翌日の金曜日。

早速学活の時間がある日で、
5時間目、
歩夢たち5組は歩夢が昨晩家で決めた割り振りのもと、
ガイガイワヤワヤしながら各々担当の装飾を作っていた。

ちなみに学活の時間、やるべき活動が決まっている場合、
風丘は学級委員に要請された時以外は、
始めの5分くらいだけ教室内に留まり、
後は職員室や部屋に引っ込んでいることが多い。
今日もそういう日で、教室に風丘の姿は見えない。

「うー・・・飽きた。」

「惣一・・・(苦笑)」

惣一たち5人は、アーチやその他様々な装飾に使うペーパーフラワーの作成に振り分けられていた。

歩夢は班分けをする際等にはメンバーの交友関係も考慮していて、
大体5人はこういう作業はいつも同じ班に振り分けられていた。

この班は、くす玉製作班が完成し次第合流することになっているが、
まだ作業開始して間もないため、今ペーパーフラワーを作っているのは5人だけだ。
重ねたお花紙を蛇腹折りにする作業の途中で、はぁっと溜息をついて手にしていた紙の束を投げ出す惣一に、
隣で同じ作業をしていた洲矢が苦笑いする。

「まだ3つめでしょー? 
アーチの分だけでも200個、他の装飾に使うことも考えたら全部で500個はいるって委員長言ってたじゃない。
そんなんじゃ終わんないよ?」

しかし、そんな洲矢の忠告を聞いても惣一はうー・・・とうなり声をあげ、
洲矢の向かいのつばめも、とは言ってもさぁ・・・と続く。

「今のところ俺たち5人で500個って。委員長ムチャぶり過ぎない? 絶対終わるわけ・・・」

「どうせまた、放課後残されるんでしょ。」

つばめの指摘は、ハァと溜息つきながら花びらを作る夜須斗の言葉にかき消された。
その途端、惣一とつばめがブーイングの声をあげる。

「はぁ!?」
「ヤダよ、そんなのっっ」

「んなこと言ったって、1年生歓迎会までに取れる学活の時間はこの時間も入れて3時間。
それだけの時間でこれだけの量の装飾作るの終わらせるなんて絶対無理でしょ。
ね? 委員長。」

そう言って、夜須斗はちょうど自分の後ろを通った巡回中の歩夢に声を掛けた。

「え? あー・・・うん。(苦笑) ごめんね、ちょっとだけだから。」

事実なので否定できず苦笑いで頷き、お願い、と手を合わせる歩夢に、惣一とつばめが食ってかかる。

「何だよ、その放課後残るの前提なの!!」

「そーだそーだ!!」

詰め寄る2人に、歩夢が再度説得を試みる。

「まぁまぁ、全員残ってもらうのは始めの1時間だけだし、
それも今日と、来週の月曜日から本番前日の木曜日までの4回、一週間だけだから。
ねっ? お願いします。」

しかし歩夢のお願いも、その前のところで引っかかったつばめには届かなかった。

「えーっ、そんなに!? っていうか今日!? 今日の放課後早速なの!?」

つばめが駄々を捏ねるように抗議する。

「ヤダヤダ、せっかく明日から休みの花金なのにーっっ」

「花金って・・・お前はサラリーマンか。」

つばめの言葉に、地味に仁絵がつっこみを入れつつ、でもまぁ・・・と歩夢を見る。

「定められた授業後ってのが放課後の意味だからな。」

「ひ、ひーくん・・・(苦笑)」

「ねぇ。だから無理に拘束される謂われはないっちゃないよね。」

「だよな、だよな!」
「ほらっ 仁絵も夜須斗もそう言ってるんだよっ」

仁絵と夜須斗からの援護するかのような意見に、俄然勢いづく惣一とつばめで、歩夢が困り顔でもう一度言う。

「えー、こんなにお願いしてるのに?」

しかし、惣一とつばめは聞く耳を持たない。

「絶対残らねぇっ」
「授業じゃないしっっ 放課後残らなきゃいけないって校則なんてないしっ」

「うーん・・・そっかぁ・・・でもやってもらわないと困っちゃうしなぁ・・・」

夜須斗と仁絵は歩夢の対応を伺うように少し楽しげに見つめている。
そして洲矢をはじめ、他のクラスメイトたちもいつの間にか作業の手を止めて、行方を見守っている。
クラス全員の視線を受けて、しかし先ほどまで困り顔だった歩夢は、突然クスッと笑った。

「じゃあ、『あのこと』言っちゃうけどいいのかなぁー」

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

突然表情を変えた歩夢に、一同ポカンとする。
歩夢は惣一とつばめに向き直ってちょっと意地悪げに言った。

「惣一とつばめ。この前の週末、ゲームセンターで別の中学の生徒8人くらいと軽くケンカしてたでしょ?
俺、買い物帰りに一部始終見ちゃったんだよねー」

「なっ・・・!?」
「えっ!?」

歩夢の言葉に、2人はギョッとする。

「まぁ向こうにふっかけられて、なのに実力差は歴然で惣一たちが遊んであげてるみたいな感じだったし。
特に今になっても問題になってないみたいだから補導騒ぎにはならないと思うけど。
『校則で』生徒だけで立ち入り禁止が明示されてるゲームセンターでケンカしてたー、なんて、風丘先生に知れたらどうなるかな?」

「お、おいっ・・・」
「う、うそ・・・」

歩夢の言葉に顔面蒼白になる惣一とつばめだが、
その2人を取り残して歩夢は今度は夜須斗と仁絵の方に向き直る。

「夜須斗と仁絵は、最近しょっちゅう水池先生の授業でばっかり居眠りしてるよねー」

「ゲッ・・・」
「うわ・・・」

言われた瞬間、2人は顔をゆがめる。

「風丘先生や、見つけたらすぐ告げ口する仁科先生の授業は避けて水池先生の授業だけ。
水池先生気付いてないのかもしれないし、気付いてても風丘先生に言わないだけなのかもしれないけど。
いずれにせよ、先生選んで居眠りしてる、って風丘先生に言っちゃおうかなー」

歩夢の言葉に頭を抱える夜須斗と仁絵。
そしてそんな4人に歩夢はニッコリ笑顔で言った。

「俺が委員長してる5組の分担仕事に4人が協力的になってくれないなら、
俺も4人の平穏無事な学校生活に協力的になる必要ないよねっ
と言うわけで早速今日の放課後4人が帰った後に風丘先生に・・・」

「ま、待て委員長早まるな!!」
「の、残るよっ 残らさせていただきますっっ」
「さすが委員長・・・」
「選択肢ねぇな・・・」

一週間の放課後の自由を得る為には余りにも重すぎる対価に、4人はあっさり白旗を揚げた。
その様子を見て、フフッと洲矢が吹き出す。

「皆委員長には適わないねー」

4人が居残りを了承し、歩夢は心から嬉しそうに笑った。

「残ってくれるんだ! ありがとう!(ニッコリ)」

そして、おーと鮮やかな交渉術に感嘆の声をあげ、パチパチと拍手を送るクラスメイトに向かって言う。

「あ・・・皆も4人の協力を勝ち取るために、今俺が言ったことは内緒ね?」

歩夢のお願いに、クラスメイトたちは、
しょうがねぇな、サボられたら困るもんね、等と言いながら、快く了承してくれた。
惣一たちと1年生の時からクラスメイトをしていて、小学校からの知り合いも多い彼らは、付き合い方を十分分かっている。
問題児ではあっても、一度こう言えば何だかんだちゃんとやってくれることを皆知っているから、
変に先生に報告して怒らせる者もいない。

こうして、5組は一丸となって装飾作成に取り組み始めたのだった。





そして作業が段々波に乗り始めた翌週月曜の放課後。

5組にとある人物がふらっと訪れた。

「進捗はどうだい? 宮倉。」

「あ・・・高藤くん。どうしたの? 遙々5組まで。」

現れたのは、1組の学級委員長、高藤(たかふじ)だった。
歩夢の言う通り、3年の1組と5組は教室が最も離れていて、互いが廊下の両端の突き当たりに教室があるため、
滅多なことがない限り互いの教室の前を通ることすらない。

歩夢の問いかけに、高藤はツンと澄まして答える。

「僕は新入生歓迎会全体の指揮担当でもあるからな。
各クラスの作業の進捗状況を把握するのも仕事だ。
・・・で、宮倉。進捗はどうだい? もうさすがに1つくらい、作り終わっているだろう?」

高藤に再度問われ、歩夢は「あー・・・」と苦笑いして返す。

「ごめんね、皆で頑張って進めてはいるから、それぞれ完成には近づいてるんだけど・・・」

その歩夢の答えに、高藤はあからさまに溜息をついて眉間に皺を寄せる。

「まさかまだ何一つ出来上がっていないなんて。歓迎会はもう今週なんだけど?」

「うん、でも、それには絶対間に合わせるから・・・」

「全く、これまで一体何を・・・あぁ、そうか・・・」

ごめんごめん、と謝る歩夢に鋭い目線を投げかけていた高藤が、突如何かに思い至ったようにして口を開いた。

「宮倉のクラスにはハンデがあるからな。進捗が遅れるのも仕方ないか。」

「ハンデ?」

歩夢が何のこと?と首をかしげている横に、高藤の態度が気にくわなかったのか、惣一が進み出る。

「おい、さっきからお前! 他クラスの奴が偉そうに口出しやがって!
何だよハンデって、知ったような顔で!」

「何だよハンデって、だって・・・?」

惣一に詰め寄られて、怯むどころかフッと鼻で笑い、高藤は言い放った。

「張本人のお前がそれを言うのか。新堂惣一。」

「は・・・っ?」

突然自分の名を呼ばれ目を丸くする惣一に、高藤は畳みかける。

「新堂惣一、吉野夜須斗、太刀川つばめ、柳宮寺仁絵。・・・場合によっては佐土原洲矢もか。
5組が抱えるお荷物問題児ども。」

「はぁぁぁぁっ!?」
「てめっ・・・今なんつった!!」

「お荷物」と呼ばれ、つばめと惣一が即座に噛みつくが、高藤は止まらない。

「放課後に残ってはいるということは、どうせ宮倉がなだめすかして残らせているんだろう。
それは本来、宮倉が割くべき労力ではないはずだ。
問題児どもに手を焼く分、全体の進捗に目を配る時間が失われる。これがハンデ以外の何なんだ。」

「てめっ・・・ふざけっ・・・」

「まぁまぁ!!!」

今にも高藤に掴みかかりそうな惣一を押しとどめ、歩夢は柔和な態度を崩さず高藤に言う。

「5人とも、自分から残ってくれてるし、作業にも問題なく参加してくれてるよ?
全体の進捗が遅いのは、5人関係なく俺のペース管理が不十分だからだよ。
ごめんね、高藤君。間に合うように、これからピッチを上げるから。」

「だから今日はこれで許して」、と頭を下げる宮倉に、高藤はフンッと尊大な態度で言い放つ。

「1年から委員長をしていてこの程度の管理能力か。あだ名『委員長』が聞いて呆れるな。」

「はぁぁぁぁっ!? ちょっとキツネ目野郎! 何言ってくれてんのっ!?」

明らかな歩夢への個人攻撃に、今度はつばめが高藤に詰め寄ろうとする。

「つばめ、大丈夫だから!」

歩夢に押さえられながらも、つばめは高藤に吠える。

「大体、僕たちのクラスだけじゃないでしょ、終わってないの!
3組だって、4組だってまだやってたしっ・・・ 大体、お前のクラスはどうなんだよ!」

しかし、そのつばめの口撃も、高藤は微動だにせずに切り捨てる。

「他のクラスを見に行くような暇があるのか? 
そんなしょっちゅうフラフラされては、戦力外も良いところだな。」

「うっ・・・」

「それから僕のクラスについてだが。先ほど紹介用の小道具は全て完成し、今は台本を見ながら練習を進めているところだ。」

「なっ・・・」

「当然だろ」と言いたげな高藤に、つばめは悔しそうに唇を噛んで、何も言えなくなった。
そんなつばめを一瞥して、高藤は宮倉に向き直る。

「・・・そういうことだ、宮倉。くれぐれも、リハーサルを予定している今週水曜放課後までに・・・
まぁ、装飾はリハーサル自体には関係がないからな。全て完成等と無茶は言わない。
が、最低でも8割は完成させておいて欲しいものだね。」

まるで最初から間に合わないだろうと決めつけている物言いに
クラス全体がムッとし、惣一もつばめも再びぶち切れそうになっているが、
歩夢はそれでも表情を変えず、

「うん、ありがとう。頑張るよ。」

と笑顔で答えた。
その歩夢の態度が気に入らなかったのか、高藤はまた眉間に皺を寄せて、踵を返し1組の方へ戻っていった。

そんな高藤の姿を見送りながら、いつもよりトーンの低い、不機嫌さマックスな声で仁絵が夜須斗に問う。

「何だよあのキチガイ野郎。」

今にも拳を振り上げんばかりの殺気を纏った仁絵に、
夜須斗はうわぁ・・・と顔を引き攣らせながら答える。

「追っかけてって殴んないでよ?
・・・現1組学級委員長の高藤。
俺らが小4の時に俺らのいた小学校に転校してきた奴。
何かよく分かんないけど委員長へのあたりが異常なほどキツくてさ。
最近あんまり見てなかったけど、久々見るとほんと、頭おかしいよね。」

「あー、ヤダヤダ」と夜須斗が心底嫌そうに言うと、つばめと惣一も同調する。

「ほんっっっとやな奴!!」
「マジでぶん殴りてぇ・・・」
「・・・あぁ。」
「ひ、ひーくん・・・皆も・・・」

「「「「「「「「「・・・・・・・」」」」」」」」」」

高藤をきっかけにして、4人を中心に一気に教室の空気が悪くなってしまった。
そんな教室に、不意にパンパンと手を打つ音と、続いて歩夢の声が響き渡る。

「はいはい、落ち着いてー
惣一をはじめそこの4人。暴力は良くないよ?
高藤君見返したいなら、装飾を水曜までに完成させよう!」

「う・・・・・・あーーーーー!!」

「うわっ びっくりした!」
「ちょっと、突然大声止めてよね。」

歩夢の言葉を聞いて、突然叫んだ惣一に、隣にいたつばめと夜須斗からブーイングが上がる。
が、惣一は気にせず続けた。

「こーなったら、何が何でも水曜の放課後リハまでに全部完成させるぞ!
ぜってぇあのキツネ目野郎ギャフンと言わせてやる!!!」

「賛成賛成!」
「ま、それしか道はないか。」
「はぁ・・・しゃーねーな・・・」
「頑張ろっ」

意気込む惣一に、残る4人を筆頭にクラス全体が賛同する。
こうして、5組は更にペースを上げて装飾作りを再開したのだった。





そして、クラス全員で急ピッチで進めたのが功を奏し、
翌日火曜日の放課後には、作業は最終局面に到達していた。


くす玉班が昨日の後半から惣一たちペーパーフラワー班に合流したおかげで、
ペーパーフラワーも400個以上完成し、いくつもの段ボール箱に山盛りになっていた。

「…よっしゃ、垂れ幕完成!!!」

垂れ幕班から歓声があがり、周囲からも拍手があがる。

「お疲れ! 残るは輪飾りとペーパーフラワーだね。」

歩夢がそう確認すると、輪飾り班から声が上がる。

「輪飾りはもうちょいで終わるよー!」

「了解。そしたら後は皆でペーパーフラワーを手伝おう。」

そう言って、歩夢がペーパーフラワー用の紙を手に取る。

「おっ! ついに委員長も加勢かー!?」

それを見て惣一が茶化すように言うと、歩夢がにっこり答える。

「ラストスパート。やらせてばっかりじゃ悪いしね。」

「さっすが委員長♪」

歩夢の言葉につばめがそう言うのを聞いて、夜須斗がつっこむ。

「っていうかことあるごとにやらせてたじゃん、つばめは…」

つばめも残って頑張ってはいるのだが、どうにも集中力が続かず、
飽きると「これ一個作ってくれたらまたやるからぁ」とか何とか言って、ことあるごとに歩夢に作らせていたのだった。
歩夢は「しょうがないなぁ、一個だけね?」と作ってあげていた。

夜須斗のつっこみを聞いて、歩夢は苦笑しつつ言う。

「クスッ まぁまぁ。つばめも頑張ってくれたよ?」



そしてついに…


「で・・・できたぁぁぁぁっ!!」

最後のペーパーフラワーが完成し、つばめの歓声を皮切りに、クラス全体からも歓声が上がった。

「皆お疲れ様! すごいよ、本当に明日のリハまでに全部出来た!」

歩夢も嬉しそうに手を叩く。
頑張ろうとは言ったものの、正直完成は厳しいかなとも思っていたのだ。

ひとしきり皆で喜んだ後、歩夢がそれじゃ、と言う。

「出来たものはいつも通り体育館倉庫にしまって、今日は解散しよう。皆で手分けして運ぼっか。」

アーチに、くす玉に、垂れ幕に、輪飾り。ペーパーフラワーに至っては大きな段ボールに1箱50個で、アーチに着けたものを差し引いてもまだ6箱もある。
皆手に手に完成品を持って体育館倉庫に運び、最後に歩夢が鍵を掛け、5組は解散した。





そして、翌日水曜日の放課後。


リハーサルをするために、全クラスが体育館に集まっている。
再び高藤が宮倉に話しかけた。

「結局どうだったんだ? 装飾は。」

「うん、それがねっ」

イヤミっぽい高藤の物言いを気にもせず、歩夢が嬉しそうに答えようとした時だった。

「委員長! 大変! 倉庫がっっ!!」

体育館倉庫から飛び出してきたのは、リハーサルに使う諸々を取り出そうと倉庫に入った5組の女子の1人だった。