「・・・これはどういう騒ぎかな?」

「「「「「「!」」」」」」

皆が一斉に声の方を見ると、
そこにはいつもより険しい顔をした風丘と、その傍らにしゅんと俯く洲矢が立っていた。
洲矢は浮かない顔のまま、夜須斗やつばめの元に歩み寄る。

「みんなごめんね・・・上手くできなかった・・・」

洲矢は、職員会議が終わってもすぐに風丘に見つからないように、風丘を引き留める役目のはずだった。
しかし、洲矢の言葉から察するにそれは上手くいかなかったようだ。
夜須斗がポンと洲矢の肩を叩く。

「洲矢、気にしなくていいよ。何か問い詰められたりした? 
職員会議もなんか終わるの早いし・・・」

夜須斗の問いかけに、洲矢は首を横に振る。

「ううん・・・違うの、あのね、風丘先生、今日・・・」

「今日の予定してた職員会議は急遽中止だったよ。」

洲矢の説明を遮るように、風丘がきっぱりとそう言った。

「え? 中止ってなんで・・・」

「さぁ・・・どうしてだろうねぇ? 高藤君。」

「え?」

問いかける夜須斗をすり抜けて、風丘が歩み寄ったのは未だ床に座り込んでいる高藤だった。
その風丘の異様な雰囲気に夜須斗が目を見開くが、
話しかけられた高藤はその異様さに気がつかないのか、いつもの調子であろう事か風丘に食ってかかった。

「はぁ? 知りませんよ。
それより風丘先生。貴方のクラスの問題児5人組。どうにかしてくれませんか?
先ほど僕に謂われのない暴力を散々振るってきたんですが?…そうだろう、宮倉?」

「っ!!!」

突然水を向けられ、歩夢は息をのんで硬直した。

「お、おいっ」
「委員長!」

「ぁ・・・は・・・」

固まる歩夢に、惣一と仁絵が呼びかける。
が、歩夢はまた拳をぎゅっと握りしめ、口を開いた瞬間だった。

「ふーん? そうなの?」

「えっ・・・」

歩夢が「はい」と言いそうになったのを、わざと遮るように自分に問いかけてきた風丘に、歩夢が目を丸くする。
そして、歩夢が口を差し挟む余裕なく風丘が話し始めた。

「確かに、今の高藤君の乱れて汚れた制服とかを見ても、
俺がここに入ってきた時に惣一君はじめうちのクラスの子たちが皆立ってる中、高藤君が座り込んでいた状況を見ても、
暴力行為があったかも、っていう想像はつくね。」

「風丘!」

風丘の言葉につばめが声を上げるが、風丘は構わず続けた。

「だからそのことが事実かどうかは俺があとで皆に聞いて、本当だったらそれはちゃんと叱らないとね。」

「風丘ぁっ」

惣一の訴えも、風丘は受け流した。
風丘の答えに、高藤ははぁっとため息をついて、やれやれ、と上から目線で言った。

「お願いしますよ、先生。貴方がこいつらを甘やかすから・・・」

しかし、高藤はその嫌みな言葉を最後まで言わせてはもらえなかった。

「だけど」

風丘がもう一歩高藤に近づいて言った。

「『謂われのない』っていうのはどうだろうね?」

「なっ・・・ど、どういう意味ですか!? 
僕に、この問題児どもに暴力を振るわれる理由があるとでも!?」

高藤が噛みつくと、風丘が、5人が恐れる目の笑っていない笑みを高藤に向けて言った。

「クスッ なんだ、分かってるんじゃない。」

「はぁっ!? っ・・・教師が生徒を侮辱していいと思ってっ・・・」

顔を真っ赤にする高藤に、風丘は全く動じず涼しい顔で言った。

「侮辱じゃない。事実でしょう。確かに暴力はいけないことだけど。
高藤君、君には惣一君たちに暴力を振るわれる、心当たりがあるはずだよ。」

「心当たり・・・なんてっ・・・」

冷静な目で射貫かれ、高藤が狼狽える。
そんな様子を見て、洲矢が先ほど言おうとしたことを改めて夜須斗たちに伝えた。

「風丘先生、今日、なんか委員長が高藤君に嫌がらせされてるってことで話してたみたいで・・・」

「え?」


洲矢の言葉を夜須斗が聞き返そうとする中、不意に風丘が対峙していた高藤に背を向けた。

「・・・高藤君。お迎えが来たよ。」

「!!」

風丘が目を向けた屋上の出入り口に立っていたのは、金橋だった。
金橋は、いつも以上に厳しい顔をしている。

「高藤君。一緒に生徒指導室に来なさい。地田先生や村山先生もお待ちよ。」

「なっ!!・・・ぅ・・・」

金橋の登場とその一言で高藤は全てを悟ったか、
顔を蒼白にして俯くと、よろよろと屋上を出て行った。



高藤が出て行った屋上では、沈黙が流れる中、
風丘はフェンスにもたれ掛かってへたり込んでいる歩夢の元に近づいた。

「先生・・・俺・・・」

風丘を見上げる歩夢の瞳から複雑な心境が滲むのを感じ取って、
風丘は柔らかく微笑み、歩夢の頭を撫でた。

「そんな顔しないの。話は後、後っ」

「ん・・・はい。」

優しい風丘の手に、歩夢の表情にも少し笑顔が戻った。

そんな二人の様子を遠目に見ていたが、少し落ち着いてきたのを見計らって夜須斗が声を掛けた。

「ねぇ、金橋や地田もって、学年全体で動いてるってことはもう確定事項なんだ。

何で? まだ証拠も証言の聞き取りもやってないと思うけど・・・」

「あぁ、それは・・・」

夜須斗の問いかけに風丘が答える前に、今度は全く予想外の人間が屋上に入ってきた。

「おーい葉月。もういーか?」

「はぁっ!? 須王!?」

「んだよ、あからさまに嫌な顔すんなぁ」

突然現れた須王に声を上げ顔をしかめた仁絵に、須王が全くよー、と肩をすくめる。

「ど、どちら様・・・?」

歩夢が夜須斗に問いかけると、夜須斗はやれやれ、と苦笑いで答える。

「仁絵が何度もお世話になってる少年課の刑事さん。」

「なってねぇ!」

「なってんだろーが。今日もてめー絡みだよ女王サマ。
ま、そのおかげでそいつ・・・歩夢だっけ?が、嫌がらせ受けてるってことの確定を葉月に報告出来たんだけどな。」

「・・・どういうこと?」

須王の説明について行けず、夜須斗が怪訝な顔をして問うと、須王は更に説明を続けた。

「お前もだけどな、夜須斗。
仁絵と夜須斗、お前ら、昨日路地裏で不良二人に絡んだろ?」

須王の問いかけに、仁絵は片眉を上げ、夜須斗は目を丸くして反応する。

「あぁ?」
「え? 何で知って・・・」

二人の疑問に、須王はさも可笑しそうに答えた。

「今日になって、その不良どもが少年課に言ってきたんだよ。
『女王を怒らせちまった、助けてくれ』ってな。」

「えー・・・」
「あのクズども・・・小物だとは思ったけどそこまで根性なしかよ・・・」

呆れかえる二人に、須王も吹き出して言う。

「プッ、『根性なし』か、確かにそうかもな。相当びびってたぜ。お前に肩外された奴は特にな。」

「んだよ肩外したくらいで・・・骨折ったならまだしも・・・」

「おーおー吠えろ吠えろ。何言ったって葉月のお叱り受けんのは俺じゃねーからな。」

「なっっ・・・てめぇぇっ」

須王にからかわれ、仁絵が須王に向かって思いっきり回し蹴りを食らわせる。
が、須王はひょぃっと事も無げにそれを避け、更に仁絵をからかった。

「おっと! はづきせんせー! 仁絵君が暴力振るいまーす! 
みっちり叱ってやってくださーい!」

「須王・・・」

「もう・・・勝輝、茶化さないの。」

怒りに震える仁絵に、風丘が見かねて勝輝を窘めると、
勝輝は「ハハッ、悪ぃ悪ぃ」と悪びれもせずに言った。

「ま、そんなわけでその根性なしのガキ共が出頭してきたもんだから、
芋づる式にそこの歩夢とさっき連れてかれた高藤ってメガネの奴絡みのいろんな事実が出てきたってわけよ。
はい、説明終わり! んじゃ葉月、俺は帰るぜー 後は校内で片付けてくれよ。」

「うん、ご苦労様、勝輝。」

須王は言うだけ言うと、手をひらひら振りながらさっさと屋上を出て行ってしまった。
再び訪れた静寂を破ったのは、いつの間にかいつもの調子に戻った風丘だった。

「さて」

手をパンッと打ち鳴らしニッコリスマイル。
だがしかしその目は・・・

「ゲッ・・・か、風丘・・・」

笑っていない。

「分かってるよね? み・ん・な!」

風丘の笑顔に気圧されつつ、素直にハイとは言えない惣一が反論した。

「な、何でだよ! 今回悪いのはあのやろーだろ!! 俺たちは悪くない!」

その惣一の反論に、風丘はあっさり頷いた。

「うん。高藤君が一番、圧倒的に悪い。でもね」

風丘は惣一の目を見て言った。

「だからって彼に暴力を振るっていいっていう理論は成り立たないよね?」

「っ・・・あんな奴殴られて当然だっ」

「・・・まぁ、いつもほど厳しくはしないけどね。皆の友達想いの末の結果だから。
だけど、それはそれ、これはこれ。」

「う~~~~っ」

納得いかない、と唸る惣一に苦笑しながら、風丘は皆を呼んだ。

「はいはい、それじゃ、新堂、吉野、太刀川、佐土原、柳宮寺」

「名字」で呼ばれ、5人が5人顔を顰める。
名字で呼ばれたということはこの後確実に嫌な時間が待っているということだ。
しかしそんな5人の耳に、予想外の言葉が飛び込んできた。

「それから、宮倉。」

「「「「「!!!???」」」」」

「皆、行くよ。」

歩夢も「名字で」呼ばれている。
風丘は5人以外もクラスの生徒は皆名前で呼ぶ。歩夢も例外ではなく、平常時は「歩夢くん」と呼ばれている。
が、今は名字呼び。普段からの呼び名をここでたまたま間違えるなんてそんなことあるはずがない。つまりそれは・・・

「えっ・・・先生!」

洲矢が珍しく声をあげると、つばめも続いた。

「な、なんでよ、委員長、今回被害者だよっ!?」

「なんでかは」

風丘は穏やかに、でもきっぱりとした態度で答えた。

「宮倉自身がよく分かってると思うよ。」

「・・・はい、先生。」

風丘にそう振られ、歩夢はゆっくり頷いた。
歩夢自身にそう納得した態度を取られれば、なかなかこれ以上反論できない。
ぐっと黙り込んでしまったつばめだが、それに変わって今度は仁絵が食い下がった。

「・・・委員長、怪我人なんだけど。」

歩夢を庇うようにして立ち、睨み付けてくる仁絵の姿に風丘は緩く微笑むが、それでも譲らない。

「うん、知ってるよ。だから宮倉は部屋直行じゃない。
・・・まぁ、とりあえず、皆ここから出ようか。」

そう言って、風丘がスタスタと先頭を切って歩いていく。それに続くのは歩夢。
残された5人も、仕方なく続いた。



そして、風丘が歩いていく方向は確かに風丘の部屋ではなかった。
着いた先は・・・

「おー、待ってたでぇ」

「なんでこいつ・・・」

「なんでこいつとはなんや夜須斗!」

「今日は雨澤先生早帰りだから。俺が光矢を呼んでおいたんだ。」

あからさまに嫌そうな顔をする夜須斗と噛みつく雲居に、
風丘が説明すると、脇に控えていた歩夢の肩を押して雲居の前に進ませた。

「お、お前が歩夢やな。それじゃ、ちょっと体診させてもらうで。」

「あ・・・大丈夫です、って言っても・・・ダメです、よね。」

歩夢が雲居の顔色を窺うようにそろっとそう言うと、雲居は満面の笑みで返した。

「もちろん、あかんに決まってるやろ(ニッコリ)」

「アハハ・・・(汗) よろしくお願いします。」

歩夢の諦めた様子を認めると、クスッと笑って風丘が雲居に言った。

「じゃあ光矢、終わったら結果内線で連絡して。で、その後宮倉は俺の部屋に来てね。それと・・・柳宮寺。」

「・・・なんだよ」

突然話を振られ、仁絵が怪訝な顔をする。

「宮倉に付き添ってここに残って。」

「え? 何で俺・・・」

「何となく? フフッ 皆の中でも特に心配そうにしてたから。」

「べ、別にっ・・・」

風丘の言葉に顔を赤らめる仁絵に構わず、風丘は続けた。

「でも、ちゃんと宮倉と一緒に部屋に来るんだよ。柳宮寺に話したいこともいっぱいあるんだから。
・・・まぁ、宮倉と一緒なら逃げないと思うけど。」

「に、っ・・・逃げねぇよ!!」

風丘にちょっとからかい調子で言われ、仁絵は更に声を上げた。

「よし、じゃあお願いね。
さぁ、残りの4人はお部屋行くよー」

風丘はそう言って仁絵に再度微笑みかけると、踵を返して自分の後ろにいた4人を部屋の方向へ追い立てた。
保健室から遠ざかっていく間にも、惣一の「ぜってぇおかしい!」やらつばめの「納得できない!!」という抗議の声が上がっていたが、
廊下の角を曲がり、階段を昇ったのか、次第に声は小さくなっていった。



「さってと・・・」

保健室に残った歩夢と仁絵の顔を見て、雲居がパンと手を叩く。

「それじゃ、歩夢はこっち来ぃ。で、仁絵はここで待機な。」

「おぅ。」

歩夢は雲居に促され、パーテーションで仕切られ、個室の様になった裏に入っていった。

仁絵は一人残され、パーテーションの為何も見えないのだが、声だけが聞こえてくる状況になった。

「ほんなら、上脱いでみ。・・・んー、結構痣ひどいな・・・」

雲居の診察する声と、怪我した部分を触られてやはり痛いのか時折歩夢が小さく呻く声が聞こえる。

「ん。まぁ、骨には異常なしやな。
青あざにはなってるけど、腫れも大分ひいてきてるし、寝る前とかに温めるくらいの手当でええやろ。」

雲居のこの診察に、仁絵もホッと胸をなで下ろす。
腹部や背中など、見た目はそれはひどいものだったが、幸いにも痣以上の怪我にはならなかったらしい。

「で、次なんやけど・・・」

「え゛っ!?」

「?」

突然、歩夢が驚きの声を上げたのが聞こえた。
その前の雲居の指示も何故か突然小声でされたようで、聞き取れなかった仁絵は首を傾げる。
が、そんな仁絵の状況は知ったことではない二人のやり取りは続く。

「え、それは・・・」

「しゃーないんや、我慢しぃ。これも含めてはーくんに報告せなあかんねん。」

「あの、そっちは、あんまり、蹴られたりとかしてないんで・・・」

「せやから、それを俺が診て確かめる、言うてるやろ。この調子じゃこの先思いやられるで?」

「うっ・・・はい・・・」

「・・・おぉ、確かに無傷やな。ま、ここ集中的に狙う奴もそないおらへんか。
よっしゃ、もうええで。服整えたら出ぇ。」

「はい。あ、ありがとうございました・・・。」

その歩夢のお礼の言葉が聞こえてから少しして、歩夢がパーテーションの奥から出てきた。

「・・・委員長、何されてたんだよ。」

「えーっと・・・」

困った様子の歩夢に、雲居が助け船にもならない乱暴なフォローを入れる。

「診察や診察! 
っていうか仁絵、たち悪いところで察し悪いなぁ、こういう時こそ察してやりや。」

「はぁ?」
「アハハ・・・」

雲居は言うだけ言うと、内線の受話器を持って電話をかけ出した。電話先はもちろん風丘だ。

「おー、はーくん、今大丈夫か? お、ちょうど終わったところかいな。お疲れ。
あぁ、問題はなかったで。やっても平気や。ただ、胸や腹のあたりは・・・あぁ、そうや。せやな、そうしてやり。
おぅ、んじゃ、二人送り出すでー ん、そいじゃ。」

「・・・」

雲居は電話を切ると、二人に向き直った。

「・・・と、いうわけで二人とも、はーくんの部屋行きや。連絡済みや。」



「・・・」
「・・・」

保健室を追い出され、廊下をゆっくり歩く二人の足取りは、非常に重い。

先ほどの雲居の内線で、歩夢がどう診察されていたのか察してしまった仁絵は、重い口を開いて歩夢に謝った。

「あー、悪ぃ、委員長・・・無神経に聞いて。」

「え、あ、ううん! そんなことないよ、平気!」

その会話だけでまたしばらく沈黙が続く。
そんな中、不意に歩夢が切り出した。

「ねぇ、仁絵。」

「ん?」

「…風丘先生のお仕置き・・・お尻叩かれるのって、痛い?」

「え゛っ!? はっ!? あっ・・・」

唐突な歩夢のストレートな問いに、仁絵は素っ頓狂な声をあげる。
しかし、痛いか、痛くないかと問われれば・・・

「と、時と場合によるってか、なんていうか・・・」

正直毎回相当痛いのだが、今この状況でそんなことを言うのは空気が読めなさすぎている。
しかし、痛くない、なんてそんなあからさまな嘘を吐くのも…
珍しくモゴモゴする仁絵に、歩夢が仁絵の顔をのぞき込むようにして聞き返す。

「んー?」

歩夢に再度聞かれ、仁絵は観念して答えた。

「痛くない、とは・・・言え・・・ない・・・」

仁絵のこの答えに、歩夢はふぅ、と息をついた。

「・・・そっか。そうだよね。皆されたっぽい時の後とか痛そうだし。」

「え゛っ」

狼狽える仁絵に、歩夢はクスッと少し表情を和らげて言った。

「仁絵や夜須斗はあんまりわかんないけど。惣一やつばめは分かりやすくって。
あぁ、でも、仁絵は転校してきた次の日とかはすごい分かりやすかったよ。」

「ハハハ・・・(苦笑)」

記憶から抹消したい出来事ナンバー1の話を持ち出され、仁絵が苦笑いする。
そしてまた少し間が空くと、仁絵は思い切って切り出した。

「・・・なんでお前までされることになってんだよ。明らか被害者じゃん。」

「・・・うん。それは・・・」

仁絵の問いに、歩夢が口を開く。

「俺、先生と約束してたからさ。
新入生歓迎会終わってちょっと経った時に、放課後、教室で先生と二人になって、
『もし何か困ったことがあったり、自分一人じゃきつくなったりした時は、必ず風丘先生に言うこと』って約束した。
・・・で、思いっきり破っちゃった。その約束。」

「あー・・・それは・・・」

歩夢の説明を聞きながら、もしかしたら、それは結構お仕置き厳しくなるかもしれない、と
ありがたくない経験上そんな気がしたが、
そんなこと言われたって言われた方はどうしようもないし全く嬉しくもない話だということも十分分かっているので、
仁絵はその考えを飲み込み、別のことを話した。

「つーかさ、そんな約束させられた時点で、感づかれてるって思わなかったのかよ。」

突然そんな約束させられるなんて不自然さを、歩夢が何とも思わなかったはずがない。
仁絵は不思議に思ってそう歩夢に尋ねた。

「思ったよー でも何とかなる、っていうか・・・シラ切り通せるかなって思っちゃった。」

アハハ、と乾いた笑いをする歩夢に、仁絵はため息をついて言った。

「・・・それは風丘舐めすぎだ。」

「・・・そうだったみたいだね。」

仁絵に突っ込まれ、歩夢は俯いてそう答えた。

そんなこんなで、話しながらのろのろと歩いてはいても着いてしまった目的地。

「・・・」

仁絵がドアを前に一度ため息をついて、コンコンとノックをする。
終わったところだと雲居は言っていたが、万一のことがあっては困る。

「はーい、もう、二人とも遅いなぁ。牛歩戦術したってお仕置きは軽くならないよー?」

ドアを開けた風丘の後方、部屋の中には誰の姿も見えない。もう4人とも帰ったようだ。

「あの・・・」

「よし、じゃあ柳宮寺は部屋入って。宮倉は悪いけどもうちょっと部屋の外で待機ね。
10分か15分くらいしたら柳宮寺終わるから。」

「あ・・・はい・・・」

「よし。はい、柳宮寺はとっとと入る!」

「ってぇ! 無理矢理引っ張んなよ!」

風丘は仁絵の腕を引いて部屋の中に入れて、ドアを閉めてしまった。

一人残された歩夢は、不安と、
初めてで誰かと一緒にされなくて良かったという安堵が入り交じる複雑な気持ちを抱えながら、ドアの前に立ちつくすのだった。