「…で? 本当のところはどうなのかなー?」
部屋に連れて来られ、問答無用でお仕置きが始まるかと思ったら、
風丘はもう一度、仁絵の口から一連のことを説明させ、
全て聞き直した上でまさかのそんなことを穏やかな口調で問うてきた。
予想外の展開に、仁絵は内心焦る。
「本当のところって…さっきから言った通りだよ。俺が流したって。それだけ。」
動揺を悟られないよう、努めて冷静に返したつもりだが、
素っ気なさ過ぎたのか、更に風丘は追及してくる。
「柳宮寺が『たまたま』滅多に行かない職員室に行った時に、『たまたま』日程表が目についたって?」
「…風丘が雑用で俺呼びつけることあんだろ。」
「へぇ? じゃあ何の用事で俺に呼ばれた時?」
「そ…んなのいちいち覚えてるわけねーじゃん!」
ここまで細かく聞かれることは想定していなかった仁絵は必死に取り繕う。
あからさまに疑っている風丘に、
少しでも隙を見せたらそこを突かれてしまうかと思うと、不用意に何も言えない。
とはいえ、余計に怪しまれそうなろくでもない回答しか出来ない自分に更に焦る。
そしてその焦りは、イラつきになって表れてしまった。
「ってかなんだよさっきから! いつもみたいにとっととケツ叩きゃいいだろーが!!」
仁絵がそう叫ぶと、風丘はその様子を見て、
仁絵とは真逆の、ほらー、と間延びしたようなリアクションを返す。
「いつも通りじゃないのは柳宮寺もでしょ?
いつもあんなにお仕置きイヤイヤするのに、なんで今日はそんなにお仕置きされたがるの?」
「さ、されたがってるわけじゃ…」
図星を突かれて、仁絵が汗ばんだ手のひらを握る。
「何をそんなに急いでるのか、その理由が分かるまで、今日俺は柳宮寺をお仕置きしないよ。」
「っ…」
それは困る。だって早く始めてくれないと…、
仁絵が唇を噛むが、風丘はそんな仁絵の様子を気にも留めない。
「まぁ、それに俺は…」
その時だった。
ドンドンドンッ
「!」
強いノックの音が鳴る。
仁絵が息を呑む。
立て続けに扉が叩かれ、聞こえてきた声は、、、
ドンドンドンッ ドンドンドンッ
「風丘先生! 宮倉です!! 急ぎでお話したいことがあります!!」
風丘はゆっくり扉に歩み寄りながら、
仁絵同様切羽詰まった歩夢にも、先ほどから変わらない落ち着いた口調で扉越しに答える。
「後でもいいかな、歩夢君。今、柳宮寺とお話し中でまだ終わりそうにないから。」
何かを探るような風丘の声音。
ここで引いてくれれば良いのに。
しかし、仁絵の願いも空しく、歩夢ははっきり言い切った。
「今!! 今でお願いします! その仁絵の話と関係することなので!!!」
「チッ…」
歩夢の言葉を聞いて、仁絵が舌打ちをする。
「…そう。それは良かった。」
風丘はそんな仁絵の様子を見てフッと笑って扉を開ける。
「柳宮寺が全然何も教えてくれなくて長期戦覚悟してたところだったから。」
扉の向こうには、息を切らした歩夢が立っていた。
歩夢は、仁絵が部屋の中ほどに立っている姿を見て、ホッと胸を撫でおろす。
…しかしそれも束の間。
そこからすぐに、歩夢は仁絵に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「ちょっと仁絵! 立ち行かなくなったら俺のこと売るんじゃなかったわけ!?」
歩夢に怒鳴りつけられ、
こちらも思うようにいかなかったイライラがマックスに達したのか仁絵も怒鳴り返す。
「あぁ、そう言ったよ!! だから俺が売るまで黙ってろっつっただろーが!!」
「今どう考えても立ち行かなくなってる状況じゃん!! 今売らなくていつ売るんだよ!」
「俺が委員長売るような奴だってマジで思ってんの!?
ってか委員長が助けろって言ってたくせに今更なんだよ!」
「冗談に決まってんでしょ、そっちこそ何本気にしてんの!?
罪被って代わりにお仕置き受けてもらうとかむしろ最悪なんだけど!!」
口喧嘩がヒートアップする二人に、あー、こらこら、と風丘が苦笑して割って入る。
「何となく理由は分かったけど、とりあえず、説明してくれる? 宮倉。」
「っ…」「はい。」
歩夢への名字呼びに動揺する仁絵と、
覚悟を決めて来ているからかむしろその一瞬で冷静になったのか委員長モードに入る歩夢。
対照的な二人に内心笑いそうになりながら、風丘はソファに腰掛けて、歩夢の説明を聞いた。
「…なるほどねぇ。やーっと真相が分かったよ。」
「せ、先生…?」
あー、スッキリしたー、と風丘が間の抜けるようなリアクションを取るものだから、
意を決して己の罪を告白した歩夢は拍子抜けする。
「何? 怒ってないのが意外?」
怪訝な顔をする歩夢に、風丘はフフッと笑って答える。
「柳宮寺にも言おうと思ってたんだけどさぁ、
俺は別に持ち物検査切り抜けようっていろいろ画策することはそんなに怒ろうと思わないんだよね。」
目を見開いて風丘を見つめる二人に、風丘はニコッと笑う。
「二人は気付いてると思うけど、俺元々持ち物検査嫌いだし。
学生の頃からそうだけど、先生の立場になってからもっと嫌いになってさ。
だからまぁ、柳宮寺から俺が納得する説明が聞けたら、
後はオイタがバレちゃったケジメのお仕置きで終わりにしようと思ってたんだよ?」
そこは一応、俺『先生』だからさ、と風丘は笑う。
「なのに思いの外柳宮寺が粘るから何かと思ったらねぇ…。
むしろそっちの方を、俺は怒ってるよ? 柳宮寺。
この期に及んで俺に嘘つき通せるなんておバカなこと考えてたことに。」
「っ…」
「というわけで、柳宮寺は仕上げ2発追加。
さて、それじゃあお仕置き始めるよ。二人ともこっちおいで。」
風丘がそう言って立ち上がり、自分が座っていたソファの座面を叩いた。
「っ…」
「え゛っ…一緒にやんの…?」
お仕置き慣れしていない歩夢の肩が跳ね、仁絵は眉間に皺を寄せる。
二人とも覚悟を決めていたとはいえ、
いざとなれば、そして二人一緒となればなかなか踏み出せない。
「一人がお仕置きされてるのもう一人が見る方が嫌じゃない?
二人でオイタしたんだから、お仕置きも二人一緒にしてあげる。
ほら、こっちから手ついて。
宮倉はまだしも、柳宮寺は分かるでしょ? あ、ベルト外しといてね。」
風丘はそう言って固まっている歩夢に歩み寄ると、手を引いて、ソファの背もたれ側まで連れて行く。
諦めた仁絵がそれに続き、履いているものを下せと指示されなかったことに内心ホッとしながら
制服のベルトのバックルを外して座面に手をつく。
背が伸びたとはいえ、結構立派なこのソファー、
未だに背もたれ側から座面に手をつくと少し背伸びする体勢になって不安定だ。
そして仁絵の横、肩が触れるか触れないかの距離で歩夢が同じ体勢で並んだ。
二人が並ぶと、風丘が二人の背後に回り、ズボンを下着ごと膝まで引き下ろす。
仁絵は羞恥を耐えるように静かに目を閉じたが、
歩夢がソファの座面についた手をぎゅっと握りこむのが感覚で分かった。
「大体8ヵ月かー、結構うまくやったねぇ。1ヶ月につき10回で、80回ね。」
「っ…」
「なっ…」
口調とは裏腹の思っていたより多い数字に、歩夢が肩を震わせ、仁絵が閉じていた目を見開く。
そんなに怒ろうとは思ってない、なんて言っていたくせに。
「いくよー。」
しかし抗議の声を上げる前に、無情にも二人にとっての辛い時間は始まってしまった。
バチィィィンッ バチィィィンッ
「っ…」 「ぅぅっ…」
バチィンッ バチィンッ バチィンッ バチィンッ
「っく…ぅっ…」 「っあ…ぁっ…」
バチィンッバチィンッバチィンッ バチィンッバチィンッバチィンッ
「ぃっ…ぁ…っ…」 「ぅぁ…いぃっ…ぅぅ…」
(ありゃー…これは…)
二人一緒にお仕置きをすると決めた時から、仁絵の反応は予想していた。
二人きりじゃなければ素直に反応できないのは今も変わらない。
しかし、仁絵には嘘をつかれたし、地田に脅迫まがいのことをしたという(一応の)余罪もあるので
ここは頑張ってもらって、帰ったら甘やかそう、なんて風丘は内心考えていた。
が、予想外だったのは歩夢の方だ。
歩夢は一度お尻を叩かれたことはあるとはいえ、本格的なお仕置きは初と言っていい。
なのにこの様子。この反応は仁絵とまるで一緒だ。
声を上げまいと気丈に耐え抜こうとしている。
(確かに、歩夢君も意外にプライド高いもんねぇ…)
ずっと「委員長」と呼ばれ続けてきた経歴は伊達ではない。
それを鼻にかけることは微塵もないが、良い意味でプライドはあるのだろう。
自分の行為が招いた結果で、泣いて叫ぶのはみっともない、とでも思っているのかもしれない。
バチィンッ バチィィィンッ バチィンッ バチィィィンッ
「っぁ…んんっ…」 「ぅっ…うぅっ…」
これは二人とも回数以上に辛いお仕置きかもな、と風丘は苦笑しながら、しかし平手は一切緩めなかった。
…バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ
「くっ…ぅぅっ…っあ…っく…」
そして70回を過ぎ、お仕置きも終盤の頃。
バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ
「っぁっ…ぅぅっ…いっ…いたぃっ…」
先に限界を迎えたのは歩夢だった。
ここへ来て真っ赤なお尻の真ん中ばかりを狙って振り下ろされた凶悪な連打に、
耐えきれず初めて「痛い」と口に出した。
「今の痛かった? お仕置きだからねぇ。少しは痛い思いしてもらわないと。」
歩夢が初めて見せた反応らしい反応に、風丘は安心しつつ、口では少し意地悪を言う。
「っ…せんせいっ…」
涙交じりの歩夢に呼ばれ、風丘は歩夢の頭を撫でるが、お仕置きはもちろん最後まで続行だ。
「あと5回と仕上げで終わりだからね。もうちょっと我慢しようね。」
「っ…」
「おいこのドSっ…」
非情な事実を突きつけられ身じろぐ歩夢に、
ここまで悲鳴を押し殺して反応という反応を全て抑えこんでいた仁絵が抗議の声を上げると、
風丘は思わず噴き出した。
「フフッ、柳宮寺、よっぽど宮倉のことが心配なんだねぇ。」
「はぁっ!?」
「…まぁ、人の心配してられるくらい余裕ってことなら、最後くらい泣いてもらわないとね?」
「な、何…」
「残り5回と、柳宮寺は仕上げ5回だから合計10回ね。」
風丘は少し二人の元を離れたかと思うと、戻って来るや否や仁絵の背中を更にグッと上から抑え込んだ。
元々つま先立ち気味だったところ、更に不安定になった体勢。
そんな仁絵のお尻に厳しい連打が打ち込まれた。
ベチィンッベチィンッベチィンッベチィンッベチィンッ
ベチィンッベチィンッベチィンッベチィンッベチィィィンッ
「あっ…うぁぁぁぁぁ~~~~っ」
さすがにヘアブラシの雨には耐えきれず、仁絵もついに声を上げ、
泣き出すのは耐えたものの、涙をにじませずるずると背もたれ側にしゃがみ込んだ。
「ひ、仁絵っ…」
ここまで耐え抜いていた仁絵の陥落で更に動揺している歩夢に、
風丘はごめんごめん、と仁絵からしたら白々しく謝る。
「宮倉にはここまでしないから。宮倉は…そうだね、こっちおいで。」
そう言って、また歩夢の手を引いて、自分はソファーに座り、その膝の上に歩夢を横たわらせた。
「いつもは、仕上げは道具なんだけど。
宮倉はがっつりお仕置きは初めてだし、頑張ってたからここであと5回+仕上げの3回、我慢ね。」
「せんせい…ごめんなさい…」
殊勝な歩夢に、風丘は頬を緩ませて髪を優しく梳く。
「うん、良い子。じゃあ行くよ。」
バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ
「っあっ…っぅぅっ…いっ…ったいぃっ…」
そして最後の3回を前に、風丘は足を組んだ。
「っあ…せんせっ…」
バッチィィンバッチィィンッバッチィィィンッ
「っあ! やっ…いったぁぁっ」
背もたれ側で座り込んでいる仁絵には見えていないが、歩夢のささやかなリアクションとその後の平手の音で、
何が行われたのか何となく分かってしまう自分に悲しくなりつつも、仁絵は心の中で悪態をついた。
(この鬼…。)
「先生…ごめんなさい…。」 「……。」
お仕置き中のリアクションはあんなにそっくりな二人だったが、お仕置き終わりのリアクションは対照的だった。
かなり落ち込んだ様子でしきりに謝る歩夢に対し、
ソファーを歩夢に譲って、風丘が持ち出してきた長座布団に横たわる仁絵はムスッとした顔でそっぽを向いている。
「もー、歩夢くん。もうそんなに謝らないの。お仕置きちゃんと受けたんだから。何をそんなに落ち込んでるの?」
「っ…それはっ…」
困ったように笑って歩夢の頭を撫で続ける風丘に、歩夢は目を伏せながら口を開いた。
「金橋先生が…言ってました。
風丘先生が、僕たちが持ち物検査引っかからなくなったのは僕らが学んだからだ、成長したからだって言ってたのに、
こんな結果で残念だっただろうって…。」
そして、あんなにお仕置きの時は耐えていたのに、歩夢はここでポロポロと涙を零す。
風丘は一瞬驚くも、すぐにフフッと笑ってその涙を指で拭った。
「何言ってるの。ちゃんと成長してるじゃない。」
「…え?」
真意の読めない風丘の言葉に、歩夢が目を丸くすると、風丘はだってねぇ、と続ける。
「いくら日付が分かっていたとはいえ、
その日はクラス皆ちゃんと違反物持ってこないようにしようってできてたってことでしょ?」
「「は?」」
これにはさすがに仁絵も反応する。
「いや、それはそうですけど…。」
「俺らへの期待値低すぎね…?」
「あと、俺の嫌いな持ち物検査に一矢報いろうとしてくれたことは残念どころか嬉しいよ♪」
「え、あ、…え?」
「…言動とケツ叩きの厳しさが整合性取れてねぇから委員長混乱してるけど?」
目を白黒させる歩夢の声を代弁する仁絵。
そんな二人に風丘は微笑んだ。
「言ったでしょ、ケジメのお仕置きって。それはそれ、だからね!」
その日の夜。風丘宅。
「そう言えば仁絵君、なんで今日、お仕置きの後あんなに拗ねてたの?」
「拗ねてねーよ!…委員長いたから…どんな顔していいか分かんなかっただけで…」
「…何もう、ちょっと可愛すぎるんですけど!!!
フフッ、じゃあ今から甘やかしタイムやり直そうねー?」
「い、今更いらねーよ! おい、離せってば!!!」
しかし抵抗空しく、もう一度お尻を出されてまだ赤いお尻をタオルで冷やされる間、
揶揄われながら甘やかされる羽目になる仁絵なのだった。