時はゴールデンウィーク真っ最中。
今年は休日の並びが良く、カレンダー通りの学生も5連休ある。
そんな喜ばしい連休初日の夜。
夜須斗と仁絵は夜須斗の部屋にいた。
「あー! マジでムカつく、ちょっとゲーセン時間過ぎたからって!」
「いきなり補導することねーよな、夜7時過ぎだぜ?
言いたくないけど須王だったら口頭注意で終わりだったな。」
「誕生日前だからって中学生と同じ扱いとか意味分かんないんだけど。」
「まぁ…当たった奴が悪かったよなぁ…
あのハゲジジイ、滅多に見ないけど細かいことネチネチネチネチうるさい奴だから。」
二人が機嫌を損ねている理由。
それは経った今ゲーセンにいたところを少年課の刑事に補導され、引き渡されてきたところだったからだ。
補導といっても夜7時過ぎ。決して遅い時間ではないのだが、
市の条例上、誕生日の来ていない二人はまだ15歳。規定の時間は夜6時なのだ。
見つかった刑事が須王やその周りの若い警察官たちであれば即刻補導などあり得ないケースだが、
今回捕まったのは年配の意地の悪い刑事で、融通が利かなかった。
喧嘩等で補導歴のある二人はすぐに年齢を調べられ、即補導されてしまったのだった。
「それもこれも須王まで風丘たちと連れだって旅行行ったりするからじゃん…。」
「でもまぁ、そのおかげで風丘にこの補導はバレてないのはラッキーだな。
夜須斗の母さんには悪いことしたけど。」
今回いつもの須王ではなく別の刑事が見回っていたのは、
須王が休暇をとって風丘や雲居たちと同窓旅行に出掛けているからだった。
ゴールデンウィーク中なので直で親への連絡となり、
風丘が旅行中ということを夜須斗が伝えると、夜須斗の母が機転を利かせて
仁絵も親戚の子だから、と合わせて引き取ってきてくれたのだった。
「全てじゃないにしろある程度事情聞いてるらしいしね。
風丘引き取り人って説明するの面倒だろうし、どうせ来られないし。
じゃあ実家ってなるとよけいめんどくなること目に見えてたしな。
結果的に俺も仁絵も風丘に補導のこと誤魔化せてラッキーだし。」
今回の場合、保護者に連絡がついているのと、喧嘩等と違って大した違反ではないので
警察から学校に改めて連絡がいくことはないだろう。
「だな。…まぁ、補導されたら報告するってルールあるけど。」
「…何それ家ルール?」
顔をしかめる夜須斗に、仁絵が肩をすくめる。
「ま、門限とかはねーけどな。…でも想定してるの喧嘩とかだろ。」
「今回のことは?」
「誰が律儀に言うと思ってんの。」
「フフッ、だろーね。」
即答の仁絵に夜須斗が笑う。
「…ねぇ、今日のハゲジジイに一矢報いたくない? 俺結構ムカついてるんだけど。」
夜須斗が仁絵にそう投げかけると、仁絵も頷く。
「そりゃ俺だって、ちょっと前だったらその場でぶん殴ってたぐらいムカついてる。」
流石にそうなったら軽い補導じゃ済まないから押さえ込んだけど、と仁絵はギュッと拳を握った。
この1,2年で大分瞬間的にキレることは減ってきたと感じている。
だが、あくまで押さえ込んでいるだけで内心キレているのは変わらない。
「仁絵あいつの弱点なんか知らないの? 顔知ってたじゃん。」
夜須斗に問われるも、仁絵の反応は芳しくない。
「…興味ねー奴の情報なんか覚えてねーからなぁ…。
確かあのジジイ、須王がこのエリアの非行少年メイン担当になる前の中心の奴だったとかなんとかは
須王が言ってたくらい。あと上の名字。尾田(おだ)。」
「手っ取り早いのは須王に聞くことだろうけど教えてくれるわけないし…」
「いや、須王もそんな関わりたくなさげだったから…あ。」
突然仁絵が何かを思いついたようだった。夜須斗を見て口角を上げる。
「何?」
「可能性1つあったわ。」
翌日。
仁絵は夜須斗を連れて繁華街を歩いていた。
夜は賑わう辺りだが、昼間はそこまで人通りも多くなく閑静だ。
どこに行くの、と尋ねる夜須斗に着いてから説明する、とだけ言った仁絵はズンズンと先導し、ある建物の前で立ち止まった。
「着いた。」
その建物はモノトーン調でとてもスタイリッシュだが、気になるのはその看板。
「何ここ…パティスリーメイプルって…」
看板の文字を読み上げて首をかしげる夜須斗に、仁絵が答える。
「俺のバイト先。」
仁絵の衝撃の告白に、夜須斗は一瞬固まり、言葉の意味を咀嚼すると、理解した途端吹き出した。
「はぁっ!? え、ちょっと待ってバイト新学期入ってすぐ始めたとは聞いたけどさ。
似合わないにもほどがあるんだけど…なんで?」
「…あとで説明する。」
そう言ってドアを開ける仁絵に、夜須斗は慌てて後に続いた。
「はよーっす。店長ー」
仁絵が店内に入って声をかけると、おー、と奥から男性の声がした。
「どした仁絵。今日出勤じゃねーじゃん。あれ?オトモダチ? カミングアウト早くね?
早くても連休明けつったじゃんよ。」
「え…」
男性を見て夜須斗は目を見張った。
店長、と呼ばれて奥から出てきた男性は、ケーキ屋の店長には全く見えない、仁絵と同じ金髪で、
仁絵と同じくらい同性から見ても美しい男性だった。
仁絵の容姿はもう見慣れてしまったからなんとも思わないが、
初めて会う人のこのような容姿はやはり衝撃的だ。
「ちょっと事情が変わったんだよ。少年課のハゲジジイ、尾田知ってんでしょ?」
仁絵がその名を口にした瞬間、男性はゲッと顔を歪めた。
「やめろよあのジジイの名前出すの。俺のこの世から消し去りたい人間ベスト10の一人だぜ?」
デスノート所有してたら高校時代に即書いてるわーと冗談めかして言う男性に、
仁絵はずいっと詰め寄った。
「俺らも昨日あいつに補導されたんだよ。ムカつくから報復したい。」
仁絵の告白に、男性の歪めた顔はニヤリと不敵な笑みに変わった。
「なーるほどね。何やらかした?」
「7時にゲーセンにいただけ。」
仁絵がそう言うと、男性は聞くなり爆笑した。
「アッハハハハハハ!! さすがジジイ、相変わらずキモい杓子定規なことやってんな、
そりゃ報復されても文句言えねぇわ。
オッケー、座れ。オトモダチ、名前は?」
男性は二人にイートインスペースの椅子を勧め、自分は対面にさっさと腰掛けた。
「吉野 夜須斗です。」
「夜須斗な。俺は呉羽 來流(くれは らいる)。よろしく。」
「どうも…。」
「風丘の高校時代一個上の先輩で、
1000万プレイヤーだったくせにさっさとホスト辞めて友達で黒服やってた奴と一緒にケーキ屋立ち上げた変わり者。
俺が金髪辞めたくなくてこの見た目のまんまでできるバイトないかって風丘に相談したら紹介されたのがここだった。
ちなみに高校時代はほぼ暴走族。だからあのジジイのこと知ってる。」
仁絵の簡潔な説明に、夜須斗はなるほどね…と独り言ちる。
かなり繁華街に近い、ケーキ屋にしては少々変わった場所にあるな、と思ったが、
彼の昔の客やコネクションらが来やすい立地なのだろう。
「…良かったらどうぞ。」
「ど、どうも。」
3人が話し始めると、奥からもう一人男性が出てきて、徐に3人分紅茶を出してくれた。
黒髪短髪で長身。呉羽ほどではないがこちらもかなり男前だ。
「こいつが俺のホスト時代の店の黒服…っていうか幼なじみの日室 弥白(ひむろ やしろ)。」
「ちなみにケーキとか作ってんのは全部弥白さん。店長…來流さんは接客専門。」
「さすがホスト…」
「弥白もジジイにお世話になったことあんだろー 一緒に聞けよー」
呉羽が日室の腕を引くと、日室はあっさり振りほどいてため息をつく。
「…俺は知らん。來流、ほどほどにしておけよ。」
そう言うと、紅茶を出し終えてキッチンに下がってしまった。
「相変わらずつれないねぇ。
…で、本題な。ジジイの弱点だけどそりゃやっぱり…鬼嫁の奥さんだな。」
「へー、結婚してんだ。」
「離婚してなきゃ今もそこが一番のウィークポイントだろうな。
で、もう一つ。あのジジイ、マジのキャバクラ好き。」
「…典型的じゃん。鬼嫁に疲れてキャバクラに癒しを求めるって。」
呆れる夜須斗に呉羽もだろー?と鼻で笑う。
「分かりやすい脳筋だからな。で、その奥さんが一番嫌がるのもキャバクラ通い。ってなわけで。」
「…だから?」
「お前らが直接手を下せないけど、ジジイの無様な姿見られるだろう方法ならある。ノるか?」
呉羽の不敵な笑みに、仁絵と夜須斗は顔を見合わせ、そして頷いた。
「よし…まぁ今回はお前らの代わりに俺が一肌脱いでやるよ。
俺も久々にあのジジイの顔を思い出したらムカついてきたしー」
そう言うと、來流は携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。
「おー、アカネ。ちょっとさー、お願いがあんだよね。あとでメッセージ見といて。
ん。それじゃ。
っと、これでよし。
あとは…そうだな。連休明けには良い報告できると思うから夜須斗連れてまた来いよ。仁絵出勤だろ?」
「うん。」
「成功報酬は1日タダ働きでよろしくー」
「ハイハイ。」
こうして軽いノリで報復作戦を始めた仁絵たちだったが、
夜の世界に生きていた大人の悪ふざけがどういうものか、二人はまだ分かっていなかったのだった。
約束の連休明け。
仁絵は夜須斗と連れだってまたパティスリーメイプルにいた。
「はよーっす。」
「どうもー」
「おー、来たな! なかなかいい絵が撮れたぜ!」
待ってましたとばかりに呉羽が二人を出迎えると、ノートパソコンをセッティングしたローテーブルに案内する。
「今ちょうど弥白が買い出し出てていないんだ。グッドタイミングだな。
あいつはこういうのあんまりいい顔しないから。」
仁絵と夜須斗がローテーブル前のソファに座ると、呉羽はすぐに再生ボタンを押した。
そこに映っていたのは、ものすごい剣幕で怒鳴りつけている女性と、
二人を有無を言わせず補導してきた時の姿とは似ても似つかない平身低頭で謝り続ける尾田だった。
「え、ヤバ…これ尾田…? ダッサ…」
「ってか奥さんガチギレじゃん…」
その映像は三分ほど続き、最後は尾田が泣きそうな声で奥さんに土下座して許しを乞うている場面で映像が切れた。
「どーよ、結構スカッとするだろ? あいつの偉そうな態度見たばっかりだと余計に。」
「あぁ…ってかこんなの誰がどうやって撮ったの?」
結構はっきり捉えられていた映像は盗撮っぽくもなく、
第三者がしっかりスマホか何かを構えて撮ったような映像だった。
「ジジイの行きつけキャバクラの黒服。
奥方が婦人会の旅行で夜遅くまで家を空けてるからジジイがこの日にキャバに来るって情報を仕入れたから
そこのキャバ嬢買収して頼んだんだよ。
深い時間まで粘らせてちょっと激しめに酔わせてアフターお持ち帰りされてくれってな。」
「え…」
過激な雰囲気を感じ取って若干引き気味の夜須斗に呉羽は笑う。
「冗談だよ。泥酔してどうしようもなかったからってことにして家に送らせた。
もちろん普通はないことだから店に根回しして黒服つけてな。
で、自宅には旅行から帰った奥方が待ち構えてるってわけ。」
「うわ、えげつな…」
「玄関まで付き添わせたのは黒服だけど、
それにしたってすぐに追い出されるだろうから怒鳴り声ボイレコで録れるぐらいでいいっつってたけどな。
奥方沸点低すぎてすぐ怒鳴り散らすし、ジジイは一気に酔い冷めて必死に謝ってて
二人とも黒服アウトオブ眼中だったらしいから映像も撮れました!って嬉々として送ってきた。」
こともなげに言ってのける呉羽に、仁絵と夜須斗は感心しつつもやっぱり少し引いてしまう。
「夜の世界こわ…まぁ、ジジイの土下座は見物だったけど。」
「だな。」
「ちゃんと秘密フォルダに複製込みで保管しとくから、入り用になったり見たくなったりしたらいつでも言えよー」
「あぁ。ありがと。」
「どーいたしまして。
カランカラン
…いらっしゃいま…お?」
ノートパソコンを閉じながら、扉が開く音に呉羽が目線を投げる前に声をかけたが、
その後顔を上げるとそこに立っていたのは予想外の人物だった。
「…げ」
「…うわ」
仁絵と夜須斗が顔をしかめるその人物は。
「勝輝。どーしたよ、勤務時間中だろ?」
二人と同じくらい顔をしかめている須王だった。
風丘の高校の先輩ということで、須王もまた呉羽とは顔見知りだった。
「來流さん。あんた今更尾田のジジイ何オモチャにしてるんスか…」
尾田の名前が出た瞬間、ある程度悟ったのか呉羽がニヤリと笑う。
「何だよ、勝輝人聞き悪いな。」
「あんたのおねだりに負けたって店のママさんがゲロったんだっつの。」
「事件でもねーのに職権乱用デスカー?」
茶化す呉羽に、須王は眉間の皺を深くして吐き捨てる。
「事件じゃなくても職務に支障出てんだよ。
尾田のジジイ明日から1週間の長期休暇、警察官が。普通あり得ないスからね!?」
あんなジジイでもいないと他の奴らの交代シフトに影響が出る、と須王が少々ピントのずれた怒り方をしている。
「何だよその長期休暇。鬼嫁のご機嫌取りか?」
「ご機嫌取りどころか家庭崩壊の危機だよ。離婚届突きつけられたらしいから。」
「「え」」
まさかの展開に息を潜めていた仁絵と夜須斗が声を漏らす。
須王はつーかなんでお前らいんの、と一瞬二人に目を向けたが、
呉羽が、仁絵今日バイトのシフトだから、と助け船を出し、
須王は仁絵のバイトのことは聞き及んでいたのか、ああそうか、とそれ以上追求せずにまた呉羽に向き直った。
当の呉羽は「離婚届」の言葉にも全く動揺せず、へー、そこまで言ったか、と笑う。
「結構なとこまでいってんじゃん。謝って許してくんなかったの。
泣きながら土下座してたって送った黒服から聞いたけど。」
映像のことは隠して呉羽が話を進めると、須王が白々しいと顔を歪める。
「一通り怒鳴られた後玄関先に放り出されて、締め出し食らって、
翌朝ようやく入れてもらったはいいものの、
脱いだスーツの内ポケットに嬢の熱ーいメッセージ添えられた名刺と前の晩のガバガバ飲んだ分の領収書。
で、おまけにYシャツの首元に口紅のキスマーク。
古典的な手だけどそれでもう奥さんプッツリいって
そのまま役所に直行して離婚届全部書いて
ジジイが昼休憩に家覗いたらもう離婚届以外もぬけの殻。」
「アッハハハ、傑作だな。やるなあの子。」
「笑い事じゃないでしょーよ、やっぱあんたがけしかけて…」
「俺は『普段よりちょっと多めに愛してやって』って言っただけ。」
全く悪びれない呉羽に、須王はため息をつくと、扉に向かって声をかけた。
「だーめだわこの人。」
「…そのようだな。」
その声に応じて扉から入ってきたのは日室。
彼の姿を認めた瞬間、呉羽は初めて分かりやすく動揺した。
「ゲッ弥白…勝輝お前っ」
呉羽が仕組んだな、と須王を睨むと、須王はホールドアップしてたまたまです、と答える。
「店向かう途中で会ったんスよ。で、道中あらすじ話したら
弥白先輩が自分がいないとこで來流さんがどういう態度とるか見てから決めるって。」
「や…しろ…」
呉羽が少し青ざめて日室に向き合うと、呉羽より10センチ近く長身の日室が見下ろして冷たく言う。
「お前は一体いくつ人の家庭を壊したら気が済むんだ。ほどほどにしておけと言ったはずだが。」
「…別に壊すつもりでやってねーし。ちょっとからかっただけだろ。」
説教が始まると悟り、呉羽が分かりやすく言い訳を始めると、日室はあっさり一刀両断した。
「結果的に崩壊寸前までいっているし、ジジイ本人以外にも影響が出てるだろう。
これは『ちょっと』とも『ほどほど』とも言わない。
それと、來流。」
「…何だよ。」
完全にふて腐れている呉羽に、日室は問うた。
「ママや嬢…それから情報を仕入れた…どうせアカネさんだろう。どうやって買収したんだ。」
日室の問いは呉羽にとってかなり都合が悪かったのか、口籠もってようやくボソッと小声が聞こえた。
「っ…ちょっと頼んだだけ…」
「嘘だな。彼女らは夜の世界の女だ。
いくらうだつの上がらないジジイとはいえ客を1人失うような悪ふざけに何のメリットもなく付き合うとは思えない。」
「…」
「言わないならアカネさんに直接聞くぞ。その代わり、ここまで手こずらせて、結果によっては覚悟しておけ。」
脅すように携帯をちらつかせた日室だが、呉羽も意地っ張りなのか口を割らなかった。
「勝手にすれば。」
「全くお前は…」
そっぽを向いた呉羽に日室はまたため息をつき、携帯を操作してどこかへかけると、スピーカーをオンにした。
[もしもーし。弥白。どーしたの、貴方がかけてくるなんて珍しい!]
スピーカーからは艶のある女性の声が聞こえてきて、シンとした店内に響いた。
「アカネさん。ちょっと聞きたいことがあって。…麗牙(れいが)のことで。」
[麗ちゃん? あぁ、弥白からも麗ちゃんにお礼伝えといてくれる?
この前の夜すっごい盛り上がったのよー 弥白も来れれば良かったのに。]
「夜?」
「チッ…」
電話口のアカネの声に、呉羽が舌打ちをした。
それが聞こえたか聞こえていないのか、アカネは少しトーンを落として続けた。
[あらやだ、弥白知らなかったの?
ちょっと麗ちゃんに野暮用頼まれてあげたお礼に、麗ちゃん私に一晩くれたのよ。
一緒に野暮用手伝ってあげたコがいるクラブで飲み明かしてアフターまでね。
引退したとはいえ1000万プレイヤー緋彩 麗牙(ひいろ れいが)が一晩エスコートしてくれたのよ、
最高の夜だったわー]
「分かりました。…ありがとうございます。」
[あら、もういいの? じゃあまたね、弥白。あと…麗ちゃんも。]
そう言って、アカネは何かを察したのかあっさり向こうから電話を切った。
「…アウトだな。來流。」
「…別に。」
日室が睨むと、呉羽心なしか顔色が更に青ざめたようだが、口は減らない。
「仁絵、悪いが明日と明後日のシフトは無しにしてくれ。」
「え?」
突然話を振られた仁絵が目を丸くすると、日室はにべもなく告げた。
「臨時休業だ。」
「なっ…店長は俺だぞ、勝手に決めるな!」
噛みつく呉羽を日室はあっさりとあしらう。
「商品を作るのは俺だ。俺が作らなければ店は開けられない。
それにお前はどうせ接客なんてできないさ。」
「やっ…」
「結果によっては覚悟しておけと言ったよな?」
「っ…」
苦悶の表情を浮かべる呉羽に、成り行きを見守っていた須王がニヤニヤ笑って言った。
「ごしゅーしょーサマ。來流センパイ。」
「勝輝てめぇっ」
呉羽が掴みかかろうとするのを須王はサラッと受け流す。
「ハイハイ、あんたケンカは俺より弱いでしょ。自殺行為はやめなって。
っていうか、何で突然思い出したようにジジイ標的にしたんスか。」
「「!」」
「そっ…れは…」
突然の核心を突く質問に、仁絵と夜須斗が息を呑む。
呉羽もどうしたものかと言葉を詰まらせ日室に目線を投げた。
ことのきっかけは日室もその時いたからなんとなく知っているはずだ。
しかし、日室は何もリアクションしてくれない。
言わないということはそれについては日室も言わなくていいという判断だろう、
日室が怒っているのはそもそもこのきっかけではないのだから。
「いや、なんとなく? 夢にジジイが出てきてイラッとしたからさ。」
「はぁ? あんた暴走族引退して何年経ってるんだよ。」
「いやそうは言ってもあのジジイの印象は強烈よ?何しろ…」
不審がる須王に呉羽がパワープレイで丸め込もうと奮闘している時だった。
「お邪魔しまーす。」
「「!」」
今度現れたのは、仁絵たちがいつもいつも今一番来て欲しくない、というタイミングで不思議と現れる、あの人物だった。