「げっ・・・」
「か、風丘・・・ち、違うのっ 今のはねっ」
風丘の姿を認めて、残る2人も焦り出す。
顔をあからさまに歪める惣一と、腕をぶんぶん振って来ないでぇ、と嫌がるつばめに構わず風丘は歩を進めると、
2人の目の前で立ち止まって絶対零度の笑みをたたえて問いかけた。
「『場所変えてやろうぜ』
『いいね、僕もさんせーん』って・・・言ってたのは誰かな?」
「うっ・・・」
「え、えーっと・・・」
「それから仁絵君。」
「!!」
名前を呼ばれてビクッと反応する仁絵。
風丘の顔を見たその時から、先ほどと打って変わって仁絵は顔面蒼白である。
「そこに転がってる子たちは何かな?」
「っ・・・」
仁絵にやられ、未だ床にうずくまる天開中の2人を指さして、風丘が尋ねる。
「・・・」
黙り込んで視線を落とす仁絵に風丘がため息をつくと、
突然天開中の生徒たちが割って入った。
「・・・こ、こいつらはそいつにやられたんだ!」
仁絵の形勢が不利と見なしてか、彼らはここぞとばかりに畳みかける。
「一人は簪使って鳩尾ぶん殴られて、
もう一人は簪、喉に振り下ろすの寸止めされて気失ったんだ!」
「へぇ・・・」
生徒たちの告白を聞いて、風丘が意味深に呟きチラリと目線を仁絵に向ける。
その瞳は先ほど以上に冷たくしかし怒りを帯びている。
仁絵は、余計なことを・・・と思わず舌打ちをした。
「チッ・・・」
先ほどの女王様モードの目つきで睨み付けられ、生徒たちがヒィッと悲鳴を上げる。
しかし、すかさず風丘に咎められた。
「仁絵。」
「っ・・・!!」
「そんな態度とっていられる立場かな?」
「っ・・・」
「仁絵・・・」
唇を噛んで、また伏し目がちになる仁絵を見て、
夜須斗が心配そうに仁絵の肩に手を置く。
こんなに怖がるならケンカしなきゃいいのに、と呆れる気持ちもあるが、
地雷を踏まれ、
ちょっと前まで「女王様」と呼ばれるくらいの強さを誇った筋金入りの不良の本能を刺激され、
完全に押さえ込めというのも難しい話だったんだろうと考えると気の毒にも思う。
「つーかてめーらも調子乗りすぎだバカども。」
にわかに活気づいた天開中を見かねて、須王が口を出す。
「大体野次馬連中に聞いた話じゃてめーらが発端だろーが。
しかもよくよく見りゃー半分くらいは去年の馬鹿騒ぎ起こしたのと同じ顔ぶれだしよ。
てめーらは場所変えて死ぬほど説教プラスその他だ、行くぞ!」
言うが早いか、
いつの間にか現れた須王の同僚と思われる少年課の警察官たちに天開中の生徒たちが連れて行かれる。
「んじゃ、そゆことで俺は行くわー そいつらはお前らに任せるな。」
「おー、お疲れさん!」
最後に須王が残された惣一たちや風丘に向かって
去り際に手をひらひらと振って去って行き、
8人を残して辺りは祭りの賑やかさを取り戻しはじめた。
「さーてと・・・どないすんねんはーくん・・・」
「光矢。ちょっと。海保は皆を見てて。」
「お、おぅ・・・」
「うん・・・」
風丘は雲居を呼ぶと、惣一たちから離れていった。
5対1。逃げ出すにはまたとないチャンスだが、ここで逃げるほどの度胸もないし、そこまで学習能力がないわけでもない。
5人はおとなしく波江の傍にとどまった。
「なーんだ、皆逃げようとしないんだっ」
意外ー、とのほほんと言ってくる波江に、
惣一がいやいやいや!と突っ込む。
「俺ら風丘に担任持たれて3年目だからな!?
んな自殺行為するかっての!」
「いくら僕らでもそれくらい学習能力あるよっ」
馬鹿にしてる!?とつっかかるつばめに、
波江はごめんごめん、そんなんじゃなくて、と笑う。
「俺ならこの状況だったら速攻逃げるからさっ
あーなったはーくんたちの傍にとか俺なら絶対いたくないしー」
「・・・へ、へぇ・・・」
「うわぁ・・・」
当然でしょー、と潔く言い放った波江に、
惣一とつばめは顔を引きつらせ、
(風丘たちの苦労が偲ばれるな・・・)
会話に入らずとも聞いていた夜須斗は心の中でドン引きしていた。
無邪気な笑顔で、とんでもない図太い神経の持ち主である。
「お待たせー」
風丘と雲居が連れ立って戻ってきた。
風丘は波江の元に歩み寄ると、何やら耳打ちをする。
「え・・・あ、うん、オッケー!」
「よろしくね。さてと・・・じゃあ、光矢。」
風丘が波江に何を言ったのかは明かされず、次に風丘は雲居に目配せした。
「っしゃ。惣一、つばめー お前らは俺や。行くでー」
「げぇっ・・・」
「風丘もやだけどさぁ・・・」
ここまでの展開的になんとなくこうなることは分かっていたものの、
いざ突きつけられた現実に惣一とつばめが揃って肩を落とす。
「こっちだってわざわざ祭りの日にまでやりたないわ。
さっさと終わらすで。着いてきぃ。」
雲居に促され、惣一とつばめは渋々雲居の後について雑踏の中に消えていった。
「さて。仁絵は俺だよ。おいで。」
いつもより厳しめの口調で名前を呼ばれ、仁絵がビクッと肩を震わせる。
「・・・仁絵。」
しかしその他に何のリアクションも示さない仁絵に、夜須斗が声を掛ける。
が、それでも俯いたまま反応はない。
「・・・無理矢理抱えて連れて行ってもいいけど・・・」
痺れを切らした風丘が脅し文句のようにこう言うと、
仁絵はようやく口を開いた。
「いっ・・・行くよっ 行・・・けばいいんだろっ」
「はい、おいで。」
こうして風丘と仁絵も同じように消えていった。
そして、残されたのは夜須斗、洲矢、波江の3人。
「え、えーと・・・」
「俺らは・・・」
「んー、ちょっと待ってねー・・・」
残され手持ち無沙汰でしょうがない2人が波江に目線を向けると、
波江は相変わらず無邪気な笑顔を浮かべて言った。
ポケットから携帯を出して、何やらいじっている。すると・・・
「あー、やっぱなるほどねー、うんうん、了解!」
何かを読んだようで、1人勝手に納得した様子を見せると、
波江はよかったねー、と2人にまたもや笑顔を向けた。
「2人は今回はお咎めなしだって!
まぁ強いて言えば3人のこともっとびしっと止めて欲しかったけどって
言っといてってはーくんが!」
「ご、ごめんなさい・・・」
「いやー、俺に謝んなくてもいいっていいって!」
反射的に謝る洲矢に、波江はぶんぶん腕を振る。
「そいじゃ、行きますかー。
お咎めはないけど、一応俺と一緒にお仕事してもらおうかなっ」
「・・・仕事?」
首をかしげる夜須斗に、波江はピシッと人差し指を立てて言う。
「そ! とっても大事だよー、友達を守るためにね!
さ、行っくぞー!」
「え・・・お、おい!」
「ひゃっ!?」
夜須斗と洲矢に言葉を差し挟む余裕を与えず、波江は2人の腕を取って駆けだした。
夜須斗と洲矢が引き摺られるようにして連れてこられたのは、
祭のメイン会場からはだいぶ外れた場所だった。
神社の敷地内にいくつかある社の中で、
一番本殿から離れていて、規模も小さな社殿に続く石段の登り口である。
昼間でも薄暗いそこは、今の時間帯は当然真っ暗で、
少し離れたところにある街灯の灯りと月明かりのおかげで辛うじて足下とお互いの顔が見えるくらいだ。
「よし、ここ座ろっ」
波江はそう言うと、石段の下から5段目くらいのところにふぅー、と腰を下ろした。
そして、未だ突っ立っている夜須斗と洲矢に何してるの?と問いかける。
「まだしばらくかかるんだから座る座る!」
「うわっ おいっ」
「わぁっ」
また強引に腕を引かれ、座らされる。
しかし、座ったはいいが何をするでもなく、波江は携帯をいじりだした。
「おい・・・ あんたさっき仕事するって言ってなかった?」
夜須斗の問いかけに、波江はそーだよっ、と変わらぬ調子で答える。
「仕事してるじゃない。
こんなところでも、万一人が来ちゃったら全力ダッシュで上行かなきゃなんだから、しっかり見張り番するよっ」
「見張り? 何の見張りですか?」
ピンとこない、と洲矢が不思議そうに尋ねると、
波江はもちろん!と熱を込めて言う。
「皆の名誉と尊厳を守るための見張りだよっ・・・!!」
大事な仕事だよっと波江に迫られ、2人は悟った。
「え・・・め、名誉と・・・」
「尊厳・・・って・・・おい、まさか・・・」
「おいおいおいおい・・・」
「まさか・・・まさかだよねぇ?」
「アホ。こんな笑えん冗談言うわけないやろ。」
波江たちがいる石段を上がった社殿の陰、南側の暗がりに連れてこられた惣一とつばめは、
雲居の口から飛び出た衝撃的な一言に耳を疑った。
たまらず聞き返したが、雲居は呆れたように言うだけだ。
「いやいやいや! だっていくらなんでもっ・・・おいっ!」
惣一が腕をぶんぶん振って拒否の姿勢を示すが、
そんなことはお構いなしに雲居は惣一に近づいて腕をとった。
「ちょ、ちょっとこれ仁絵もなの・・・?
そんなの、無理なんじゃ・・・」
惣一が捕まったのを呆然と見つめながら、
つばめがボソッと呟くように言うと、雲居は意に介さない様子で答えた。
「そんなん知らんわ。あっちははーくんに任せとけばええねん。
お前ら人の心配せんと自分の反省をせぇや、反省!」
「ちょっ・・・待っ・・・うわぁっ」
「惣一っ、あんまり大声出すとっ・・・」
「せやで。
第一服の上からなんやし回数もそんな多くないから我慢・・・せぇ!」
「ちょっ・・・わぁぁぁっ」
・・・こうして、2人が混乱している間にあっという間にそれは執行されてしまった。
雲居の言葉通り服の上から、回数も10回程度で、
「ケンカは売らない、誘いにも乗らない」と約束させられてわりとあっさり2人とも終わりはしたが、それにしても、それにしてもだ。
状況が状況過ぎて2人はまだ些か衝撃を消化しきれずにいる。
「いや、マジでほんとありえねぇ・・・」
惣一がそう呟けば、つばめも同意するように頷く。
「ほんとほんと・・・っていうか・・・」
そして自分たちの番が終われば、やはり気がかりはただ1つ。
「「仁絵・・・大丈夫か(な)・・・」」
「あー、なんとかなるやろ・・・はーくんやし・・・」
雲居は口ではそう答えるが、
内心(まぁ・・・すんなりはいかんやろな・・・)と思いつつ、
少し離れたところにいるであろう2人に思いを馳せるのだった。
ところで、社殿の登り口の石段で待っている3人は・・・
「だ、大丈夫かな・・・皆・・・」
「心配したって助けられないしねぇ」
「あんた以外と薄情だな・・・あれ?」
そわそわする洲矢にのほほんとそんなことを言う波江。
夜須斗がそんなやり取りに苦笑いしつつふと目線を向けた先に、
少し離れた街灯の下に佇む人影を見つけた。
「確かあいつら・・・」
「あ、夜須斗?」
夜須斗は立ち上がって、その人影の元に向かった。
一方こちらは・・・。
「あんた・・・今の本気で言ってんの・・・?」
風丘からの言葉を受け入れられない仁絵がそう聞き返すと、
風丘は冷たく当たり前、と断罪した。
「今の俺、冗談言うような心境じゃないことくらい分かってるでしょ、仁絵。」
「っ・・・やだ、そんなの・・・だって、だってここ外・・・っ」
「そんなの俺だって分かってる。」
「だったら!」
「嫌なことするからお仕置きなんでしょう。それに。」
「うわっ・・・やめっ・・・お願いっ・・・」
腕を掴まれ、社殿を囲む石垣のようなところに無理矢理手をつかされ、
いよいよ現実になりつつある事実に仁絵が悲鳴をあげた。
始まってもいない段階で仁絵が「お願い」なんて、
ここまで弱腰な声を上げることは滅多にない。
それだけ切羽詰まっているということだが、
それに対する風丘の返答は冷淡だった。
「何回言っても俺との約束を破る悪い子のお願いなんて聞いてあげない。」
「っ・・・」
そして。
ビシィィッ
「っぅっ!! いっ・・・」
ビシィィンッ
「うぅぅっ・・・! 何っ・・・いたいっ・・・」
予想以上の衝撃と痛みに仁絵が目を見開いた。
咄嗟に悲鳴はかみ殺したが、
いくら浴衣の生地が薄手といっても、布地越しにしては痛すぎる。
服の上からだからか音はかなり控えめで、場所柄それは大変助かるが音に似つかわしくない鋭い痛み。
仁絵が振り返ると、風丘が手に持っていた扇子でコツンと仁絵の頭を軽く小突いた。
「さすがに浴衣着てるから脱がせないしね。その代わりこれだよ。」
ビシィィィン
「いぃぃっ・・・」
ビシィィンッ
「うぅぅ・・・」
痛い。まずい。これはまずい。
状況が状況故に声を出すわけにはいかず、歯を食いしばって悲鳴を押し殺すが、
その分涙腺が早々に決壊間近だ。
何せこの状況に追い込まれるのは久々なのだ。
最近は風丘と二人きりでお仕置きされることが殆どで(家でされる時は必然的にそうだし、学校でも大体風丘は何だかんだ気を遣ってくれるので)、
その時には無理に声を我慢する必要がない。
だから以前あったような声を上げずに必死に耐える、ということをしばらくしてこなかったので、耐性が落ちている。
ビシィィンッ
「ぅぅっ・・・ぇっ・・・うぅ・・・」
そこへきて予想外の痛み。
平手とは違う痛み。
靴べらみたいな凶器とは比べものにならない小ささで、
音も小さいくせに痛みだけは衝撃的レベルだから憎らしい。
ビシィィンッ
「っぁぁ! ぇっ・・・ぉかっ・・・ったぃ・・・」
ビシィィンッ
「くぅっ・・・ぅ・・・」
限界が近い。
ビシィィッ
「ぁぁっ・・・ぁ・・・」
お尻がじんじんする。服の上からなのに、きっともう赤くなっている。
ビシィィンッ
「うぅぅっ・・・ふぅ・・・ぇ・・・」
もう駄目だ。次打たれたら泣いてしまう。
そう思って、仁絵は動いてしまった。
「・・・仁絵。」
「っ・・・」
石壁についていた右手を離し、お尻を庇った。
咎めるように名前を呼ばれたが、仁絵は首をフルフルと振って拒否した。
だって、もう無理なのだ。
次打たれれば確実に泣くし、今だって口を開けばきっと涙声で、
一度そんな声を出してしまえば引き金になりかねない。
仁絵が右手でお尻を押さえたまま風丘に縋るような目を向けると、風丘は、はぁとため息をついた。そして・・・
ビシィンッ
「いったぁっ!? あっ・・・やだっ・・・」
扇子でそのまま押さえている右手の甲を打たれた。
お尻と違ってほとんど肉なんてないそこを打たれた不意打ちの強い痛みに仁絵は思わず声を上げてしまった。
そして次の瞬間、風丘に腰を抱えられた。
石壁に手をついていた時より、明らかにお尻の位置が上がる。
ビシィィンッ
「いぃぃっ! ふぇっ・・・ぇっ・・・」
ビシィィンッ
「あぁぁっ・・・いたぃっ・・・もっ・・・無理ぃっ・・・」
その状態で、左右に1発ずつ、しかも足の付け根を狙われて扇子が振り下ろされた。
その威力は絶大で、仁絵が必死に押し止めていた涙も悲鳴も堰を切ったように流れ出した。
「かばったりするからでしょう。自業自得。
更に言えばこうやってこんなところでお仕置きされてるのもね。」
ビシィンッ
「ふぇぇっ 痛いっ・・・風丘痛いぃっ・・・」
「お仕置きなんだから当たり前。」
ビシィンッ ビシィンッ
「ああっ・・・ーーーっ!! もっ・・・やだぁっ・・・」
変わらぬ厳しい痛みに、仁絵は辛うじて地面に着いている足を蹴り上げる。
すると、すかさず咎めるようにまた足の付け根に打ち込まれた。
ビシィンッ ビシィンッ
「いたぁぁぁぃっ・・・っく・・・ふぇ・・・もう・・・やめて許して離してぇっ」
痛すぎて風丘に縋るも、風丘はバッサリ切り捨てた。
「そんな態度じゃいつまで経っても終われないねぇ。」
ビシィィンッ
「あぁぁっ うぐっ・・・ぇぇっ・・・」
「ずっとこのままお仕置きしてたら、いつか人に見られちゃうね。
『だってここ外』だしねぇ。」
「~~~~~っ やだっ・・・風丘もうやだぁっ」
「こんな格好でお尻叩かれてるところ見られちゃったら、
すごい恥ずかしいだろうねぇ」
ビシィィンッ
「うあぁっ やだぁっもう言わないでぇっ・・・うぅぅっ・・・あやまるからぁっ・・・」
思わぬ風丘の『口撃』にお尻だけでなく精神までダメージを与えられ、仁絵は耐えきれずに自分から反省の言葉を口にした。
「ケンカしたこと謝るからっ・・・やりすぎたからぁ・・・」
「・・・別に俺に謝って欲しいわけじゃないからなぁ。」
「っ~~~!!!」
ビシィィィッ
「いったぁぁっ・・・」
今日はとことん意地悪だ。
せっかく謝ったのにそんなことを言われて、一際厳しい一撃がまた打ち込まれる。
しかしそんな不満を言う気力も余裕も0だ。とにかく早く終わってもらいたい。
風丘が言うとおり、ここはいつ誰が来るともしれない場所なのだ。
「反省したからっ・・・もうしないようにするからっ・・・我慢するからぁっ」
「・・・ほんとだね?」
ビシィンッ ビシィンッ
「ぎゃっ! っああっ・・・ほんとっ・・・ほんとにっ・・・もっ・・・ごめんなさぃっ」
「全く・・・じゃあ最後!」
ビシィィィィンッ
「~~~~~~!!!!!」
最後にとびきり痛い1発をお尻の天辺にもらい、
仁絵は悶絶して地面にへたり込んだのだった。
「風丘のばかぁっ・・・人でなし・・・悪魔ぁ・・・」
「はいはい。誰かさんが悪い子だからでしょ。」
「だからってこんなところでっ・・・こんなっ・・・こんなのっ・・・」
お仕置きが終わってからというもの、仁絵は終始こんな様子である。
初めてされた屋外でのお仕置きに拗ねてはいるものの、
お仕置き後の甘えたはいつも通りだ。
再起不能に着崩れるからと抱っこは諦めたが、
痛みに耐えながら社殿の石垣に腰掛け、
隣に座った風丘の浴衣の袖を掴みながら肩に顔を埋めている。
「結果的に誰にも見られなかったからいいでしょ。少しは懲りた?」
風丘の問いかけに、仁絵はこくりと頷いた。
「今日風丘・・・怖いって言うより意地悪だった・・・」
「いつもと同じお仕置きで回数増やしたくらいじゃいたちごっこみたいだからね。
恥ずかしい思いしてもらおうと思って。」
それに・・・と、風丘はまた少し意地悪気に言った。
「子どもの躾の基本だからね。
悪いことした子は時間を空けずになるべくその場で叱る。」
「なぁっ・・・」
幼児の躾本に書いてあるようなことを言われ、仁絵は赤面して絶句した。
しかし、風丘はお構いなしに続ける。
「というわけで、これからケンカについてはその場でお仕置きすることにしたからね。」
「そ、その場って・・・」
「まぁ、家で発覚したら家でだけど。
学校でやったら教室だろうが運動場だろうが廊下だろうがその場でお仕置き。
警察に補導されたら、引き渡しの場で勝輝とか警察の人がいる前でお仕置き。」
「なっ・・・なっ・・・」
固まる仁絵を置いてけぼりに、それから・・・と風丘は容赦ない。
「街でケンカしてるとこ見つけたら、街中でケンカ相手の前でお仕置きね。
あ、当然お尻は出して。」
「っ!! そんなのっ・・・」
「ケンカしなきゃいいだけでしょ。
『もうしないようにする』なんてあの状況でも曖昧なお約束しかできない仁絵君にはしっかり釘さしとかなきゃね。
これでいい加減に『我慢』覚えられるといいねぇ。」
あっさり爽やかな笑みで言い渡された。
咄嗟に(もはや無意識で)した言い逃れまでしっかり指摘され、
ばっちり逃げ場をなくされた仁絵は、どうしようもなく叫ぶしかなかった。
「このっ・・・このサディスト冷血人でなし悪魔ぁっ」
ヒュルルルルルル・・・ドォンッ
「たーまやーぁっ!
いっやぁ、やっぱこの幽霊神社は花火見るのには絶好の穴場スポットだねぇ♪」
「海保。んなこと言うたらバチあたるで?
ここだってこのどでかい八幡さんの社殿の1つなんやから。」
雲居・惣一・つばめが先に、石段で待っていた波江たちに合流した。
そのタイミングで、花火大会が始まったのだ。
始まったところで、風丘と仁絵もやってきた。
「おー、はーくんお疲れ。」
「うん。・・・おー、いつ見てもここの眺めはいいねー」
雲居の横に座りながら、頭上にあがる花火を見て風丘がそんな感想を漏らすのを聞きながら、
仁絵は夜須斗の横に立った。
ゆっくり腰掛けようと膝を曲げたところで、
腰掛けていた夜須斗が立ち上がってポンと仁絵の肩を叩く。
「っ! 気遣ってんじゃねーよ・・・ いいよ座るから。惣一もつばめも座ってる・・・」
「いや、絶対あいつらよりお前のが厳しくやられただろ。無理しない方がいいよ。」
「・・・」
そう言われ、無言で立ったままの仁絵に、夜須斗は吹き出すのを堪えてそのまま自分も横に立った。
「何。何も言えないくらいやられたの。」
「・・・浴衣の上だからって道具使われたし・・・精神攻撃された・・・」
風丘の前で見せた拗ねた態度が抜けきれない返答になってしまい、言ってから赤面する仁絵に、
夜須斗はふーん、と言うだけで深追いしなかった。
こういうところが夜須斗の優しさだ。そして夜須斗は自然に話題を変えた。
「そういえば、もう行っちゃったけどさっき、あの時の小学生3人が来てお前に伝言してったよ。」
「伝言・・・?」
「『悪いお兄ちゃんたちやっつけてくれてありがとう』だってさ。」
「へぇ・・・」
「ま、今回の失敗は地雷踏み抜かれた時に我慢出来なかったことだね。
そうじゃなかったら正義のヒーローだったじゃん。」
「バカ。んなんじゃねぇし。」
照れ隠しで顔を背ける仁絵に、夜須斗は苦笑いしながら仁絵に忠告した。
「だからいい加減我慢覚えなよね。仁絵それで大分損してるよ。」
「・・・風丘みたいなこと言うんじゃねぇよ。」
頭上にあがった大輪の花火を眺めながら、
言われなくても我慢しなきゃならない状況に追い込まれたよ、とぼやく仁絵であった。