりました。「しょうがなくね?生理現象だもん」て。『幕張』の奈良か。奈良は逆だったけど。監禁されてまだ2時間というところだろうに。…だけど追い詰められたら人間ってわからないですからね。それとも、欲動のままに生きるということの表現だろうか。すげえなぁこのマンガ。
まだ終わらないヨ。優しいアキトは、せめてコンビニの袋にしろよ、臭いだろと言う。対し冬美は、さわりたくないからやってと宣う。オマエは臭くないのですか。
そしてアキトは…やったみたい。気の毒すぎてことばもない。
でもこれで、ふーみんはペットボトル二本ぶん確保できたネ!おれ?おれはいいや…いまべつに喉渇いてないし。
JPはなかなか戻ってこない。夜間でこの暑さである、昼間をや。このまま放置されればふたりは必ず死ぬ。空気とか、大丈夫か?
暑いからか、アキトが上の服を脱ぎ捨てていて、JPにつけられた背中の傷があらわになっている。いまでもうずくのだそうだ。飲むもん飲んで出すもん出したふーみんはやや落ち着いた様子で傷の由来を訊ねる。アキトによれば、やはりミコと仲のいいことへの嫉妬だそうだ。冬美は、ミコとヤったのかと訊くが、アキトははぐらかして応えない。それでもミコとはあまり会わないようにしていたと。この感じではどこまでいってるかはわからないが、ある程度以上の親密な触れ合いはあったのだろう。しかしたぶんそれは、仮にヤってたとしても、幼い兄妹が「いっしょにねる」みたいな感覚だったのかもしれない。
その傷ミコに見られるの恥ずかしいもんねと、冬美は無神経に笑いながら言う。
「俺は…
美來が悲しむ顔を見たくなかったンだ…」
「美來は…
ちょっとバカだけど、
とてもやさしい娘なんだ。
美來が悲しむコトはひとつもしたくない…」
サワヤカ・ボーイめ…。冬美には言っても無駄だとアキトは珍しく断定的な言い方をする。アキトの思い浮かべる、コマ劇前のミコの絵は、ちょうど隣合った次ページのコマの絵と同じ姿勢で、それもあってかこのコマのミコは妙にコラージュっぽくて、ふわふわ浮いているようにすら見える。かばんがないのはただの描き忘れだろうか。いずれにせよ無垢な感じがよく出ている。
地面にぺったりとあぐらをかいてアキトを待つミコは、ヒマなので周囲を観察している。中でくまのぬいぐるみを抱えながらうつろな目でふらふらと歩きまわる女を見ていると、同じ出会いカフェによく来ているタエという女に背後から声をかけられる。タエによれば、ぬいぐるみ女はここらへんで全裸になって公開オナニーをしてる有名人なんだそうだ。腕には無数の注射の跡…。見た目はまだ若いし、むしろかわいらしい感じの顔立ちだが、過去になにがあったのか…。
タエはミコが、体を売らなくても五千円の食事が当たり前になって感謝する心を安売りしていると指摘する。冬美ならたぶん眉をひそめてイラッとなってるとこだが、ミコは無邪気に「よく分からんのー」だ。
ミコの目的はお金だが、タエはちがうのだという。じぶんみたいなおばさんは、カフェにきても待ち時間のほうが長い。“選ばれない女”はそこにいる理由ばかり探している。つまり、ただでお茶飲めるとかマンガ読めるとか、理由をつけている。みじめなばかりだが辞められない。家でひとりでいることがあまりにさびしく、耐えられないからだ。
自嘲気味に笑いながら、タエは言う。ミコにはわからないだろうけど、あのぬいぐるみ女もじぶんも、未来のミコなのだと。
と、ふたりのあいだにいきなり割り込む者が。
JPがあらわれた!!
いのちだいじに。
・たたかう
〉・おかねをはらう
・けいさつをしょうかん
・にくまむしをしょうかん
・にげる
ミコの呼びかけでJPが「純平」の略だということが判明した。JPは早々に三千万円を要求する。ていうか、このコマのJP、指六本あるように見えるんスけど。
「金を用意出来ねーと俺、
拉致られるンだわ。
俺が消えると、
アキトと冬美も道連れで死ぬコトになる」
JPがふたりを人質にとった!
この描写ではどこなのかよくわからないが、例の「ある勝負」に出て大金を得たギャルオヤジ、「K」の登場だ!ふつうにやっては三千万なんて無理だ。ミコはたたかうのか!?
つづく。
JPの動機は相変わらずよくわからないけど、それでもだんだんに見えはじめてきた。JPにとってミコの脅迫は金の準備と復讐が同時にできる一石二鳥の方法だ。どうあっても、まともなやりかたでは三千万なんて無理だから。仮に失敗しても、すでにアキトはJPの手中に落ちている。またJPは、じぶんで言っているように、金が手に入らなくてヤクザにどうにかされることを特に恐れていない。街を出るくらいならそれでいいと言っている。いままでの流れから、こちらのことばに嘘はないとおもわれる。「街」へのこだわりがどこからくるのかは僕にはまだわからない。まさか故郷という意味だろうか?
ところでJPの由来ですが、やはり純平でしたね。では物語的暗号としての意味はなんでしょうか?最近おもうのは実存主義のジャン=ポール・サルトルでしょうか。あのギャルオヤジが「K」だとわかってさらにおもいました。JPは「神」ということばをつかいましたが、これはもちろんそのままの意味やそれに類するものの比喩ではなく、一種の世界観の表現でしょう。あの自慰としてのセックスももしかしたらこれにつながっていくのかもしれない。実存というのは、死によって限定されたある固有の、交換不可能な生、またそのように生をとらえるありかた、と言えばいいのか。僕はそう理解しているのだが…。僕はサルトルの著作を読んだことはありませんし、知識としてもほんのすこしかじった程度の一知半解、いま百科事典を読みながら補完しているくらいのモノですから、これ以上書くのは危険なのでやめますが、JPのふるまいに実存という表現はぴたりとあてはまる気がする。近いうちに復習しておきたいとおもいます。
そして、そうなると「K」はフランツ・カフカなのではないかとおもえてくるのです。カフカは小説のなかで主人公に「K」という名前を与えることが多かった。『城』の測量師とかね。もちろんこれもあてずっぽですが。
次号から闇金ウシジマくんはおやすみ。合併号からその次まで休載だそうです。再開は8月25日発売の39号。一ヶ月後かYO。ずいぶん長いなぁ。忘れちゃうぞ、感覚的なことを。しかしまあ、いい機会なので、いろいろ考えてみます。