第108話/強き父を持つ事
愚地克巳率いる神心会百万の包囲網の内側、繁華街をうろついていたピクルは風俗店の客引きにつかまっていた。客引きのおっさんはあらゆる表情・ことば・身振り手ぶりを駆使してピクルを店に誘う。そんな彼を、ピクルは例の、きょとんとした、ガラス玉みたいに無垢そのものの瞳で観察する。ピクルははかりかねていた。彼にははじめて見る種類の雄だ。そして、懸命に、親しげにアプローチをかけてくるにもかかわらず、そこに“好意”がないことを、「まるで“俺”を好きではない」ことを、この原的人間は鋭く感受してもいた。
客引きはピクルのすさまじい体格から彼を格闘家かスポーツ選手とおもっているようだ。オジさん、お兄さんみたいなお友達をたくさん知ってる、あり余る体力、あふれでる精力、どーすんのよ?うーん、風俗の客引きなんてこんなもんかなぁ。ずいぶんガキ扱いじゃない。
「はいキマリッ
三千円ポッキリ
何も足さない何も引かない」
この男…、よもや史上最強の雄からぼろうとしているのではあるまいな?!「ニッポンジン、ウソツカナ~イ」といわんばかり、やたら男前な表情をつくる客引きのふるまいはまるっきり詐欺師のそれだ。露骨すぎてたぶんピクル以外には通用しないけど。いや、わかんないけどね。案外優良店かも。
客引きは黙して語らないピクルを無理やり店内に引きこもうとする。ファイトのからんでいない、それも満腹のピクルはじっさい子供に等しい、くみしやすい存在なのかもしれない。知らないオジサンにはついてっちゃいけないなんて習ってないもんね。
そんなふたりをひとりの精悍なおとこが引き止める。神心会だ。初登場かな?とりあえず前回ピクル発見を電話で伝えていたおとことはちがう。ピクル捜索隊の地域別リーダーみたいな感じだろうか。いずれにせよ有段者だろう。
おとこはピクルをして、ツレだから勘弁してくれというが、変わらずきょとんとしているピクルを見て、客引きのほうはこめかみに血管を浮かせ、口調も変えていきりたつ。同業から客をとられるとおもったようだ。しかし同業でもヤーでも警察でもないというおとこに、客引きは眉間にしわを寄せて「からかってんのか」とすごむ。
そのころ、神心会本部にて、克巳は稽古の終わった道場の中心に正座をし、精神を統一していた。そこにあらわれたのは父・独歩だ。誰を待つのか訊ねる独歩だが、克巳は語らない。そして止める気じゃないだろうなと息子は言う。そんな彼を独歩は諭す。ただしゃべってるだけなのにすごい迫力だ。
「克巳よ…
武道家にとってイチバン大切なことはなんだ
生き延びるってことよ
勝てる相手としか喧嘩しねェ…………って
おめェじゃ無理なんだよォッッ」
…ああ~言っちゃった。
だけどそのことは克巳だってよくわかってる。今回の目的は勝つことにはないのだ(そりゃ勝つのがいちばんいいんだろうけど)。
そして「おめェ“じゃ”」と言ってるところが重要だ。それじゃあ、誰なら?
克巳は父が館長だったころの支部長会議を思い出す。意見がぶつかりあったとき、独歩は決まってこう言ったのだ。
「同じ空手家同士じゃねェか
組手でカタをつけようや…ってな」
…なんてシンプルな男なんだ、独歩ってのは。しびれるぜ。
息子にそこまではなしをすすめさせた父親は、「ワルいね…先に言わせちゃって」と口にしながら上着を脱ぐ。ピクルとの対戦権を巡って、世にもシンプルな親子対決の開始だ!範馬親子の、憎しみや怒りを孕んだ(最近はそうでもないけど)それと比べてなんとさわやかなんだろう。諧謔すら含んだバトル野郎どうしのじゃんけんみたいな感じだ。でもここでオヤジ超えちゃったら克巳の館長としての器の件についてはどうなるんだろう。あくまで政治力で、伝説に裏付けされた存在として神心会の頂点に君臨することが重要なのだろうか。たしかに、ここで言われているカリスマとかそういうことは、げんに親子のどちらが強いかということとは無関係な気もする。
たほう、神心会の彼は、客引きとの交渉のため、手刀で看板をぶった切って“気持ち”を示していた。ミクロながらここでもピクルの奪い合いだ。
いつのまにか彼の背後には神心会の面々らしき方々が威嚇的に勢揃いしている。まるっきりヤクザだ。こんなんでいいのか、空手道神心会。
当然バックにヤクザがいるにちがいない客引きも、本職以上にアレな彼らのふるまいに汗だらっだらで顔面を引き攣らせている。同情します。客一人にここまで意地をはる意味はない。こんな状況なら他の同業からなめられるとかいうこともなかろう。というかむしろよくここまでがんばったよ。客引きがピクルを引き渡すと急に神心会の彼は表情を和らげ、「次に来るときは客として」と言い、背後のヤクザもどきとともに十字を切って「オオオスッ」と礼をする。いいのかな。たぶんぼったくりだぞ。
そこに…、見覚えのある派手な鰐皮(?)の靴の男が。
我らが花山薫である。日本一繁華街が似合うファイターである。ただ突っ立ってタバコ吸ってるだけなのにすさまじい存在感だ。すごみまくっていたヤクザもどきたちも、モノホンの、ヤクザの象徴みたいな男の登場で、驚きとともに激しく緊張している。そして客引きはありえないくらい醜い顔貌で揉み手をしながら「おつかれさまッス」だ。本質的なカリスマ的資質でいったらどんなキャラもこのひとにはかなうまい。
タバコを踏み消した花山はピクルに向き直り、笑みをたたえながら「強ええんだって……?」と語りかけるのだった。
つづく。
花山って190センチでしたよね?やっぱり2メートルには見えないですよね、ピクル。
ぱっと読んだ感じではまるでピクルに会いにきたような印象を花山からは受ける。彼がどんな目的であらわれたのかはよくわからない。ピクルが来日した際のあのテレビ放送を彼が見ていたとは限らないわけだけど、花山には柴という物語的に彼をサポートするキャラがいるわけだし、知らなかったというのはあまり考えられない。ピクルの発するエナジーに触発され、強者の匂いにつられるままに集い、期せずしてファイターたちの同窓会となってしまったあの場所に彼がいなかったのは、知らなかったとかなにも感じなかったというより、“行かなかった”と考えたほうが自然な気がするわけです。となると烈がやられたことを徳川さんから聞くなりなんなりして知ったあとに行動をおこしたことになる。烈の敗北、そして彼がじっさい喰われたという出来事に、花山のピクル認識を改めるような含みが果たしてあるだろうか?強さが確認できただけではないか?そもそも彼はどうやってピクルの居場所を知ったのか。
こうなると花山とピクルの接近は邂逅、“たまたま”なんではないかとおもえてくる。じぶんのシマでぶらぶらしていたか、仕事でもあったか、とにかくそのあいだになにやら揉めていることを知り、行ってみたら見たことある原始人がいた、そういやこいつ烈海王倒したんだっけか。そんなところかもしれない。
はっきり言って今週はすごいどきどきしてしまいました。ピクルのはなしなのに本人はでっかい赤ん坊の如く口開けて眺めてるだけってのもおかしい。子供の養育権をかけてたたかうもと夫婦や、祖父の遺産を巡って骨肉の争いを繰り広げる親族たち、といったところか。
花山の登場は死ぬほどうれしい。僕のいちばん好きなキャラです。そしてバキキャラではいちばん不確定で流動的な強さのキャラでもあります。バトルにおける流動性…環境やらなにやらの要因から、昨日勝ったからといって今日も同じ相手に勝てるとは限らないというファイトのリアリティみたいなものが特にこの漫画では重視されていますが、花山はまさにそういう漫画的姿勢の具現。かんたんなはなし、彼は克巳にもガーレンにも負けていますが、だからといってふたりより花山が劣るとは誰も考えないわけですよね。これは漫画としての姿勢なので、秩序を与える“絶対者”としての勇次郎を除くと本来はどのキャラについてもこのことはいえるはずなんですが、花山はそのファイト・スタイルのためかこの感触が人一倍強いんですよね。加えて花山はピクル同様、強くなるための訓練をいっさいしないナチュラル・ボーン・ファイターだ。たたかうかどうかはまだわからないけど、わくわくしないわけにはいかない。『疵面』の連載中止でどうなることかとおもってましたがふつうに戻ってきてくれてよかった。もういっそあの漫画はなかったことにしましょう(笑)