「お、お邪魔しま…す…」
「…ただいま」
 

結局有無を言わさない仁絵の雰囲気に気圧されろくな抵抗もできなかった洲矢は、
痛いくらいに強く掴まれた腕を引かれ、気付けば仁絵が暮らす風丘宅に連れてこられていた。

「ちょっ…ひーくんっ…」

靴を揃える時間も与えられずまた腕を引かれる。
そして、リビングに入ると、困った顔をした風丘がソファーに座っている姿が目に入った。

「せ、先生…」

「もう…突然びっくりしたよ? まず、二人とも座ろっか。」

立ち上がった風丘に促され、二人は風丘が座っていたソファーに座った。
その間も仁絵は不機嫌さを隠さない。
風丘は二人が座るソファーの向かいにあるスツールに座り直した。

「さて…じゃあとりあえず仁絵くんの話を聞こうかな。」

風丘に促され、仁絵が一連の話を始めた。
洲矢が文化祭当日にミスタッチしたこと、そこから自己嫌悪でずっと不機嫌だったこと、
そして昨晩仁絵の家に泊まりと嘘をついて家を飛び出して一晩中星ヶ原神社にいたこと。
それはどれも事実で、洲矢は仁絵が話している間黙って俯いて聞いているしかなかった。

「…なるほどねぇ」

一通り聞き終わると、風丘はわかった、と言い、洲矢の方を見た。

「じゃあ、次は洲矢くんの言い分を聞こうかな。」
「えっ…」
「…」

仁絵の説明が終わればすぐに膝に乗せられると思っていた洲矢は、

想定外の風丘の問いかけに素っ頓狂な声を上げた。
が、当然でしょ?と風丘は言う。

「今のは仁絵くんの言い分。当事者は洲矢くんでしょ?
今回俺は実際の現場に何も立ち会ってないから、ちゃんと話を聞かないとね。

洲矢くんの言いたいことは?」

「…そ、れは…」

仁絵が言ったことはすべて事実だった。反論できることは何もない。
俯いてしまう洲矢に、その様子を見た風丘はそっかぁ…と静かに言った。

「全部仁絵くんが言った通りで間違いないなら、
仁絵くんのお願い通りにしなくちゃいけないかな。」
「…」
「せ、せんせ…」

「お仕置き。おいで、佐土原。」

風丘が膝を叩いて洲矢を名字で呼んだ。
いよいよ、となって、洲矢は思わず言った。

「で、でも、今回僕は先生に迷惑かけてないです!
僕だけの問題で、先生がお仕置きする必要なんてっ…」

仁絵の眉間にまた皺が寄ったのに気付かず、洲矢は更に仁絵にも言い募ってしまう。

「ひーくんもっ…ひーくんも、僕が不機嫌なこと別にひーくんに関係ないのに、
なんでこんなに怒ってるのかわかんないよ!」

「…!」

仁絵が突然立ち上がった。

その勢いと迫力に、手が出てくるか怒鳴られでもするかと洲矢は思わず目をつぶったが、
そのどちらでもなく、仁絵は静かに

「…部屋行ってる」

とだけ呟くように言って出て行ってしまった。

「あらら…」

その後ろ姿を見送った風丘は苦笑すると、洲矢に向き直って顔をしかめた。

「それじゃあ仁絵くんが怒るわけだね。
何にせよ、やっぱり佐土原にはお仕置き必要。早くおいで。」

再度膝を叩く風丘。
先生に逆らうということに気が引けるのか、洲矢はまた黙ってしまったが、
内心納得いかないので体は動かない。
黙ってそのままでいると、しびれを切らした風丘が少し声を険しくして言った。

「佐土原。来なさい。」

「っ…」

強く言われ、ようやくノロノロと風丘の近くまで行くが、
まだ風丘が座ったまま手が届くか届かないかくらいのところで歩みを止めてしまった。
お仕置きの時も素直な態度のいつもの洲矢は見る影もなく、実は相当拗ねてるな…と、風丘は肩を竦めた。

「…素直に来なかった分追加。」

「あっ、やぁっ…!」

風丘はおもむろに立ち上がると、その場で洲矢のズボンを下ろして小脇にかかえた。
そして、下着の上…といっても、下着ではほぼ隠れていないお尻の下の境目の方を狙って、痛い2発を打ち込んだ。

バシィィンッ バシィィンッ

「あっ! いっ…いたぁぁいっ」

痛みに固まる洲矢の腕を引くと、風丘はあっという間に洲矢を膝の上にセッティングしてしまった。

「早くいつもの素直な佐土原に戻らないと、いっぱいよけいに痛い思いしなきゃいけなくなるよ。さて…」

洲矢の下着を下ろし、裸になったお尻への平手打ちが始まった。

「前も似たような家出事件でお仕置きしたよね。その時のお仕置き忘れちゃった?」

バシィィンッ バシィィンッ バシィィンッ

「あっ…やぁっ…いたいぃっ…」

「お返事がないってことは覚えてないってことかな?」

バチィィィンッ

「あぁぁっ! お、覚えてますっっ」

「覚えてて同じことしちゃったってことは、あの時のお仕置きじゃ足りなかったってことだよね。」

そう言って、風丘は「あの時」と同じく足を組む。

頭が下がり、お尻の皮がピンと張るのを感じて、洲矢は焦って必死に弁解する。

「やっ…せんせい、ちがう、足りてますっ…足りてましたっ」

しかし、今更そんなことを言っても風丘が聞いてくれるわけがなかった。

「でも同じことしちゃったんでしょ? 

しかも今回は一晩中神社にいたんだって? 前の時よりもっと悪い!」

バチィィンッ バチィィンッ

「いたぁぁぃっ…ふぇっ…」

足を組まれての強烈な2発に、普段滅多に厳しいお仕置きはされない洲矢は早々に音を上げた。
が、ただ泣いたところで許してくれるほど風丘は甘くない。

「黙って一晩中外にいたりして、何かあった時にすぐに助けてあげられないでしょう。
それに、そんなことを後から聞かされた俺や仁絵君の気持ちはどうだったと思う?」

バシィィンッ ベシィンッ

「んん~~っ…ぅ…ううっ…」

風丘の問いかけに対して、痛みに耐えるうめき声以外に何も言わない洲矢に

風丘は少し困ったように息をついて告げる。

「前の時の佐土原はわかってたけどなぁ… 

忘れちゃったなら、思い出せるまでお仕置きしなくちゃかな?」

「やっ…せんせ…っ」

バチィィィンッ

「やぁぁぁっ…先生いたいぃっ…」

「痛いね。なんでこんなに痛いお仕置きされなきゃいけなくなっちゃったの?」

バチィィンッ バチィィンッ

「ぅっく…うぅぅっ」

「仁絵君が俺に佐土原をお仕置きしてって頼んだから? それで俺がお仕置きしてるのかな?」

ビシィィンッ ベシィィンッ

「ん~~~! ちがっ…ちがいますっ…」

いくら仁絵の頼みでも、風丘が理由なくお仕置きするわけがない。
そもそも仁絵があんなことを突然言い出したのも理由がある。それは…

 

バチィィィンッ ベシィィィンッ

「あああぁぁっ! 僕のっ…僕のせいっです…僕が悪いです…!」

「うん…今回佐土原が悪かったことは何かな?」

バチィンッ

「うっ…誰にも言わないで一人で一晩中外にいたこと…

心配させちゃうようなことしたことっ…ばあやにも嘘ついてっ」

バチィィンッ バチィィンッ

「あぁぁっ いたぁぁぁっ…」

「うん、やっぱり佐土原わかってるじゃない。

すぐに素直に言えないからよけいに痛い思いする羽目になっちゃったでしょう。」

風丘に髪をくしゃっと撫でられ、洲矢はあと、あとっ…と必死に言葉を紡ぐ。
もうこうなったらどんどん言ってしまうに限る。

「僕ずっと不機嫌で、ひーくんに酷いこと言って、怒らせちゃいましたっ…」

 

続いてくるだろう衝撃に身を備えて体を硬くする洲矢だが、予想していた痛みは訪れなかった。

「…そっかぁ。ふふっ、でもそれは、俺がお仕置きする理由にはならないかな。」

「えっ…でも、ひーくんが…」

「俺は仁絵君に言われるがままお仕置きしてるわけじゃないってさっきも言ったよー。
それに、仁絵君も、洲矢君が自己嫌悪で不機嫌だったことは説明してくれたけど、
自分が酷いこと言われたっていうのは俺に言ってなかったよ?」

「えっ…」

てっきりそれについて一番怒っていて、

代わりにお仕置きしてもらうように連れて来られたと思い込んでいた洲矢は、
先ほどの説明でそれについても仁絵が風丘に報告していたと思っていた。

事実を突きつけられるのがいたたまれなくて、あまりちゃんと聞けていなかったのだろう。

「俺が佐土原にお仕置きが必要だと思ったのは、
前に一回反省しましたごめんなさい、って言った家出事件とおんなじような、心配させるようなことをまたやったこと。
それに、ばあやさんに嘘ついたこと。この2つ。仁絵君もそのつもりだったと思うよ。

まぁ、確かに引き金となったのがずっと伴奏のことで不機嫌になっちゃってたからなら、

それももうちょっと早めに自分で吹っ切れるとよかったけどね。」

「っ…ごめんなさいっ…」

「うん。よくできました。でも…」

「せ、せんせい…」

「前の時より更にタチ悪い再犯だからね。

仁絵君に言われたからじゃないけど、今日はもうちょっと泣いて身に染みてもらおうね。」

「っ…」

バッチィィィンッ

「いっ…たぁぁぁぃっ」

より一層厳しくなった平手がお尻の右側、左側、足の付け根と次々と満遍なく降ってくる。
一発一発に悲鳴をあげながら、

洲矢の頭の中では仁絵の「風丘は再犯には厳しいから」という言葉が何度もリフレインしていた。



「せんせい…いたい…」

あの後厳しい平手で20発近く打たれた洲矢は、ソファにうつ伏せになって、少し掠れた声で風丘を呼んだ。

「ちょっと厳しくしたからね。はい、タオルね。」

洲矢には珍しく真っ赤に腫れ上がったお尻に、風丘は冷蔵庫で冷やしておいたタオルをのせた。
のせた瞬間、うっとうめき声をあげたが、すぐに冷たさが心地よく広がる。

「ありがとうございます…ほんとにごめんなさい…」

「辛いことがあった時に一人で考えることは必要だけど、こんな危ないやり方はしないこと。ね?」

「はい…」

しょぼんとする洲矢の頭を、風丘は優しくぽんぽん、と撫でた。



それからしばらくして。
風丘は不意に洲矢に問いかけた。

「…洲矢君、なんで仁絵君が怒ったかわかる?」

「えっと…さっき、ひーくんには関係ない、って言ったから…?」

「うん、そうだね…ほかに、何か仁絵君に言っちゃったことある?」

「えっと…神社で…僕こんなずっと不機嫌になっちゃって、自分にイライラして…
こんなになるなら、ひーくんが伴奏弾けばよかったって、ひーくんもそう思ってるでしょ、って…」

「…洲矢君。もし、洲矢君が、自分が一生懸命応援してた人…

友達でも、スポーツ選手でも、誰でもいいんだけど。
そういう人が、本番や試合で失敗しちゃって、
その後に『最初からやらなければよかった』って言ったら、

それを聞いた洲矢君はどんな気持ちになると思う?」

「えっ…それは…悲しく…なる…」

改めて置き換えられると、とても酷いことをした気がして、洲矢の声が小さくなる。

「でしょ? 仁絵君もそういう気持ちだったんだと思うよ。

洲矢君が一生懸命練習してたのを知ってたから、余計に。
洲矢君自身がその努力の過程も全部否定したのが悲しかったんじゃないかな。」

風丘に優しく諭され、洲矢は改めて自分が仁絵にとってしまった態度を思い返して反省すると共に落ち込んでしまう。
思わず不安が口に出る。

「僕…ひーくんに嫌われ…「んなわけねーだろ。」

「ひ、ひーくんっ…」

しかし、突然部屋に入ってきた仁絵に、不安げな洲矢の言葉は一蹴された。

「…頭冷やしてきたの? 終わったってよく分かったね。」

「…音聞こえなくなったからな。」

さすがに仁絵の部屋からではお仕置きの音は聞こえないはずだが、風丘は笑ってそう、とだけ返した。
仁絵は少し呆れ顔で洲矢に再度声をかける。

「お前ネガティブすぎんだよ。あれだけで嫌いになるとかないから。

確かにあの態度はいらついたけど。
…そんだけ引っぱたかれて泣かされれば少しは懲りただろうしもういい。」

タオルで隠れ切れていない赤くなっているお尻の一部分と、洲矢の真っ赤な目を見て仁絵がそう言うと、
洲矢はなんとも言えずに顔を下に向け、消えそうな声で

「ごめんなさい…」

と言った。
そんな洲矢の頭を風丘と同じようにポンポンと叩くと、仁絵はリビングの隅に置かれたピアノの前に座った。

繊細なタッチで奏でられた曲は、洲矢が好き、といってよく仁絵の前で弾いていた曲だった。
曲の出だしを聞いて、洲矢がハッと顔を上げる。

「ひーくんすごい! いつの間に練習したの!?」

ワンフレーズだけ弾いて音がやむと、

お尻の痛みも忘れ、先ほどの消え入りそうな声と打って変わって興奮気味で洲矢が仁絵に尋ねた。

「まぁ、あんだけ聞かされりゃな。それより洲矢…ピアノなんて見たくない、弾きたくない、じゃなかったのかよ。
しかもさっきまでしょげてたくせに。」

仁絵が意地悪く聞き返すと、洲矢はばつが悪そうにして、口をとがらせる。

「~~~っ ひーくんの意地悪っ」

そんな洲矢を見て仁絵は吹き出すと、優しい、いつもの洲矢に接する雰囲気で洲矢を呼んだ。

「プッ…弾きたいなら早くケツしまってこいよ。椅子、クッション敷いてやるから。」

「もーっ、今日のひーくんほんとにいじわるっ もう反省したよ~」

洲矢はお尻をしまうと、仁絵がクッションを敷いてくれたピアノの椅子にそーっと座った。
少し顔をしかめたが、ピアノを弾き始めると痛みなんて忘れたかのように、生き生きと歌うように曲を奏でる。
弾き終わると、今度は仁絵にせがんで仁絵が弾いている姿を楽しそうに見つめる。

(ふふっ、ほんとにこの二人は仲良しさんなんだから…)

風丘は仲良くピアノに向かって曲を弾き合う二人の姿を少し遠くで眺めながら、優しく微笑むのだった。