「はぁーーーー めーんーどーくーさーいー」

「もう・・・つばめ、ちゃんとやんなきゃ終わらないよー?」

 春休みを目前に控えた3月。
毎年年度末に大掃除を必ずすることになっていて、今はその真っ最中だった。

 分担は風丘の独断と偏見で決められ、
5人組は惣一・夜須斗・仁絵が玄関・下駄箱、
つばめ・洲矢が美術室に割り当てられた。

・・・というわけで、
洲矢が箒で床を掃き、つばめが濡れ雑巾で机を拭いていたのだが、
掃除開始わずか15分でつばめが飽きてしまっている。
時間割の掃除時間は2時間。まだまだ先は長い。

この学校では、各掃除場所それぞれに「掃除の手順チェックシート」というものがあり、
その手順通りに掃除を進めていく。
ただ大掃除は、普段やらないような所も掃除しなければならず、
チェックシートも大掃除バージョンになっていて手順も多い。

2人がやっている床の掃き掃除と机拭きは、2つめと3つめの項目。
ちなみに1つめはハタキで埃を落とす、なのだが、それは洲矢が済ませていて、
その後洲矢が3つめの床の掃き掃除に取りかかっている。
つまりつばめはまだ自分の分担1つめの項目すら終えられていないのだった。
まだこの後に床の水拭き、窓ふきや床のワックスがけ等が残っている。

「終わんなかったら居残りになっちゃうよ?」

「それはそうだけどさー」

つばめにお説教をしながらも、洲矢は手を止めないで床を掃いている。

そう、時間内に全ての項目が終えられず、監督官(主に担任)からOKを貰えなかったら、
放課後に居残りで続きをしなければならない。
それは、そうなのだが・・・

「洲矢真面目ー つまんないー」

風丘は割り振りで、惣一とつばめを一緒にするとろくなことがない、と2人を離した。
結果、想定通り、惣一とつばめがふざけて掃除にならない、ということはなかったが、代わりにつーまーんーなーいー、と、
駄々をこねるつばめと意に介さない洲矢の図が出来上がっていた。

「むー・・・あっ・・・そーだっ♪」

相手にもしてくれなくなった洲矢の背中を見ながら、
むーっとむくれるつばめだったが、
ある案が頭に浮かんで、ニヤッと笑う。
その不敵な笑みに、背中を向けていた洲矢は気付かない。

「もー つばめー ちょっとはやって・・・」

再度注意しようと洲矢が振り向いたときだった。

「隙ありっ」

「えっ・・・ひゃっ! あははっ やめてっ 
あはっ・・・つばめ くすぐったいっ」

つばめが洲矢の脇腹に両手を差し入れ、こしょこしょっとくすぐった。
洲矢はくすぐったがりだったのか、思いの外反応が良い。

「へーっ 洲矢こちょこちょ弱いんだぁっ♪」

「んーっ つばめっ・・・やめっ・・・ふふっ」

カランッ

その時、洲矢がくすぐったさに耐えきれずに持っていた箒を手から落とした。
それをつばめはすかさず奪い取る。

「もーらいっ!」

「あっ・・・ちょっとつばめ~ 返して~
(´□`。)

「だめだめっ 欲しかったら取り返してみなっ♪」

逃げ回るつばめに、追いかける洲矢・・・しばらくその攻防が続いた時だった。

「ほらほら♪ そんなんじゃいつまで経っても・・・」

「!! あ、つばめ・・・」

追ってくる洲矢を見ながら後ろ向きに進んでいたつばめ。
洲矢が声を掛けるが、もう遅かった。

ガツンッ

「・・・いった!」

ゴンッ バキッ

「え?(汗)」

「あっ・・・」

つばめの肘があたり、床に落下したのは美術室にはおなじみ石膏像。
落ちたそれを見ると、床と接触したであろう頭の部分に盛大にヒビが入り、
特徴的なくるくるとしたパーマの髪型の何カ所かは欠けてしまっている。

あまりにも一瞬の出来事に、2人はしばし呆然。
時が止まったかのような静寂を破ったのは、つばめの叫び声だった。

「っ・・・わぁぁぁぁっ どーしよっ どーしよおーーーっ
(((p(≧□≦)q)))

「ちょっ、つばめ、落ち着いて…」

さっきまで洲矢から逃げ回っていたつばめが、
今度は洲矢にしがみつくようにすがっている。
洲矢は何とかつばめを引き離して、落下した石膏像を確認する。
が…

「うわぁ… 見事にひび入ってる… 
頭のくるくるも…これ、たぶん欠片だよね…(汗)」

床に落ちている白い石膏の欠片を拾い、洲矢はため息をつく。

「ど、どうしよ…
(iДi)

おろおろするつばめに、洲矢は困ったように答える。

「どうしよ、って…先生に正直に言うしかないよ… 
備品壊しちゃったわけだし…
しかも石膏像って高そうだし…いくらするのかな…」

いつものおっとり口調でとんでもないこと、更によけいなことまで
言ってくれた洲矢に、つばめは噛み付く。

「そんなことどーでもいいよっ 正直に言う!? 
そんな自殺行為できるわけないじゃんっ
ヾ(。`Д´。)ノ

「隠せるようなものじゃないよ。

つばめー、怖いのは分かるけど正直に言おうよー」

逆ギレしてきたつばめにも、洲矢は変わらない調子で窘める。
しかし、つばめも事が事だけに譲らない。

「やだっ 絶対やだぁぁっ
o(T^T)o

「えー…困ったなぁ…
(><;)

ここで押し切れないのが洲矢である。
掃除も進まず、この場も収まらず、困り果てた洲矢とつばめ。
しばしの沈黙の後、つばめが、突然叫んだ。

「いいこと思いついたっっ」

「ひゃっ!? い、いいこと…?」

突然の大声に飛び上がった洲矢が首を傾げて尋ねると、
つばめはまるで名案かのようにとんでもないことを言い出した。

「洲矢が石膏像拭いてたら手滑って落としちゃったことにしてよっ」

「え…だ、だめだよ、そんなの…」

つばめの提案は、つまりは嘘をつく、ということだ。
当然拒否する洲矢に、つばめは分からず屋!と噛み付いた。

「なんでよっ 掃除中に手滑って落としちゃったなら悪くないし、
僕と違って洲矢なら、普段から真面目だからこの理由で信じてもらえるじゃん!
僕だと『どーせ遊んでたんでしょ、嘘ばっかりついて』って言われちゃうもんっ」

「だって実際遊んでたじゃない…」

洲矢の最もな反論も、こうなったつばめには意味をなさない。  

これが最善だと言わんばかりに捲し立ててくる。

「もーっ、洲矢うるさいっ 
二人して遊んでたのがバレてお仕置きされてもいいわけっ!?」

「嘘ついてバレた時の方が大変だと思うけど…」

細かいことを言えば遊んでいたのはつばめだけなのだが、
洲矢にとって問題はそこではなく、「嘘をつく」ことだった。
しかし、いつも周りに流されがちな洲矢に頑固に拒否されて、
つばめはよけいにムキになった。

「なんでバレること前提なんだよっ」

「無理だよ、先生たち誤摩化すのなんて…」

「やってみなきゃわかんないじゃん!」

「でも…」

引き下がらないつばめに、洲矢が狼狽える。
つばめは更に一押し。

「ねー、おーねーがーい、洲矢っ 助けると思ってっっ 
ぜっっったい洲矢ならお仕置きされないしっ」

「えー…ほんとにするの?」

「一生のお願いっっっ」

「…うぅ…もう…」

尚も懇願を続けるつばめに、洲矢がついに根負けしそうになった時だった。
会話に夢中の二人は、いつの間にか近寄ってきていた人影に気付かなかった。

「しょうがな…「全く。いつになったら気付いていただけるんでしょうか。」

「あっ…」
「っ!? うわぁぁぁぁっ でたぁぁぁぁっ(≧□≦*)ノ」

ドア付近に立っていた人影から話しかけられて、
飛び上がったつばめがまた洲矢にしがみつく。

「失礼ですね。人を猛獣か幽霊かのように…」

その反応が気に食わなかったのか、その人物は眉根を寄せる。
が、そんなことは気にもせず、つばめはその人物を指差して口をパクパクさせている。


「だって…だって、なんでっ…なんでもりりんがっ…」

そんなつばめの様子を見て、洲矢が耳打ちする。

「分担発表の時に風丘先生言ってたよ。
美術室と図書室は普通教室から離れてるから、霧山先生が監督だって…」

「…相変わらず人の話を聞いていないようですね。
というか、貴方にまでそう呼ばれたくはないんですがねぇ…」

つばめが正に幽霊か猛獣かを見たようなリアクションで指差した先にいたのは、霧山だった。
入り口のドアに優雅にもたれかかり、腕を組んで二人を見つめている。

「まぁ、いいでしょう。それより、お尋ねしたいんですが…」

カツカツと足音を立てながら、霧山は二人にゆっくりと歩み寄った。
そして、二人の目の前で立ち止まると、背後の床を指差して言う。

「あなた方の足下に無惨に転がっているそのヘルメス胸像は何でしょう?」

 「へ、ヘル…?」

「この石膏像のことだよ、つばめ…」

「えっ!? あ、えと、これは…えと…」

霧山に見つめられて、
つばめはしがみついていた洲矢の腕により強くギュッと抱きつく。
それが洲矢に促す合図だと、自分でも悟った洲矢は、怖々と口を開いた。

「あ、あの、僕が石膏像、拭き掃除してたら、うっかり落としちゃって、
それでひびが入っちゃいました…」

「…」

「霧山先生…あの…ごめんなさい…」

「…」

ペコリと真摯に頭を下げる洲矢。しばしの無言。
そして次に洲矢の頭に降ってきたのは、お叱りの言葉でも許しの言葉でもなく…

「…はぁ。」

ため息だった。

「残念です。このような結果は不本意ですが…二人とも、ですね。」

「せん…せい?」

洲矢が顔を上げて、訝しげに霧山の顔を伺う。
霧山はその洲矢の呼びかけには答えずに、ふぅ、と息をつく。

「さて、どうしたものでしょうねぇ…おや、こんなところにいいものが。」

霧山はまた歩き出すと、
使い終わって机の上に置かれていたハタキを優雅な所作で手に取った。

「は、ハタキなんかで何すんの?」

つばめがそう言うと、霧山は振り返ってニッコリ微笑んだ。

「決まってるじゃないですか。
掃除をサボって、備品を壊して、挙げ句先生を誤摩化そうとする
嘘つきの悪い子たちのお仕置きです(ニッコリ)」

その時、二人の表情(特につばめ)は一瞬で凍り付いたのだった。