■『World of Music』ZEEBRA
World Of Music
もしジブラがラッパーになっていなかったら…ということをよく考える。これまでにくりかえし述べてきたように、文化論的な意味では日本と噛み合わせの悪いヒップホップだが、この、受け手もなにもぜんぶ喰い破るように攻撃的な文化のパワー感を考えたら、図々しい居候がいつのまにか居座って家主に成り代わってしまうみたいにいずれその存在をうたいあげることにはなったろうとおもうけど…。
しかし、この男が、もしいなかったら。
それは色彩に欠けた、ひどく味気ないものになっていたにちがいない。ラップが上手いとかカリスマ性があるとか、音楽からなにからセンスがいいとか、そういうこともむろんあるのだけど、ジブラのもっともすばらしく、またリスペクトできる点は、その意識の高さである。みずからの立ち位置とすべきこと、役割=ジョブ効果を、きちんとした自覚のもとに操作しきっていることである。じぶんがなにをすべきなのか、どうふるまうべきで、またどうふるまうことがヒップホップであるのか。というか、そもそもヒップホップであるとはどういうことなのか。ジブラとは親友であるユーザロックがシュガーヒル・ストリートに出たとき、ジブラはなにからなにまでぜんぶひとりで背負ってしまっているから、おれにも分けてくれ、みたいなことを言っていたけど、まさしく。ヒップホップな生き方をする「じぶん」に命を賭け、からだを張るのも、それはすばらしいことだし、生半可な気持ちではできまい。しかしジブラはさらにそのさきにいる。みずからが愛し、からだを張ってもいい、死ん
でもいいと思わせたこの理不尽な文化それじたいに…彼は身を賭している。そしてそのためにじぶんはどうあるべきか…行動で示し、かたちにし続けている。彼がアンサーソングを書かず…それどころかその相手のリリックを引用までしてしまうのは、ジブラの、無垢なほどの願いの表れのように思える。すなわち、ヒップホップの発展ということ…。生来の不器用から人づきあいの下手な男の子のように、まず最初に他者(ヒップホップを知らない人々)を拒絶するようなところがあるこの文化のほんとのかっこよさを…そのままのかたちでいかに盲目の大衆に訴えるかということ…。ヒップホップ最大の魅力である独善、ナルシシズムというものを保存しながら、いかに「独善」を脱出するか…。
そういうことを考えると、これは誰の人生でも同じことなのだが、2曲目の「運命」に描かれているように、どんなささいな出来事がその人生の矢印を決定するかというのは奇跡みたいなはなしだ。1stバースで語られているのは、ハービー・ハンコックの『Rock it』のはなし。一年一年を噛み締めるようにうたいあげるジブラの声からは、これらの偶然の出会いに対する感謝が感じられます。
3曲目「Reason(Let U Know)」も熱い。ヒップホップらしいつまりぎみのループと坂本龍一ばりに幻想的なブリッジとの入れ代わり。サイモンの無機質な声とD.Oのフレッシュ加減が有機的にトラックに溶け込む。個人的にはこのアルバムのゲスト・アーティストではこの二人がツボ。知っていたひとたちではあるのだけど…なんかまた新しく好きなラッバー見つけたって感じです。
(余談ですが、このD.Oというのは、いつか『リンカーン』に出ていた三つ編みの、練マザファッカの中心にいたひとです。ユーザロックやTWIGYを擁する雷家族の一員でもあります)
このアルバムにはblast誌でおなじみの(いまは知らないけど)二木崇さんによるかなり親切なライナーノーツも収められているのですが、ここではジブラの口にした“均衡”ということが取り上げられていて、『Not Your Boyfriend』はそのわかりやすいかたち。もちろん、ここで言われている均衡とは、あれをやったらそのぶんこれをやって、というふるまいのバランスのことなんだけど、しかしこのようなミクスチャー的な音楽にも、ジブラのこの意識はよく表れている。サウンドがいくらロックぽくなっても…どこまでもこのひとは“かっこいいヒップホップのジブラ”なんだもの。ここでもやはりループとフックの振り幅はありえない対比を見せている。
この曲でハードに、ダンディにきめたあと、このアルバムではもっともポップ感の強い『Shinin' Line A Diamond』と女の子向けキラー・チューン『Stop Playin' A Wall』をもってきて、さらにそののち、横浜の、というか日本のギャングスタ・ラップを代表するDS455をもってくるというのもおもしろい。『360°』ではUBGクルー勢揃いでラップラップした姿も見せていて…。この曲順は明らかに意図されたものだろう。一見節操がないように見えるこのスタイルを考えたら、K DUB SHINEと仲が悪いという噂もまあ仕方がないのかなぁとも思う。
全体の感想としては…なんだろうなぁ、マスターピースにはちがいないんだけど。新しくできた彼女がもしヒップホップを聴きたいって言い出したら、たぶんこれを渡すかなーって感じの作品。ビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』みたいな。ヒップホップ・リスナーの日常にふさわしく、また何年も聴き続けているファンも納得させるような、そういう一枚。傑作です。