『バンブダンプ』田中小実昌 新潮社
やっぱりこの人の文章、好きだなーと再確認。はっきりいってやってることも書かれてあることもいつものくりかえし、焼き直しだけど、松本人志のすべらない話が何度聞いても笑えるように、おもしろく読めた。
「朝鮮戦争のさなか横田基地に通訳としてつとめはじめたぼくは、不思議にのんびりした奇態な日々を送る。横浜で港外荷役の募集に応じるといきなり仁川の沖合に連れていかれた友人。牛浜の西部劇風のバラック呑み屋や新宿御苑のそばのドヤでの大騒ぎ。現在と過去を交錯させながら、ユーモア溢れるタッチで軽妙に描く自伝的小説」裏表紙より
ふむふむ。ストーリーに関してはまったくこのとおり。しかしこれではこの小説家の魅力は半分も伝わらない。まずだいいちに、この人の小説がおもしろいのは、筆者じしんがかなりヘンテコな人物であるからだ。普通なら覚えてるようなことも、筆者のあたまのなかでは曖昧に「わからない」ものとなってしまい、いや、それならそれで調べるなり小説的に嘘でもつくなりすればいいのに、わからないまま、うーむと、うなりつつ、それら一連の、ぐるぐる廻るような思考作用が、そのまま言葉に化けて、ふと、小説になっている…。くりかえしこのブログでも書いているように、この人は「おもうこと」の具象に努めていると僕は思う。
「朝鮮戦争のはじめのころは、よく雨が降った。もっとも、北朝鮮軍が国境をこえてせめこんできたのが六月二十日すぎで、ぼくがバンブダンプではたらきだしたのが、たしか八月末か九月になってからで、朝鮮戦争のいちばんの初期とは言えないかもしれない。いや、九月まで、ぼくはなにをしてたのだろう、というおもいが深い。文藝春秋や実業之日本社のためになにかを書いたり、ということもあるが、どうも、それは説明みたいな気がする。小説は(古い小説観かな)説明をきらうってことになっている。説明は説明であって、ほんとのことは言ってない、ってことだろう。あらためてこれを書いていて、自分でもふしぎなことがおおいのにおどろいている」
ここまで書いてみて、以前自分で書いた記事を読み返してみたら、「いま」僕が思っていることがかなり正確に書かれていました…。ジャンプのしかたがわからないので、申し訳ないけど、興味あるかたは4月27日の『なやまない』の記事を読んでみてください。
「わからない」ということについて、ここはちょっとおもしろいな、というところがあったので、そこだけ引用しておきます。
「『わからない』ほうの大家というか、名人みたいに言われたのが、ソクラテスらしい。彼はなんにでもわからないとこたえ、わかってるつもりの人たちをギャフンとさせた、とつたえられている。しかし、世の中には、とくにいくらかいい学校にいったような連中は、わかってなくてはすまされないようなのがおおいけど、この連中は、けっしてギャフンとはならない。ソクラテスみたいな相手を、頭がおかしいキチガイだ、とけいべつするだけだ。
(略)これは言葉のちがいがあるのかもしれない。そこいらのわかってるつもりの人たちの言葉とソクラテスの言いかた(考えかた)はちがうってことだ」