翌日放課後。
 

学業関係の二人はこつこつ勉強しなければならないため、

早速教師陣指導の下補習タイムが始まっていた。…が、すんなり始まるわけなどなく。
 

 

 

こちらは惣一の補習用に与えられた視聴覚室。
早速都合をつけた花月がやってきていた。

「とりあえず、テキスト早めに終わらせちゃおっか。ペーパーテスト対策も兼ねられるし。
どれくらい手つけられた?」

「あー…」
 

惣一とつばめは使うテキスト等が課題発表時にその場で手渡され、

翌日の今日までに自宅でとりあえずやっておくよう指示された課題もあった。
惣一は、テキストを分かる範囲でできる限り埋めてくること、と花月に指示されていた。
だが…

「えーっと…」

惣一の返答に困った様子に、花月が首をかしげる。

「あんまり出来なかった?」

「いや、あのー…」

花月の純粋な視線が居たたまれない。
惣一が徐々に視線を下げていくと、頭上から冷たい声が降ってきた。

「っていうかあんたテキスト持ってきてるんでしょうね?」

「ゲッ…いつからっ」

腕組みしていつの間にか近くで見下ろしていたお目付役の氷村に、惣一はあからさまに顔を歪めた。

「テキストまず出しなさい。話はそれからよ。」

「っ…」

「は・や・く。」

手を出してくる氷村に、惣一はついに誤魔化すことを諦めた(まぁ、誤魔化せもしていなかったが)。

「忘れたっ…」

「はぁ!?」

その言葉に既に青筋が浮き出そうな氷村と対照的に、花月はなんだぁと暢気な声を上げる。

「それなら早く言ってくれればよかったのに。私用にもう一冊あるから、今日はコピーして使いましょ。
どの辺りはやってあるー?」

テキストを広げて見せてくる花月に、惣一はあからさまに狼狽える。

「う…」

二人の様子にため息をついて、氷村が止めを刺しにかかる。

「花月ちゃん…人が良すぎよ。」

「え?」

「正直に言ってご覧なさい。そもそもテキスト1ページでも手をつけたの?」

「…それはっ…」

「…やっぱり難しかった?」

 

まだ疑わない花月に氷村はこの子はもう、と花月にも内心少し呆れながら続ける。

「教科書対応型のテキストでしょ、それ。

ちゃんと問題見れば教科書丸写しで埋められる問題もある。
難しくて1問も分からなかった、なんて通用しないからね。

というか、その様子だとテキスト開いてもいなさそうね。」

容赦ない氷村の言葉に追い詰められる惣一に、

花月はようやく自分が暢気に対応していた自覚を持ちながらも、見かねて口を開く。

「ゆきちゃん、そんな冷たく言わなくても…」

「花月ちゃんはほんとに甘過ぎよ、私たち舐められたの。
どうせ初日だし、忘れた分からなかったって言い張ればそんなに怒られないとでも思ったんじゃない?
昨日だって、私の顔見て嫌な顔しながら、葉月じゃなくてラッキーくらいに思ってたんでしょ。」

「そっ…そこまで言ってねぇだろっ…」

「どうだか。…さて、せっかく来てくれた花月ちゃんには申し訳ないけど、

今日はこのバカを泣かせて終わる日になりそうね。」

 

氷村の言葉にこの後どうなるか悟った惣一は慌てて声をあげた。

「はぁ?! マジでや「やるに決まってんでしょ。そのための視聴覚室よ。

音楽室と音楽準備室以外に中等部校内で数少ない完全防音の部屋!」

「うおっ!? おい、離せっ…ってぇっ」

「ゆ、ゆきちゃんっ」

その瞬間、氷村は惣一の腕をグイッと強く引くと、

近くの机に惣一を組み伏せ、ついでに掴んだ片腕を後ろ手に押さえつけた。

「乱暴は…」

「大丈夫よ。そんな力入れてないし、こいつが大袈裟に暴れてるだけ。
それに、ここからするのはお仕置き。私たちを大いに舐めてくれたんだから、多少の報いは受けてもらわないとね。」

氷村の言葉に、いよいよ始まってしまうことを察した花月は気を遣って扉の方に向かった。

「わ、私外に行くねっ」

 

花月の声かけに、何をされるかバレてしまっている恥ずかしさよりもホッとした気持ちが勝り、

惣一が心の中で胸をなで下ろしているのも束の間。
氷村が何言ってるの、と花月を制した。

「ダメよ。花月ちゃんの前でお仕置きされるから意味があるんでしょ。」

「はぁぁぁぁぁぁ!? この変態ヤローまじで離せ、んなのダブルでセクハラじゃねぇか!!!!」

「ちょっとあんまり暴れないでくれる?」

ビシィィィッ

「きゃっ」

「いっっっってぇぇぇぇっ!! っにすんだマジでこのババア!!!」

氷村が現れた瞬間から持っていて、嫌な予感はしていた指示棒が思い切り振り下ろされ、

あまりの痛みに反射的に惣一は怒鳴り声で噛みついた。が、それが更に火に油を注いだ。

「なーに、その口の利き方!」

ビシィィィィンッ

「ってぇぇぇっ…っじで…ありえねぇ…」

更に威力を増した指示棒に惣一は更に噛みつきそうになるのを必死で押し殺した。
花月の前ということもあるし、さすがにこの辺りは3年間葉月に躾けられて学んでいた。

「あんたがセクハラとかふざけたこと言うからでしょ?
まぁ、でもそうね、花月ちゃんがどうしてもって言うなら後ろ向いてていいわよ?
まぁ、元々ズボンだけ下ろして、パンツは許してあげるつもりだったけど。

さすがに花月ちゃんも見たくないだろうし。」

「わ、私後ろ向いてます!」

花月はそう言うが早いか、二人に背を向け、更に目を瞑り下を向き、仕舞いには耳を塞いで縮こまってしまった。

「そこまでしなくても…その体勢でずっといるのきついでしょ?」

氷村の問いかけに、聞こえていないのか聞こえないふりをしているのか無反応の花月に、

まぁいいか、と氷村は押さえつけている惣一に視線を戻した。

「花月ちゃんにここまで気を遣わせたことも大いに反省すべきね。それじゃ、本番行くわよ。」

「っ…」

器用にズボンを下ろされ、惣一は顔を真っ赤にして奥歯をかみしめた。
 

確かに多少は舐めていた。

いくら葉月から鞭役を仰せつかったと言ったって、

初日、しかも思いっきり外の人間である花月のいる前でそこまでのことはされないだろうと高をくくっていた。
まぁその上テキストを持ってきてもいなかったのは元々勉強道具を持って帰るなんて習慣がほぼない惣一が

昨日受け取った流れでそのまま持ち帰ってしまい、純粋に家に忘れてきたただのミスなのだが。
 

そして蓋を開ければこの状況。

まだ2発制服のズボンの上から打たれただけなのに打たれたところはいつまでもジクジクと痛むし、
容赦なくズボンを下ろされ、ここから本番、なんていう嫌な言葉。
後悔先に立たずという状況はもう毎度だが、それにしたって今回はまさにその通りだった。

ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ

「ぎゃぁっ っぁぁっ…ちょっ…」

ビシィィンッ ビシィィンッ

「いってぇぇっ…ストップすとっ…」

「馬鹿じゃないの? お仕置きにストップはない!」

ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ

「あああっ マジでっ…いてぇぇっ」

「せいぜい後悔して反省することね。女を舐めると怖いわよ?」

ビシィィィンッ

「っぐ!! っ…」

テメーは女じゃねーだろ、と頭の中では叫びながらもそんなことを口に出来る勇気も余裕もなかった。
威力は葉月のお仕置きに比べて特別強い、ということはなさそうだが、
惣一にとって指し棒のような細いもので打たれる痛みはあまり慣れていないこともあり、脳天まで響くような衝撃と痛みだった。
痛みで既に涙が湧き上がってきていた。

ビシィィンッ ビシィィンッ

「いたぁぁっ…ほんとにっ…」

ビシィィンッ ビシィィンッ

「いてぇぇぇっ…マジで死ぬっ…」

「大袈裟ねぇ。この程度で死なないわよ。」

ビシィィィンッ ビシィィィィンッ ビシィィンッ

「うぁぁぁっ…もうやめっ…やだすとっぷってぇっ」

ダンダンと足を踏みならし必死にストップを訴える惣一に、氷村は呆れ顔で切り捨てる。

「未だに反省の言葉一つも言えないお馬鹿の言葉は聞こえません。」

ビッシィィィンッ

「っあぁぁぁっ」

そうして痛烈な1発。

氷村に押さえられていたから背中は机に残っているものの、腰は完全に落ちしゃがみ込んでしまった。
普通なら体勢を崩したことを叱られながらも痛みは止む。
惣一はその間に痛みに荒れた呼吸を整えようとした。しかし、そうはいかなかった。

ピシィンッ

「あぁっ!?」

位置を落とした惣一のお尻めがけて未だに指示棒がとんでくる。

ピシィンッ ピシィンッ ピシィンッ

「あっ、ちょっ…うぁぁっ」

「で? 結局何もないの?」

体勢が叩きづらいから先ほどまでの痛みはないが、既に何発も食らっているお尻には十分な痛みだった。
惣一は結局叩かれながら、必死で白旗をあげるしかなかった。

ピシィンッ ピシィンッ ピシィンッ

「もうっ…あぅっっ しないちゃんとするっ あぁ! 言うこと聞くよっ…」

「それだけ? っていうかいつまでそんな格好してんの」

氷村はようやく惣一の体勢を元に戻すと、また再びの強さで指示棒を振り下ろした。

ビシィィィンッ

「ぎゃぁっ 悪かったよっ…」

「何よその上から目線」

ビシィィィンッ ビシィィンッ

「うぁぁっ ごめん、うっあ!! ごめんてぇっ ごめんなさいっっ」

「またふざけた態度とったら容赦しないから…ねっ!」

ビッシィィィンッ

「~~~~~っっっっ!!!!!」

強烈な一発に惣一が悶絶していると、氷村はカランと指示棒を投げ捨て、驚くべき切り替えで惣一を引っ張り上げた。

「早くズボン上げなさいよ。花月ちゃんが可哀想でしょ。」

見ると、花月はまだ律儀に最初の後ろを向き俯いて耳を塞いだ体勢をキープしていた。
恐らく目もまだ瞑っているのだろう。
惣一は慌ててズボンを上げると、それを見たか見ていないかの内に氷村は花月の肩を叩いていた。
肩を叩かれた花月は、ハッと顔を上げると、まだ涙を隠せていない惣一に駆け寄ってきた。

「大丈夫!? やだ、泣いてる、ゆきちゃんいきなりやり過ぎたんじゃない…?」

オロオロして心底心配して涙を指で拭ってくれる花月に、

惣一は更にメンタルを削られているような気がして、顔を真っ赤にした。

「そいつが大袈裟なだけよ。ちょっとやっただけで泣き虫ねぇ。」

「るっせぇ…」

「あら、追加をご所望?」

「い、いらねぇよっ」

「もう、ゆきちゃんあんまりいじめちゃだめよ…でも、次までにはちょっとでもやってきてね?
私もずーっと耳塞いで目瞑ってるの大変なんだから。」

そう言うと、花月は惣一のおでこをペチンと軽く叩いて、困ったように笑った。

「ご、ごめん…」

「なによー、花月ちゃんには素直じゃない!! っていうか花月ちゃんほんと葉月の妹よねぇ…」

 

ほんと魔性…という氷村の呟きは音にはなっていなかった。

「うるさい…」「? どうしたの、ゆきちゃん…」



こうして、氷村一人がいろいろ先を見据えて頭を抱える中でのスタートだったのだが、

意外なことにこの後惣一は確認テストの点が足りない分、と数発叩かれることはあったものの

ほとんどお仕置きされることはなく、
結果ギリギリの点数とはいえペーパーテストを乗り切った。

テスト結果を聞いた後、同様にテスト組で一緒だったつばめにどれだけお尻叩かれた?とストレートに聞かれ、
その意外な答えを聞いたつばめの「えぇぇっ!? いいなぁ、なんでぇっ!?」という問いかけに、

惣一は恥ずかしげに答えた。

「お前もあの状況になりゃ分かるよ…

オカマババアにやられるってことより、その場に風丘妹がいるのが俺のメンタル的に無理だった…」

こんな必死に勉強したの久々だ…とぐったりと語る惣一はテストをクリアした充実感や達成感とはほぼ遠い表情ではあったが、
ほぼお仕置き無しで乗り切ったのも事実。
「えー、惣一すごーい…」とつばめにお尻をさすりながら尊敬のまなざしを向けられた。

これを葉月が意図したのか分からないが、結果的に惣一にとって最も効果的な特別講師となったのだった。