あの後、仁絵と夜須斗は寄るところがあるから、と途中で惣一たちと別れた。
惣一とつばめは不満そうだったが、
仁絵の雰囲気から何かを察した洲矢がどうにか宥め賺してくれたおかげで何とかなった。
二人で連れ立って歩きながら、仁絵が惣一たちに「明日する」と言った一連の説明を聞いて、夜須斗は眉間に皺を寄せた。
「…確かに筋は通ってるし、いかにもありそうなことだけどさ。
ほんとだとしたらめちゃくちゃ気分悪いんだけど。」
「多少物証は出てきたけど、誰がやったって証明する証拠はねぇし、ほとんど俺の想像だ。
けど、マジだとしたら一刻も早くあいつに話聞くべきだな。
何でだか知らねぇけど、あの様子じゃ隠そうとしてるしよ。」
「そこ疑問なんだけど、何で話さないわけ? フツーに被害者じゃん。」
「さぁな。だからそれを含めて・・・あれ、まだ帰ってねーじゃん。」
議論しながら歩いていた二人は、目的の人物の姿を捉えた。
それは、帰路に着く途中の歩夢である。
歩夢と話をしたい、という仁絵に、夜須斗が歩夢の自宅まで案内していたのだ。
しかし、何故か学校を先に出た歩夢が家に着く前に追いついた。
「どっか寄り道したのかな。俺たちよりだいぶ先に学校出てたのに・・・って、あれ?
そっち家じゃないけど・・・」
前を行く歩夢が、歩夢の家のあるはずの方向と別の道を曲がっていった。
「そっちは細い路地しか・・・」
夜須斗が不思議そうにそう呟いたのを聞いて、仁絵が「まさか・・・っ」と息をのんだ。
「ちょ、ちょっと仁絵!?」
そして歩夢が進んだであろう道を突然走り出した。それを見て驚いた様子で夜須斗もその後を追う。
そして、突き当たりの角を曲がった先で、二人が目にした光景は・・・
「ケホッコホッ」
「ヘヘッ・・・逃げねぇで毎回ちゃんと殴られに来るあたり根性ある奴だとは思うけど、
所詮優等生のお坊ちゃんだなー」
ドゴッ
「うっ・・・」
「ケケッ おい、顔は殴んなよー?
体操服着て隠れねぇところはすんなって言われてんだからよぉ」
「わーってるよ、次は背中いくぜぇ!」
「ひゃー、鬼畜だねぇ、背中ってつい先週痛めつけたばっかりだろぉ?」
歩夢が、見ず知らずの不良二人に殴られ、蹴られているところだった。
それを認識した瞬間、仁絵が駆け出す。
「てめぇら何してるっ・・・!」
「あぁ?・・・・・うぁぁっ」
ダンッ
「お、おい! やめろぉぉ!!」
不良たちが意識を向けるよりも早く、
仁絵は歩夢の背中を蹴りつけようとしていた方の不良に飛びかかって歩夢から引き離し、
腕を背中側にねじり上げてそのまま馬乗りになった。
「えっ・・・なっ・・・! 待って仁えっ・・・「黙って。」
「っ・・・」
仁絵に気づいた歩夢が声を上げるも、仁絵の後から追ってきた夜須斗に制止される。
「っ・・・てぇぇっ 離せぇっ どけぇっ」
「お、お前っ・・・女王っ・・・」
「ク・・・女王っ!?」
痛みと屈辱に暴れる不良をよそに、仁絵の正体に気づいたもう一人が怯えて後ずさる。
そしてその不良の言葉を聞いて、押さえつけられている不良も途端に青ざめる。
そんな二人を見て、仁絵は低い声で言った。
「安心しろよ。別に俺がてめーらボコすつもりはねーから。
俺の聞きたいことにてめーらがちゃんと答えればな。」
「ってててっ な、なんだよぉっ・・・」
「ボコすつもりはない」なんて言いながら、腕をねじり上げる力は徐々に増していっていて、痛みに不良は悲鳴を上げる。
が、仁絵は全く気にもせず続けた。
「てめーらがさっきまで一丁前に偉そうにボコしてた奴・・・
普通に考えててめーらみてぇな奴らと接点があるような奴じゃねぇ。
カツアゲに狙うカモでも、ケンカ吹っ掛けるタマでもねーだろ?」
そして仁絵は一気に殺気を強めて尋ねた。
「どーしてあいつをヤッてた。理由を答えろ。」
仁絵の発する痛いほどの殺気に、
拘束されている不良は愚か、されていない不良もその場にへたり込み、二人して「ヒッ」と声にならない悲鳴をあげた。
しかし、仁絵の問いには答えなかった。
「と、特に理由はねーよっ 気分だ、気分!」
不良がそう答えた次の瞬間
バキッ
「ぎゃぁぁぁぁぁっ」
鈍い音が響いた。
仁絵が不良のねじり上げていた方の肩の関節を外したのである。
「言ったろ? 『ちゃんと答えればボコさねぇ』ってよぉ。
・・・次、『ちゃんと』答えろよ? したらはめ直してやる。
けど今から3カウント以内に答えなかったら・・・今度はこの腕折るからな。」
「ひっ・・・」
「仁絵、待って・・・っ「委員長は今は黙ってる。」
「夜須斗っ・・・」
仁絵のやり方に歩夢が物申そうとするが、夜須斗に遮られてしまった。
「3・・・2・・・」
仁絵のカウントの声と共に、仁絵が不良の腕を握る力を更に徐々に強めていく。
そして不良はいよいよ耐えられない恐怖を感じたか、
「1・・・」
「金!! 金渡されて頼まれたからぁぁぁ!!」
そう絶叫した。
「!!!」
「へぇ? 誰にだよ。」
不良の絶叫を聞いて、仁絵はニヤリと笑うと、少し腕を拘束する力を弱めて続けて聞く。
「し、知らねぇ、名前は知らねぇっ・・・ただ金をっ・・・そいつの写真と通学路と金渡されてっ・・・
学校がある平日、毎日通学路のどこかであいつをボコせって依頼されたんだよっ」
「っ・・・」
「うわ、何それサイアク・・・」
聞いていた夜須斗があからさまに顔をしかめ、歩夢はうつむく。
「へぇ・・・で、そいつの特徴は?」
「め、メガネ掛けてて黒髪でっ・・・偉そうなそいつ自身もお坊ちゃん風でっ・・・」
「他に言われたことは?」
「っ・・・金はずむから、た、頼まれたことは言うなって、
あと、パッと見ボコしたこと分かんねーように服で隠れるとこなら何したっていいって」
バキッ
「ひぃぃぃぃぃっ」
不良のその言葉を聞いて、仁絵は外した関節をはめ直して不良の上から退いた。
「・・・夜須斗、ちゃんと録ったな?」
仁絵が夜須斗にそう尋ねると、夜須斗はニヤッと笑って携帯をかざした。
「あぁ、バッチリ。」
携帯画面には、録音機能が動いている表示が映っている。
「あぁ、それと・・・」
夜須斗は、解放されたが痛みに悶絶して動けずにいる不良の元に歩み寄り、
録音機能を動かしたまま携帯を操作し、一枚の画像を不良に見せた。
「さっきあんたが言ってた特徴当てはまる奴で心当たりのあるのが一人いるんだよね。
それってこいつ?・・・うちの学校の1組の学級委員長なんだけど。」
「!」
「・・・」
その言葉を夜須斗が放った瞬間、あからさまに歩夢の肩がビクッと跳ねた。
そして、画像を見せられた不良も秒速で頷く。
「あぁ! こいつっ、こいつだ!!」
「ふーん、そっか。ありがと。」
夜須斗はその答えを聞くと、携帯を操作して録音を終了した。
そして、もう完全に戦意を喪失している不良二人に仁絵がとどめの一言。
「で。俺らこいつともうちょっと話したいから・・・てめーらとっとと視界から消えろ。
次こいつに手ぇ出したら、マジで病院送りにするから。」
「し、しねぇよ!」
「もう関わらねぇからっ」
その物騒な一言と相反する、美しすぎて凄惨とも言える仁絵の笑みを目にした二人は、そう叫んで逃げるように路地を出て行った。
二人がその場を離れたのを確認すると、仁絵は「さて、と」と、俯いている歩夢に目を向ける。
「・・・いつからだよ。」
「・・・お願い、さっきの録音、出さないで・・・出来れば消してほしい。」
「それは出来ないに決まってるでしょ。数少ない証拠が消える。」
「っ・・・どうして証拠が必要なの?」
「あぁ? 証拠がねーとあの1組の委員長告発できねぇだろ?」
「・・・」
歩夢はしばし黙り込んだ後、静かに言った。
「・・・ごめん、告発は、しないで欲しいんだ。黙ってて欲しい。特に・・・風丘先生には言わないで。」
「「はぁ?」」
「何言ってんの。さっきの仁絵の質問・・・『いつから』って答えてないけど、どうせ新入生歓迎会終わったくらいからでしょ。
もう1週間以上経ってる。
そこからほぼ毎日殴られて、こんな紙入れられるような精神的嫌がらせされて、『告発しないで』ってどういう神経?」
夜須斗は、仁絵が拾った罵詈雑言の書かれた紙切れをかざして歩夢に詰め寄る。
歩夢は、「あっ・・・」と、しまった、と言うように顔をしかめた。
「・・・今日の体育館シューズの忘れ物だって、そうだろ? ・・・これ、ゴミ箱にあった。自然にこうはならねぇだろ。」
「う・・・」
仁絵がポケットから出して歩夢に見せたのは、不自然な切られ方をした体育館シューズの靴紐だった。
それを見せられた歩夢は一瞬言葉に詰まる。
「・・・わざわざゴミ箱漁ったの?」
「・・・教室で、委員長がゴミ箱の前に立ってたのが気になったんだよ。それでなくても最近委員長の様子変だと思ってたしな。
で、この靴紐見つけて、下駄箱でこの紙切れ見た時、まさかと思った。
話聞こうと思って委員長の家夜須斗に案内してもらってたら、路地に入ってく委員長を見た・・・ってのがここまでの流れ。」
仁絵の説明に、歩夢がふぅっと息を吐いて薄く笑う。
「普段から感じてたけど・・・仁絵、本当に人をよく見てるよね。それに・・・意外と世話焼き。」
「・・・お節介って言やーいいだろ。俺だって自覚してる。けど、これは明らかに一人で黙ってるレベル超えてんだろ。
明らかに『いじめ』だぜ? これ。」
「・・・」
再び黙り込んでしまう歩夢に、夜須斗がため息混じりに言う。
「・・・言うのは癪だけど、こういうの、少なくとも他の教師たちよりは風丘は相談しやすいでしょ。
うまく立ち回ってくれるだろうし。
証拠もいくつかあるし、それと当人の証言を合わせれば・・・」
しかし夜須斗の言葉は、途中で歩夢に「ダメだよ」と遮られた。
「・・・言いたくない・・・言えないよ。
言えば、風丘先生に迷惑が掛かる。それに、村山先生にも。」
村山とは、1組の担任の女教師の名前だった。年齢的にも中堅どころで、地味目のおとなしい教員だ。
風丘や仁科や水池(←実はドジっ子で有名、学年最年少)といった個性の強い教師に隠れてあまり目立たない。
「「はぁ?」」
「大丈夫。俺が特にリアクションしなければ、いつか飽きられると思うし。
今のところ、そんなにひどいことされてないし。」
「さっきの見たのと、仁絵の話聞いたのだけでも『そんなひどいことされてない』なんてとても思えないんだけど?」
夜須斗の言葉を、歩夢は目を閉じて聞いていたが、やがてゆっくり目を開けると、静かに言った。
「…ごめんね、でも、いいんだよ。だから…お願いね。」
言いながら歩夢は路地を出る方向へ歩き出す。そして、二人に向けて穏やかに言った。
「ありがとう。」
歩夢の立ち去る姿を見つめながら、夜須斗は仁絵に尋ねた。
「…どーすんの。」
「…とりあえず風丘には言わないでおくか。」
「には?」
「約束したろ? それより…その後のこと考えるぞ。」
「…あぁ、そういうこと。」
夜須斗が納得したように頷き、二人も路地を後にしたのだった。
翌日。昼休みの放課後、屋上では…
「「はぁぁぁぁぁっ!?」」
「ひどい…」
昨日の夜須斗が仁絵から聞かされた内容の顛末と、昨日の一部始終を聞かされた惣一・つばめ・洲矢の三人は一斉に声を上げた。
惣一・つばめは一瞬にしてキレて、洲矢は自分の理解の追いつかない仕打ちに泣きそうな顔をしている。
「マジでふざけんな、あのヤロー…」
「ほんっっとサイテー、ねぇ、今からでもここに引きずり出して…」
「ちょっと待て。」
怒りにまかせてヒートアップする二人に、仁絵が声を掛ける。
止めるのかと思いきや、次に夜須斗が発した言葉は違った。
「やるなら、今日の放課後にしよう。今日なら…」
「…何か用か?」
「ちょっと、屋上まで付き合ってくんない?
心当たりあるでしょ? 1組いいんちょーさん?」
放課後。
下校しようとする高藤の前に、帰りの会終わりから速攻で下駄箱に向かって待ち伏せていた夜須斗が立ち塞がった。
夜須斗に腕を捕まれた高藤は、ため息をつきながら、屋上の方へ歩き出した。
「…何の用だ。」
屋上について、開口一番高藤が発したのは先ほどと同じ台詞。
その視線の先には、今度は仁絵と惣一がいた。
「まぁ、ゆっくり話そうぜ。今日は職員会議だしな。」
夜須斗が今日の放課後決行を勧めたのは、今日の放課後職員会議が予定されていて、すぐに介入される可能性が低いからだった。
いずれ教師陣に知れ渡るべきことだが、こちらだって言ってやりたいことやってやりたいことはある、と。
「…僕にはお前たちとゆっくり話すことなんてないが?」
「っ!」
ダンッ
「ぐっ…」
冷たく言い放たれた高藤の言葉に、
すぐに昼休みの怒りが復活した惣一が、高藤の襟首を掴んで引き倒すと、そのまま高藤の体に馬乗りになった。
「ざっけんなよてめぇマジで…委員長虐めやがって…」
「宮倉を僕が? 何のことだ、言いがかりも甚だしいな。」
「しらばっくれんな! 学校かんけーねー不良金で雇って委員長殴らせたり、
ひでぇこと書いたメモ下駄箱に入れたり!」
「フン…何一つ知らないな。」
「てめっ…」
「それより早く退け。これは明らかに暴力行為だぞ。」
「てめぇぇっ…!」
高藤の言葉に、ついに惣一が拳を振り上げたが、その腕は高藤に振り下ろされることはなかった。
いつの間にか近づいていた仁絵が、惣一の腕を掴んだのだ。
「…顔は殴んな。」
「仁絵っ…こいつっ…」
不満そうな惣一の視線を受けて、仁絵は惣一の腕を引っ張り惣一を高藤の上から退かすと、ニヤリと笑って言った。
「あぁ、顔は、な。」
グッ
「うっ…何の真似だっ…。」
そして立ち上がりかけていた高藤の横にしゃがむと、片膝を高藤の腹に押しつけ圧迫した。
苦しさと痛みに顔をしかめる高藤に、仁絵は言い放った。
「何だよ、てめー言っただろ?
俺の得意技は暴力だって。お言葉通りその特技を披露してるだけだけど?」
「っ…ふざけるなっ…!」
「それに…『服で隠れるとこなら何したっていい』んだろ?」
「!!」
仁絵はそう言ったかと思うと、膝で押さえているすぐ横の脇腹に軽く一度拳を当てると、思い切り振り上げた。
高藤が仁絵の言葉に目を見開いて、焦りの色が分かりやすく出たが今更身動きはとれない。
拳が勢いよく振り下ろされようとする。が、しかし…
「何やってるの!!!」
それも、間一髪、のタイミングで飛び込んできた人物の声によって阻止された。
「委員長! 何してんだよ! 何で邪魔してっ…」
惣一が声を上げると、歩夢はそれ以上の声で言い返した。
「惣一たちこそ何してるの!
高藤君と夜須斗が歩いてるの見たって聞いたから来てみれば、
三階の階段で突然つばめが出てきて変なこと言って引き留めてくるし、こんな寄って集ってっ…」
「やっぱきつかったか…」
「ごめん、夜須斗…」
歩夢が万が一屋上に来そうになった時の足止め役として近くにつばめを配置していたのだが、
さすがに無理だったようだった。
そして歩夢の言葉を聞いて、惣一も黙っていられない。
「はぁっ!? この人間以下の最低ヤローが委員長虐めてたんだろっ
何でんなかばうようなこと言うんだよ!!」
惣一の言葉に、歩夢はハァッとため息をついて言った。
「夜須斗や仁絵から言われたんだね。…違うよ、俺は高藤君に虐められてなんかない。」
歩夢がこの言葉を発した瞬間、人知れず高藤がニヤリと笑った。
「委員長!」
「だからっ…」
歩夢がツカツカと高藤の腹に膝を押さえつけている仁絵に歩み寄り、腕を掴む。
そんな歩夢に対して、高藤が言った。
「だからこれは…新堂たちの俺に対する集団暴力行為の現場、ということになるな? 宮倉。」
「!!!」
「なぁっ!?」
「はぁっ!?」
「チッ…」
「てめぇ…」
高藤の言葉に、歩夢が目を見開き、惣一とつばめはあからさまに声を上げ、
夜須斗は舌打ちをし、仁絵は高藤を今にも殺しそうな目で睨んだ。
が、高藤は全く怯まずむしろ薄い笑みをたたえて歩夢を見る。
「分かってるな? 宮倉。
5組委員長として、5組の奴が起こした問題を報告する義務がお前にはあるだろう。」
「俺…は…」
「ちゃんと報告しろ。新堂以下4名が僕に対して集団で暴力を与えた、と。
風丘だけでなく…生徒指導担当の、地田や金橋にもだ。」
「っ…」
「なんでそんなっ…」
何も言えなくなる歩夢の代わりに、つばめが声を上げる。だがそれは無視され、
辛そうに目を伏せ、でも何も言わない歩夢に、高藤は追い打ちをかけるように続けた。
「報告、だ。いいな?」
「なんでっ…」
歩夢の態度に、惣一が納得いかない、とまた叫んだ。
「何でこんな奴の言いなりになんだよっ!! 委員長こいつから虐められてっ…」
「だからっ…俺は虐められてなんかっ…」
再びのこの問答を聞いた仁絵が、低い声で呟いた。
「…いい加減にしろよ…!!」
「うわっ…ちょっと仁絵!」
仁絵は高藤の上から退いたと思うと、自分の腕を掴んでいた歩夢の胸倉を掴み返し、引きずっていった。
ガシャンッ
「うぅっ」
そして、歩夢の体をフェンスに押しつける。
フェンスが背中に触れ、歩夢が痛みに呻くが、仁絵は構わずに、
歩夢がボタンを留めずに着ている学ランの、下に着ているYシャツの合わせに手を掛ける。
そして次の瞬間…
ブチブチブチブチッ
「「「「「!!!!」」」」」」
勢い任せにYシャツのボタンを引きちぎった。
「ちょっと何してっ…」
あまりのことに一瞬呆気にとられた歩夢が慌てて前を閉めようとするが、遅かった。
「…この痣なんだよ。」
「これはっ…」
露わになった歩夢の上半身には、腹や肋骨の辺り等何カ所も青痣が出来ていた。
口ごもる歩夢に仁絵がたたみかける。
「殴られたんだろ。あのヤローに金で買われた差し金に!
お前はあいつに虐められて…」
「違う!!!」
仁絵の言葉を遮った歩夢の声は、一際強く、拒絶の色を濃くしていた。
「委員長!」
「もう何度もうるさいよ! 言ったよね、俺はっ…」
拳をぎゅっと握り、歩夢は悲痛な程に強く訴えるように言った。
「俺は虐められてなんかっ…」
「…これはどういう騒ぎかな?」
歩夢の言葉を奪ったのは、
今このタイミングで現れることは誰も望んでいなかったであろうが、だが確かに救世主となる人物だった。