僕が小説を、というか読書を好きになったのは、小学生のころ、中学受験のために通っていた予備校の先生の影響でした。僕は暗記が苦手なので、算数と国語の二科目受験を選択していて、算数のほうはほとんどなんにもしなくても問題なかったんだけど、国語のほうはずいぶん伸び悩んでいて、むしろ嫌いでした。そんな折り、たぶん五年生くらいだったと記憶しているんだけど、僕らの予備校にその講師がやってきたのでした。
いま考えても、彼はかなり変わった人間でした。新任の講師紹介の場所で、厳しい顔をした眼鏡の先生たちがスーツ姿で直立するなか、彼だけはなぜか上下ジャージでした。意味がわからん。別に奇を衒ってやってるというわけでもないようで、彼はすごく機嫌が悪そうにみえました。それで、僕らの国語のクラスをこの人が受け持つことになったのですが、いくら記憶を探ってみても、「国語の授業」をしていた、という感じがまったくないのです。先生はいつもなにかおもしろい本をひとつもってきました。一階事務室横の小さい教室に机を8個か9個並べて、家から一部もってきたのだという数千冊の書物を文字通り山積みにして、そこからもってくるみたいなのです。先生がめんどくさそうな顔をして山の中に(ほんと、マンガみたいな光景でした)手をつっこんで、ばたばた机のはしから本が落ちるのをみて、ちゃんと整理すればいいのになーと思ったことを覚えています。だから、つまり彼は予備校のテキストや問題集をほとんどつかわなかったのです。もってく
るものはいろいろで、筒井康隆だったり井上靖だったり星新一だったり、ファーブル昆虫記だったりナルニア国物語だったりエジプトの歴史の本だったり、とにかくどれもこれも、先生の授業ではとてもおもしろく見えました(それらの本の一部をコピーして、生徒に配るわけです)。そしてくだらないジョークを口にしたり生徒にヘンテコなあだ名をつけたりしてみんなを笑わせ、こっちが笑いすぎると本気でキレる、そういう意味わかんない人でした。
そんな彼が、なにかの機会に出した課題図書が、井上ひさしの『偽原始人』でした。いったい、この人はなにを考えてるのか?読んだ人はわかると思うけど、これは、中学受験の勉強から逃れるために、三人の少年があの手この手を労して、現実(母親や家庭教師)に対してムダな闘いをしかける(?)というおはなしです。受験生の、みんながみんな、自分の意志で受験を希望しているわけではない(というかそんな子供はたぶんいない)。神経過敏になって、いつも泣きそうになっている子供だってたぶんいる。そんな僕らに、彼はいったい何をおもって、これを読ませたのか?僕は基本がなんにも考えてないでくのぼうなので、ただ楽しく読んでしまったのだけど。
それからも、お題を決めてホラー小説を書かせたり、短い小説を読んできかせてくれたり、銀河鉄道の夜のアニメをみたり、全然関係ない、ミツバチの性質についてガチで学んだり、相変わらずテキストをつかわずに授業はすすんで、ふと気付いてみると僕の国語の成績はものすごい伸びていたのでした。学校の先生にこういう型破りな人がいるっていうんならまだわかります。しかし中学受験の予備校となると…いま考えてもすごい不思議です。あとで知ったのですが、この人は僕の通っていた予備校では全国的に有名で、宣伝ポスターの下のほうによくある「充実した講師陣!」みたいなところに顔写真がのるような人でした(たぶん知らなかったのはクラスで僕だけだろうけど)。
いずれにせよ、僕は、これもまた、ふと気付くと小説大好きになってました。絵本とかウルトラ大百科みたいな読み物じたいは幼いころから好きだったので、そういうのもあったのかもしれないけど。でもこの先生から学んだこと、あるいはそこから波及して身につけた様々なことをおもうと、僕の人生におけるこの人の存在は、とてもとても、大きい。彼はよく、生徒がとんちんかんな返答をしたときなどに、「tsucchini、よく吟味して」と口にしていました。ほんとに君のこたえは正しいのか、もう一度よく読んで、かんで、味わってみなさい、と。いまどうしてるのかなぁ。
こんな超個人的なはなし、最後まで読んでくれてありがとうございますm(__)mどうしても書いておきたかったので…。