大学進学を機に上京した智穂美(ちほみ)は、

ゴールデンウィークで一度地元に戻っていた。
初めての一人暮らしは楽しさもあるが慣れないことも多く、

約1ヶ月ぶりとはいえ地元の空気は心安らかにさせてくれた。

 

 

東京とは比べものにならないくらいこぢんまりしている駅前で買い物を済ませ、

智穂美は自宅方面のバスをバス停で待っていた。
スマホで適当なネットニュースを読み流していた時。
目の前に立った青年が突然話しかけてきた。

「ちほちゃん?」

「え…」

「ちほちゃんじゃん。久しぶり。全然変わんないな。」

「えっと…」

パーマをかけた明るい茶髪はボブくらい。

180cmはあろう長身のスラッとした体躯は、田舎町に似つかわしくないおしゃれな洋服で包まれている。
覚えがない智穂美が首をかしげると、青年はムッとして言った。

「何だよ忘れちゃったの。小学校の時はあんなに構ってくれたのに。」

「小学校…そ、奏史(そうし)くん!?」

「あー、よかった、覚えててくれた。」

小学校の時、同じクラスだった男の子。
成績優秀だった彼は中学受験をして私立中学に進学してしまい、それっきりになっていた。
当たり前だが髪型も服装も全く変わって、背も当時からずっと伸びていて、

5年以上ぶりの再会ではすぐには分からなかった。

「見た目が全然違っちゃって…分かんなかったよ…」

智穂美の中で奏史は色が白くてひょろっと細く、華奢で黒髪のお坊ちゃんみたいな男の子。
当時生育が早かった智穂美に圧倒されているような気の弱い優しい子だった。
まさかこんな今時の都会モデル風イケメンになるなんて…と感嘆していると、奏史に吹き出された。

「いやそりゃそうでしょ。ちほちゃんが変わらなすぎ。」

「だよねぇ…自覚あるんだけど…」

小学生時代からほとんど変わらないミディアムボブの黒髪を触ると、奏史は笑った。

「別に悪い意味じゃなくてだよ。…まだこっちに残ってるの?」

「ううん。大学は東京だよ。今はゴールデンウィークだから帰省中。奏史君は?」

「俺も東京。引っ越し費用浮かすのにしばらく新幹線通学だけど、来週には上京する予定。」

「へー、そうなんだ! なんかびっくりしちゃった、久々で…」

少し恥ずかしそうに目線を斜め下に逸らす智穂美は、奏史にちほちゃん、と呼ばれて顔を上げた。

「…荷物持つからさ。よかったらちょっと一緒に歩かない?」

「…? いいけど…」
 

 

 

駅から智穂美の家までは歩いて15分前後。
のんびり歩きながら、小学校卒業後からのそれぞれの話をする。
そして二人の進学先の大学は同じ区内、一人暮らし先も電車で一駅という偶然にひとしきり驚き合った後だった。

「ねぇ、ちほちゃん。俺さ、あの時の返事ちゃんとしてないよね。」

「え゛っ…やだ、忘れてると思ってた。恥ずかしいから蒸し返さないでよ…
それにあれは返事も何も…」

智穂美にとって、奏史は実は初恋の人だった。
奏史が思い出したように語るのは、恐らく卒業前の6年生のバレンタインデーの時のこと。
祖母にほとんど手伝ってもらった手作りチョコレートを渡しながら勢いで告白した。
といっても、小学生当時。

「付き合う」なんて概念のなかった智穂美は「好き」と伝えただけのつもりだったのだ。

「あの後あからさまに俺のこと避けるし。」

「避けてなんか…」

「嘘。ホワイトデーの日なんてずっと他の女子と一緒にいてさ。
当時の俺がそんなところに突入していけないこと知ってたくせに。

ちほちゃん、あの頃意地悪だったからなぁ」

「もう、からかうのやめてってば。あの頃の私の性格は黒歴史だから…」

小学生時代の智穂美は気が強く、体の成長も早かったため、

口でも力でも男子を圧倒するような存在だった。
奏史への接し方も、初恋の子に対する女の子の接し方というより、

好きな子相手に意地悪をする男子のような振る舞いに近かった覚えがある。
今はもう大人しい控えめタイプに変貌した分、

智穂美にとって昔のことを振り返られるのは恥ずかしくてしょうがなかった。
顔を赤くする智穂美を見て奏史は、ちほちゃん、と呼びかけた。

「俺も好きだったよ。ちほちゃんのこと。」

「え…」

「言わせてもらえなかったのだいぶ引きずってたくらい。おかげで卒業式とかあんまり記憶ないし。」

「ご、ごめんね…?」

「でさ。提案なんだけど。」

奏史が突然立ち止まって、真剣なまなざしで智穂美を見つめた。

「俺と付き合ってよ。」

衝撃の提案に智穂美は目を丸くして固まる。

その意味を理解して、慌てて首を振った。

「…は? いやいやいや、私たち6年ぶりの再会だよ?

私だってあの時とは全然変わってるし、奏史君だって…」

「俺はバス停でちほちゃん見て、好きだった気持ち蘇ったけどな。」

「う…」

実は奏史と分かってときめいたのは智穂美も同じだった。
かといって、それで渡りに船とあっさりこの提案にのるのも違う気がした。

「いや、ほら、一時の気の迷いってことも…」

「ひっど。わりと本気なんだけど?」

「そう言われても…」

食い下がる智穂美に、奏史はムッとすると、

少し思案顔になり、何を思いついたかニヤッと笑って言ってきた。

「…じゃあ、嫌なら『無理です。好きじゃないので付き合えません。』って言ってくれたら諦めるよ。」

「そ、そんなこと…」

そんな面と向かって断り文句を初恋相手(しかもちょっとときめいた)に投げつけるなんてできない。
分かっていて言っているのだろう。意地悪だ。

(なんか…こんなSキャラだったっけ…?)

奏史のキャラ変ぶりに翻弄され、智穂美はついに陥落した。

「うー…分かった。お願いします。

でも私、人と付き合ったこととかないから、ほんとに分からないから、あの、お手柔らかに…」

しどろもどろの智穂美に、奏史はありがとう、と微笑んだ。

「もちろん。6年ぶりの再会だからね。ゆっくりやってこう。」

この時の智穂美は、まさか奏史とあんな関係になるなんて思ってもいなかっただろう。
2人の関係が再び始まった…そんな大学1年、新生活の春だった。