「いやー、入学式怠かったなー」

「ていうか入学式とかホームルームで自己紹介とか必要? 皆ほぼ同じメンツじゃん!」

新学期。
晴れて高校生活の幕開けとなったが、ほぼ全員高等部へ進学、クラス替えもほぼなし、
担任も半分以上は持ち上がりとなれば、真新しさはほぼ0だった。

入学式とホームルームが終わり、惣一たちはいつもと同じメンバーでぐだぐだ時間を潰している。
初日の今日は、午前中で終わり。昼食持参の者は残って教室で食べたり、即帰宅したり、思い思いの放課後だ。

「一応外部入学も多少いるから無しってわけにもいかないんでしょ。」

5クラス、約170人の内、外部入学生は20人弱。
1クラス35人程度の内、4人いるかいないかというレアな存在だ。
しかし、だからといって彼らを蔑ろにするわけにはいかないのは明白で、

夜須斗はつばめの短絡的な思考にツッコんだ。

「まぁ、眠いのは確かだったけどね。」

ガラッ

「あ、惣一たちまだいた!」
「よかったぁ!」

そんな惣一たちの元に、教室のドアを勢いよく開けて入ってきた女子の集団が迫ってきた。

「な、なんだよ…」

その勢いに気圧される惣一たちを一瞥して、一人の女子があれ、と首をかしげる。

「なに、日山。」

夜須斗が問うと、黒髪ロングの気の強そうな女子-日山は、夜須斗じゃないの、と腰に手を当てて言う。

「仁絵君は? まさか一人先に帰ったとか…」

「はぁ? 仁絵に何の用?」

思わぬ探し人に夜須斗が怪訝な反応をする。
仁絵はクラスメイトとは男女問わず適度な距離感を保って比較的良好な当たり障りない関係を築いてはいるが、
惣一たちを除く級友たちに自ら関わることはほぼ無く、女子たちから名指しで探されるような存在ではないはずだ。

「急用なの! 惣一、夜須斗、仁絵くん今どこ!?」

「あ、あの私は別にそんなっ…」

詰め寄ってくる日山を筆頭にした数人の女子の後ろから、
夜須斗たちがあまり馴染みのない女子が彼女らを制そうと必死に話しかけている。

「あれ。あんた…」

馴染みのない顔、つまり外部入学生。
焦げ茶色のミディアムボブで、色白で垂れ目がち。大人しそうではあるが、かなりの美少女だ。
かなり可愛い、と入学式終わりに他クラスの男子も教室の前を通ってチラ見していったくらいには。
名前は確か…と惣一がつい数十分前のホームルームを思い出そうとするが、日山はそんなことお構いなしだ。

「っていうか場所分からないなら連絡取ってここ呼んでよっ」
「そんな、そこまでは悪いですっ…」

「ひーくんなら飲み物買いに食堂の自販機行っただけだから、待ってれば帰ってくると思うよー」

そんな押し問答の中、のんびり今更教えてくれた洲矢に、日山がくるっと向き直る。

「ほんとっ!? もー、洲矢くん、知ってるなら早く…」

その時、タイミング良く声がした。

「何だよ、わらわら騒がしい…」

声の主を視認すると、夜須斗はやれやれとため息をついた。

「…はいはい、待ち人来たるよ。そっち行って。」

「は? な、何…」

教室の入り口から声をかけてきた仁絵に一瞬にして視線が集まる。
そして夜須斗の一言を合図に、女子たちの詰め寄る先は仁絵にガラッと変わった。
突然の圧に仁絵も若干引き気味だが、

相変わらずの圧で日山は先ほどの新顔の女子を仁絵の前に引っ張り出す。

「ねぇ、この子覚えてない!?」

「ひ、日山さん、さすがに3年近く前ですし、ほんの数回のことですからっ…」

必死で仁絵の前から顔を逸らして退避しようとする彼女だが、他の女子がいいからいいから、とそれを許さない。

「もー、私のことはなるみで良いってば、っていうかそこじゃなくて!
仁絵くん、朝凪 和歌葉(あさなぎ わかば)ちゃん!」

惣一はあー、そんな名前だったな、と先ほどのホームルームを回想する。

そしてもう一つ思い出した。確か出身校は…

「…覚えてるけど?」

「えっ」

仁絵の返答に、和歌葉は目を丸くして固まり、

周りの日山たちは当事者の和歌葉そっちのけでキャーと盛り上がり、
仁絵はその黄色い歓声を聞いてなんなんだとため息をつく。
そんな中、惣一が暢気に声を上げた。

「あー! あんた天凰中から来た奴か!」
「何、惣一。今更思い出したの。そんなインパクトある情報。」
「うるせー、俺はそもそもホームルーム眠かったんだよ。」

惣一と夜須斗が言い合う中、仁絵はこの場を納めようともはや俯いて固まってしまっている和歌葉に声をかけた。

「良かったな。脱出できて。」

「…はい。」

「俺が知ってる限り、少なくともこのクラスの奴らはずっとまともだから。もうコソコソすることねぇだろ。」

仁絵の言葉に、和歌葉は顔を上げて少し微笑んだ。

「はい。」

「…ま、女子はお節介ばっかりだけどな。」

「ちょっとどこがーっ!?」

視線を向けられた日山が噛みつくが、仁絵はそりゃな、と続けた。

「初日にろくでもない話聞き出してすぐに直撃してくるあたりがだよ。あんまり余計な詮索すんなよ。
朝凪も。無理に話さなくていいから。」

仁絵はそう言うと、自分の席まで行き、鞄を掴んで帰るぞ、と惣一たちに声をかける。

「あ、おいちょっと待てよっ」
「なになに、どんな関係!?」
「ひーくん待ってっ」
「はーぁ。」

スタスタ出て行ってしまう仁絵を惣一たちが追って、教室には和歌葉たち女子だけが残されたのだが…。

「よかったねっ 和歌葉ちゃんっ」

「お、覚えててもらえるなんて思ってなくて…」

「言ったじゃない、1ヶ月も一緒にお弁当食べてたら流石に覚えてるよって」

「いや、そんなに一緒に食べてたってわけじゃ…」

「これからどんどん話してこ!」

「む、無理ですっ~~」

花咲くガールズトークはここからしばらく続き、

見回りに来た風丘にもうそろそろ帰るんだよー、と声をかけられるまで終わらなかった。





仁絵が転校するまでの短い期間ではあるが、仁絵と和歌葉は天凰中学1年の時のクラスメイトだった。

仁絵は言うまでもなくクラスで浮いた存在だったが、和歌葉もまたクラスで浮いていた。

それは、和歌葉の家庭の事情によるものだ。
天凰学園は名門私立であり、入学試験はあるので確かにある程度学力的にそれなりの生徒が多いのは事実だが、
通う生徒の多くは家庭の経済力で選ばれているといっても過言ではないくらい、裕福な家の子が多かった。
学費が高額なのだから、元々払える見込みのある子どもしか受験しないので

それは当たり前といってしまえば当たり前なのだが。
 

しかし、和歌葉は一般受験ではなく、奨学金をもらえる特待生入試を合格して入学していた。
和歌葉の家庭は父子家庭で、

とても一般生徒として名門天凰に通うことはできないが、学費が全額免除になる特待生なら通える、
そんな純粋な思いで和歌葉は特待生入試を受験し、唯一の合格者となった。

しかし、そんな特殊な入学方法であったが故に、和歌葉も入学して1ヶ月経った頃には完全にクラスから浮いていた。
一人だけの特待生ということはあっという間に知れ渡った上、家庭の生活水準が全く違う。
更に和歌葉の大人しく言い返したりしない性格も手伝って、
クラスメイトたちは、和歌葉を完全に見下し除け者扱いした。

勉強は抜群に出来たが、努力では埋められないもので和歌葉は虐められてしまった。

中でも特に馬鹿にされたのはお弁当だった。

天凰学園は給食がなく、昼食は学食か持参のお弁当。
煌びやかな学食はランチでも1000円近い値段がして手が出ない。
必然的に和歌葉はお弁当なのだが、自分で作った弁当を持参していた。
父も料理は出来なくはないが、少しでも長く睡眠をとって欲しかった。
心配した父がたまにはコンビニ弁当でも、と言ってくれたが、そんなお金はもったいない、と断った。

和歌葉は器用な方ではあったが、中学1年生が自力で作れるお弁当などたかがしれている。
結果、不格好な卵焼きやウインナーを詰め、

昨日の夕食の残り物とスーパーの特売冷凍食品を駆使して毎日何とか作り上げたお弁当。

しかしそれはクラスメイトたちの嘲笑の的にはもってこいだった。
和歌葉は昼食は当然一人で、クラスメイトに遠巻きに笑われる日々。
そしてある日、お弁当を盗られ、和歌葉がついに心折れそうになった時。

「…なぁ、気分悪いんだけど。」

お弁当を探して困り果ててる和歌葉を尻目に、

盗った男子生徒の机を蹴って低い声で詰め寄ったのが仁絵だった。

「りゅ、柳宮寺には関係ないだろ…」

同じ浮いた存在でも、仁絵はクラスメイトから恐れられ、ほとんど触れられない存在となっていた。
仁絵には迷惑をかけていない、と言い張りたいのだろうが、その一言がかえって仁絵の機嫌を損ねた。

「関係あるな。てめーらがクズなのはわかりきってることだけど、
人が作ったもんを見下して踏みにじんの見せつけられるのは俺が気分悪ぃって言ってんだよ。」

「っ…」

「盗った弁当渡せ。」

「…」

「渡せっつってんだろ!!」

仁絵の剣幕に気圧された男子生徒が、自分の鞄の中から慌てて弁当の包みを仁絵に手渡すと、

仁絵はそれを和歌葉に返した。

「あ…あ、ありっ…がとっ…ござっ…」

「…いや、泣くなよ…ちょっとこっち来い。」

今にも泣き出して収拾がつかなくなりそうな和歌葉を連れて、仁絵は立ち入り禁止とされている屋上に出た。
簡単な立て看板バリケードと、ピンで簡単に開く南京錠じゃ立ち入り禁止してるとは言えない、
というのが和歌葉が後日聞いた仁絵の滅茶苦茶な言い分だった。

それから、和歌葉は仁絵が学校に来ているときは仁絵の庇護の元、昼食を食べる日々が続いた。
仁絵はあまり昼食を食べなかったので、和歌葉が食べている横で寝ていることがほとんどだったのだが。

仁絵は二学期頭に転校してしまったが、

仁絵と和歌葉が昼休み連れだって昼食を食べている、という事実は学年中に知れ渡った。
実際、本当にただそれだけの関係だったのだが、
そこから二人は仲が良い、しまいには付き合っているなんていう尾ひれのついた噂まで広まっていた。
和歌葉は訂正しようとしたが、

仁絵にほっとけ、むしろ都合が悪くなきゃ利用しろと言われ、訂正を止められた。
振り返ってみると、仁絵が転校後、和歌葉の立場が逆戻りしないようにするための気遣いだったのだろう。

そして思惑通り、仁絵を恐れる同級生たちは仁絵転校後も和歌葉に必要以上に関わらなくなり、
和歌葉は落ち着いた学校生活を送れるようになったのだった。



しかし仁絵のおかげでいじめから抜け出せた和歌葉だったが、

やはり浮いた存在であることに変わりはなく、
受験のタイミングで公立転校を志望し、この星ヶ原高に入学したというわけだ。
いくつかの高校の候補から星ヶ原を選んだのは、

天凰から仁絵が転校したのが星ヶ原だったことも1つある…と日山たちに話してしまったのが運の尽き。
あれよあれよとあの教室の場面に繋がったのだった。



一方、これによって仁絵もある程度話さざるを得なくなり、

帰り道、仕方なくかいつまんで

和歌葉との関係を惣一たちに話した(付き合ってたとか噂を立てられたところはもちろん伏せた)。

「えー、すごい! 運命の再会じゃん!」
「え、あの子仁絵追いかけてこの高校受けたんかなっ…」

話を聞き終わって盛り上がるつばめと惣一に、仁絵はそんなわけあるかと呆れ顔だ。

「何でだよー、あの子せっかく可愛いから、このまま仲良くなって彼女ゲット!とかなったら最高だろーっ」

尚も興奮冷めやらぬ惣一に、仁絵はそれはねーだろ、と即否定する。

「分かんないよ? 向こうの気持ち、探りくらい入れてみたら? 仁絵だって悪印象はないんでしょ。」

あからさまにからかってくる夜須斗に、仁絵は渋い顔をした。

「余計な詮索すんなって言ったろ夜須斗。おら、この話はこれで終わり。
これ以上その話題引っ張るなら俺は別の道で帰る。ったくどいつもこいつも…」

一人愚痴る仁絵と、ケチーっと絡む惣一やつばめ、やれやれと肩をすくめる夜須斗。

そんな4人を見ていた洲矢が時たま笑い声を漏らしつつ、5人は帰路についたのだった。