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福島県相馬市 ヘアカットボランティア @仮設住宅集会所

新緑の芽吹や桜が咲く春

新学期や入園・入学式や
社会人としての新たなスタートの季節と
その親御さん達は子供の晴れ姿のワキで
写真を撮ったり
なにかと節目の瞬間を写真に収める機会

人生に於いて
立場の違うけれど幸せの瞬間であることは間違いない


季節はそんな春だから
非難生活を余儀なくされた方々に
ちょっとでも晴れやかに煌びやかに
その一瞬を写真や動画で記録して欲しい


「撮影」ごとには
ヘアスタイルは欠かせない基本の基本


ええ服着てるとき
髪型が決まってるとき
自身満々に前を向ける


僕ら感性だけれど
ヒトはきっとそんなモンだと想う


そんな想いを
所轄の官庁に企画書を書き
電話とメールで日夜プレゼンし
僅か800キロ離れた
この地に足を踏み入れて3日目


そんな時間もそろそろ終わろうとしてるから
回想を綴ってみようとそんな想いに駆られた。


全体のマネージメントをする僕と
美容師・髪の切り手は
元ヘアカット選手権の西日本優勝者の
僕の仲間 たった1人

社団法人を立てる理由のひとつでもあった訳もあり
最低限の人員と役割を割り振った
この企画の参加者はたった2人


どうしても2人が良かったのだと想う。


原発や復興工事の影響で
福島県に入った場所でホテルを取っても
近くにはなく
1日5時間の移動があって
興奮冷めやらんから
2人で深夜まで語りあって
早朝に起きて仮設住宅に向かう日々


ヘアデザインとカットをしてあげた人は
準備を入れない活動時間は
2日で延べ10時間足らずで全部で27人


椅子の高さが低く腰を折った状態で
連日よくもこんなに沢山の人を
たった1人で切ったもんだ


いつもはゲラゲラと笑ったり
チョケてみたりする同士の姿が
いつも以上に勇ましく見える


被災当時の話を聞きながら
涙ぐんで髪を切る姿が
脳裏に焼きついて離れません


悲しみの感情と壮絶な体験談の中で
感受性が大きく
痛みを人一倍察知する彼の感情は
ほんとに大きく揺れていたんだろうと
容易に想像できる。



色んな経過や そんな時間のお陰で
僕もキミも沢山の『ありがとうね』と
『また逢いましょう』という
ココロからの言葉を貰う事が出来ました


こんな晴れやかな気持ちになれたこと
互いの夢を共有できたこと
『ありがとう』
仲間に向ける労いと敬愛の言葉はソレが相応しい



集会所は 仮設住宅の配給所機能があるので
どうしても時間の制約上
きっと眼前に居てる
4月から東京に就職が決まったという
女の子が今回の最後の奉仕活動になるんだろう



大切にしてる遠距離恋愛の彼氏の愚痴
就職や東京移住への不安
親や兄弟のこと
髪質や骨格から似合う髪形はどんなのか?
どこにでもある年頃の子の会話をしながら
ヘアデザインが仕上がってきてる


あの狭い架設住宅で
親子6人はキツイとか
夜中の彼との電話は
トイレで篭りながらやってますとか
微笑ましくも痛々しい話も
今となっては『そうかそうか』と
ココロで泣いて
顔で笑って聞いてあげれるようになった。



昨日相馬の港を見学してきた

tsucchie stresses.


遠目で見るその場所は
これから大規模都市開発をするかの様に
辺り一面なにも無く


一つの場所に建売3階建ての住宅密集地と勘違いするくらいにまで
延々と積み上げられていく瓦礫の山


そこに大きな建設什器が
オモチャみたいに
淡々と黒煙を上げて 活動をしてる


敷地が広すぎて
スケールが解らなくなった
世界仰天テレビか何かの
海外の高山や採掘場の開発の動画を見た
そんな気持ちにすらなる。


近くに行き車両から1歩足を踏み入れると
木やコンクリートや鉄筋
原型を留めない何か解らない屑


割れた地面から染み出る海水
一定の方向に折れ曲がった鋼鉄の鉄柵や
途中でちょん切れた信号機とその柱
捲れあがったアスファルト舗装
途中で埋没してしまった道路
一面建物の布基礎だけが残って建物の無い敷地
落ちた地盤は海面スレスレまで沈下し
遠慮なく吹いてくる海風すら怖く感じる


現実とは受け止め難い地獄絵図


眼前に居てる年頃の彼女は
そんな中を生き抜いた一つの命だった事に
改めて気が付くと
こうやって恩返しが出来る時間すら
崇高で掛替えのないものだと
改めて気づかされる


2012年3月20日午後4時20分
そろそろ集会所を撤退する時間が来たね
もう15分近くパソコンに向かって
只管 タイピングをしてたなんて


充足した時間はいつも経過が速い


だだっ広い敷地の中に
番号が割り振ってあるプレハブの住宅の屋根は
陽射しを反射して
西日が差し込んで思わず目を細めてしまう

もうすぐ4月なのに
上着無しでは外を歩けないほど寒いのに
この集会所はとても温かいから
陽射しだけを受けるとほんとに春みたいに錯誤してしまう。



集会所の天井を見つめ回想を始めると
『さぁ行こうか』と言って車に乗り込んだこと
出逢った数々の福島県相馬市の人

他府県から来てらっしゃった福祉事業局や
民間ボランティアの雄志
僕にしきりにカンチョウーをしてくる男の子

アスファルトの舗装車の横で屈託のない笑顔で
遊び笑うチビッコ達
泣かずにママに抱かれるキモの座った子供

子供と家族を亡くしても
1人旅館で働く強いお母さん
寛容に陽気に笑うお年寄り達の笑い声

腹ペコで夜な夜な郡山で食べた食事や酒
朝一番宿泊したホテルバイキングで
漫画日本昔話に出てくる山盛りの白ご飯の悪戯

可処分所得が高い訳でもないのに
福島の人から頂いた 沢山の差し入れの数々


体感した色んな事を思い出す


今回撮った写真を
出逢えた証として
メッセージを書いて出逢った皆に贈ろう


また逢えた時
間違えても『はじめまして』ではなく
『おー久しぶりやね』『元気にしてまっか?』と言える様に


いつか必ずの再開を願う。



僕達が生まれた街へと撤収する準備をしなきゃ。
大阪で同士達と進めてるプロジェクトや
税理士業として日々締切りに追いかけまわされる毎日が待ってる。


僕の実社会はソッチだ。


だけれどまた来たい。そんな気持ちに
させられる相馬市の人達


最後にこんなに真直ぐな気持ちになれたこと
これに関わった全ての人に感謝します。

tsucchie stresses.


僕らの日本人という種族の子等達へ

キミ達が希望を持つことは
この国の未来そのもの

其れは僕らの希望でもある


だから今現役の僕達は
自分の出来る事を精一杯やり遂げるから

どうか僕らの背中に期待を背負わせて欲しい
そしていずれ
未来を指し示すから光を見出して欲しい


ココロからそう願う。



2012年3月20日

社団法人one's best 地域社会に恩返し委員会
土田 雅史