「はーくんっ こーや! 早く早くっっ」

 

「もー、海保、そんなにはしゃいだら転ぶよー?」

 

「大丈夫大丈夫♪ 僕二人と違って甚平だしサンダルだしっ」

 

はしゃいで先急ぐ波江を苦笑しながら窘め、並んで歩く風丘と雲居。
その格好は、波江は甚平、風丘と雲居は浴衣だった。

 

「大体花火大会夜の8時からやろ? 

まだ6時になるとこやで、こんな早よ行ってどないすんねん。
場所はいつものとこやからそんな場所取りせんですむやろし・・・」

 

雲居は腕時計を見てため息をつく。

 

「何言ってんの、屋台で遊ぶに決まってるじゃん!
食べたいものいっぱいあるしっ♪」

 

はしゃぐ波江に、雲居が「いつまで経ってもガキやなぁ」と言うと、

風丘がクスッと可笑しそうに笑う。

 

「高校くらいまでは光矢もはしゃいでたじゃない。」

 

「高校の話やろ! 今俺ら何歳や思てんねん、25やで?」

 

風丘の指摘に、雲居が恥ずかしそうに顔を赤らめて声を少し荒げる。

 

「もーっ、こーやの照れ屋さん♪」

 

「うっさい海保!」

 

こうして他愛もない会話をしながらわいわい神社の方まで向かっていくと、
3人は聞き慣れた声の主に話しかけられた。

 

「あいっかわらずぎゃんぎゃんうるせーな、光矢と海保は。」

 

「はぁ? なんや・・・と・・・って、勝輝やないか!!」

 

3人に声を掛けたのは少年課の刑事である須王だった。
 

しかし、彼の格好もいつものかったるそうに着崩されたスーツ姿ではなく、

この場の雰囲気に相応しい浴衣だった。

 

「珍しい、勝輝が浴衣姿なんて。」

 

「ほんまやなぁ、しかも・・・祭りにお一人様か?(笑)」

 

雲居に笑われ、須王はそんなわけあるか!と怒鳴る。

 

「仕事だよ、仕事。去年この祭りで天開中の馬鹿共中心に乱闘騒ぎがあったからな。
今年はちょいと警戒強めなんだよ。
で、いつものスーツだと目立つからってなんだかしらねーけど浴衣着ろってうるさくてよ・・・
俺が着たって、不良連中には顔知られてるから意味ねーっつの。」

 

動きにくいしめんどくせー、とぶつぶつ言う須王に、風丘は確かに・・・と苦笑する。
明るい茶髪で大柄、ただでさえ目立つ須王だから、

浴衣を着て溶け込もうとするのは無駄な努力だ。

 

「で、お前らは男3人で祭り見物かよ。」

 

彼女いるくせに物好きだねぇ、と須王に言われ、雲居がすかさず噛みつく。

 

「隔年や隔年! 去年はチアキと来たっちゅうねん!」

 

「へいへい、そーかいそーかい」

 

声でけぇよ、と須王は眉をひそめて適当な相づちを打つ。
そんな須王の浴衣の袖を、波江が引っ張った。

 

「ねぇねぇ、勝輝も一緒に回ろうよ! 

こんなところでじっとしてても、パトロールにならないよっ」

 

キラキラと目を輝かせる波江に、須王は波江のおでこを軽くピンッとはじいた。

 

「むーっ 痛いっ」

 

おでこを押さえてむくれる波江に、須王はわりぃな、と苦笑して言う。

 

「俺がここにいんのは一応意味があんの。配置決まってるからな。
俺が歩き回るとかえって警察が来てるって片っ端から知らせて歩いてるようなもんで・・・

まぁ、それが抑止効果になるって見方も出来っけど逆に・・・」

 

その時、須王が説明している背後を通った男女おり混ざった若者のグループが、

不穏な言葉を口にしているのが聞こえた。

 

「いやー、やばそうだったな、あれ!」

 

「ほんとほんと! 一触即発って感じでな! 
あのあと乱闘とかになんのかな・・・ちぇっ、マユコが怖いから行こう、なんて言うから・・・」

 

「だっ、だってー・・・」

 

「でもほんと、去年に引き続き乱闘起きたらマジでやばくない? また天開中だったし・・・」

 

「!」

 

天開中、という言葉に、須王が反応する。

 

「おい、お前ら、その話、詳しく聞かせろ。」

 

「えっ」

 

突然話しかけられ驚いた様子を見せた若者たちだが、
直後に須王がちゃんと警察手帳を見せたことで察したようで、

グループの内の1人の男子が話し出す。

 

「いや、別に俺ら通りかかっただけだから・・・ 
制服着た天開中の奴らと、同い年ぐらいの甚兵衛とか浴衣着た奴らが揉めてるの。」

 

次いで、もう1人の男子が先ほどマユコ、と呼ばれていた女子の肩を叩きながら言う。

 

「こいつが怖いから早く行こうって言うもんだからすぐ通り過ぎちゃったしな・・・

まだ乱闘にはなってなかったっぽいけど・・・」

 

「けど・・・なんだ?」

 

含みを持った言い方に、須王が続きを促すと、男子はいや、なんとなくだけど・・・と続ける。

 

「いや、別に俺らが通りかかったときって天開中とその相手の奴らが対峙してるだけなんだったけどさ。
それだけで天開中が劣勢ってのが伝わってくるっていうかなんていうか・・・」

 

ま、なんとなくなんだけど、と言った男子の言葉に、別の女子が乗っかってきた。

 

「あ、それ私も超分かる! 

それってさ、天開中の一人の子めっちゃ睨んでた金髪の女の子のせいじゃない?」

 

「あ、確かに確かに! 女子なのになんか殺気・・・っていうか不良オーラっていうか?

ビンビンに出てるのが俺らでも分かって、めっちゃすごかったよなぁ!」

 

「金髪の・・・女・・・?」

 

何か嫌な予感がして、でもその予感を振り払おうと須王が更に問いかけようと口を開いたが、
それと同時に最初に須王に説明を始めた男子から発せられた言葉が、
その予感の的中を須王のみならず須王の背後で聞き耳を立てていた他の3人にまで知らせてしまった。

 

「バッカお前ら、あいつ男だよ。男物の浴衣着てたろ?」

 

「え゛え゛!?」
「マジ!?」

 

「おいおいおい・・・」

 

予感通りの話の展開に、須王が頭を抱える。

そして、男子は須王の頭の痛さなど分かるはずもなく、とどめを刺す。

 

「まぁ、男じゃねぇみたいに綺麗な顔してたしな。

浴衣の形のこと知らなきゃ普通に女だったなー、あれは・・・」

 

「ねぇ、ちょっとそれって・・・」

 

今までおとなしく聞いていた波江がおそるおそる背後の2人を振り仰ぐ。

 

「いやー、まだ現場見てへんから・・・結論は・・・なぁ?」

 

雲居がもごもごと言いながら隣の風丘を見る。
その顔は・・・・・・。

 

「おい! それ見た場所どこだ!?」

 

「えっ・・・しゃ、射的の屋台の・・・前だけど・・・」

 

聞いた瞬間に、須王が走り出す。追って、3人も走り出した。

 

天開中と同年代で、女と見まごう程の美貌で、金髪。
それでいて不良を齧ってない人間にも分かるくらいの殺気やらオーラを出せる人間なんて、
いくら街で1番人が集まる祭りの場といったって、十中八九仁絵のことだ。
彼らの話によるとまだ乱闘になっていなかったとのこと。

今なら乱闘になる前、最悪でも乱闘序盤で止められる可能性が高い。
被害が酷くなればなるほど、少年課の仕事量も、相手方のダメージももちろん、

仁絵本人に返ってくるものも大きくなってしまう。

(タイミング悪ぃんだよあいつ・・・っ)

 

須王は背後を振り向かずに、射的の屋台まで駆けるのだった。

 

 

 

 

 

「何睨んでんだこの『女』!!!」

 

「あっ・・・」

 

仁絵と対峙した不良の言葉に、仁絵を追った洲矢が思わず立ち止まって怯む。

 

「誰が『女』だって・・・?」

 

「・・・え?・・・うぁっ」

 

次の瞬間、その不良は転ばされ、仁絵の足下に尻餅をつく。

それを認めた直後、今度は不良の後ろに控えていたうちの1人が飛びかかってくる。

 

「っにすんだてめぇぇぇぇっ」

 

仁絵はそれを見て、自分の付けていた簪を引き抜くと、

その簪を、向かってくる不良の鳩尾に突き立てた。

 

「ぐはっ!! うっぅぅ・・・」

 

「てめ・・・マジでぶっ殺すっ・・・うぁっ」

 

想像を絶する痛みに、潰れたような声しか出せずに悶絶する不良に目もくれず、
仁絵は再び立ち上がって掴みかかってくる最初の不良の足を払って早技で倒し、その上に乗り上げた。
そして、喉元に手にしていた簪を突きつける。

 

「ひっ・・・お、おいっ・・・」

 

さすがに焦った不良が逃げようと藻掻くが、うまく押さえつけられていて逃げ出せない。
仁絵はニヤリと恐ろしい笑みをたたえて吐き捨てた。

 

「男と女の浴衣の違いもわからねぇ馬鹿が・・・」

 

仁絵の手に持った簪が振り上げられる。そして。

 

「ガキ相手に粋がって偉そうにしてんじゃねぇよ!」

 

振り下ろされた簪は、しかし喉元に突き立てられることはなく、その寸前でピタリと止められた。
だが、不良は恐怖からか「ヒッ・・・ヒィッ・・・」と蚊の鳴くような声を上げて気をやってしまっている。

 

「ダッサ。」

 

仁絵はそう呟くと、その不良の上から退き、立ち上がって少し乱れた浴衣を整えた。

 

「ちょっと。やりすぎだから。」

 

今の瞬間的で衝撃的な光景を見て天開中が呆気にとられている隙に、

夜須斗が駆け寄ってきて仁絵に苦言を呈した。
が、まだ仁絵は地雷を踏まれた怒りが完全に晴れないのか、不機嫌そうに

 

「別に。マジで刺すわけねーだろ。」

 

と言うだけだった。

 

「仁絵!」
「もーっ仁絵びっくりしたぁっ ちょっとスカッとしたけどねっ」

 

夜須斗に少し遅れて惣一やつばめが続けて寄ってくる。

すると、仁絵に伸された2人以外の天開中の不良たちはようやく我に返って騒ぎ出した。

 

「てめぇら・・・マジでただじゃおかないからな!」
「おう! きっちり報復させてもらう!!」

 

そーだそーだと今更盛り上がる天開中に、

まだ先ほどのケンカ熱が冷めやらない惣一が、いいぜ、と応える。

 

「ここは迷惑になるし、てめーらもそんなお荷物抱えてる。場所変えてやろうぜ。」

 

「おい惣一! 何馬鹿な・・・」

 

とんでもない惣一の答えに夜須斗が焦るが、お構いなしにつばめまで乗っかる。

 

「いいねいいね、僕もさんせーん!!」

 

「おい!!」

 

「いつでも相手になるぜ! なぁ、仁絵?」

 

話を振られ、仁絵は気怠そうに下ろした髪を纏め直しながら答えた。

 

「・・・別にいいけど。」

 

しかしその仁絵の返事に続いたのは、

持ちかけてきた惣一でも、ノリノリのつばめでも、お説教モードの夜須斗でもなかった。

 

「へぇ・・・いいんだ?」

 

「え・・・!!」

 

コンッ

 

振り返ってその声の主を認めた瞬間、仁絵は手に持っていた簪を取り落とし、

自分の中を占めていた怒りの感情が一気に恐怖に変わっていくのを感じた。

 

 

 

仁絵もまた、踏んではいけない地雷を踏んでしまったのだった。