「お邪魔しまーす。」
風丘は、仁絵たちにとって最も最悪なタイミングで現れる。
今回もご多分に漏れずで、仁絵と夜須斗は思わず身じろいだ。
「か、風丘…なんだよ、こんなとこに…。」
仁絵が何とか口を開くと、風丘はにべもなく問い返してきた。
「さぁ、どうしてだろうね? 2人は何となく分かるんじゃない?」
「え…」「いや…」
嫌な予感はするが、風丘がどこまでどう知っているか読めず、リアクションできずに固まる仁絵と夜須斗。
そんな2人に、日室が苦笑いしつつも何も言わない様子なのを見て取った呉羽は頭を抱えた。
「葉月。お前どうしてこうややこしいタイミングで…勝輝、お前なんか繋いでただろ。」
呉羽に睨まれた須王はまたホールドアップ。
「知らないッスよ。つか、仁絵と夜須斗がいること俺知らなかったっスよね?」
呉羽と須王がやんややんや言っていると、風丘が2人の間に割って入り、呉羽を見つめて言った。
「來流センパイ。俺のかわいい教え子にろくでもない入れ知恵するのは止めてほしいんですけど。」
「…ナンノコトデスカ」
しらばっくれる呉羽に、風丘はいきなり話題を変えた。
「…ついさっきうちの学校にパトロールついでに警察の人の訪問があったんですよ。
連休中にうちの生徒を補導したのでその報告ですって。」
その瞬間仁絵と夜須斗は終わりを悟ったが、風丘はまだ2人ではなく呉羽を見ていた。
「俺には知ったこっちゃねーよ。」
「補導の理由は夜7時過ぎに16歳未満の子のみでのゲーセン利用。
ずいぶん細かい理由での補導だなと思って報告してくれた…勝輝の部下の人ね。兵藤さんだっけ。
その人に言ったんですよ。
『こう言っちゃ何ですけど珍しいですね、この内容で補導でしかも学校にまで報告なんて』って。
そしたら、補導担当したのが尾田だって教えてくれたから。」
「それで尾田のジジイだって言う兵藤も兵藤だけど、葉月も呼び捨てかい。」
須王のツッコミに風丘はまぁまぁと笑う。
「『尾田さんはちょっと融通が利かなくて。
この報告も尾田さんから念押しされていたものですから一応。』って言ってたよ。
で、まぁ、俺もあんまり好きじゃないけど、多少知ってはいるから。
世間話的に俺が学生時代から補導とかで回ってましたー、ご健在なんですねー、
今日はいらっしゃらないんですかーって言ったら、
『えぇ、まぁ今はちょっと所用で連休明けからしばらくは…それで自分が代わりに…』
ってごにょごにょ濁されちゃって。」
正直な奴…と、須王が苦笑いすると、まぁ確かにね、と風丘が続けた。
「で、適当な勘で突っ込んでみたわけ。
『ひょっとしてまたお酒で失敗しちゃって奥さん怒らせちゃったとかです?』って。
そしたら兵藤さん『なんで分かったんですか!?
それで尾田さん休みでただでさえ人員少ないのに
須王さんまでなんだか分かりませんが
センパイに文句言ってくるだのなんだのでパトロール外しちゃって…』って。」
須王はあいつベラベラ喋って…と別ベクトルで呆れているが、仁絵たちの問題はそこではない。
「で、なんとなーく來流センパイの顔が浮かびまして。
来てみたら來流センパイの悪魔の所業大暴露が繰り広げられてたから
弥白センパイと一緒に聞き耳立ててました。」
「は!? 弥白、葉月といたのかよ!?」
突然の事実に呉羽が日室を見ると、日室はまぁな、とさしたることではないように言った。
「勝輝が中に入っていったのと入れ違いに来たからな。
頃合いを見計らって入るからと言われたから勝輝に呼ばれたときは俺だけ入った。」
「もっと早く言えよ! そしたらもっと上手く…」
「上手く?」
「あ、いや…」
風丘にすかさず詰められ口籠もる呉羽から、風丘はさっさと視線を外すと、
息を潜めていた仁絵と夜須斗に投げかけた。
「さて。來流センパイはなんで今更尾田をターゲットにしたんだろうねー?」
「…分かってるくせに。」
夜須斗が相変わらず性格悪、と呟くと、風丘はふーんと不敵に笑った。
「この状況でそういうこと言っちゃうか。
吉野は普段は頭良いのにこういうときびっくりするくらいお馬鹿さんになるよね。」
そう言うと、風丘は夜須斗の腕を掴むと、そのまま日室に話しかけた。
「弥白センパイ。買い取りするんで、適当な木べら使わせてもらえませんか。」
「…取ってくる。」
その言葉の意味を理解してしまった夜須斗は焦った。慌てて風丘の腕を振りほどく。
「は!? ちょ、ここではやだ!! こんな人が…っ」
「心配しなくても勝輝は空気読んで帰ってくれたよ。」
確かに須王はいつの間にかいなくなっていた。しかしそれだけが問題ではない。
「いや、須王だけじゃなくて…」
夜須斗が何となく悟られてしまっているような表情の呉羽に目を向けるが、風丘は首を振る。
「來流センパイ巻き込んだんだからそれはダメ。その結果弥白センパイにも面倒かけてるしね。」
「ぅ…」
「おい、ちょっと葉月…いくらなんでも…」
呉羽の制止も、風丘はあっさり却下して言った。
「來流センパイが思ってるようなのはしませんよ。俺『は』優しいので。」
「それはどういう意味だ葉月。…ほら。」
「フフ、こんないかにもな木べら持ってくるあたりですよ。」
「弥白…お前…」
日室が持ってきたのは、平たい部分が分厚めで柄が長く、
まさにこの用途にぴったりで威力を発揮しそうな木べらだった。
來流が信じられないと日室を見るが、当の日室は涼しい顔をしている。
「吉野は余計なことしないで補導だけだったら痛い思いしなくてすんだのにねぇ。」
「っ…それっ…」
木べらを見て顔を歪める夜須斗の顔の前で、
風丘は見せつけるように木べらを振って改めて夜須斗の腕を取った。
「報復なんてくだらないこと考えるからこんなことになるんだよ。
はい、じゃあこの椅子に手ついて。服は許してあげる。そのための木べらだからね。」
人前でのお仕置きは嫌だが、ここで往生際悪く抵抗したら、
お仕置きが重くなり、温情で許されたズボンをやっぱり下ろせと言われかねない。
流石に夜須斗だっていくら「こういう時はお馬鹿さん」と言われてもそこの判断能力はあった。
ノロノロと椅子に手をついて目をきつく瞑る。
「5回ね。姿勢崩したらノーカウント。」
「っ…」
「お返事は? それとも姿勢崩したらやり直しのがいい?」
「いや、違う、分かった、分かりましたっ」
慌てて返事をすると、はい、よろしい、と風丘の声が聞こえ、続いて衝撃がやってきた。
バシィィィンッ
「いっ…!?」
服の上からとは思えない痛みに思わず瞑っていた目を見開く。
しかし、そんな夜須斗の驚きなど知ったことないと続けて連続で衝撃が襲ってきた。
バシィィンッ バシィィンッ バシィィンッ
「いったぁぁっ ゃっ、ちょっ…いったぁぁっ」
お尻の下の方を狙われた連打に、思わず腕がくずおれる。
風丘はすかさず持っていた木べらでパシパシと軽くはたいて夜須斗を急かした。
「はい、4発目、腕が折れたからやり直しー」
「待ってちょっと痛いっ…」
軽くはたいているだけとはいえ、道具だしそれなりに痛い。
というか、そもそものお仕置きだって威力が違う気がする。
夜須斗が呻くと、風丘は当たり前でしょ、と言い放つ。
「いつまでも中学生の時とおんなじ様なお仕置きじゃ済みません。
ほら、早く戻らないと追加しちゃうよー?」
さーん、にーぃ、と勝手にカウントダウンを始める風丘に、
夜須斗は戻るから、と慌てて腕を伸ばして立ち上がった。
「はい、よくできました。」
バシィィィィンッ バシィィィィンッ
「いってぇぇぇっ」
二発は更に威力を上げてお尻の左右。
クリティカルヒットし、夜須斗は結局声を我慢することができなかった。
またすぐに崩れ落ちた夜須斗の目線に合わせて風丘がしゃがみ、夜須斗の顔を覗き込んだ。
「『もう報復なんて馬鹿なことは二度としないと誓います。ごめんなさい。』」
「…え?」
「はい、復唱。」
「そんなのっ…あんた5回って…」
「お尻を叩くのはね。お仕置きがそれだけなんて言ってない。」
それはそうなのだが。
ためらっている夜須斗に、風丘はやっぱりお馬鹿さんだねぇ、と言うと、
傍らのテーブルに木べらを置いて歩み寄った。
夜須斗の背後に回り、片腕を回して羽交い締めのようにして軽く拘束すると、
痛めつけられたばかりの夜須斗のお尻にもう片方の手を伸ばした。そして。
ギュゥゥゥッ
「!? ちょ、風丘痛い痛い、待って無理っ」
思いっきり抓ってきた。夜須斗が抵抗しても、風丘は全く離す気配がない。
「復唱できたら離してあげる。はい、とっとと言う!」
「痛いって! 言うから離してっ…」
「ダーメ。このまま言いなさい。」
叩かれるのと違って全く途切れることのない痛み。
慣れない痛みに耐えきれず、夜須斗にしては瞬殺と言えるくらいあっさり陥落した。
「も、もう報復なんてっ…馬鹿なことしない、二度としない、誓う、誓いますっ…
あーっ 痛いってば!!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!!」
「はい、OK~」
「っ…痛すぎ…っ」
ようやく解放された夜須斗は必死すぎたのかぜーぜーと肩で息をしている。
もう周りの目とかそれどころではなかったが、
仁絵はもちろん呉羽も好奇の目どころではなく風丘に対してドン引きの目だった。
「葉月ヤバ…」
「じゃあ來流センパイ。夜須斗君はこれで手打ちってことで。」
「あ、いや、あぁ…」
そもそも呉羽は別に2人のことについてなんとも思っていないのだが、
風丘の雰囲気に気圧され、とりあえず頷いた。
「さて、仁絵君は」
「っ」
名前を呼ばれ、嫌な予感がして肩を震わせる仁絵。
ここ最近、お仕置きされる時、
仁絵に関しては名字呼びだろうが名前呼びだろうがあまり関係なくなってきた。
学校関係でお仕置きされる時以外はわりと名前呼びのままだ。
「お家のルール破りもあるからここじゃお仕置き終われないけど。
とりあえず報復企てた分は夜須斗君と同じお仕置きね。」
さらっと家でもお仕置き宣言をかまされ、仁絵の心はずーんと暗くなった。
木べらでさっきまで夜須斗の処刑台だった椅子を指し示され、仁絵も足取り重くそこへ向かう。
四六時中風丘と生活しているのだ。仁絵本人に自覚はなくても、しっかり躾けられていた。
ゆっくりながらも手をついて、姿勢を取る。
「はい、それじゃあ5発ね。」
バシィィィンッ
「う゛っ…」
仁絵にとっても思っていたより強い衝撃で、唇を強く噛んで何とか耐える。
人前でのお仕置きで徹底的に耐えるところは、全く変わっていなかった。
「…唇、あんまり強く噛んだら血が出ちゃうからダーメ。」
風丘はすぐに察知して、ポケットからハンカチを出して仁絵の口元に当てた。
いつもより心なしか耐え方が必死なのは、呉羽たちの前だからか痛みが強いからか。
仁絵は差し出されたハンカチを咥えてギュッと噛みしめた。
バシィィィンッ バシィィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ
「ぅっ んっ…ぅぅっ」
「さーいご。」
バッシィィィィンッ
「んーーーーっ…っ…ハァッ…ハァッ…」
「すっげぇ仁絵…」
体勢を崩すことなくうめき声で耐えきった仁絵に、呉羽が感嘆の声を漏らす。
仁絵はゆっくり起き上がると、風丘の方に伏し目がちで向き直った。
「はい、どうぞ。」
「っ…あとで…家で言うからっ…」
お仕置きは耐えられても、何故かこういうことを言わされるのはダメらしく抵抗する仁絵に、風丘はため息をつく。
「ダメに決まってるでしょ。はい、時間切れ。」
「あっ…ちょっ…う゛っ…」
「唇噛んだらお尻ペンペンからやり直しするからね。」
「なっ…」
サッと夜須斗と同じ体勢でお尻を抓られる。
ハンカチは仁絵の手に持たれたままで、咄嗟にまた唇を噛もうとした仁絵だったが先に風丘が牽制する。
「というか、誓いますって言ってもらうんだから唇噛んだら言えないでしょ。」
「んー…ってぇ…」
「ひーとーえー?」
まだ口籠もる仁絵に、風丘が少し声を低くして呼びかける。
これは最後通告だ。仁絵もそれを感じ取って、渋々口を開いた。
「っ…報復なんて…っことは…ばかなことはっ…二度としない、誓うっ…ごっ…ごめんなさいっ…」
「はーい、OK。」
「っ…馬鹿力っ…」
「はいはい、2人ともよく頑張りました。」
風丘は仁絵を解放すると、仁絵と夜須斗と続けざまに頭をポンポンと軽く叩いて労った。
恥ずかしげに俯いて佇む2人を尻目に傍らに置いていた木べらを手に取ると、
傍観していた日室に話しかける。
「弥白センパイ、ありがとうございました。これ、買い取りは…」
「いい。俺が引き取る。仁絵が勘弁してくれって顔をしてるしな。」
「いや、そんなっ…」
家に置かれることを想像していた仁絵は顔に出ていたかと赤面する。
そんな中、人知れず嫌そうな顔をしている人物が1人。
「さっさと捨てろよ、もう厨房じゃ使えねーだろ。」
「…分かりやすい奴だなお前は。」
「…」
「それじゃ仁絵。悪いが次は3日後だ。」
「…分かりました。」
「じゃ、2人とも帰るよー。お邪魔しましたー
あ、來流センパイ、うちの子たちが巻き込んですみませんでした。」
「あー…」
気まずそうに頭をかく呉羽だったが、風丘はそこにニコッと笑って言い放った。
「で・も! センパイ、絶対2人をダシにして自分の好き勝手やって楽しんでましたよね?
うちの子たち都合良く口実にしてろくでもない世界見せてくれちゃったことは許してませんから。
しっかり懲らしめられてくださいね♪」
「っ…」
「お、おい風丘っ」
「ほんと怖すぎ…」
颯爽と店を立ち去る風丘の後を他人事ながら背筋の凍った夜須斗と仁絵が慌てて追う。
3人が出て行ったすぐ後に、立ち尽くす呉羽を置いて
日室は店の出入口に「close」の札をかけたのだった。
バチィィンッ
「いったぁっ」
夜須斗と別れた帰宅後。
荷物を置いて早々、仁絵は風丘の膝に招待された。
あっさりズボンも下着を取り払われ、
ほのかに赤みを帯びたお尻はあっという間に新しい手形で赤く染められた。
仁絵もさっきと打って変わって最初から大騒ぎ。
時間が空いた分更に痛みが増した気がする。
バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ
「いってぇっ ああ゛っ…もーいい、もー痛いからっ」
「痛くしてるの。約束破ってずーっと黙ってる悪い子はまだ終われません。」
バッチィィィンッ
「ぎゃぁっ だってっ…ケンカとかじゃねーじゃん!」
バッチィィィンッ
「んぁぁっ」
「『補導されたら正直に言う』がルールでしょ。ケンカだけなんて言ってません。」
バッチィィィンッ
「いぃぃっ…ゲーセン行ってただけっ…」
「別に補導された理由では全く怒ってないよ。これは約束破りのお仕置き。」
バチィンッ バチィンッ バチィンッ バチィンッ
「あーっ 痛い痛い痛いっ もういらないっもう無理っ」
「ほんとにー? こんなことでお仕置きしなくたってって思ってるでしょ。」
バチィィィンッ
「いーいったぃっ! 約束守るからっ…」
「是非そうしてほしいねー はい、そしたら何て言うの?」
「ぅ、さっきも言ったじゃん…」
バッチィィィィンッ
「あ゛あ゛っ!?」
「ふーん、そう。そういうこと言っちゃう反省の見えない子はまだしばらく終われないねー。
素直に言えたら仕上げの3発で終わりだったのに残念でしたー。物差しでも使おうか。」
「っやだ待って、言う、言うからっ…」
バチィィィィンッ
「あぁぁっ 約束破ってごっ…ごめんなさいっ」
「もー遅い。仕上げは物差しにします。」
「待って、言った、言ったのにっ」
「そんな顔してもお仕置きはなくならないよ。もうしばらくは反省の時間。」
バチィンッ バチィンッ バチィンッ バチィンッ
「あ゛あ゛っ もっ…いぃぃっ…もういらないってばぁぁっ」
この後しばらく風丘の平手は止まらず、お尻が真っ赤になった頃に仕上げの物差しが登場し、
結局泣きながらごめんなさいを連呼することになった仁絵なのだった。