コンコンッ
雲居からの電話があってから5分以上経過してようやく聞こえたノックの音に、風丘は苦笑する。
待ちかまえるお仕置きにノロノロとした足取りでやって来たことが容易に想像できる。
「はーい」
ノックに返事をし、風丘はドアを開けてその前に立っている二人に少ししかめ面して見せた。
「もう、二人とも遅いなぁ。牛歩戦術したってお仕置きは軽くならないよー?」
「あの・・・」
歩夢が何か言おうと口を開くが、風丘は歩夢に続きを言わせず、口を開いた。
歩夢が何か言おうと口を開くが、風丘は歩夢に続きを言わせず、口を開いた。
「よし、じゃあ柳宮寺は部屋入って。
宮倉は悪いけどもうちょっと部屋の外で待機ね。
宮倉は悪いけどもうちょっと部屋の外で待機ね。
10分か15分くらいしたら柳宮寺終わるから。」
「あ・・・はい・・・」
歩夢は風丘にそう言われ、言おうとした言葉を飲み込むようにして返事をする。
風丘はその様子に気づいているのかいないのか、仁絵に視線を移して言った。
「よし。はい、柳宮寺はとっとと入る!」
「ってぇ! 無理矢理引っ張んなよ!」
そして風丘は仁絵の腕を引いて部屋の中に入れると、歩夢を残してドアを閉めてしまった。
一人残された歩夢は、
不安と、初めてで誰かと一緒にされなくて良かったという安堵が入り交じる複雑な気持ちを抱えながら、
ドアの前に立ち尽くすのだった。
不安と、初めてで誰かと一緒にされなくて良かったという安堵が入り交じる複雑な気持ちを抱えながら、
ドアの前に立ち尽くすのだった。
かたや部屋の中では、腕を引かれソファーの前まで連れてこられた仁絵が、
不機嫌そうな顔でソファーに座った風丘の前に立っている。
「なーに、なんか不満げな顔して。」
風丘に苦笑気味にそう言われ、仁絵は眉間に皺を寄せて答えた。
「別に不満なんてねーよ、だけど」
風丘をまっすぐ見据え言い切る。
「今回は俺反省しねぇし謝んねぇから。」
「ふーん・・・」
仁絵の言葉に、風丘は興味深そうに目を光らせて、しばしの沈黙の後に問いかける。
「お仕置きされる理由は分かってる?」
風丘の問いかけに、仁絵は、あー、と頭を掻き、少しうんざりしたようにして答える。
風丘の問いかけに、仁絵は、あー、と頭を掻き、少しうんざりしたようにして答える。
「暴力振るったってことだろ? 昨日夜須斗と尋問した奴らに。」
「・・・高藤君には?」
「何、疑うのかよ。」
仁絵に詰るように言われ、風丘は呆れたように答える。
「確認だよ。
・・・高藤君が皆に暴力振るわれたって俺に訴えて来たときにあからさまにあんな殺気放ってたから。
・・・高藤君が皆に暴力振るわれたって俺に訴えて来たときにあからさまにあんな殺気放ってたから。
振るったにしろ振るってないにしろ、何か言いたいことあるかと思って。」
あの瞬間、仁絵からぶわっと殺気が立ち上るのを風丘はしっかり感じていた。
風丘がいなければ今にも殴りかかりそうな程の。
「・・・ハッ、委員長と同じ目に遭わせてやろうとしたよ。
なんでか知らねぇけど委員長に止められて殴れなかったけどな。」
なんでか知らねぇけど委員長に止められて殴れなかったけどな。」
開き直るように告白した仁絵に、風丘は困ったように曖昧な笑みを浮かべて言う。
「本当に、清々しいくらい反省する気ゼロだね。」
「当たり前だろ。
昨日の奴らに尋問した結果証拠とれたし、想定外だったけど須王が動いて学年全体で動けるようになった。
昨日の奴らに尋問した結果証拠とれたし、想定外だったけど須王が動いて学年全体で動けるようになった。
あんだけ委員長痛めつけてたんだから高藤は同じ目に遭わされるくらい当然の報いだろ。
だか・・・らっ うぁっ!」
仁絵が言い終わる前に、風丘は再び仁絵の腕を掴んで素早く膝の上に乗せた。
「反省すべき点は0だって? それは大分感情的で自分側本位過ぎる意見だね。」
「っおい!」
仁絵の抵抗を物ともせず、風丘はあっさり仁絵の制服のズボンと下着を下ろしてしまう。
そして、強めの一発が仁絵のお尻に弾けた。
バチィィンッ
「っあ! おいっ!!」
刹那、息が詰まる。
仁絵が振り返って睨みつければ、目のあった風丘はため息をついた。
仁絵が振り返って睨みつければ、目のあった風丘はため息をついた。
「はぁ。柳宮寺は高藤君のことを完全悪として見過ぎ。
確かに彼は最低のことをしたけど、でも彼だって一生徒だよ。」
確かに彼は最低のことをしたけど、でも彼だって一生徒だよ。」
「だから…なんだってんだよっ」
バチィィンッ
「っく!! あいつが先にしたことだ、あいつがされたってっ」
噛みつく仁絵の言葉を最後まで待たずに、風丘が諭すように説明を続ける。
「高藤くんは宮倉を虐めていた。
確かにそれが彼にとって、宮倉の仲間である惣一くんや柳宮寺に殴られる原因にはなる。だけどね」
確かにそれが彼にとって、宮倉の仲間である惣一くんや柳宮寺に殴られる原因にはなる。だけどね」
バッチィィィンッ
「ってぇぇぇっ! っぅ…」
「それが彼を『殴って良い』と…彼への暴力を正当化することにはならないでしょう。」
「…」
何とはなしに分かっていた痛いところを突かれ、仁絵が黙り込む。が、風丘は容赦しない。
何とはなしに分かっていた痛いところを突かれ、仁絵が黙り込む。が、風丘は容赦しない。
「でしょう?」
バチィィンッ
「ぅぁっ! そ…かもしれねぇけどっ…」
「柳宮寺だってそれぐらいわかってたでしょう。
高藤君を殴れば、たとえ高藤君が虐めをしていたという事実があったとしても、
殴ったことは、それはそれで暴力沙汰として…」
殴ったことは、それはそれで暴力沙汰として…」
「…それぐらいで済むなら」
仁絵は、低い、少し震える声で話した。
「それぐらいで済むなら、構わねぇよ…
あのヤローが…まぁ、昨日の雑魚共もそうだ。
あいつらが平気な顔して委員長にあんなこと出来んのは、
あんなことされたら・・・
普段ケンカなんてしねぇ奴が、あんな痣が残るくらい殴りつけられたらどれ程痛いか…辛いか…分からねぇからだ…」
あんなことされたら・・・
普段ケンカなんてしねぇ奴が、あんな痣が残るくらい殴りつけられたらどれ程痛いか…辛いか…分からねぇからだ…」
震える声。その震えは…怒りからくるもの。
「分からねぇなら、俺が教えてやろうと思ったんだよ、
そうすりゃもう同じこと人に出来なくなるだろうって!」
「うん。そうかもしれないね。だけど…
だけど、宮倉はそれを望まなかったんでしょう?」
だけど、宮倉はそれを望まなかったんでしょう?」
止められたんだもんね、と、風丘は片手で仁絵の頭を撫でて問いかける。
「何でか分かる?」
「さっき…分かんねぇつったろ…」
勢いをいなされた仁絵が、俯いてボソッと答えると、風丘は優しい声で続けた。
勢いをいなされた仁絵が、俯いてボソッと答えると、風丘は優しい声で続けた。
「たぶんね、さっき俺が言ったことを宮倉も分かってたからだよ。」
「…」
「そのまま惣一くんや柳宮寺の好き勝手にさせておけば、自分に対する虐めは止むかもしれない。
だとしても、皆が暴力沙汰の当事者になるのは嫌だって宮倉は思ったんだと思うよ。」
「っ…」
「…と、いうわけで。」
バチィィンッ
「ぎゃぁっ」
仁絵が黙り込んでしまうと、先ほどまでの諭すような優しい口調から少しトーンを変えて、
風丘はほんのり色づいている仁絵のお尻を再び叩いた。
「暴力事件になってもいい、なんて、
虐めの当事者だった宮倉が止めにはいるような危険な選択肢を
虐めの当事者だった宮倉が止めにはいるような危険な選択肢を
さも当然のように選ぼうとしたことは大いに反省してもらいたいんだけど?」
「う…」
言葉に詰まる仁絵に、風丘は容赦なく続ける。
「大体、前夜の不良君たちへの尋問はもはやアウトだからね。
勝輝の管轄で、
しかも向こうの不良君たちがビビリにビビッて『事を大きくしないでくれ』とか
しかも向こうの不良君たちがビビリにビビッて『事を大きくしないでくれ』とか
言い出してくれたから良かったようなものの…
それを何、『肩外したくらいで』だっけ?」
「うぅ…」
返す言葉のない仁絵だが、風丘はまだ止まらない。
「それから、昨日の夜から知ってたんならいくらでも俺に話すタイミングあったでしょ?
一緒に暮らしてるんだから。
一緒に暮らしてるんだから。
それをずーっと黙って、こんな派手に行動起こしてくれたのも気に入らない。」
「いや、それは…」
思わず「委員長も言うなって言ったし」と、歩夢の名前を出してしまいそうになって口をつぐむ。
言い訳に、自分から歩夢を使いたくなかった。
「…まぁ、それは宮倉が黙っててくれとかなんとか言ったのかもしれないけど。」
しかし、風丘には全てお見通しのようだが。
「とにかく! 反省しなきゃいけないことはしっかりばっちりあることわかったかな?」
「っ…」
「とりあえず、あと5発!」
「ぅ…」
バッチィィィィンッ
「いっ…たぁぁっ!」
宣言後の1発は今日一番の強さ。息が詰まり、数秒遅れて悲鳴が上がる。
が、息つく間もなく2発目、3発目。
バチィィンッ バチィィンッ
「ひっ…ふぁっ…」
お尻の右側と、左側に交互に痛みが走る。
そして4発目。
バチィィンッ
「っくぅ!」
1発目に打たれてまだジンジンするお尻の真ん中、同じ場所。
そして
「さーいごっ」
バチィィィィンッ
「うぁぁぁっ!…っぅ…くっ…」
最後は、お尻の下の方に強烈な1発。少し指の跡が浮き上がっている。
「はい、おしまい…にしたいんだけど?」
上からのぞき込まれるように見つめられ、仁絵はフイと視線をそらし、またボソッと言った。
「すぐ殴ろうとするのは…悪かったから・・・気をつける…」
「うーん、まぁ、いっか。はい、おしまーいっ」
風丘はそう言うと、仁絵の下着とズボンを直し、抱き起こしてソファに座った自分の両足の間に立たせると、
仁絵の頭を引き寄せて撫でる。
「お、おいっ…」
「今日は次があるからあんまり甘やかしタイムとれないけどっ」
「い、いらねぇよっ 今日俺泣いてねぇしっ」
本当は最後の5発の1発目から相当やばくて涙が滲むところまではきていたのだが。
零れていないからセーフだと思っている。
零れていないからセーフだと思っている。
振り払おうとする仁絵だが、そのせいでより強い力で風丘に引き寄せられてしまった。
「おいっ」
「フフッ 良い子良い子。」
「や、やめろよ恥ずかしい!」
いつものプライドやら理性やらがいろいろ吹っ飛んだグズグズの状態ならいざ知らず、
今そんな子供扱いされるのは恥ずかしすぎる、と暴れる仁絵だが、風丘はまだ解放してくれない。
今そんな子供扱いされるのは恥ずかしすぎる、と暴れる仁絵だが、風丘はまだ解放してくれない。
「良い子だよ。仁絵君は良い子。
人の痛みを分かってあげられる。傷ついてる人に気付いて助けようとして行動してあげられる。
それってすごいことだよ。」
そう言いながら、頭を撫でられ続け、
ようやく風丘の拘束が少し緩むと、仁絵は頭の上の手を避けて脱出した。
ようやく風丘の拘束が少し緩むと、仁絵は頭の上の手を避けて脱出した。
「お、俺はそんなんじゃねぇよ!」
顔を赤らめて吠える仁絵に、風丘はあーあ、と残念そうに言った。
「うーん、これでお仕置きでグズグズに泣いちゃった時以外ももうちょっと素直だったらねぇ」
「余計なお世話だ!!」
仁絵は声を荒立てて、荒々しく出入り口のドアの方に歩いていく。
「…入れ替わればいい?」
「…うん。」
「りょーかい。」
仁絵はそう言うと、ドアを開けて部屋を出た。
「あ…」
「あ…」
「…おー、待たせたな。入れ替わりで入れって。」
部屋を出てきた仁絵に気付いた歩夢に、仁絵が声を掛ける。
部屋を出てきた仁絵に気付いた歩夢に、仁絵が声を掛ける。
さすがにドアの真ん前で待っていることは気が引けたのか、
歩夢は少し離れた廊下の壁にもたれかかっていた。
歩夢は少し離れた廊下の壁にもたれかかっていた。
「あ、あの…痛かった?」
「俺のことはどーでもいいだろ。あんまり待たせると余計厳しくなるぜ?」
不安そうに聞いてくる歩夢に、仁絵は自分の背後のドアを指差して入るように促した。
「んじゃ、俺帰るわ。後はごゆっくり。」
「えっ…あっ…」
「また明日な、委員長。」
歩夢の返事も待たず、仁絵は部屋から離れていく。
歩夢は慌てて、その後ろ姿に声を掛けた。
「あ、ありがとうっ 仁絵。皆にも、またちゃんと言うから…」
歩夢の言葉に仁絵は振り返ることなく、手を振って廊下の角を曲がっていった。
「ふーっ…」
残された歩夢は、深呼吸をして、ドアノブに手を掛けた。
心臓がバクバクと鳴る音が聞こえる。
だが、仁絵の言ったとおりここであまりグズグズしても得策でないことは歩夢にも分かった。
コンコンッ
意を決してドアをノックすると、十数分前と同じく、はーい、という返事が聞こえ、ドアが開いた。
「だいぶ待たせちゃったねー、はい、どーぞ。」
「し、失礼します…」
恐る恐る足を踏み入れる。
別にこの部屋はお仕置き部屋限定、という訳ではない。
風丘の個人部屋で、委員長の歩夢は何度も訪れたことがあるはずなのに、
風丘の個人部屋で、委員長の歩夢は何度も訪れたことがあるはずなのに、
今まで訪れたどの時より緊張するし、むしろこんな部屋初めて来るような感覚だった。
「クスクスッ そんなに緊張しなくても。よし、じゃあとりあえずここにおいで。」
風丘に指摘され、ハッとなった歩夢。
風丘はソファに腰掛けると、自分の両足の間に歩夢を導き、歩夢の手を握った。
「先生…?」
ぎゅっと握られた手に歩夢が小首をかしげると、風丘はふぅっと息をついて口を開いた。
その内容は、歩夢には予想外のものだった。
「まずね。俺から謝らせて。
ごめん…ごめんねぇ…宮倉…いや、今は…歩夢君でいいか。」
ごめん…ごめんねぇ…宮倉…いや、今は…歩夢君でいいか。」
「えっ…」
風丘が謝っている。そう歩夢が認識したときには、抱き寄せられ、頭を撫でられていた。
「証拠はなくても、何となく感じるところはあったんだ。
新入生歓迎会が終わったくらいの時から、歩夢君の様子がおかしいのは。
新入生歓迎会が終わったくらいの時から、歩夢君の様子がおかしいのは。
でもその原因が虐めだとは…分かることが出来なくて。
無理矢理聞き出すことも、多少強引な手を使って探ることも考えなかったわけじゃない。
だけど、それで…それで、歩夢君の心を傷つけるのが怖かった。
もしそうなっちゃったら、どうしよう、って…」
もしそうなっちゃったら、どうしよう、って…」
「先生…」
「だから…俺はずるい手を使った。あんな唐突に、あからさまな約束をして。
気付いてるよってサイン、歩夢君に伝えて。
後は歩夢君から言ってもらえるように仕向けた。」
後は歩夢君から言ってもらえるように仕向けた。」
「はい…」
「でも、そこから俺はろくに何もしてなくて。
結局、惣一君たちが強引に事を起こすまで、動かなかった。
結局、惣一君たちが強引に事を起こすまで、動かなかった。
こんなに…こんなに歩夢君が追い詰められるまで一人で戦わせちゃった…」
風丘は話す間、歩夢の頭をずっと撫で続けている。
その手つきは、壊れ物に触るかのように優しく、優しすぎるもので。
「ごめんね…歩夢君…」
「先生、そんな…ずるいです…」
歩夢は風丘の腕に手を置いて、風丘を自身から離し、風丘の目を見つめる。
「先生が何度も差し伸べてくれた手を払い除けたのは俺です。
先生、俺…ちゃんと気付いてました。
言葉であからさまにサインをくれたのは確かにあの放課後の時だけだったけど、
言葉であからさまにサインをくれたのは確かにあの放課後の時だけだったけど、
普段より俺に話しかけてくる回数増えたし、授業中もしょっちゅう目が合うようになったし…
気付いてて、無視しました。
気付いてて、無視しました。
俺の意志で、先生を拒絶して、先生との約束も破って…
悪いのは、俺で、先生は悪くないのに、なのに、先生に謝られたらっ…」
どうすればいいか、分からなくなります…と、俯く歩夢。
どうすればいいか、分からなくなります…と、俯く歩夢。
そんな歩夢の頭をまた優しい手つきで触れる、まだどことなく浮かない顔の風丘に、
歩夢は顔を上げて微笑んで言う。
歩夢は顔を上げて微笑んで言う。
「…先生らしくないですよ。俺のこと、叱らなくていいんですか。
嘘ついたらお仕置き…なんでしょう?」
「歩夢くん…ふぅ、君って子は。」
微笑む歩夢を見て、風丘は一瞬目を丸くすると、息をついて、少し表情を和らげる。
そして、歩夢に語りかけた。
そして、歩夢に語りかけた。
「…これからお仕置きする内容は、担任である俺が気付くことが出来なかった、助けることができなかった、
そういうことを全部棚上げすることだから…
だから、ああは言ったものの、本当にするべきか…」
まだ迷っている様子の風丘に、歩夢は迫るようにして言い募る。
まだ迷っている様子の風丘に、歩夢は迫るようにして言い募る。
「だから、それは、先生悪くないですし、今、先生謝ってくれましたし。
棚上げじゃないです。だから…」
「…いいんだね?」
「…はい。」
「分かったよ、宮倉。」
「あ…わぁっ」
呼び名が戻った…と歩夢が思った刹那、体が浮いた。
腰の辺りを持ち上げられ、ソファに深く腰掛けた風丘の両足の間に膝立ちの状態にさせられる。
「でも、宮倉、こんな時まで委員長っぽく振る舞わなくていいんだよ。
怖いときは怖い、嫌なときは嫌って言っていいんだから。」
「っ・・・」
「クスッ まぁ、そんなこと言われても一度始めたらやめないけど。」
「え・・・うわぁっ」
何か怖いことを言われた気がした瞬間、今度は背中に手を回され、引き寄せられる。
「な、何・・・」
「普通は大体皆お膝の上とかだけど、宮倉今お腹とか胸とか怪我してるしね。
こっちの方が辛くないかと思って。」
「え、ちょっ・・・」
その体勢は、向かい合って抱きしめられているような形。
そんな体勢に気恥ずかしさを感じる間もなく、今度は器用に履いている物を下ろされる。
「せ、せんせいっ・・・」
「んー? ダメ、下ろすよ。この体勢ならお膝の上より痛くないしね。」
風丘に抱きすくめられる形で、お尻を出されて。
冷静に自分の立たされている状況が分かってきてしまった瞬間、歩夢は恥ずかしさに耐えきれず訴える。
「せ、せんせいこれっ・・・子供みたいで・・・恥ずかしい・・・」
「大丈夫。すぐにそんなこと言ってられなくなるから。」
「え・・・」
何が大丈夫なのか、それを聞けることはなかった。
バシィンッ
「いっ・・・!」
バチィィィンッ
「いっ・・・いたいっ・・・」
唐突に始まったお仕置きに、驚きと痛みで思わず歩夢の身体が跳ねる。
そんな歩夢にクスッと笑って、事も無げに風丘は言う。
「お仕置きだからね。痛いのは当たり前だよ。我慢ね。」
バチィィィンッ
「うっあ!」
バシィィンッ
「ひっ・・・!」
予想外に痛い。
風丘から与えられる痛みに、歩夢は必死だった。
実際には惣一や仁絵に与えられた平手からしたら、体勢の悪さも相まってそこまでの威力ではないのだが、
叩かれ慣れていない・・・というかおそらく初であろう歩夢にとっては十分だった。
バチィィィィンッ
「いったぁぃっ!」
クリーンヒットした平手に思わず暴れそうになる。
でもそれはダメだと無意識で思ったのか、歩夢は代わりに風丘の首に腕を回して自分から抱きついた。
その頃合いで、風丘が口を開く。
「宮倉、どうしてお仕置きされてるか分かる?」
バシィィンッ
「あぁぁっ 先生との約束・・・破ったからっ・・・」
バチィィンッ
「いたぁぁぃっ・・・っ・・・」
「そう。俺に全部黙ってて。」
バチィィンッ
「うぅっ」
「すっごく心配した。」
バチィィィンッ
「ひぃっ・・・し、んぱい・・・?」
「そう、心配。聞いて、宮倉。」
抱きついているおかげで、歩夢の耳元のすぐそばに口を寄せて、風丘は優しく語りかける。
「宮倉は、確かにずーっと俺のクラスの委員長をやってくれてるし、
それが板についてるから皆も宮倉のこと委員長って呼ぶね。まぁ、ニックネームはもっと前からみたいだけど。」
それが板についてるから皆も宮倉のこと委員長って呼ぶね。まぁ、ニックネームはもっと前からみたいだけど。」
「は、はい・・・」
「でも、それは所詮肩書きの一つだよ。宮倉の全てじゃない。」
「っ・・・」
「必要以上に、委員長なんだからしっかりしなくちゃ、とかクラスを守らなきゃ、とか気負い過ぎなくていいんだよ。
弱音を吐いたっていいし、息抜きだって当然したっていい。それはクラスの子全員に言えることだよ。だからもちろん宮倉も。
宮倉は委員長である前に、俺の受け持つ生徒でしょ?」
「せん・・・せい・・・」
「それを受け止めるのが俺の役目。担任の存在意義。
それをさせてくれないんだったら、俺がいなくても宮倉がいればいいことになっちゃうじゃない。」
「そ、そんなことっ」
「フフッ それは冗談。でも、だからね、宮倉。」
「せ、せんせい・・・」
「辛いとか怖いとかもう嫌だ、とかそう言って助けを求めることは、全然迷惑なんかじゃないんだよ。」
「!! い、嫌です、先生・・・」
まるで自分の心を見透かされたような風丘の言葉に、歩夢が目を見開く。
風丘の言葉が、自分の中に入り込んでくるような感覚がする。
「むしろそれをしてくれなくて、何も言ってくれなくて、心配させられる方がよっぽど心臓に悪い。」
パチィンッ
「んんっ・・・せん・・・せ・・・」
軽い平手がお尻に弾けて、痛みに眉を顰める歩夢を、風丘は優しく抱きしめて語りかける。
「いつも宮倉がクラスのお世話して、クラスを守って、
皆の力になってクラスを前進させてくれてるのはよーく知ってるよ。・・・ありがとう。」
皆の力になってクラスを前進させてくれてるのはよーく知ってるよ。・・・ありがとう。」
「あっ・・・あ・・・」
「だから・・・ね、宮倉。たまには俺に・・・
お世話させて、守らせて・・・宮倉の力にならせて欲しいな。」
お世話させて、守らせて・・・宮倉の力にならせて欲しいな。」
優しい、包み込むような風丘の言葉。
その言葉を掛けられた瞬間、もう、無理だった。
「!!! ふっ・・・ぇ・・・せんせい・・・嫌です・・・こんな・・・こんな時にそんな優しくされたら・・・」
今まで感情を押しとどめ続けていた堰は、限界だった。
「せっかく・・・せっかく今までっ・・・人前で泣かないできたのにっ・・・」
「うん・・・」
「だって、だって、っく・・・
泣いたら、相手を困らせるし、俺はっ・・・ぇっ・・・泣くような、キャラじゃ、ないしっ・・・」
泣いたら、相手を困らせるし、俺はっ・・・ぇっ・・・泣くような、キャラじゃ、ないしっ・・・」
「キャラとか何とかそんなの関係ないでしょう。宮倉は宮倉。
クラスをまとめてくれてるしっかり者なのも宮倉。
クラスをまとめてくれてるしっかり者なのも宮倉。
今こうやって、俺に抱っこされながら子供みたいにお仕置きされてるのも宮倉。
そうでしょう?」
「っ・・・ふぇっ・・・」
「自分の中で自分像を造りすぎないんだよ、宮倉。
委員長なんだからいつもしっかりしてなきゃいけない、
委員長なんだからいつもしっかりしてなきゃいけない、
そんなこと誰も・・・俺も、クラスメイトも絶対思ってない。」
「せんせいぃっ・・・」
風丘の言葉が優しく、でも有無を言わさず、歩夢の心を揺さぶる。
風丘の言葉が優しく、でも有無を言わさず、歩夢の心を揺さぶる。
「一人で頑張りすぎないんだよ。俺や皆がいるんだから。」
もう、ダメだった。
「ふぇ・・・ぇっ・・・ふぇぇぇぇぇっ」
涙腺が決壊する。
涙が止めどなくあふれ出す。
涙が止めどなくあふれ出す。
押さえに押さえ込んでいた感情は、流れ出したら止まらない。
「俺、本当はあの時言いたくてっ・・・放課後っ・・・先生が助けてくれるって・・・でも言えなくてっ・・・
先生に素直に言うことも出来なくなってるって思ったら自分で自分に絶望してっ・・・」
先生に素直に言うことも出来なくなってるって思ったら自分で自分に絶望してっ・・・」
「うん・・・うん・・・」
泣きながら感情を吐露する歩夢に、風丘は静かに相づちを打つ。
泣きながら感情を吐露する歩夢に、風丘は静かに相づちを打つ。
「辛かったっ・・・殴られるのもそうだけどっ・・・
持ち物盗られたり壊されたりするのもそうだけどっ・・・
持ち物盗られたり壊されたりするのもそうだけどっ・・・
レポート切り刻まれてひどい言葉書かれたり、
それに・・・クラス皆で作った装飾まで壊されたって分かって・・・
それに・・・クラス皆で作った装飾まで壊されたって分かって・・・
もう心がぐちゃぐちゃでぇっ・・・」
「うん・・・うん・・・」
「耐えられなくて、殴り返してやろうかと思った時もあったけど、
そんな感情を持つ自分がまた嫌になって、もうよく分かんなくてっ・・・
惣一や仁絵が助けようとしてくれたのに、ムキになっちゃうし、自分で自分がもう、分かんなくてっ・・・」
そんな感情を持つ自分がまた嫌になって、もうよく分かんなくてっ・・・
惣一や仁絵が助けようとしてくれたのに、ムキになっちゃうし、自分で自分がもう、分かんなくてっ・・・」
「惣一君たちは今でも歩夢君のこと思ってるよ。大丈夫。」
優しい風丘の声かけに、歩夢はますます子どものように泣きじゃくる。
優しい風丘の声かけに、歩夢はますます子どものように泣きじゃくる。
「ふっ・・・うぇぇっ・・・助けてって・・・言いたかった、惣一に、仁絵に、皆に、先生にっ・・・助けてって・・・言いたかったよぉっ・・・」
「うん・・・ごめんね、もっと早く言わせてあげられるように俺が・・・」
「違う! 違うよ、俺が、言えなかったっ・・・
先生ごめんなさい、約束守れなくてっ・・・助けてって言えなくてっ・・・ごめんなさいっ・・・」
先生ごめんなさい、約束守れなくてっ・・・助けてって言えなくてっ・・・ごめんなさいっ・・・」
風丘の言葉を遮って、必死で謝ってくる歩夢に、風丘は何とも言えなくなって更に強く抱きしめる。
「うん、ちゃんとごめんなさい言えたね、偉いね、宮倉は。」
「ふぇっ・・・せんせっ・・・」
「もう宮倉いい子になれたから・・・最後に一発。これでお仕置きおしまいね。」
「はいっ・・・」
「いくよ。」
バチィィィンッ
「んんんんっ~~~」
「はい、おしまいっ 頑張りましたっ」
「ふぇっ・・・わぁぁぁんっ!」
「・・・あの・・・すみませんでした、あんな、泣きじゃくって抱きついて・・・」
「クスクスッ ほら、また。そんなに気にしないの。別に悪いことじゃないでしょう。」
あの後、しばらく泣きに泣いた歩夢は、
ある瞬間ふと我に返ったのか、慌てて服を戻し、気まずそうに風丘に頭を下げた。
ある瞬間ふと我に返ったのか、慌てて服を戻し、気まずそうに風丘に頭を下げた。
そんな相変わらずの歩夢に風丘は苦笑して、顔を上げさせて頭を撫でる。
「先生、また・・・今日はずっと子供扱いですね。」
「フフッ 歩夢君も、惣一君たちと変わらない子どもだよ。」
「ええ・・・惣一と変わらないなんてショックです。」
微妙な顔をする歩夢に、風丘は吹き出した。
「クスッ・・・今日はお疲れ様。お家に帰ってゆっくり休んでね。」
「はい。・・・ありがとうございました!」
泣き腫らした目はさすがに元に戻らなかったが、歩夢は晴れやかな笑顔で風丘の部屋を後にした。
翌日、学校では高藤は病気休養ということになっており、
結局戻らぬまま、1週間後、「療養施設の近いところに引っ越す」という名目で転校していった。
結局戻らぬまま、1週間後、「療養施設の近いところに引っ越す」という名目で転校していった。
いじめのことを公表しないで欲しいというPTA役員だった高藤の母の必死の願いを、歩夢が聞き入れて実現した形だった。
結局、歩夢が頑なにどこにも漏らさなかったおかげで、感づいた惣一たち5人と教師陣以外は真相を知ることがなくなった。
この幕引きに、惣一やつばめは最初納得していなかったが、
風丘が「そういう前歴がある子だって転校先の教師陣には伝えるよ」と、どうにか窘められていた。
風丘が「そういう前歴がある子だって転校先の教師陣には伝えるよ」と、どうにか窘められていた。
また、職員室では、調書を取るための「病気休養」1週間で、高藤がどんどん意気消沈していき、
ほぼ毎日とある教師に死ぬほど後悔の念を述べ、もう許してください、と懇願していたらしい、という噂が立ったが、
そもそもこの虐めの一連の事件が内密事項であったためそれ以上深掘りされることはなかったという。
そもそもこの虐めの一連の事件が内密事項であったためそれ以上深掘りされることはなかったという。
一方歩夢は、相も変わらず委員長業を全うしているが、
たまに学級会が上手くいかなかったと風丘に愚痴を言ったり、風丘を茶化すような発言をしたり、と、今までにはなかった一面を見せるようになったそうである。
たまに学級会が上手くいかなかったと風丘に愚痴を言ったり、風丘を茶化すような発言をしたり、と、今までにはなかった一面を見せるようになったそうである。
「委員長・・・なんか変わったな。」
「えー、そう? そんなことないよ。・・・俺は俺だよっ」