7月に入り、期末テストも終わり、

仁絵たち学生が夏休みまでのカウントダウンを始めている一方、

風丘たち教員は、大繁忙期の真っ只中だった。

 

6月末の期末テストの作成、丸付けからの1学期の成績付けという流れは、

恒例とはいえ、どんな教員も慌しくなる。

風丘は教員としてはかなり要領のいい方で、

普段はあまり残業や休日出勤もせずに業務をこなしている方だが、

この時期は例外だった。

個人情報の取り扱いが厳しい昨今、

生徒のプライバシーに関わる一切の情報は持ち出せないため、

夜遅くや土日も学校で成績つけの作業が続く。

家になかなか帰れないため、

この期間は家事の一切を仁絵が担うのも恒例化していた。

 

風丘と暮らしてもう何度目かのこの毎学期末のルーティンにも慣れた。

むしろ、普段あまり頼ってくることのない風丘が、

この期間は申し訳なさそうにしながらも仁絵を頼ってくれることが、

なんとなく嬉しかったりもしている。

 

とはいえ、仁絵たちが高等部に上がって初めて…

すなわち、風丘が高校教員になってから初めての学期末、

以前にもまして忙しそうなのは気のせいではなかった。

 

というのも、風丘は、高等部の世界史の教員と並行して、

何クラスか中等部の社会科も引き続き教えていたのだ。

経緯を聞くと、元々高等部の社会科教員の枠が一枠空く関係で、

クラス担任とともに世界史の教科担任として風丘がスライドすることになり、

風丘が高等部に上がる分、

元々もう二人いた中等部社会科の教員と、

もう一人異動してくる社会科教員の三人で中等部を回すはずが、

元々いた二人のうち一人が親の介護で急遽休職となってしまったそうだ。

追加補充を試みたが、

風丘曰く、「教員不足の世の中だからねぇ」ということで見つからず、

結局風丘が高校の世界史の間を縫って中等部に出張している状況になっていた。

普段の授業については、去年まで中等部で教えていたこともあり、

特に問題なさそうだったのだが、

テストと成績付けは単純に対象の生徒数が爆増しているのだから、

作業量も増えている。

気付けば、テスト期間を終えてから、

仁絵と風丘はほとんど夕食を共にしていなかった。

それどころか、仁絵が一人で夕食を食べ、風呂を終え、

あとは寝るだけの状態になってなお、風丘が帰ってこないこともザラだった。

そんな時、仁絵は意地でも先に寝ない、と決め、

帰宅後の風丘の世話を焼くのだった。

 

 

 

「よーやく今日で終わりだー」

 

金曜日の朝。

さすがに目の下の隈がだいぶ目立ってきた風丘が、伸びをして言う。

 

「良かったじゃん。もう終わってんの?」

 

控えめにご飯を盛った茶碗を風丘の前に置きつつ仁絵が問うと、

風丘はありがとう、と受け取ってまぁ大体ねー、と苦笑する。

ゆったりと茶碗を持って、仁絵と会話する余裕があるということは、

今日は大丈夫そうだ。

仁絵は風丘の様子を見てホッとする。

 

朝食も、最後の追い込みであろう今週になってからは

風丘が「ごめんね、今日ちょっと先に出るね」と宣言して

猛スピードで平らげて先に席を立ってしまう光景が続いていた。

それでも仁絵の作った朝食は完食してくれるのだが、

とはいえ昨晩あんなに夜遅くに帰ってきて、

翌朝もこんなに早く出ないといけないとはどういうことだ、と

いよいよ腹立たしくなってきていたところだった。

 

「今日はラスト放課後軽くチェックして、提出してくるだけかなー。

今回はさすがに締め切り当日になっちゃった。

ごめんね、今日から家事の当番元に戻せるから。」

 

「いいよ。キリ悪いし次の日曜日からで。今日は帰ったらとっとと寝ろ。」

 

「えー、でも…」

 

「いいっつってんじゃん。」

 

「…じゃあ、お言葉に甘えるね。」

 

「ん。」

 

こうして、久々に会話のある朝食の時間を過ごし、

繁忙期前のように、風丘が少し先に家を出て、続いて仁絵が家を出る、

いつもの朝となったのだった。

 

 

 

「んー、今日の夜は軽いものにして、明日ちょっと奮発するかぁ…」

 

放課後、主婦が群がる夕方を避けて、早々にスーパーに立ち寄った仁絵。

 

金髪のいかにも「不良高校生」という仁絵が

買い物かごを手に野菜や肉を見ている姿はやはり目立つもので、

奇異な目で見られるのは日常茶飯事だった。

多少なりともその居心地の悪さをどうにかしたくて、

仁絵が買い物に行くのは学校が早く終わる日の午後3時頃か、

夜7時過ぎと決めていた。

 

今回の風丘の忙しさはこれまでとは桁違いだった。

それをずっと見てきた仁絵は、いままでそんなことしたことなかったが、

さすがに今回は労わらなければ、と

先週くらいからこの週末はちょっと頑張った料理を作ろうと思っていた。

 

鮮魚コーナーと精肉コーナーをうろうろし、

魚は処理が難しいし…豪華な料理といえばやっぱり肉か、

とはいえ、働きづくめでやっと解放された今日、

いきなり豪華な食事は負担がかかるだろうから、明日の夜にしよう…、と

そんなことを思いながらブロック肉を吟味する仁絵の姿は、

主婦も顔負けの様相だった。

 

 

 

スーパーから帰宅後、すぐに仁絵は食事の支度にとりかかった。

悩んだ末に買ってきたブロック肉は、

明日の夕食のメインディッシュとなるローストビーフにする。

寝かせる時間もあるので、1日空くのがむしろ好都合だった。

結構手間をかけて仕込みをして、ようやく形になったタレに漬かったブロック肉を、

冷蔵庫の奥の方に置く。

その後、今日の夕飯のスープパスタの準備に取り掛かった。

 

 

 

「ただいまぁー。」

 

「おつかれ。結局今日も遅めじゃねーかよ。」

 

夜7時半ごろ。

帰宅した風丘に、よく今日から当番戻そうと言えたな、と

仁絵が苦笑いで風丘を出迎える。

 

「ごめんごめん、最後ちょっと手直し入れちゃって。

いい匂い~ 何か手伝おうか?」

 

「もうパスタとスープ合わせるだけだからへーき。

着替えてきて、とっとと食おうぜ。」

 

仁絵に促され、風丘もはーい、と素直に返事をした。

 

 

 

「祝杯でもあげる?」

 

着替えてきた風丘に、冷蔵庫に入っていた缶ビールを手にして仁絵が問うと、

風丘はんー、と少し悩んでやめとくよ、と笑った。

 

「寝不足の体でいきなり飲んだら胃がびっくりしてすごく酔っちゃいそう。」

 

「そしたら動画撮った後に介抱してやるけど 笑」

 

「それは尚更飲めないなー」

 

こんな軽口の言い合いも久々な気がする。

シーフードのスープパスタにサラダという軽い夕食だったが、

ここ数週間で一番満たされた夕食だった。

 

 

 

「風丘、明日はー?」

 

夕食を食べ終え、早々に風呂に入って出てきた風丘。

ここ数週間は髪の乾かし方がいつもより雑だったが、それは今日も変わらなかった。

やはり一刻も早く寝たいのだろう。

 

「さすがに家でゆっくりするよ。

当番明日まで変わってもらっちゃったから、ごろごろしようかな。」

 

「ん。わかった。ごゆっくりー」

 

「ありがとね。おやすみ。」

 

「おやすみー」

 

早々に部屋に引っ込む風丘を見送り、仁絵も風呂に向かう。

明日1日ゆっくりするなら、夜にはしっかり食べられるだろう。

土曜の夜だから、その時さっきの缶ビール出すか…

湯船につかりながら、明日のプランを決めた。

 

久々に長時間料理をしたこともあり、

仁絵も風呂から上がると、充実感で珍しくスマホをいじることもなく

すぐに眠りについたのだった。

 

 

 

翌日土曜。

 

昨日の言葉通り、風丘はもうほぼ昼前の11時頃に起きてきて、

仁絵と二人でブランチを食べ、

その後はリビングのテレビの前のソファに腰掛けて、

溜めに溜めていた録画番組を消化すべく物色していた。

仁絵もローテーブルに突っ伏してスマホを眺めつつ、たまにテレビに目を移す。

風丘が録画するのは映画が多い。

普段は音楽番組やドラマも人並みに見ているが、録画するほどではなかったようだ。

 

1本、地上波初放送の話題の洋画を見終わり、時刻は3時過ぎ。

風丘が次の番組を漁り始めて、

仁絵はそろそろ洗濯物を取り込むか、と腰を上げた時だった。

 

「葉月~~~~~!!!!」

 

「あれ、みらちゃん、今日は仕事じゃなかった?」

 

空城が飛び込んできた。

 

「だってようやく葉月の繁忙期終わったじゃん、午後休暇もぎ取ってきた!

ね、この後どっか出かけようよ! 夜は美味しいもの、私が奢るから!」

 

「えぇ!? すごいいきなりだねぇ…」

 

「…。」

 

まさかの横槍に、一瞬仁絵の中の時が止まる。

そんな仁絵の様子を知ってか知らずか、風丘が嬉しいけど、と言葉を濁す。

今日は…と風丘が口を開いた瞬間。

 

「いいじゃん、行って来いよ。」

 

仁絵が割って入るように風丘の言葉を遮った。

 

「え」

 

「半月くらいろくに会ってなかったじゃん。久々にイチャイチャしてくれば。」

 

仁絵の後押しに、空城はより乗り気になっていく。

 

「おー! さっすが仁絵! 気が利くっ」

 

「俺は夕飯適当に食べるから。ってか夜泊めれば?

俺邪魔だろうから洲矢か夜須斗んち行くわ。」

 

「え、でもそんな今日の今日で…」

 

「へーきへーき。ま、どうしても行き場所見つかんなかったら連絡入れるから、

空城んち行くかどっかホテルでも取って(笑)」

 

とっとと着替えろ、と風丘の背を押し部屋に追い立て、

着替えて出てきた風丘は、ここまでされれば、じゃあ…、とやっとその気になり、

空城と連れ立って出かけて行った。

 

 

 

「あー、ったく…柄にもないことするもんじゃねーな」

 

二人が出掛けて行って静まり返ったリビングに、仁絵の呟きがこだまする。

 

そりゃあ風丘のハードワークが終わるのを

誰よりも待ち焦がれていたのは空城のはずだ。

あそこで「今日はもう夕飯の準備してある」

「夕飯は一緒に自分の作った料理を食べよう」なんて

水を差すようなこと言えるはずがない。

風丘だって、仁絵がレシピを見て初めて作ったローストビーフなんかより、

大切な人と良い店で美味しい料理を食べた方がこれまでの疲れも癒されるだろう。

 

「はぁ… なんで俺へこんでんの? ダッサ…」

 

全部少し考えれば分かる自明のことだ。

分かっている。

なのにこんなにイライラして、ダメージを受けている自分が気持ち悪い。

悔しいとか寂しいとか、これではまるで恋人に家族を取られたようではないか。

別に本当の家族でもないのに。

 

仁絵がふと顔を上げると、

リビングのテレビに、先ほどまで風丘がいじっていた録画番組の一覧画面が映っていた。

追い立てるように家から出したから、テレビはつけっぱなしだ。

ほぼほぼ映画とたまにドラマが並ぶ番組の一覧の中に、

数件異色を放つバラエティー番組があった。

それは、空城が見るために録ったものだ。

空城は家に録画機器がないらしく、

録画したいものがあると風丘や仁絵に連絡してきて録画を頼み、

たまに訪れた時にそれを消化していった。

仁絵はそもそも録画してまでテレビを見ようという感覚があまりないし、

風丘とは番組の好みがまるで違うから、一目で分かる。

 

空城は悪くない。だって風丘の恋人という唯一無二の存在だ。

分かっている。

でも、それでも空城にほんの少し、

このイラつきの矛先が向いてしまうのは許してほしい。

子供じみた報復だけれども、勢いだった。

仁絵はリモコンを手にし、並んだ録画番組一覧の中から、

バラエティー番組を一つ、消去した。

 

 

 

あまりにも幼稚な自分の行いに更にへこんで

2時間ほどふて寝していた仁絵だったが、

夕方5時を告げるチャイムを合図に起き上がって向かったのはキッチンだった。

 

「…で、これどうするかなぁ…。」

 

冷蔵庫の中には、一晩寝かせたローストビーフと、

今朝風丘が起きてくる前に副菜として出そうと思って作っておいた

スパニッシュオムレツの卵液。

ローストビーフはさすがに勿体ない。もう一晩ならいけるか…? 

ただ明日どう説明してこれを出すか…と悩みながら、

とりあえず卵液を手に取った。さすがにこれはもう溶いてしまっているし、

調味料も混ぜているし、このままというわけにもいかない。

かといって今更焼く気力もない。

 

「んー…」

 

良くないこととは分かっているが、仁絵は卵液が入ったボウルをシンクに傾けた。

卵液が傾き、ボウルを流れてシンクに少し流れたその時だった。

 

「何してるの?」

 

「うわぁぁっ!?」

 

突然背後から話しかけられ、仁絵はとっさにボウルをシンク横に戻した。

振り返ると、少し怒ったような困ったような顔をした風丘が立っていた。

 

「え、なんで…」

 

まだ外食してきたにしては早すぎる。

目を丸くする仁絵だが、風丘は仁絵の問いには答えずに、

シンク横に置かれた、先ほどの仁絵の所業により

淵から少し卵液が流れた跡のついたボウルを手に取った。

 

「これなーに?」

 

「え、いや…俺の夕飯に…オムレツでも…作ろうかと…」

 

「いや、どう考えても一人分じゃないでしょ(笑)」

 

「腹減ってたから…」

 

最初はありえないタイミングで現れた風丘への驚きが勝っていたが、

だんだんと最悪のタイミングで見つかってしまった気まずさで俯く仁絵。

そんな様子の仁絵に、風丘は穏やかに尋ねた。

 

「仁絵君、今日の夕飯、もう準備してくれてたでしょ?」

 

「えっ…」

 

「実は今日、明け方1回起きちゃってね。

お茶でも飲もうかなぁって冷蔵庫開けた時に、見慣れないタッパーが入ってたから…

好奇心でこっそり開けちゃったんだー。」

 

「な…」

 

それはごめんね?と謝って、風丘は続ける。

 

「そしたら、ローストビーフ漬け込んでるやつだったから。

あぁ、ごちそう作ってくれてるのかなぁって

聞いてもいないのに勝手に嬉しくなっちゃって。

でも、みらちゃんが来た時、遠慮してそのこと言わなかったでしょ。」

 

「いや、だって、俺なんかが見様見真似で作ったローストビーフなんかより、

店で美味いもん二人で食った方が…」

 

仁絵が俯きながらそんなことを宣った時、

もう一人が現れ、思いっきり仁絵の背を叩いた。

 

「いって!?」

 

「バカ仁絵、そんな大事なこと隠してないで早く言って!

私明日朝から仕事なんだぞ、仁絵のローストビーフ食べ損ねるとこだったじゃん!!」

 

「…は?」

 

呆気にとられる仁絵に、風丘が笑う。

 

「出掛けた先でみらちゃんにその話したら、俺が夕飯は家に帰ろうって提案する前に、

みらちゃんから外食のキャンセルが入りました。

と、いうわけで。」

 

風丘は仁絵にニコッと笑って言った。

 

「俺も一緒に準備するから、指示くれるかな? 今日の夕食当番さん。」

 

いきなりの展開に、それを「嬉しい」と感じてしまっている自分が気恥ずかしくて、

仁絵は声にすることなくこくりと頷いた。

 

 

 

「お、おいしそ~~~~~~!!!」

 

ローストビーフにスパニッシュオムレツ、

風丘が追加で作ったミネストローネスープという豪華な料理が並び、

空城が目をキラキラさせる。

 

「いやー、ほんと、安易に外食する前でほんとよかった~~~」

 

「いや、店の料理のが…」

 

仁絵の言葉に、空城が分かってないなぁ、と熱弁する。

 

「このメニューを一度に食べて美味しさを味わえるのはここだけだから!

大体私は、二人が作った料理をこの家で食べるのが

一番美味しいって心底思ってるから!」

 

「そ、そりゃどーも…」

 

空城のストレートな誉め言葉に仁絵がどもると、風丘が噴き出す。

 

「フフッ、仁絵君照れてる♪」

 

「っ違う!」

 

言葉で否定しても、うっすら紅潮した頬は隠せていない。

仁絵は、自分の頬の赤さと、

大事なことをいくつか都合よく忘れてしまっていることに気付いていないのだった。

 

 

 

「ふぅー 食べた食べた、おいしかったぁっ」

 

夕食を終え、少し酒が入ってより上機嫌になった空城は満足げにソファにドカッと座り、

リモコンを手に取る。

 

「そういえば葉月、なんでお酒飲まなかったの? 

持って来いのメニューだったじゃん。

明日だって休みでしょ?」

 

「あぁ、それは…」

 

視線はテレビ画面のまま、何気なく投げかけられた空城の問いに、

風丘が口を開いたのだが。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!???」

 

答える前に、空城の悲鳴にかき消された。

 

「え、どうしたの、みらちゃん…」

 

「…えてる…」

 

「なんだよ、いきなり…あ。」

 

後片付けを終え、空城の悲鳴を聞いてリビングに戻ってきた仁絵は、

その光景を見てやばい、と固まった。

テレビ画面に映っていたのは録画番組の一覧。

 

「〇●トーークの特番が消えてるぅぅぅぅっ!!! なんで!? 

葉月にちょっと前に録画頼んだよね!?

まさか録り忘れたのか!?」

 

「えぇ? それって先月の3時間スペシャルでしょ? 

ちゃんと録ったし、

何なら俺が昼間別の録画見たときリストの中にあったけど…あ。」

 

そう言いながら、風丘は何かにピンと来て、

今一番話題を振られたくないだろうこの場にいるもう一人に問いかけた。

 

「仁絵君? 何か知ってる?」

 

「え、いや…」

 

仁絵は口ごもる。

これは状況が悪すぎる。

空城本人がまだ見てもいない録画を消すはずがないし、

風丘はその番組が出掛ける直前まで存在していたことを覚えている。

間違えて消してしまったと言うか?

でも結局、消した事実に変わりはなく空城が怒るのは目に見えてるし、

言わずに隠していた、となって結果は変わらない気がする。

ぐるぐる思い悩んでも、結論としては言い逃れのしようがない。

さしもの仁絵も白旗を上げた。

 

「俺が…ちょっと…」

 

「な、なんっ…」

 

なんで、と空城が詰め寄ろうとしたが、

それは間に入った風丘によって阻まれ、

代わりにあーあー、と緩い風丘の声が仁絵に向けられた。

 

「もう一つお仕置きのタネ増えちゃったねぇ。」

 

「っ!?」

「え? もう一つ? 仁絵なんかやらかしてんの?」

 

ほぼほぼ感付かれている仲とはいえ、

空城の前ではっきり「お仕置き」を宣言されて面食らって赤面する仁絵と、

予想外の展開に毒気を抜かれた空城。

固まる仁絵に、風丘は緩い調子のまま容赦なく指摘した。

 

「オムレツの卵液捨てようとしたこと、忘れてないよねぇ?」

 

都合よく頭の隅も隅に追いやっていた事実。

いきなりこの場で持ち出されるとは思っていなくて、

心の準備ができていなかったことも手伝って言い逃れが口をつく。

 

「で、でもちょっとだけ…」

 

「俺が来なかったら全部捨ててたでしょ。」

 

「う…」

 

反論はあっさり封じられ、仁絵は言葉を失う。

 

「はい、じゃあさすがにここじゃかわいそうだからね、仁絵。お部屋行くよ。」

 

「や…」

 

「やじゃありません。はい、おいでー。」

 

風丘は逃げようと一瞬後ずさった仁絵の腕を取り、リビングの出口に向かって歩き出す。

 

「あぁ、そうか!」

 

ここで、いきなり納得した、と空城の痛烈な一言が放たれた。

 

「仁絵をお仕置きする予定があったから葉月お酒飲まなかったのか。」

 

「っ…」

「(苦笑)」

 

こんなにすぐバレるのなら録画番組1つといわず全部消せばよかった、と

空城の言葉に苦笑する風丘に連行されながら、

空気を読まない無神経な空城を睨む仁絵だった。