惣一と同じく勉強組のつばめの初日。
 

課題はこれまで金橋が出してきた漢字テストと名文暗唱テストの内容総ざらい。
発表された際に20ページ程度の漢字プリントと

金橋曰く「名文」という百人一首やら小説の書き出しやら詩やらがびっしり印刷された10ページ程度のプリントの束を渡されていた。

最後の確認テスト7割でクリアは惣一と条件が同じだ。
 

風丘には「とりあえず漢字は5ページ目まで、暗唱は2ページ目までさらっておいで」と言われていた。
気になるのはその後付け加えられた

「今までの結果、金橋先生から聞いてるけど、結構ハイペースでさらってかないと間に合わないから荒療治でいくからね。

ちゃんとやってないと本当に泣くことになるから悪いけどそのつもりで来てね。」という恐ろしい言葉。
あの風丘がわざわざ「荒療治」と言ってくるなんて、どんなことになってしまうのか…。
さすがにおびえながらも、やっぱり漢字も暗記も苦手なつばめは、

少しはプリントに目を通しはしたものの、「ちゃんとやる」とはとても言えない程度の勉強で初日を迎えてしまった。
 

 

 

「失礼しまーす…」

「はい、どうぞー…ってほんとに嫌そうな顔だねぇ。」

「嫌に決まってるじゃん! 自分の特に嫌いなジャンルの勉強で、しかも風丘と二人っきりこの場所なんて!」

つばめは風丘が担当のため、部屋は必然的にいつもの「風丘の部屋」。嫌な思い出の詰まった場所だ。

「自業自得でしょ。はい、座って。」

この部屋では滅多に使われない一般教室仕様の机と椅子を示され、

つばめが渋々席に着くと、風丘はそこに両面刷りのプリントを1枚置いた。

「プリント5ページ目までの範囲で作った漢字テスト。全部で30問。制限時間は15分ね。」

「えー、いきなりテスト…」

「文句言わないの。はい、スタート。」

仕方なくシャーペンを握ったつばめだが、半分以上うろ覚えの漢字ばかりだ。

読みはなんとなく昨日通し読みした記憶と前後の言葉の雰囲気で埋められるが、書きはどうしようもない。

(「支離メツレツ」…? 「一意センシン」…? 「ゼンジン未到」…? もー、四字熟語ばっかり分かんないよ!)

ほぼ自棄になって適当な漢字を書き入れて、つばめはあっさり諦めた。
「もういいの?」との風丘の問いに、「うん、もう考えても分かんないもん」と馬鹿正直に答え、風丘はため息をついた。

「じゃあ採点するけど。つばめ君、昨日漢字の勉強どれくらいやった?」

「えー…じ…や、さん…じゅっ…ぷん…くらい…」

「ふーん?」

本当は10分にも満たない程度だったが、流石に風丘の視線が痛くて誤魔化した。
その間にも風丘はあっさり採点を終え、数十秒の沈黙の後、唐突に聞いてきた。

「高村光太郎の『道程』。言ってみてー」

「え?」

風丘の意図が理解できず聞き返してしまったつばめ。それにまた風丘はため息をついた。

「…ふぅ。プリントに何が載ってたかすら覚えてない、と。オッケー、おいで、太刀川。」

「え゛っ!? や、やだ!!!」

名字呼びにすかさず反応して、つばめは分かりやすく飛び退いた。その素早さに風丘は苦笑する。

「こっちの理解力は驚くほど早いね。だったら昨日の時点で想像力もう少し働かせるべきだったね。
俺がわざわざ『荒療治』なんて言うの、これしかないでしょう?」

と言って、風丘はあっさりつばめの腕を捕まえ、ソファに座った自分の膝に横たえた。

「やだやだやだ!! だったら最初からそう言えばいいじゃんーーーっ 聞いてない!!!」

「多少脅してある程度努力する姿勢が見えたら、

こんな本格的なお仕置きスタイルにするつもりはなかったんだけどねぇ。
漢字テストは30問中10問、しかも読みだけで書きは全滅。

30分なんて勉強してないでしょ。誤魔化してもバレバレ。

暗唱は範囲内の作品のタイトルすらピンときてない…。
これだけ分かりやすく『勉強してないです』って見せつけられちゃ厳しくせざるをえないね。」

「っ…そんなのずるいーーっ」

「何とでも言いなさい。これからの方針決めました。

とりあえずまず毎回最初に漢字テストをします。で、間違えた分だけ…」

そう言いつつ、風丘はつばめのズボンを下着毎下ろすと…

バシィィンッ

「いたぁぁぃっ」

「1問1発お尻ペンペン。」

バチィンッ バシィンッ バシィンッ バシィンッ

「うそっ…ああっ やぁっ…むりぃっ そんなのむりぃぃっ」

「無理じゃありません。」

バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ

「いたいいたいいたいぃぃっ やぁぁっ」

バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ

「まってぇっ いたぁぃっ ああっ すとっぷぅっ」

「待ちませんー。」

今回はお説教も何もないからか連打が多くてスピードが早い。
落ち着く前に痛みが降ってきて、つばめはいつもよりも痛く感じてすでに足をばたつかせていた。

バチィンッバチィンッバチィンッバチィンッ バシィィンッ

「いっっっ! ぁぁっ…やぁぁぁっ …っいったぁぁぃっ!!」

漢字テストの誤答分の精算が終わると、つばめはあっさり膝から下ろされた。
この辺りがいつものお仕置きとは違うところだ。
涙目でお尻をさすっているとつばめを見て、あーあー、と風丘は苦笑いだ。

「だから言ったでしょー、ちゃんとやってないと酷いって。」

「ひどいよっ…こんなのっ…」

「はいはい、さっさとお尻しまって、席戻って。」

恨み言を言うつばめを流して、

風丘はノートパソコンを何やらカタカタと操作し、あっという間に印刷したプリントを机に置いた。

「ほらー、時間ないから早く。」

まだソファでぐずっているつばめを立たせ、服を無理矢理戻してきた風丘に、つばめは文句を言う。

「ちょっ…お尻まだ痛いっっ」

しかし、次に風丘から告げられたのは信じられないことだった。

「何言ってるの。まだ漢字テスト終わってないんだよ? 休憩は全部満点取れてから。」

「え…えぇぇぇっ!?」

見れば、机の上には先ほど分からず適当に埋めた四字熟語をはじめとした書き取り問題の数々が印刷されているテスト。
読み問題はごっそり削除されているから、間違えた問題だけ残されているのだろう。

「これ、さっきの結果ね。今から15分後に間違えた問題だけ再テストするから、しっかり勉強するんだよー。」

「ま…まさか再テスト間違えたら…」

 

嫌な予感がする。つばめが恐る恐る尋ねると、その予感は見事的中した。

「次は間違えた分1問につき2発。再々テストは間違えた分1問につき3発。全部出来るまで続けるよ。

その後は暗唱を俺のお膝の上で言えるまで下ろさないからそのつもりでね?」

つばめはサァッと血の気が引くのを感じた。今、自分はとんでもない状況に立たされていることをようやく理解した。

「そ、そんなの死んじゃうっ…」

「俺も無理矢理勉強させるのは不本意だけど、

つばめ君みたいな勉強大っ嫌いな子が短時間で成果上げるには、
残念ながらこの方法が一番手っ取り早くて効果的だって立証されちゃってるんだよねぇ。」

「なにそれぇぇぇっ」

そんな余計な立証してくれた奴は誰だ!と心の中で誰とも分からぬそいつを恨みながら、
今は「お尻痛くなるの嫌なら勉強しなさい」という風丘の言に従うしかない。
つばめはもう涙目のまま持ってきたプリントとノートを取り出し、慌てて書き取りを始めた。
そのノートはプリントと共に支給されたものだが、まっさらで開いた形跡もなく、

漢字の勉強なのに一文字も書いていないで臨んだつばめのあまりの潔さに風丘は心の中で笑うのだった。



結局、その後も散々だった。

完全に一からの勉強で、漢字苦手なつばめが15分程度の勉強で書き取りばかりの20問の再テストに満点合格などするはずもなく、

満点をとれたのは再々々テストになってからだった。
その時点で叩かれた回数は50発を超えていて、かなり赤く色づいていたのにそこから暗唱が始まる。これがまた酷いもので。
とりあえず『道程』1つでいいからまず覚えなさい、と風丘に言われまた15分与えられた。
暗記タイムが終わると今度は有無を言わさず膝に乗せられ、ほんのり赤いお尻に風丘の平手がスタンバイ。

この状況でさぁ、言ってみろというわけで。

「こ、こんなの覚えてたってプレッシャーで間違える!!」

しかしつばめの抗議も一蹴される。

「本番金橋先生の前でいきなり言われたお題をすぐに言わなきゃいけないんだよ?
これくらいのプレッシャーでちょうどいいでしょ。」

「うぅぅ…」

更に、少しでも間違えれば軽くとはいえすぐに準備万端な平手が振り下ろされた。

「僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る、ああ、自然よ、…父よ、僕を…僕を…

バチィンッ

あぁぁっ!」

「『僕を一人立ちさせた広大な父よ』。」

「僕を…一人立ちさせた…広大な父よ…僕を、一人立ちさせた、広大な、父よ…」

「はい、じゃあ最初から。」

間違えたフレーズを何度か復唱したら、最初から。
これを何度も風丘の膝で繰り替えさせられ、ようやく通して言えたと思ったら3回連続で言えるまでダメ、と下ろしてもらえず。
何とか解放された頃にはつばめは脳も体もヘトヘトだった。

「はーい、お疲れさま。」

今日の分のノルマがようやく終わると、風丘はつばめをソファに寝かせ、冷やしタオルをお尻に置きながら頭を撫でてくれた。
もはや恥ずかしがってる余裕もなく、つばめはソファの座面に突っ伏した。

「明日は漢字8ページまで、暗唱は3ページまでね。前の日までの範囲に少しずつプラスしてくから。」

「地獄だよぉ…」

つばめの呟きを風丘は拾ってはくれず、ただ頭を撫で続けるだけだった。



翌日放課後。あと15分くらいで補習の時間。
流石にもう手つかずは怖かったのでそれなりの勉強をしたつばめは、
ただもう昨日の地獄のような時間がもうすぐやってくる、という現実から目を背けたくて、

そして昨日どれだけ酷い目にあったかを共有したくて、カウンセラー室に突撃した。
なんとなく、お互い話題にしたくないだろうこの補習に関することを惣一たちに愚痴るのは気が引けたのだ。

「海ちゃん聞いてよぉぉぉぉっ」

「おー、聞く聞く!! どうしたどうしたーっ」

つばめは波江が赴任してきてからカウンセラー室の常連だった。
風丘との事情もよく知っており、ノリ良く何でも親身に聞いてくれて

その軽そうな感じとは裏腹にバッチリカウンセラーな波江をつばめはとても慕っていた。
突然飛び込んできたつばめに驚くこともなく、波江はニコニコ笑顔でつばめに続きを促す。

「風丘が酷いのぉぉっ」

そうしてつばめが昨日の一連の出来事をマシンガンのように話していると、不意に波江が気になる相づちを打ってきた。

「あー。はーくんのそれ、心やられるよねぇ…」

「そうなんだよ! 特に暗唱の…とき…って。」

その相づちはまるで。

「海ちゃん経験あるの!?」

波江がなんとなく同じ感じで風丘たちに叱られていたであろうことは、この前の球技大会の一くだりのところやら
普段の波江の言動やらで感じてはいたものの、まさか…。
そして、波江は隠すでもなく、あっさり認めた。

「あー…大学受験の時、ちょっとかなりやばくて…アハハ。」

「かっ…」

それを聞けば、思い出すのは昨日のどこの誰とも分からぬ奴に抱いたあの感情。
それが今判明したのだ。ならば言うしかない。

「海ちゃんのせいだぁぁぁぁぁぁっ」

「うわぁぁっ!? ちょっとつばめ声でかっ(笑)」

「笑い事じゃないよぉぉっ 

海ちゃんがそんな無茶苦茶な勉強法で結果出しちゃうから風丘が僕にまでこんな横暴なやり方っ…
僕本番テストまでにお尻痛すぎて不登校になる!!」

元気良すぎる不登校宣言に波江が噴き出しそうになっていると、部屋の入り口から声がした。

「そりゃあ効果てきめんだったもんねぇ、海保?」

「ぎゃぁっ 風丘ぁっ」

「つばめ君ほんとに声大きいよ。廊下まで響いてた。」

クスクスと笑いながら、カウンセラー室のドアから顔を覗かせた風丘に、波江はまぁねぇ…と遠い目をする。

「びっくりするくらい成績上がったよねぇ…

ま、つばめは2週間だけでしょ?
俺なんて夏休みから受験終わるまでずっとだったけど今こうして元気だから。死なない死なない大丈夫っ」

「え…」

あれを夏休みから受験終わるまで…半年以上…?
それを言われてしまえば黙るしかなくて、つばめはうぅ…とうなる。

「はい、つばめ君時間だから一緒に行くよ。じゃないと遅刻のお尻ペンペンからしなきゃいけなくなっちゃう。」

「もー、何でもかんでもお尻叩かなくていいよぉぉぉっ」



結局やっぱりこの風丘独自(?)のスパルタ勉強法は絶大な効果で、

痛いお尻をさすりながら受けたつばめの本番テストは
これまでの結果からは想像もつかない脅威の正答率9割、暗唱テストに至っては満点というとんでもない結果となり、
悲しいかなつばめもまたこの勉強法の効果を立証する一員となってしまったのだった。