年明け早々の教室。
 

あっという間に終わってしまった冬休みに、5人組を始めクラスの雰囲気は沈み気味。
今日から新学期が始まり、始業式を終えた2時間目はホームルームの時間だった。

「はーい、皆始業式お疲れさまー。そしてあけましておめでとう。」

教室に入ってきた風丘がテンション低めな生徒たちに苦笑しながら新年の挨拶を口にすると、

バラバラと皆が『おめでとうございます』と返す。
やはり元気はなく、風丘はま、しょうがないか、と続ける。

「今週くらいはお正月ぼけしててもしょうがないけど、皆高等部進学の内部考査はあるんだからねー」

「ゲッ、そんなんあるの!?」
「せっかくエスカレート式なのに!?」

風丘の言葉に目を丸くする惣一とつばめに、夜須斗が呆れ顔で突っ込む。

「エスカレーター式、だろ。」

「まぁでも、考査って10分くらいの簡単な口頭試問と面談くらいらしいから…」

洲矢がそう言うと、普通の考査ならな、と仁絵が口を挟む。

「俺らの中でその普通の考査で済むの、洲矢くらいじゃねーの。」

「「「え?」」」

仁絵の言葉にピンとこない3人は首をかしげるが、心当たりがあるのか夜須斗は「あー、だるい」としかめっ面。

「察しがいいのは結構だけど、そうなる前に4月から対策してほしかったなー」

風丘ははぁ、とため息をついて一応、とクラス全員に言う。

「普通の考査の内容と日程はこれから配るプリントにあるから各自目を通して準備しておくように。
で、この考査以外に追加の内容がある人は後で俺が個別に説明するから、

声かけられたらお部屋に来てねー」

「「「「……」」」」
「なんだろね…?」

なんだかわからないが嫌な予感しかしない惣一とつばめは顔を引きつらせ、
なんとなく察しがついている夜須斗と仁絵は面倒くさそうに無言で目を伏せる。
残された洲矢は一人うーん、と思案顔。

クラス全員に向けて、という体でされた説明だったが、
後半はほとんど5人組たちの方に向けて話されていたように感じたのは、しかし気のせいではなかったのだった。
 

 

 

 

 

「で。」

その日の放課後。
 

思った以上に早くその時間は訪れた。
帰りの会後、5人まとめて呼び出されたのは風丘の部屋。
ちなみに、実際呼ばれたのは洲矢を除く4人だったが、
「洲矢君は対象外なんだけど、一緒に聞く?」という風丘の提案に洲矢がこくこくと頷き、

ついてきて結局5人揃って話を聞くことになった。
 

「なんで5人まとめてなんだよ。」

「えー、だって今更5人の間で成績のこととかプライバシーでもなんでもないでしょー。
どうせお話の内容だって共有するだろうし、というかもはや共有して何とか乗り越えてほしいし。」

こともなげに言い切る風丘。
確かに実際、成績やらテストの点数やら隠したい仲でもない。
自分から問うた夜須斗だが、あっさりはいはい、と引き下がった。
その後に、風丘が「まぁ、今日皆たまたま揃えるからってのもあるけど…」と付け加えた言葉が気になりはしたが。

部屋につくと、風丘は5人にソファにかけるように促し、

自分はそこに正対するようにピアノの椅子を引き寄せて座った。
そして座るやいなや放たれた、

「今のままじゃ危ないよ、って1学期の面談で言ったはずだけどねぇ」と苦笑交じりの風丘の言葉に、
今日のホームルームまでそんなこと本気で忘れていた惣一とつばめは口をパクパクさせ、

夜須斗と仁絵は自覚有りで無視した気まずさに俯く。

「とりあえず、単刀直入に言うと4人は昼間も言ったとおり成績等々で足りないところがあって、

普通の考査だけじゃ内部進学出来ない。
だから、追加の課題のクリアが必要。」

「うげぇ…」
「う゛う゛…」
「はぁ…」
「…」
「えっ…」

はっきり告げられた事実に、初めてそれを認識した洲矢だけが目を丸くして驚く。

「ど、どんな課題なんですか…?」

何故か一番狼狽えている洲矢が問うと、風丘は1人ずつね、とまず惣一の方を向く。

「惣一君は、英語の定期テストで赤点の数が基準超え。
ってことで、英語のテキスト1冊提出と、過去の定期テスト問題+αのペーパーテストで70点以上取ることが必要。」

「はぁ!? 70点とか無理に決まってるだろ!! んな点数取ったことねーもん!」

風丘の突きつけた課題に対して、無理、とはっきり言い切る惣一に仁絵がはぁ?と呆れ声。

「ほぼほぼ定期テストの過去問なんだろ? だったら…」

「仁絵。惣一の英語のダメさ加減はマジで尋常じゃないから。」

夜須斗の深刻な声に、怒るどころかそう!俺はマジで英語がダメだ!と乗っかる惣一に、風丘は吹き出した。

「笑い事じゃないけど、そこまで言い切られるとすがすがしいね。
だろうと思って、特別講師だよ。入ってー。」

「はーい。」

「え。」

そうして部屋の外から入ってきたのは、予想外の人物だった。

「あんた風丘の…妹?」
「「「ええっ!?」」」

「はい。風丘花月です。お久しぶりね、惣一君。あと、つばめ君も。」

「う、うん…」

風丘の妹の花月。惣一とつばめは以前風丘の部屋に立てこもり騒動を起こした時にたまたま会ったことがあったが、それ以来だ。

「でもなんで…?」

「花月は大学の教育学部で中高英語の教員免許を取る課程を取ってるんだ。
ほんとはかわいい妹にこんな困った子の相手はさせたくないんだけど、背に腹はかえられないからねぇ…」

「普段は大学の近くで一人暮らししてるんだけど、実家から通えない距離じゃないの。
だから、しばらく実家に戻って、授業がない日とかに惣一君のお勉強のお手伝いさせてね。」

「え、えと…」

「なーにニヤけてんのよ、クソガキ。」

ニコッと笑いかけられてドギマギする惣一に、横やりが入った。

「…なんでオカマババアが来んだよ。」

 

そこに立っていたのはこの場に似つかわしくない、事務員の氷村だ。

「まさか、花月ちゃんと二人っきりで勉強出来るなんてふざけたこと思ってんじゃないでしょうね。
あたしがお目付役よ。あんたは『あたしと』花月ちゃんと3人で勉強!」

「はぁ!?」

「花月ちゃんは優しすぎるからね。飴と鞭の飴の方で、鞭は魅雪にお願いしたんだー。」

「サボったらちゃんと本気で鞭がとぶからそのつもりで覚悟してやりなさい。」

「うげぇぇ…」

あからさまに肩を落とす惣一に風丘は吹き出しそうになりながら、次は、とつばめを呼んだ。

「つばめ君は俺と。課題は国語の、名文暗唱と漢字書き取り。」

「うぇっ…」

課題を聞いた瞬間、つばめがまずい、と顔をしかめた。

「つばめ君、3年になってから金橋先生の名文暗唱テストと漢字テスト、1度も通ってないでしょう。」

「漢字苦手なんだもん…

っでもでも、暗唱テストは、あんなの意味も分かんない奴が念仏みたいに唱えてたって意味ねぇ、って仁絵が言ってたよ!」

「おい、俺を巻き込むな…」

突然つばめに引っ張り出された仁絵が顔をしかめる。
正論だが元も子もないその意見に、風丘は仁絵君…と苦笑する。

「でもねぇ、つばめ君、国語はそれを除いてもいろいろ足りないんだよ。

じゃあ、他に出てた案で、課題図書読んでの読書感想文にする?」

「う゛っ…う゛ー…暗唱にする…」

好きでもない本を読んで文章を書かされる苦行をさせられるなら単純作業の書き取りと暗唱の方がまだマシだ。
つばめは苦渋の決断とでも言わんばかりに唸り声をあげながら先の選択肢をとった。

「はい。で、あと二人だけど…夜須斗君は、委員会活動サボりすぎ。」

「…やっぱそれかよ…」

星ヶ原中学では、全員何かしらの学級の係か委員会に属することになっている。
当然、その活動は内申点にばっちり加味されている。

「お前、委員会なんだっけ。」

仁絵が尋ねると、夜須斗は嫌そうに口にした。

「保健委員会…」

「はぁ!?」

予想外の委員会に、初耳だ、と仁絵が驚きの声を上げると、それに呼応してまた別の人物がやってきた。

「せやで。俺がせっかく推薦してやったっちゅうに全然活動来ぇへんかったんや。」

 

入り口にゆったりと立つ雲居を、夜須斗が睨む。

「あんたが俺を脅して無理矢理保健委員会にさせるからでしょ。俺はやりたいなんて一言も言ってない。」

「人聞き悪いなぁ。俺は雨澤先生不在の保健室を我が物顔で使ってる夜須斗に

『そんなに保健室好きなら保健委員やったらどうや』って薦めただけやで?」

「よくもそんな口からデマカセをペラペラと…」

「その台詞はお前に言われとうないなぁ。」

しれっと言う雲居を夜須斗が更に強く睨みつけるも雲居は何処吹く風。
惣一が、ほんとはなんて言われたんだよ、と問うと、

夜須斗は思い出したくもなさそうに苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

「今この場でサボったこと雲居にケツ叩かれた上に風丘に報告されるか、

後期の保健委員会引き受けるかどっちか選べ。」

「うわぁ、100パー脅しじゃん。」

「っていうか、俺あんたから押しつけられた雑用はやってやったじゃん。」

「アホ。雑用やのーて手伝いや、手伝い。大体それだけやってたら普段の活動せんでいいってわけあるかい。」

「ふーんそう。でもさ、今あんたがこの場にいるってことは…」

夜須斗がちらりと風丘を見ると、風丘は少し困ったように笑って言う。

「うん、光矢のお手伝いで土曜日登校して一緒に保健室の大掃除。」

「…サイアク。最後までこいつの雑用係じゃん。

普段の活動サボってたから引っかかったんじゃなかったわけ?」

「夜須斗。お前今ここでケツ叩かれるか?」

「うん、保健室大掃除自体は保健委員会がいつも各学期末にやってる『普段の活動』なんだよ。
今回夜須斗君に付き添いの先生がついてやらせるってことになったんだけど、

雨澤先生よりは光矢のがいいだろうって職員会議で満場一致でね…」

「っ…」

それについては否定できず、夜須斗は黙り込んだ。

「で、最後に仁絵君だけど…」

「何やらされるかはわかんねーけどとりあえず今俺の視界に入った奴が関係してるならマジで内容変えてくれねぇかな…」

仁絵がげんなりした声でそう弱音を吐いた原因の人物が、おやおや、と穏やかに微笑みながら近づいてきた。

「ひどい言いようですねぇ。私は貴方のためなら喜んで、とこの役目をお引き受けしたのに。」

「いっそのこと断ってくれた方がよかったよ。」

霧山はにこりと微笑むが、仁絵はぼそりと呟いてそっぽを向く。

「仁絵君。あなたは「行動の記録」の評価が悪すぎるそうですよ。」

「「行動の記録」?」

首をかしげるつばめに、洲矢が説明する。

「ほら、通知表の右側に○がつくかつかないかで載ってるやつだよ。

「生き物大事にしました」、とか「規則正しく生活してます」、みたいな。」

各教科の授業で評価される学業成績と違い、

学校生活のありとあらゆる場面の行動から評価されるそれは、
滅多なことがなければ評価が足りなくなる、なんてことはない。
だが…

「うちの学校、「行動の記録」は学年会議で話し合って決定するんだ。
ある程度は担任の俺の意向でつけられるけど、一存では難しくてね。」

全身校則違反、学校行事に積極的とは言いがたい、無気力、怠惰、サボり癖、教師への態度…
指摘されてしまえば、ある程度はそれを踏まえた評価をしなければならなくなる。
あくまで「学校生活全般」の行動に対する評価であり、「風丘の前での」行動のみを評価するものではないのだ。

「分かってるよ。前の学校じゃそこに一カ所でも○ついたこと一度もねーし。」

「マジかよ、仁絵すげーな…」

流石に俺でもねーよ、と惣一が目を丸くし、それを聞いた教師陣は苦笑する。

「それで。仁絵君の課題ですが。」

霧山がそう切り出した。

「評価項目として『自主・自律』『責任感』『創意工夫』『思いやり・協力』『勤労・奉仕』を網羅する素晴らしい課題です。」

「…だからその課題はなんだよ。」

もったいつけた物言いに仁絵がいらつくと、霧山は誇らしげに言った。

「私は毎週末近隣の保育園や児童養護施設、老人ホームなどで読み聞かせボランティアをやっています。
…というわけで仁絵君。それに帯同して、一緒に読み聞かせ、やってもらいますよ。」

「はぁぁぁ!?」
 

 

 

 

 

というわけで、4人に与えられた課題はどれも一筋縄ではいかないものばかり。
…こうして4人の試練の日々が幕を開けたのだった。