※ハロウィン記念に書こうと思って珍しく前回の話から時系列を戻したわりに、

結果あまりハロウィン関係なくなりました…。すみません…。

 

 

 

 

 

10月も最終日、世間はハロウィンなんて言ってちょっとした盛り上がりを見せている時。

 

日が落ちるのもだいぶ早くなり、既に薄暗くなりつつある校舎で一人、つばめはその時を待っていた。

 

きっかけは、金橋にとっては些細なことだったろう。

でも、つばめにとっては一矢報いてやろうと思うには十分な出来事だった。

 

 

 

 

 

金橋の受け持つ古典の授業は、つばめにとって最大の鬼門だった。

 

あまりにも理解できない文章の羅列。

目で見るだけでも脳が強制シャットダウンを試みるような代物なのに、

そんなものを平坦な声で朗々と音読でもされたら、

まるでお経のようで、気が付いたらいつも夢の中なのだ。

 

その日の授業、一度目は指示棒で机を叩いて起こされた。

二度目は肩を軽く叩かれ、次はないわよ、と釘を刺された。

しかしそんな注意で抗える眠気なら苦労しない。

つばめの額が三度目に机についた時、

いつの間にか教壇を離れて真横に立っていた金橋についに「太刀川君!」と呼びつけられた。

 

「いつもいつもすぐに寝て…。今日なんて何度目だと思っているの。立ちなさい。」

 

「あぇ…。」

 

確かに、1回の授業で3回目は高校になってからの記録更新かもしれない。

いつもよりも怒っている金橋の声にヤバいと思った時には遅かった。

 

「そんなに眠いなら目を覚まさせてあげます。机に手をついて。」

 

「ちょっ…やだっ…」

 

高校に上がって、風丘以外の数少ない(というかほぼ地田と金橋だけだが)お尻を叩いてくる先生たちも、

授業中に、とかクラスまとめてお仕置き、なんてことはほとんどなくなっていた。

だからこそ、唐突の宣告につばめは狼狽えた。

 

「痛いお尻で座っていればそう眠りこけてもいられないでしょう。」

 

「やだ、恥ずかしいじゃんっ…」

 

「三度も居眠りを注意されることの方がよっぽど恥ずかしいわね。

もういいです、そのままで。」

 

「ちょっ、ちょっとっ…」

 

一向に手をつこうとしないつばめを呆れたように見ながら、金橋は問答無用で指示棒を振り上げた。

 

ビシィィンッ ビシィィィンッ ビシィィィィンッ

 

「いったぁぁぁぁぁっ」

 

ほぼ直立の姿勢ではあったが、容赦なく正確に同じ場所に連続で振り下ろされた指示棒につばめが悲鳴を上げて飛び上がる。

相変わらず最後列横並びの五人組なので、

前に座るクラスメイトたちに叩かれた姿は見られなかったものの、情けない声はばっちり聞かれている。

クラスメイトたちは気まずそうに下を向き、

教室前方に座る歩夢があー…と苦笑いしているのが視界の端に映る。

 

そして、見逃せないのがダッサ、と呟いた夜須斗と笑いをかみ殺している惣一。

 

「おい、そこの二人っ…」

 

つばめが突っかかろうとすると、すかさず金橋が太刀川君、と冷たく名前を呼んだ。

 

「これ以上私の授業を冒涜するなら放課後生徒指導室に来てもらうけれど?」

 

「っ…」

 

そんなことになれば、確実に風丘の耳にも入るし、

ズボンの上からの指示棒数発なんかじゃすまされない。

ぐぅっ…と唇を噛みしめて座ったつばめだったが、

 

「いったぁぁっ」

 

怒りに任せて勢いよく座り、

恐らく蚯蚓腫れとまではいかなくても多少は跡がついているであろうところを思いっきり刺激してしまったつばめは

悲鳴を上げて飛び上がってしまい、これに惣一が爆笑。

つられてクラスメイトたちも笑ってしまい、

つばめは一人羞恥に顔を真っ赤にしたのだった。

 

 

 

 

 

そんなことがつい一週間前。

 

あんな目に遭わせてくれた金橋に一泡吹かせてやろうと、

つばめは前々から温めてきた悪戯(というか嫌がらせ)を実行に移すことにした。

奇しくもハロウィンが迫る夜。悪戯をするにはぴったりの季節だ。

 

悪戯の内容、それは、金橋が職員室に一人でいる時に、職員室の電気を消す、それだけ。

単純かつ大したことのない悪戯だが、つばめにはこれを金橋に仕掛けてみたい理由があった。

 

 

 

それは、1か月ほど前、ひょんな時に廊下を歩いている金橋と水池の会話を聞いた時だった。

 

「だいぶ日が短くなってきましたねー」

 

「そうねぇ…嫌な季節ねぇ…」

 

「え? なんでですか?」

 

「日直で戸締りする時あっという間に真っ暗になるじゃない? 

私、夜の暗い校舎一人で見回るの苦手なのよね…。」

 

「へぇー、金橋先生怖いの苦手なんですね、意外です…。」

 

「怖いっていうか…暗いところがダメなのよ。

だから自然教室の肝試しも誰か他の先生と一緒かゴールにいるの…」

 

(ふーん、面白いこと聞いちゃった…)

 

隠れて最後まで聞いたつばめは、

金橋の弱点を知れた、と一人ほくそ笑み、いつか何かの時に使ってやろうと心に秘めていたのだ。

 

 

 

そして、ついに実行に移す時が来た。

 

惣一たちも誘おうと思ったが、

金橋が一人になるまで待つには下校時刻以降も隠れて残っていないといけないので、

複数人だと見つかってしまうリスクが高くなると思い、つばめは一人で実行することにした。

 

日直の先生の名前は職員室の壁に設置されている大きなスケジュールホワイトボードに書かれているから、こっそり立ち寄って盗み見るのは簡単だった。

決行の日はすぐに決まった。

 

 

 

 

 

そして当日。

 

つばめは一度門を出て下校し、自宅にカバンを置いて、制服を着替え、

夜闇に紛れられる真っ黒なスウェットとパーカーの出で立ちでスマホだけ持って学校に舞い戻った。

正門からではなく、裏門からこっそり入る。

完全下校ギリギリに戻ったので、まだ裏門は閉められていなかった。

 

そのまま、こっそり校舎に入り込み、職員室近くのトイレの個室で息をひそめる。

職員室近くと言っても、職員用トイレではなくあくまでも生徒用トイレ。

この時間に男子トイレの個室なんて誰も利用者はいない。

しかも、個室を出たところにある窓からは、職員用玄関の明かりが見えるので、誰かが残っていることは確認することができる。

やり過ごすには絶好の場所だった。

 

 

 

「ふぁー…そろそろかな。」

 

トイレの個室で音を消したスマホゲームで時間を潰すこと2時間弱。

時刻は8時近く。

 

個室を出て窓を見ると、まだ職員用玄関の電気はついている。

とはいえ、いくらブラック体質の教師たちだって、そろそろ帰る頃だろうと、つばめはそっとトイレを出て、パーカーを目深にかぶって職員室へ向かった。

 

 

 

(よしよし、1人っぽい…)

 

誰かに見つからないように、と細心の注意を払って職員室の扉に近付き、そっと覗くと、1人机に向かう金橋の姿があった。

金橋の席は広い職員室の中ほど。出入り口付近にある電気のスイッチからは距離があるおあつらえ向きの配置だ。

しかもパソコンではなく何やら書類チェックをしている。

チャンス。

状況は整った。

 

つばめは抜き足差し足で職員室に忍び込むと、そっとスマホのボイスレコーダーをオンにする。

そして腕全体を使って、一気に電気のスイッチを切った。

 

その瞬間。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ だ、誰っ 電気消したのっ 早く点けなさいっ」

 

金橋の想像以上の悲鳴に、つばめは少し驚いたものの、笑いをこらえて職員室を出たところでしばらく様子をうかがう。

 

ガシャンッ ガッシャァァンッ ドタァンッ

 

「いやぁぁぁっ!!! いったぁっ」

 

いきなりの暗闇で何も見えていないだろう中、必死にスイッチの方に向かおうとしたのか、いろいろな物にぶつかっている音が聞こえる。転んだような音もした。

 

(ちょっと大げさじゃない? ふふっ、でも良い気味っ さ、見つからないうちにかーえろっと)

 

金橋の慌てふためく声が聴けてスッキリしたつばめは、スマホの録音停止ボタンを押すと、晴れやかな顔で学校を後にした。

この録音データは、ほとぼりが冷めた頃にでも流してからかってやろう、そんな風に思いながら。

 

 

 

 

 

これにて、つばめの金橋に対するちょっとした逆襲は大満足な結果で終了する…はずだったのだが。

 

事態が一変したのは、週明け。

古典の授業に現れた金橋の姿を見た時だった。

 

「わ、先生お怪我ですか?」

 

「え…」

 

心配そうな和歌葉の声が耳に飛び込んできて何の気なしに顔を上げると、

目に映ったのは杖をついて足を引きずるように歩く金橋の姿だった。

その瞬間、つばめの心にぶわっともやもやした感情が沸き上がる。

 

「ちょっと転んで捻挫しただけよ、そそっかしくて情けないわ。」

 

「そんな…痛そうですね…お大事になさってくださいね。」

 

「ありがとう。

痣も出来ちゃって、みっともないから誤魔化すのに黒いストッキング引っ張り出してきたわ。」

 

(うそでしょ…。)

 

もちろん金橋はそんなことを和歌葉に言ってはいないが、どう考えたってこの前の夜の出来事のせいに違いなかった。

 

 

 

それから授業が始まっても、今日は眠気が全然襲ってこない。むしろ覚醒しきっている。

だが、では授業の内容が少しでも頭に入ってきているかといえば全くもってそうではなく、

つばめの頭の中は真っ白だった。

 

別に怪我させたかったわけじゃない。ちょっと脅かして慌てる様子を見たかっただけ。

でも、現に金橋は怪我してしまっているし、しかも結構本気で痛そうだ。

いつも無駄に机間巡視してくるくせに、今日は教壇からほとんど動かない。

板書のために黒板に近付く動きすらゆっくりだ。

 

(どうしよう…。)

 

板書をする金橋の背中を見て、足を見て。

どうしよう、どうしようと思いながら見つめていると、不意に振り返った金橋と目が合いそうになり、慌てて下を向いた。

いっそのこといつものようにとっとと眠って早くこの居たたまれない時間をやり過ごしてしまいたかったのに、今日は一向に欠伸の一つも出やしない。

時折聞こえる杖をつく音が耳について仕方がなかった。

 

 

 

そうして、結局一睡もしなかったものの、別の理由でやっぱり授業の内容は1㎜も頭に入ってこなかったつばめは、

早く痛々しい姿の金橋を視界から消し去りたくて教室を飛び出した…が、その時。

 

「太刀川君、ちょっと待って。」

 

「っ…」

 

まさか呼び止められるなんて予想外で、廊下に出たところで反射的に足を止めてしまった。

背後から、杖をつく音が聞こえてきて、無意識に肩が強張る。

 

「な、何、今日俺寝てなかったじゃんっ」

 

「分かってるわよ。そうじゃなくて…」

 

つばめは背を向けたままだったが、金橋はわざわざ回り込んで、顔を覗き込んできた。

そして、徐に問いかける。

 

「だからってわけじゃないけど、あなた、どこか体調悪いの?」

 

「えっ…」

 

問われてつばめが返答に困り固まっている中、

金橋はふぅ、と息をついて、杖を持っていない方の手を腰に当てて続ける。

 

「顔色悪いし、珍しく私のこと見てると思ったらなんか泣きそうな顔だったように思ったから。」

 

「っ…」

 

バッチリ見られていた。

しかし、こんな時に気遣いとか教師らしい一面なんて見せないでほしい。

罪悪感がさらに強くなる。

心のもやもやは更に濃く黒くなったように感じられ、つばめにのしかかってくる。

 

「きっ…気のせいでしょっ 何いきなり、柄にもなくキモイんですけどっ!?」

 

心の靄を振り払うように、慌てて飛び退いて手を振り回して叫ぶと、

金橋はハァッとため息をついた。

 

「強がりもいいけど口の利き方に気をつけなさい。いつもだったら生徒指導室行きよ。

具合が悪いならとっとと保健室に行くか風丘先生に言って少しでも早く帰ること。いいわね。」

 

少しいつもの冷たい口調に戻ったものの、やはり少し気づかわし気な調子でそう言うと、金橋は杖をつきながら廊下を歩いて行った。

 

その背中を少しの間見ていたつばめだったが、その後ふらふらとした足取りで教室に戻ると、席についてうーっと唸りながら突っ伏した。

 

「な、なんだよつばめどうした!?」

 

「なんで…なんで僕がこんな…」

 

なんで、どうして、とうわごとのように呟くつばめに、

惣一はお前変なもん食べた…?と明後日の方向に心配してくれているが、つばめの耳には全く入ってこない。

夜須斗と仁絵の怪訝な視線も、洲矢の優しい声かけも全スルーして、つばめは完全に心ここにあらずだった。

 

 

 

 

 

昼休み、午後の授業、そして今は放課後。

 

数時間考え抜いて、つばめの足は風丘の部屋に向かっていた。

まさか自分からあの部屋に足を向ける日が来るなんて思いもしなかった。

 

胸のモヤモヤをどうにかしたい。

しかし、この問題を自分一人で抱え込んで消化できる術をつばめは持ち合わせていない。

結局思いついた人は一人しかいなくて、ホームルーム終わりにこっそり話しかけようと思っていたのに、

そんな時に限って風丘は何かの対応中だかで副担任がやってきた。つくづくついてない。

 

 

 

「はぁ…もう…。」

 

コンコンッ

 

意を決して風丘の部屋にたどり着き、ドアをノックする。

しかし、部屋の主の反応はなかった。

相当の覚悟でやってきたのに、それすらも報われないらしい。

 

もうヤダ…、と半泣きでつばめが逆方向の職員室に向かっていた時だった。

 

「…それにしても、結構酷い捻挫じゃないですか? 杖つかないといけないなんて…。」

 

「もう私も歳だから。ちょっとしたことでダメなのよ。」

 

風丘と金橋が並んで歩いているところだった。

つばめは思わず隠れてしまった。

一瞬見えた風丘の両手の大荷物を見るに、金橋の代わりに何かを運んでいる様子だ。

話題は、やはり金橋の怪我のことらしい。

金橋が横にいなければ呼び止めたかったが、生憎本人を前に告白する心の準備はできていない。

 

「ちょっとしたことって…何したんですか。」

 

風丘の問いに、つばめは思わず息を呑む。

金橋があの日の夜のことを風丘に話したと知ってしまったら、次に風丘に会った時に平常心でいられる自信がない。

風丘のことだから何もないところから疑うことはなくても、こちらが少しでも挙動不審になれば感付かれてしまう。

 

ここは逃げよう、つばめが踵を返そうとした時だった。

 

「家の階段踏み外したの。」

 

(えっ…?)

 

「古い家だから段が高くてね。もう大変。」

 

「気を付けてくださいよ…。」

 

何故金橋が本当の理由を言わなかったのかは分からない。

あの時、金橋は「電気を消したのは誰」と叫んでいた。

そりゃそうだ、自分が消していないし、照明以外のプリンターやコピー機の電源の光は薄っすら見えたはずだ。

第三者が消したのだということは容易に想像がつく。

だからこそ、つばめも特定されないように黒ずくめの格好で行ったのだ。

 

生徒がやったと感付いていたようなのになんで風丘に誤魔化す?

もうダメだ、何もわからない。この胸のモヤモヤを晴らす方法も、金橋の挙動も。

 

二人が行ってしまった後、つばめはトボトボと風丘の部屋まで戻ると、扉の前に座り込んで項垂れた。

あの日の夜、晴れやかだったはずの気分は今や見る影もなく、どん底だった。

 

 

 

 

 

何分経ったか。

 

ため息を繰り返し、これで今度は風丘が今日はもう部屋に来なかったらどうしよう…なんて思い詰めていた時だった。

 

「…え? つばめくん?」

 

名前を呼ばれて、つばめはハッと俯いていた顔を上げた。

目の前にいるのは、藁をもすがる気持ちでつばめが待っていた人物。

 

「かざおか…」

 

「ちょっとどうしたの… こんなところで待ってたの? 

金橋先生からちょっと聞いたよ、なんか具合悪そうだったって…」

 

「あ…ちが…」

 

つばめが否定しようとするも、

普段からしたらあり得ないつばめの行動に風丘も少し動揺したのか、まくし立てるように話してくる。

 

「やっぱり具合悪いなら保健室に…あ、心配しなくても今日は光矢じゃなくて雨澤先生…」

 

「違うの!!!」

 

「あ…え?」

 

つばめの必死の叫びに風丘が一瞬呆気にとられ、部屋の前の廊下にようやく静寂が訪れる。

 

「か、体の具合は…悪くなくって…あの…」

 

とはいえ、つばめもつばめで何をどう話していいか整理はできておらず、もごもごとしていると、

その様子から風丘は瞬時に何かを読み取ったのか、分かったよ、とつばめの肩に手を置いた。

 

「中入ろっか。」

 

風丘に促され、つばめは恐る恐る部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

ソファに座り、俯いたままのつばめの様子をうかがうような風丘は、まだ一言も発さない。

お陰で、座ってすぐにはどうしよう、どう言おう、とぐるぐるしていたつばめの頭の中も、幾分クリアにはなってきていた。

拳をぎゅっと握り、最初の一言を絞り出す。

 

「金橋が…怪我、してて…」

 

「うん?」

 

風丘にとっては想定外の一言目だったのだろう。

全くピンと来ていないことが伝わってくる相槌だが、つばめはそんなこと構っていられない。

言葉を発した勢いそのままに、話を続ける。

 

「あれ…僕のせいだから…それで、なんか、モヤモヤしてぇ…」

 

「…ちょっと待って。金橋先生は家で階段踏み外したって言ってたよ?」

 

「知らないけど、たぶん違う…僕が電気消したせい…」

 

「電気って…あぁ、なるほど。」

 

それを聞いて、風丘は何か合点がいったのか、ふぅ、と息をつくと、

次に口を開いた時には少し怖い声になって、ちょっとそこで待ってなさい、とだけ告げて部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

風丘に置いて行かれて、つばめは自分の心臓が早鐘のように鳴っているのをようやく自覚した。

これは、相当ヤバい状況なのでは? 今すぐ逃げるべきなのでは? 

そう思うものの、風丘の「待ってなさい」の言葉に縫い付けられたように体が動かない。

やっぱり間違えたかな…、と選択を悔やんだところでもうどうにもできない。

つばめは膝を抱えてソファの上でまた項垂れるしかなかった。

 

 

 

ガチャッ

 

時間にして10分ほどで、風丘は帰ってきた。

 

ドアが開く音がしてつばめは顔を上げたが、すぐに後悔してまた俯いた。

一瞬見てしまった風丘の顔はどう見ても怒っていたし、

尚且つ、その手にとんでもないものが握られているのを見てしまったからだ。

 

「太刀川。」

 

ビクッ

 

もう、少しどころじゃなく思いっきり低い怖い声で名前を呼ばれ、つばめは肩を震わせた。

どうしよう、もう逃げたい。

顔を上げて目を合わせる勇気がなくて、つばめが視線を彷徨わせて無意識にドアの方を見やると、

太刀川、と再度呼ばれてペシッと肩を叩かれた。…風丘の手にある指示棒で。

 

「ひっ…」

 

また顔を下に向けると、怖い風丘の声が上から降ってくる。

 

「何現実逃避してるの。こっち向きなさい。」

 

そう言われ、指示棒の先でそっと顎を上げさせられる。

乱暴ではないが、雰囲気が怖すぎる。ものすごく怖い。

もう許してほしい。…何も始まっていないのだが。

 

「金橋先生に聞いてきた。

本当は、1人で夜の職員室にいたら、いきなり電気を消されて真っ暗になって

慌ててスイッチの方に行こうとして転んで足をひねったって。」

 

「っ…」

 

「電気を消す悪戯をしたのが太刀川ってこと?」

 

「…ぅ…」

 

ゆっくりこくりと首を縦に振ったが、それでは許されず、

甘えてないでちゃんと口でお返事、と叱られてしまった。

 

「…はい…」

 

「わざわざ夜の学校忍び込んでそんな悪戯したってことは…

金橋先生が暗いところ苦手ってどっかで知ってて仕掛けたね?」

 

「…でも、怪我させるつもりはっ…」

 

「当たり前でしょう。そんなつもりだったら犯罪だよ。」

 

「ぅっ…」

 

一言で切り捨てられ、つばめは息を呑む。

 

風丘のまとう空気が怖い。

もう胸のモヤモヤなんて吹っ飛んでしまった。

一刻も早くこの空気から解放されたい。

既に目が潤んできて、視界がうっすらぼやけ始めた時、顎先にあった指示棒が外された。

 

「そんなつもりがなかったとしても、結果として金橋先生は怪我したんだよ。

太刀川はちょっとからかってやろうと思っただけかもしれないけど。」

 

「っ…はい…。」

 

「転んで頭打ったり、もっと大きい怪我してたかもしれない。

そうやって大事になっちゃったら、そんなつもりありませんでした、じゃすまされないよ。」

 

「…ごめんなさい…」

 

「金橋先生が暗いところ苦手って知ってたならよけいダメ。

人が苦手な物利用して嫌な思いさせて怪我までさせたんだよ。」

 

「…ふぇっ…」

 

元々罪悪感を抱いていたところに、風丘の冷たい淡々としたお説教は相当効いたのか、

つばめは早々にごめんなさい、と言って泣き始めた。

 

そんなつばめを見て、風丘はフゥッと息をつく。

 

「太刀川が後悔して反省してるのは伝わってる。

でも一度しちゃったことは取り返しがつかないこともあるって

今回は身に染みてもらわないといけないから、厳しくするよ。」

 

「ふぇっ…それやだぁっ」

 

風丘が手に持った指示棒を掌に打ち付けたパシッという音を聞いて、つばめは顔をゆがめた。

そんなつばめを尻目に、風丘はソファの前に置かれていたローテーブルをヒョイと持ち上げて遠くに運ぶ。

 

「甘えてもダメ。履いてるもの下して、お尻出して、ここに四つん這い。」

 

「ぇっ…? む、無理そんなのっ」

 

風丘が指示棒で指し示してきたのは、ソファの前に敷かれたラグ。

ローテーブルがどかされたため、何も乗っていないラグは2畳分ほどで、

お仕置きには十分すぎるスペースになってしまった。

しかし、そんな滅多にしない恥ずかしい体勢で、むき出しのお尻をあの指示棒で叩かれるなんて想像しただけで鳥肌が立つ。

 

「無理…別の体勢なら受けるからぁっ…」

 

「別の体勢でしてもいいけど…四つん這いでお仕置き受けられるようになるまで。」

 

「ふぇぇぇ…」

 

「泣いてもダメ。」

 

「だってぇっ…怖いぃっ…」

 

「太刀川だって人が怖がることしたでしょう。」

 

「うぅぅぅ~~~っ」

 

そんなの屁理屈だ、それとこれとは全然違う。

とはいえ、もう目の前の風丘が怖すぎて反論の言葉も出てこない。

 

「ごめんなさいぃっ もうしないからぁっ」

 

「ごめんなさいは伝わってるよ。

でも今日はダメだよ、これでお仕置きするって決めてるから。」

 

「うくっ…ふぇっ…ふぇぇぇ…」

 

既にボロボロ涙を零すつばめに、

風丘は髪をかき上げてやれやれと息をつき、指示棒で軽くお尻を叩く。

 

「やめてぇっ…」

 

「太刀川。したことの責任はちゃんと取りなさい。

悪戯するなとは言わないけど、それができないなら最初からもっと考えて悪戯しなさい。」

 

「ふぇぇぇ…」

 

こんな責任の取り方嫌だと思っても、選択の余地なんて最初から残されていないことはつばめも分かってはいた。

この状況で、ごめんなさいまで言って、反省している姿を見せて、それでも風丘がこうまで言い切っている以上、

もうどんなに粘ったところでこのお仕置きは撤回されないことも分かっていた。

 

つばめはようやく諦めて、ラグに膝をついた。

震える手でズボンと下着を膝のあたりまで下ろし、体を倒して両肘を前につく。

 

「5回打つよ。」

 

良かった、思ったより少ない。

風丘の回数の宣言を聞いて、一瞬つばめがホッとしたところ、

風丘はすぐにつばめを突き落としてきた。

 

「体勢崩したら最初からね。」

 

「え゛っ…」

 

四つん這いなんてほとんど経験がないが、

壁に手をつく以上に自分の意志で手も足も踏ん張らなければならないから、

打たれた衝撃に耐えて体勢を維持するのはきっと相当辛いだろう。

想像しただけでも気が遠くなったつばめが絶望の声を上げたが、

風丘は聞いたか聞こえないか、気にも留めずに容赦なく1発目を振り下ろしてきた。

 

ビシィィィンッ

 

「あぁぁぁぁぁっ」

 

「…今のはなしね。」

 

痛い。痛すぎる。

打たれた瞬間お尻を押さえて蹲ってしまったつばめに、風丘はそう声をかけた。

 

「無理、無理、こんなの無理ぃっ…」

 

「太刀川。姿勢。」

 

「むりだってばぁぁ…」

 

「無理じゃないよ。まだ甘えるのは早い。」

 

甘えたいなら最後まで頑張りなさい、なんて鬼のような言葉で叱咤され、つばめは泣いた。

もう既に今までのつばめからしたら考えられないくらい頑張っているのに、更に求められるのか。

鬼だ、悪魔だ。なんでこんな冷血漢に助けを求めてしまったんだ。

つばめは泣きを通り越して怒りのような感情すら覚えながら、

何とか四つん這いに戻って、次は意地で3発まで耐えたものの…。

 

ビシィィィィンッ

 

「いたぁぁぁぁぃっ」

 

「…こら、その手は何? もう1回やり直し。」

 

お尻の下の方を叩かれて、思わず手を出してしまった。

サァッと青褪めるももう遅い。

本来ならもう終わっているはずの5回目だったのに、またカウントは戻ってしまった。

 

「やだ、やだやだっ 風丘ぁっ…」

 

「もう庇っちゃったんだからダメ。最初からやるよ。姿勢戻しなさい。」

 

「ふぇぇぇぇぇっ」

 

泣きながらどうにかこうにか元の姿勢に戻ったつばめのお尻には綺麗に赤い蚯蚓腫れが5本出来ていて、

意気消沈して泣きじゃくる顔と合わせてだいぶ痛々しい。

しかし、今回は風丘としてもそう簡単にもういいよ、とは言ってあげられない。

ちゃんとけじめをつけさせないと、つばめにとっても良くない。

 

とはいえ、お仕置き前からだいぶ心をすり減らしてもう限界も近そうなつばめに、

いつまでも最初から最初からとお仕置きするのは無理そうだ。

そう判断した風丘は、ペチンッとお尻の上の方を軽く指示棒ではたいた。

 

「次、ここ打つよ。」

 

「えっ…」

 

「我慢ね。」

 

ビシィィンッ

 

「あぁぁぁんっ」

 

予告と寸分違わぬ箇所に打ち込み、つばめは泣きじゃくりながらも耐えた。

 

「次。ここ。」

 

次は、お尻の右側真ん中あたり、蚯蚓腫れの間を縫ったところ。

 

どこを打たれるか事前に分かれば、多少は心の準備ができるだろうという配慮とも言えない配慮だが、

つばめのもう何が何でも終わらせたいという気持ちも相まって、これでようやく最後の一発までたどり着いたのだった。

 

 

 

「…最後。ここ行くよ。」

 

「ひっ…」

 

それは、先ほど耐えられずに擦ってしまったお尻と足の境目のところ。

 

「そ、そこもう打ったっ…」

 

「同じところ打たないなんて言ってないでしょ。」

 

実際は先ほどの打擲で出来た蚯蚓腫れとは少しずらすつもりだったが、

少し意地悪くそう言ってやるとつばめは打ちひしがれたように泣き声を上げ、

さすがに冷たくし過ぎたと風丘は少し動揺してフォローのつもりの一言を添える。

 

「動かなければ大丈夫だから、最後大人しく受けなさい。」

 

「ひっ…ふぇぇぇぇんっ」

 

…逆効果だった。風丘は内心頭を抱えつつ、最後の一発を慎重に振り下ろした。

 

ピシィィィィンッ

 

「やぁぁぁぁぁっ」

 

(動かないで、止まって!)

 

大泣きのつばめに、風丘が心の中で念じた。

 

いくら今回は早々決めたことを曲げられないとはいえ、

また一からは風丘にとっても、何よりつばめにとってはかなりきつい。

大分お尻の蚯蚓腫れも増えているし、何より精神的に限界だろう。

 

果たして風丘の祈りが通じたのか、

つばめはぷるぷる震えながらなんとか四つん這いを維持したまま止まった。

 

その様子を見届けて、風丘はホッと息をつく。

 

「おしまい。よく頑張りました。」

 

「ふぇっ…」

 

その瞬間、つばめの緊張の糸は完全に切れたのか、更にぶわっと涙をあふれさせた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ あぁぁぁぁぁぁんっ」

 

「…よしよし。痛かったね、ちゃんとお仕置き受けれたね~」

 

「いたい、いたい、いたいいたいいたいぃぃぃぃっ」

 

一瞬怖がられるかと躊躇した風丘だったが、あまりに号泣するつばめが流石に心配になり、

思わず頭に手を伸ばして撫でると、抵抗はされなかった。

厳しくしておいてなんだが、拒否されなかったことに安堵する。

 

「お尻、血出てるぅっ…」

 

「出てないよ。蚯蚓腫れは結構すごいけど…」

 

「もうやだぁっ…風丘こわいし、こわいし、こわいしぃぃっ」

 

「いや何回言うの…まぁ…ちょっと怖くした自覚はあるけど。」

 

「うわぁぁぁぁぁんっ」

 

「あぁー、でももう怖くないでしょ? そんなに泣かないで~」

 

仁絵も最近ここまではない、くらいの大泣きで、風丘は慌ててつばめを抱き上げて背中を撫でてあやす。

つばめがまだ小柄でよかった…と普段のつばめが聞いたら激怒しそうな風丘の呟きは、

未だ号泣するつばめの耳には届いていないようだった。

 

 

 

 

 

「もうぜったいしないっ…」

 

「うん。ちゃんと反省してたのは伝わってたよ。良い子良い子。」

 

ようやく泣き止んだつばめ。

 

しかし、風丘が自分で来れて偉かったね、とか良い子だね、とかあやしても

涙はもう零れないものの、つばめの顔は暗いままだ。

 

「かざおかぁっ…」

 

「んー?」

 

目の前の風丘はもう全く怒っていなそうだ。

しかし、こんな痛いお仕置きを何とか受けきったのに、

つばめの心の中にはいつの間にかまた靄がかかってきてしまいスッキリしない。

 

「なんでっ…なんでぇっ…」

 

「え…あぁ…。」

 

当の本人が混乱している中、どうしてか汲み取れた風丘は、フッと笑って言う。

 

「じゃあつばめくん。俺からのお仕置きは終わったから、1つ頼まれごと聞いてくれる?」

 

「え…」

 

「この指示棒、金橋先生に返してきて。この時間国語準備室にいるって言ってたから。」

 

「や、やだなんでっ」

 

目の前に突き出された凶器につばめが反射的に身を捩り、

あまりの嫌がりように風丘は吹き出しながらも無理矢理その手に指示棒を握らせる。

 

「ついでに金橋先生にもごめんなさいしてきなさい。まだ言えてないでしょう?」

 

「で、でもっ…」

 

そんなこと言ったら…と、つばめが無意識にお尻の方に空いている手を回すと、風丘は微笑んだ。

 

「大丈夫だから。それは俺が保証してあげる。」

 

 

 

 

 

「うぅ…」

 

しばらくソファで愚図っていたが、いい加減にしないと…と腕を掴まれそうになって、慌てて部屋を飛び出してきた。

 

が、一歩一歩歩く度にお尻がズキズキ痛む。

そういえば、甘やかしてはくれたけどお尻冷やしてくれなかったじゃん…と風丘に対する恨み節を呟きながら、ようやく国語準備室にたどり着いた。

 

コンッコンッ

 

「はい。どうぞ。」

 

「し、失礼します…。」

 

遠慮がちなノックだったが、ばっちり聞き取られてしまい金橋の声に招かれた。

 

「…いらっしゃい。何か用かしら?」

 

金橋は、部屋の奥にある長机に向かって座っていた。

 

普段絶対に自分から来ることのないつばめが現れても全く驚かない金橋に、風丘から粗方話は聞いているであろうことは想像がついた。

しかし、自分から話して謝らなければ意味がない。

近付いて机の下からのぞく金橋の足をまじまじと見ると、湿布を張っているからか、少し足首が膨らんで見える。

つばめはくしゃっと顔をゆがめ、目をぎゅっとつぶるとその場で勢いよく頭を下げた。

 

「ごめんなさい!!!」

 

金橋の顔は見えないし、何も返事がない。

しかし、もう勢いで言うしかない、とつばめはそのまま自分の罪を告白した。

 

「金橋…先生が、暗いところ苦手だって前にたまたま聞いて、

それで、この前古典の授業で皆の前で指示棒で叩かれたのがムカついて、

それでっ…先生が夜一人になった時狙って、電気消すって悪戯しようって…

ちょっと先生が驚いたところ見られればいいやって、それだけでっ」

 

「……」

 

「こんな…こんな怪我させちゃうつもりなくってっ…

でもつもりがなくても、先生怪我しちゃったからっ…ごめんっ…ごめんなさいっ…」

 

「……」

 

告白を終えたつばめが沈黙に耐えられず恐る恐る下げていた頭を上げると、

金橋の表情は眉間に皺の寄った何とも言えないもので、

つばめは少し逡巡しながらも、手に握った指示棒を前に突き出す。

 

「あら…何?」

 

怪訝そうな表情のままの金橋に問われ、つばめはおずおずと口を開く。

 

「…あんまり…いっぱいだと無理だけど…」

 

「まぁ…」

 

つばめが言わんとしていることに、金橋は目を丸くして呆気に取られている。

しかし、必死なつばめは気付いていないようだ。

金橋は突き出された指示棒を受け取って伸ばし、ペシンッと自分の掌を打った。

すると、それだけでつばめの瞳が揺れるのが見えて、金橋は困って少し笑みを漏らした。

 

「じゃあ…後ろを向いて、お尻を出しなさい。」

 

「っ…」

 

つばめは唇を噛んでゆっくりと後ろを向き、もぞもぞと制服のズボンと下着を下す。

 

(あらやだ…)

 

金橋は次の瞬間、フッと息をついて立ち上がると、

こっちにいらっしゃい、とつばめの手を引いて二人掛けくらいの小さめのソファに連れて行った。

 

「ここにうつ伏せ。」

 

「え…」

 

「早くなさい。」

 

つばめが想定外の姿勢の指示に困惑してもたもたしているので、いつもの調子で少し厳しく言ってやると慌ててソファに上がっている。

いつもとは考えられない素直な様子に笑いそうになりながら、

金橋はちょっと待っていなさいと部屋の奥にある簡易的な給湯室に消える。

 

少しして、つばめの耳には、なぜかジャーと水を流す音が聞こえてきた。

指示棒で叩かれるつもりだったのに、何をされるんだろう…と、つばめがびくびくしながら待っていると、

金橋が近づいてきた気配がして…

 

「ひっ…つめたっ…え…」

 

お尻にひんやりと冷たい何かを感じた。

振り返ると、お尻に濡れタオルがのっている。

先ほどの水を流す音は、金橋がタオルを濡らしている音だったのだ。

 

「な、なんで…」

 

「そんな真っ赤な目で、こんなパンパンに腫れたお尻で謝りに来た子を更にお仕置きするなんて、

いくら生徒指導担当の鬼教師でもできません。」

 

「えっ…で、でもっ…」

 

「ちゃんとごめんなさいしてくれたし、お仕置きは十分足りてるでしょう?」

 

「ふぇっ…」

 

「それから言っておくけど、貴方が反省すべきことは夜の学校に忍び込んで、くだらない悪戯を仕掛けたこと。

私の怪我は、私がそそっかしくて勝手に怪我しただけだから、それで罪悪感を感じてそんなにしょげ返ってるならそれはもうやめなさい。」

 

「でも俺の悪戯のせいで…」

 

「もういいから。あんまり何度も言わせない。」

 

「は、はい…」

 

殊勝なつばめの態度に、金橋は物珍しそうにして笑う。

 

「まぁでも、まさか太刀川君が自分から謝りに来てしかもお仕置きまで受ける覚悟を決めたところが見られるなんてびっくりだわ。

明日季節外れの雪が降らないといいけど。」

 

「う、うるさぃぃっ…だまれぇぇっ…」

 

揶揄われて、流石に恥ずかしくなってきたつばめが反論すると、

あら、と金橋が更に茶化すように畳みかけてくる。

 

「そんなに反抗する元気があるならやっぱり遠慮なくお仕置きさせてもらおうかしら?」

 

「ひぃぃぃぃっ!! や、やだやだむりむりっごめんなさいっっ」

 

お尻にのせられたタオルを捲られ、蚯蚓腫れを指示棒でなぞるように撫でられて、

つばめが悲鳴を上げて必死に謝ると、金橋が珍しく噴き出した。

 

「フフッ、やだね、冗談よ。あー、面白い。これでノーサイドにしてあげる。」

 

「っ…ごめんなさい…」

 

「はい、よく言えました。今回は特別に反省文もなしにしてあげます。」

 

珍しく優しい金橋に、つばめは素直にありがとうございます…と呟いて、

そこで意識を手放した。

 

 

 

小一時間眠った後、金橋に起こされ風丘に門の外まで見送られた時には、気付けば胸のモヤモヤは完全に晴れていた。

 

わざわざ金橋まで風丘について来ていたことにはもう言及するのはやめて、つばめは痛むお尻を擦りながらスマホの録音データを消しつつ、家路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、なんで家の階段踏み外したなんて誤魔化したんですか。」

 

「…どこの誰のせいで私が暗いところ更に苦手になったか覚えてるかしら。」

 

「あ…えっとー…」

 

「貴方に正直に言うのは癪に障ったのよ。」

 

「その節は…」

 

「まったく…。私もあれくらい、厳しくして泣かせておくべきだったわ。」

 

「いや、十分厳しかったかと…。」

 

「あら、口ごたえ?」

 

「いえ、何でもないです…。」