やっぱりこの作家…ちょっと誤解してるとおもうなー。くりかえしになるけど、書きます。
最強の格闘技は決まっていないんじゃない。決まらないものなんです。『決まっていない』と書くからには、決まるものだ、また決めようというふうに、少なくとも潜在的にはおもっているんでしょう。しかしそれはPRIDEなどの興行団体・企画がもたらした悪しき幻想…。唯一プロレスがフィクションのうえでやってくれていたマボロシ…。最強の格闘技なんて、ない。なぜなら、実戦とは流動的なものだから。ある個人が強くなりたいとおもったとき…どの格闘技を選ぶかは、はっきりいって美学の問題。どんな格闘技を、カッコイイと、「強い」と、おもえるか。安全性や普遍性…誰がやっても強くなれる、ということを考えたら、それは柔道や日本拳法、それに空手なら極真空手なんかが優れているとおもいますけど、もし体格や運動神経に自信があるなら普遍性なんて無視したっていいわけだし、つまりここからは個人のはなし。
そしてその格闘技がその技術体系を選んだのも、じつは美学の問題なんだとおもう。これを比べてなんの意味があるのか?だいいち、どうやって比べるつもりなのか?
気持ちはわかるけど…作品にして世に問う立場にある以上、自分の声の重みを知ってほしいかな。でなかったら、最強の格闘技を決める理由というのを、もう少し明確にしてほしい…