「はい、入ってー。」

 

風丘に促され、夜須斗はいやいや部屋に足を踏み入れた。

 

「吉野はお部屋久しぶりだね。 

1人はもしかして高校上がって初めてか。」

 

「…。」

 

夜須斗は高校に上がってから、実は一学期中ほぼほぼ風丘の部屋とは無縁で過ごしていた。

1、2回たわいもない理由で惣一たちとまとめて連行されたことはあるが、

1人で連れてこられたのは高校生になってこれが初めてだった。

 

「一応聞くけど、なんで連れて来られたか分かってる?」

 

風丘が、まぁ、あの様子じゃ分かってると思うけど、と夜須斗に問いかける。

夜須斗は諦めとイラつきでぶっきらぼうに答えた。

 

「…掃除当番、サボったからだろ。」

 

「そう。惣一君に聞いたよ。

夏休みの数学の課題、写させる代わりに掃除代わってもらったんだって?」

 

「そんなとこ。ってかいいじゃん、別に。押し付けたわけじゃないし。

惣一が自分で交換条件って言ってきたんだから。

課題写させたのだって、今の今まで気が付かなかったくせに。

他の教科の答え丸写しと大差ないじゃん。」

 

「まぁねぇ、確かに、課題の話は惣一君から聞くまで俺も知らなかったし、

たぶん今も数学の先生方は気付いてないけど。」

 

夜須斗の指摘に、風丘は苦笑いで頷きながら、でも、と続ける。

 

「吉野。なんでそれを惣一君が交換条件にしたの?」

 

風丘の問いに、夜須斗は苦虫を嚙み潰したような顔で吐き捨てるように言った。

 

「それは…っ…分かってるくせに。」

 

自分から説明もしようとしない夜須斗に、風丘は再び苦笑する。

 

「掃除場所が保健室で、昨日が光矢の勤務日だったからでしょ。

全く、分かりやすいったら。」

 

そう言いながら、風丘は徐にソファに腰掛けた。

 

「ま、人には好き嫌い、苦手な人はあるものだし、

吉野の性格的に光矢と相性悪いのも、

光矢の多少自業自得なところもあるのは分かってるけど。

だからってやるべきことから逃げるのはダメ。

一応掃除当番もチェックの担当教員がいるんだから、

急な欠席以外で交替するときは本人から事前に申し出るってルールがあるでしょ。

押し付けてるわけじゃなくても、ルール無視は良くないしね。」

 

「だからって…」

 

そんな細かいことをネチネチ言うな、と

風丘らしくない説教をされた夜須斗が不満を口にしようとすると、それを風丘は遮って言った。

 

「っていうことを口頭注意して、

その場で5発くらい叩いたらおしまいにしようとしてたのにさぁ。」

 

「え?」

 

「ちょうど吉野が日直で早く来る日だったから、教室でパパっと済ませようって思ってたのに、

吉野が意外とお子様ムーブするから結局部屋呼ぶことになっちゃったじゃん。」

 

「なっなん…え…?」

 

耳を疑う風丘の発言に、夜須斗は思わずぽかんとして聞き返す。

「お子様ムーブ」というのは恐らく、

逃げようとしたり黒板消し投げつけたりドアを蹴ったりということを指すのだろう。

だとすれば、それをする前、保健室の掃除当番について問われたあの瞬間は、

まだ部屋行きの運命ではなかったということになる。

知りたくなかった事実に、夜須斗がだって、と口を開く。

 

「俺のこと名字で呼んだじゃん!」

 

「いや、それなんか皆勘違いしてるみたいだけど、

お部屋でお仕置きする時「だけ」名字で呼ぶなんてルールにしてるわけじゃないし。

それに、何なら教室で何発かはお尻叩くつもりだったし。」

 

服の上からだけど、まぁ一応けじめってことでー、なんて

風丘はゆるーく答えているが、夜須斗はそれどころではない。

大きな選択ミスで、大ダメージだ。

 

「というわけで、予定変更でーす。はい、吉野お膝おいで。」

 

落ち込んでいる夜須斗にお構いなく、風丘は膝を叩いた。

 

「いや、ほんとそこは勘弁して…」

 

この展開で膝の上で叩かれるのは

痛みより何より恥ずかしさが限界突破しそうで、夜須斗は悲痛な声を上げた。

しかし、風丘はダメですー、と許してくれない。

 

「今日の吉野のお仕置きは、お膝の上でお尻ぺんぺんがピッタリでしょ。

叱られそうになって逃げる、物を人に投げる、物に当たる。

中学生の時…っていうか、ちっちゃい子のオイタと変わらないじゃない。」

 

「っ~~~~」

 

羞恥心を煽られ、夜須斗は下を向く。

改めて羅列されると、本当に小学生のような振る舞いだ。

 

「早くおいでー。それともお尻出すのも自分でしたい?」

 

「っ…」

 

再度膝を叩いて促してくる風丘が、どんどん追い詰めてくる。

夜須斗は唇を噛みしめ、ようやく風丘の元に歩み寄った。

緩慢な動作で、風丘の膝の上に腰のあたりが来るようにして何とかうつ伏せの体勢をとる。

 

「はい、よくできました。」

 

そう言うと、風丘は慣れた手つきで夜須斗の制服のズボンを下ろし、

次いで下着も膝まで下ろしてしまう。

抵抗はしないものの、耳を真っ赤にしている夜須斗を見て、風丘はフフッと笑った。

 

「久々だからよけい恥ずかしいねー。」

 

「っ!!!」

 

絶妙なタイミングで煽ってくる風丘に、夜須斗は拳を握りしめて、振り返って風丘を睨みつけた。

 

が、風丘はどこ吹く風で、むしろニッコリ笑って、

そんな顔をした罰と言わんばかりの遠慮ない1発がお見舞いされた。

 

バッチィィンッ

 

「うぁぁぁっ」

 

「そんな顔してないで反省しなさーい。」

 

バチィンッ バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ

 

「っあ!! ってぇぇっ…くぅっ…いったぁっ」

 

久々の膝の上で受ける平手は、果たしてしっかり痛さは高校生仕様だった。

こんなに痛かったっけ、と焦るほどだ。

 

バッチィィン バッチィィン バチィンッ バチィンッ バチィィィンッ

 

「うぁっ…いっ、、てぇっ…うぁぁぁっ」

 

先ほどは恥ずかしさと少しの怒りを耐えるために握っていた拳だが、

今はひたすら痛みを耐えるために握り、腕に顔を埋める。

そんな夜須斗の頭上から、風丘のお説教が降ってきた。

 

「お仕置きから逃げない。」

 

バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ

 

「うっぁ…!! やっ…うぅ…」

 

「物を人に向かって投げない。」

 

バッチィィン バチィンッ バチィンッ

 

「いぃぃっ! あぁぁっ」

 

「物に当たらない。」

 

バチィンッ バチィンッ バッチィィンッ

 

「くぅぅっ…っあっ…うぁぁっ」

 

「分かった?」

 

バッチィィィンッ

 

「ひゃぁぁっ!?」

 

突然の一発に夜須斗の体が跳ねる。

慌てて夜須斗がコクコクと首を縦に振ると、

じゃあ、と分かってはいたが夜須斗にとっては大きな試練の問いが投げかけられた。

 

「ごめんなさいはー?」

 

「っ…」

 

「言えたら仕上げね。」

 

そう言って、ペチペチと促すように軽くお尻を叩かれ続ける。

これまた恥ずかしい。

う~~と夜須斗が唸っていると、

風丘は言えないなら仕上げにいけないなぁ、困ったなぁ、と白々しく言う。

 

「言えるように手伝ってあげようか。」

 

「っ…は?」

 

「右か、左か、どっちがいい?」

 

とてつもなく嫌な予感がする。

夜須斗がいやっ…と口ごもると、

選べない? じゃあ俺が選んであげる、右ねー、と風丘が一方的にまくしたて、

次の瞬間には、数か月前に味わったあの嫌な痛みが夜須斗の右側のお尻を襲った。

 

「あぁぁぁぁっ いったぁっっ…ちょっ…いったぃてぇっっ」

 

風丘は思いっきり抓って離さない。

抓ったままごめんなさいはー?と迫ってくる。

これにはもう、降伏するしかなかった。

 

「あーーーっ ごめんっ ごめんなさいっ」

 

夜須斗が叫ぶと、風丘はあっさり抓っていた手を外してほらね、と笑う。

 

「言えたじゃない。偉い偉い。」

 

「っ…」

 

夜須斗は反論する気力もなく、肩で息をする。

心身疲れ切っている夜須斗だが、お仕置きはまだ終わっていない。

 

「よし、じゃあ最後ね。仕上げの道具、何にする?」

 

「今抓ったの仕上げになんないの…」

 

「んー? あれは吉野を素直な子にするための『お手伝い』。」

 

ダメ元で投げつけた提案はあっさり躱され、

夜須斗は項垂れて、ボソリと言った。

 

「…物差しで…。」

 

「フフッ、だと思った。」

 

夜須斗の答えを聞いて、風丘は笑ってソファの座面と背もたれの隙間に隠されていた物差しを引っ張り出す。

 

物差し選ぶ子が多いからさぁ、箱から出しちゃった、なんて

聞いてもいない笑えない理由を教えてくれた。

 

「はい、じゃあいくよ~~」

 

気の抜けた風丘の宣言と対照的に、夜須斗は身を固くした。

 

ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィィンッ

 

「んぁぁっ いった!! いぃぃったぁぁっ」

 

「おーしまいっ」

 

最後の3発は3発ともお尻の下の方を狙われ、

夜須斗は、最後結局恥ずかしさを忘れて悶絶する羽目になったのだった。

 

 

 

 

 

「あー、もう痛い…マジで余計なことしたし…」

 

気付けば、もう朝のホームルームまで数分になっている。

お尻を冷やす時間はなくて、早々に身支度を整えて風丘と二人、部屋を出た。

 

今もお尻はヒリヒリ痛み、抓られたところは特にジンジン痛みを主張している気がする。

 

「久々に子供っぽい夜須斗君見れたねー」

 

クスクス笑う風丘。

 

今日は最初から最後までこの調子で、お説教はされたものの、

風丘自身は別にそんなに怒ってなかったんだろうということが容易に想像できる。

大して怒ってないならこんなにすんなよ、と悔し紛れに噛みつくと、

そういうことじゃないでしょ、と頭をコツンとやられて窘められた。

 

「高校生にもなって膝の上で尻叩かれるとか…」

 

あり得ない、、、と言う夜須斗に、風丘は別にいいじゃない、と笑う。

 

「たまに軽くお仕置きされるくらい。大きなオイタは困るけど。」

 

「風丘…楽しんでるだろ。」

 

夜須斗がジトっと見つめるも、風丘はえー? そんなことないよー?と笑いながら言う。

 

「俺のお膝の上で必死にお仕置き耐えて、ごめんなさいって言ってるの、頑張っていい子になろうとしててかわいいなぁとは思ってるけど。」

 

そう言って、いい子いい子、と頭を撫でられた夜須斗はついに抑え込んでいた羞恥心が爆発した。

 

「それが楽しんでるんだろ!!!」

 

高校生になっても、多少お仕置きから離れても、結局風丘に振り回されてしまう夜須斗なのだった。

 

 

 

 

 

「惣一。お前何発叩かれたんだよ。」

 

「あー、服の上から10発。

朝練してたらいきなり呼ばれてさ。

それで焦って夜須斗にメッセージ送った後に、

体育器具庫でいきなりだったからびっくりしたけど。

部屋じゃないからわりとあっさりすんでよかったなー。

まぁ、結局痛いんだけど。」

 

「お前それも後追いでメッセージ送れよ!!!!!」

 

「え? あ、悪ぃ、終わったらすぐ朝練合流しちった…」

 

「……。もう二度と課題見せないから。」

 

「え゛っ」