バシィィンッ

「いったぁぁぃっ!」

風丘の部屋では、高らかに素肌を打つ音が響き渡った。

「こら。1発目から暴れないの。」

ソファーに座った風丘の膝の上に横たえられた波江が必死に足をばたつかせる。

「痛いもんは痛いよぉぉっ」

強めの一発で、白いお尻には薄らと手形が浮かび上がっていた。

バチィンッ

「ぎゃんっ!!」

「そんな痛い目見ることになったのは誰のせいなのかなー?」

バシィンッ バシィンッ バシィンッ

「いったぁ! ああっ! ああんっ なんでよぉっ そんな悪いことしてないじゃんっ」

必死に平手から逃れようと暴れながら、大声で波江が叫ぶ。
波江が本気でそう訴えているのを感じ取った風丘は、

ため息をついて今日一番の平手を振り下ろした。

バッチィィィンッ

「っ・・・!? ったぁぁぁぁぃっ!!」

ギアが一段階上がったのが有り有りと分かる音と痛みに、

波江は一瞬息が止まり、直後更に悲鳴を上げた。
風丘は呆れ声でお説教する。

「全く・・・。いくら惣一君たち仲の良い子たちとの間だったからって、
監督者側の海保から賭け事に誘っていいわけがないでしょ。」

バシィィンッ

「ああんっ おおげさだよぉっ・・・お金賭けたわけじゃな・・・」

バチィィンッ

「ひゃぁぁんっ」

「当たり前でしょ。もしお金賭けてたら俺だけじゃなくて

光矢と森都にも手伝ってもらってそれぞれから100叩きはしてる。」

「ひぃっ・・・」

言われただけで背筋が凍るような内容に、波江は息を呑んだ。

バシィンンッ

「あぁっ・・・!!」

「ちょっと学生ノリ引きずりすぎ。

生徒たちと距離が近くて仲良いのは良いことだと思うよ。カウンセラーなんて特にね。
だとしても、今日のはやり過ぎ。そうでしょ? 海保。」

「っぅぅ・・・」

風丘の話は最もな正論。反論しようがないが、それでもなかなか素直に返事はできない。
波江が渋っている間に、次の平手がお見舞いされた。

バチィィィンッ

「いたぁぁぁぃっ!! ふぇっ・・・」

「海保。お返事は?」

ちょっと低い声でそう言われれば、返事するしかない。
久々のお仕置きでちょっと素直になれなかった海保の意地はすぐに崩された。

「っ・・・ぅ・・・はい・・・」

「生徒と賭け事して、しかもそれで仁絵君から俺の弱点聞き出そうとか。

いつまでたってもお子様みたいなことしないの。」

「ぅぅ・・・わかったぁ・・・」

頭をなでられながら、諭すようにそう言われ、波江は渋々ながらも返事をした。

久々だし痛かった・・・波江が起き上がろう、と思った時、頭上から耳を疑う一言が降ってきた。

「よし、じゃああと何回にしようか。海保。何回なら今日のこと反省できる?」

「え゛っ!?」

今のは終わりの流れだったじゃないか、波江は風丘の言葉に絶句し、必死で訴える。

「もういいよっ いらないっ 今ので終わりでいいよっ」

波江が手と頭をぶんぶん振って言い募るも、風丘も譲らない。

「何甘えたこと言ってるの。

学生時代だってこの程度でお仕置き終わったことなんてないでしょ。」

「そ、それはそうだけどでもっ・・・」

絶対にもうお尻赤くなってる。十分だろう、という波江の必死の訴えはにべもなく却下された。

「だーめ。大体海保、『もうしません』も『ごめんなさい』も言ってないし・・・何より。」

そう言って、風丘が抗議のためにこちらを向いていた波江の頬を人差し指でつつく。

「顔がまだ不満でいっぱい、って感じ。全然反省してないでしょ。」

「っ! してるっ ごめんなさい、もうしない!!」

風丘の指摘に矢のような早さでその二言を口にした波江だったが、

風丘には全く相手にされなかった。

「はいはい。それであと何回?」

「い、今言ったからもういらないっ!」

なおも食い下がる波江だが、さすがに幼なじみの風丘はその扱いに慣れていた。

「お仕置き終わらせるために投げやりに言った『ごめんなさい』なんて数に入りません。
海保が決められないなら俺が決めちゃうよ?
そうだなー・・・“とりあえず”平手で50回と・・・」

「わー!! 待って待って自分で決めるからっっ・・・」

「とりあえず」をあからさまに強調した言い方に波江が焦って口走った一言を、風丘は逃さない。

「じゃあ、はい、どうぞ。」

「っ・・・かい・・・」

風丘に見つめられ、波江はボソッと口にしたが、余りに小さすぎて聞き取れない。

「聞こえないよ?」

風丘に聞き返され、波江はなおも小さい声ながらも改めて口にした。

「ごっ・・・ごかい・・・」

どう考えても少ない回数。

どうせ却下されるだろうと思いながらも、自分が叩かれる回数を多く言う勇気は波江にはなかった。
目をつむって下を向く。怒った声が降ってくるか、ため息が降ってくるか。
が、風丘の返答は、意外なものだった。

「ふーん?・・・りょーかい。」

「えっ・・・?」

意外すぎる回答に波江が顔を上げる。

「5回ね。オッケー。その代わり、しっかり反省してもらおうね。はい。」

「??? わぷっ」

突然、風丘は波江に抱えるのを促すように波江の頭近くにクッションを引き寄せ、

不穏な言葉を波江に放った。

「騒いで舌噛まないでね。」

「えっ・・・」

その刹那。

ビッシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィィンッ

「ひっ!?・・・っぁ・・・ゃっ・・・やぁぁぁぁぁっ!!!」

5回は5回でも、どこからともなく登場した物差しで足の付け根ばかりを狙った「最凶最悪の」5回だった。

 

 

 

 

「ふぇぇ・・・はーくんのばかぁっ・・・鬼畜ぅ・・・人でなしぃっ・・・」

お仕置きが終わり、お尻に濡れタオルをのせてもらって涙を拭い、もう大分経ったが波江は相変わらずこの調子である。

「もー、いつまで拗ねてるの。」

さすがに呆れ混じりの風丘の声に、波江が逆ギレするように噛みつく。

「痛いんだもんっ 大人になってもお尻叩かれたら痛いっ しかも物差しとか出てくるし!!

何、ソファーの座るとこの隙間に隠してるとか! おかしいでしょ、そんなの!!」

 

突然登場した物差しは、ソファーの座面と肘掛けの間の隙間に隠すように仕舞われていたものだった。

風丘としては別に隠しているつもりはなく、お仕置きの時にわざわざ出してこなくても、

必要になったらすぐに出せるようにそこに仕舞ってあっただけなのだが、

突然使われた側からすればその恐怖はとてつもない。

「大人になってもお仕置きされるようなことしちゃう海保が悪いんでしょ。」

「お仕置き以外になんか方法あったでしょ! 大人なんだからっ」

波江の言い分を聞いて、風丘が少し意地悪げな目つきになって答える。

「へ~? お仕置き始まってもしばらくは反省の『は』の字も見えなかった海保が
お仕置き以外の方法で反省出来るなんて思えないけどな~」

「んぅーーーー・・・」

つい十数分前の自分の態度を掘り起こされ、波江は唇を噛む。

「今日のはーくん意地悪だから嫌いっっ」

しかし、そんな「嫌い」口撃も慣れたもの。風丘は全く動揺しない。

「ふーん? なら早く俺の膝から頭どかしてもらえないかな?」

「っ・・・ぅ・・・ぅ・・・」

それは嫌、とも言えず、風丘の膝に頭を乗せたままうーうー唸る波江に、風丘はたまらず吹き出した。

「・・・プッ もー、相変わらずだね海保は。はいはい、虐めすぎたよごめんね。」

背中をぽんぽん、と叩くと、波江はほんとだよっとむくれる。

「反省したんだからもっと甘やかしてっっ」

「はいはい。」

波江に求められ、風丘は若干苦笑しつつ波江の頭を撫でる。
学生時代がフラッシュバックする光景に、変わらない幼なじみに対する一抹の不安を感じながらも、
先ほどの雲居とのテニス対決も思い返しながら、風丘はしばし懐かしさに浸ったのだった。