「離せぇっ 離せよぉっ」


「新堂がちゃんとお仕置き受けて、反省できたら離してあげるよ?」


リビングに運ばれ、ソファに座った風丘の膝の上に乗せられた惣一は、
いつもなら半ば諦めているこの状況になっても、

今回ばかりは諦めきれず必死で抵抗していた。


その原因は明白。

ソファから少し離れたリビングの隅で、

心なしかあわあわした様子にも見受けられる母親の鞠菜の存在だった。


いくらなんだって、14歳にもなって、

母親の前で担任にお尻を出され、叩かれるなんて屈辱耐えられない。
・・・というか、平然と「お仕置き」とか抜かしてくる風丘の言葉も、

膝の上という現時点での状況も、屈辱以外の何物でもない。


必死になって暴れるが、

しかし今まで一度だって力で勝てたことがないのだから、

そんなに都合良く勝てるわけなかった。


「こーら、暴れない!」


そう言うと、風丘はいとも簡単に押さえ込んで、惣一を小脇に抱えてしまう。
上から押さえられているのと違い、

このスタイルでは風丘の体が邪魔になって上半身はろくに抵抗できない。


「今日は暴れそうだしね。さてと・・・」


惣一の上半身の動きを封じると、

次は、と言って風丘は手際よく惣一のベルトをゆるめ、下着ごと引き下ろす。


「!」


「っ!! やめろっつってんだろこの変態バカ教師!!」


さすがに驚いたのか息をのむ鞠菜。
その様子を感じて、惣一は暴言を吐きながら、足を蹴り上げて抵抗する。


「うわっ・・・と・・・こーら、危ない。」


「離せっ っざっけんなこんなのっ!!」


崩れそうになった体勢だが、

風丘は何とか逃がさず、惣一の足を自分の両足で挟み込んだ。
ほとんど抵抗できなくなってしまった上にお尻も出されてしまい、

どうしようもなくなった羞恥を紛らわすかのように惣一は暴言を吐きまくる。
しかし、風丘はどこ吹く風。


「よし・・・では、新堂さん。」


「はい!?」


突然話しかけられ、鞠菜が素っ頓狂な声を出す。


「ご覧になっていて、止めたいと思ったら仰ってください。
さすがに僕も、親御さんの意向を無視してまでお仕置き続けようとは思いませんから。」


「は、はい・・・」


困惑の鞠菜の視線を感じて、惣一がたまらず声を上げた。


「っ!! こっち見んなクソババア!!」


「よし。じゃあ行くよ。」


惣一のその暴言を聞くやいなや、風丘はそう予告して、腕を高々と振り上げた。


バッチィィィンッ


「ってぇぇぇぇっ!!」


「きゃっ」


強烈な一発目に惣一は大声で悲鳴を上げ、その音に驚いて鞠菜は飛び上がる。
惣一のお尻には、綺麗に赤い手形がついた。


「ざっけんな、いつもより痛・・・」


バチィィィィンッ


「うぁぁぁっ!!」


惣一の抗議の声を途中で打ち消すように二発目が落とされる。


「それだけのことをしたんだよ。よく考えなさい。」





バチィィィンッ


「いってぇぇっ」


「どうしてこんなにお仕置きが厳しいのか。」


バシィィィンッ バシィィンッ


「うぁぁっ・・・俺はっ・・・ってぇぇっ! 俺は悪くねぇぇっ」


「・・・」


「っ・・・」


厳しい平手を受けながらも、「俺は悪くない」と言い切る惣一。
その言葉に風丘の平手が止み、沈黙が訪れる。


「な・・・なんだ・・・よ・・・!?」


静かになって、惣一が振り返って風丘を睨み付けると、
5人組なら誰しも良い思い出の無い、静かな「鬼の形相」の風丘の冷たい目と目があった。

そして・・・


「・・・はぁ?」


バッチィィィィンッ バッチィィィィンッ


「ぎゃぁぁぁっ!!」


お尻の下の方、足の付け根に、一発目以上の痛みを伴った平手が右、左と連続で落とされた。
仕上げならいざ知らず、こんな序盤でここまで痛いお仕置きは、
惣一の頭を真っ白にさせ、先ほどまでの威勢を消沈させるに、十分だった。


「今なんて言った。もう1回言ってごらん。」


バシィィンッ バシィィンッ


「ってぇぇっ・・・マジいてぇっ」


威力が弱められても、叩かれる場所が付け根から上の方に変わっても、
先ほどのが強烈過ぎて、口からは「痛い」しか出ない。
しかし、風丘は甘くなかった。


「俺はそんなこと聞いてないんだけどね? 新堂。」


バシィィィンッ


「っぁああ! 俺はっ・・・俺は悪くなぃ・・・って・・・」


バチィンッ バチィンッ バチィィンッ


「ぎゃぁっ・・・あぅっ・・・ってぇぇっ!!」


「それ、本気で言ってる? 

本気でそう思ってるなら大変だね。今日のお仕置きはそう簡単に終わらないね。」


バシィィンッ


「うぐっ・・・」


「新堂の今回の罪状は大体4つかな。

それ全部自分で言えるまではお膝から下ろしてあげないつもりだから。」


「そんなっ・・・!?」


「本気で『俺は悪くない』って思ってるなら

4つ言えるまでにどれくらいお尻叩かれちゃうのかな。
大変だねー 新堂。」


「うぅ・・・」


「さてと。言いたくなったらいつでもどうぞ。」


突き放すようにそう言われ、次の瞬間には平手が振り上げられた気配がする。


「ちょっ・・・待っ・・・」


止めようと惣一が体をひねるも、それは全く抵抗にはならなかった。


バチィィィンッ


「ってぇぇぇっ!!」


バチィィンッ バシィンッ バチィィンッ バチィィンッ バシィィンッ


「ぎゃぁぁっ ってぇっ うぁっ あぁぁっ ってぇぇぇ・・・」


(い、痛そう・・・)


リビングの隅で見守る鞠菜は、赤く染まっていく惣一のお尻を見て顔をしかめた。
可哀想な気もする。

「それくらいで・・・」と言って止めてやりたい気もする。
だが、自分が説教しても「うるせぇな」と突っぱねられ、

数日前のように口喧嘩になって有耶無耶になる結果が目に見えている。
今回のことは中途半端に終わらせられない。
自分の力不足ではあるが、風丘に任せようと心に決めて、

手をぎゅっと握って踏みとどまっていた。


バシィィンッ バチィィンッ バシィィンッ


「うぁぁっ あぁぁっ!! ってぇ・・・うぅっ・・・」


鞠菜がそんな葛藤している中でも、

風丘の平手は止まらず、惣一は悲鳴をあげ続けていた。
しかし、お仕置き前の威勢の良さは半減もいいところである。


「ってぇぇ・・・マジで痛ぇよっ・・・バカ風丘・・・」


グスッと鼻が鳴る。
母親の前だからと張り通してきた「泣かない」という最後の意地さえも陥落寸前だった。


「痛いの嫌なら何か言うことあるんじゃないのかな? 

本気で1つも分からないなんてはずないでしょ。」


そんな惣一の姿を見て、少し呆れたように風丘が言う。


「っ・・・だって・・・俺はっ・・・」


「『悪くない』ってまた言ったら、もう一度付け根に二発いくよ?」


「やっ・・・やだっ!!」


風丘の脅しは効果覿面で、惣一は慌てて口をつぐんだ。


「お母さん相手に素直になれないお年頃なのは分かるけど、

今回はだからしょうがないよね、って言えるレベルじゃないよ。
ほら、何が悪かったの?」


バシィンッ


促すように、弱められた平手に、惣一はノロノロと口を開く。


「んぅっ!・・・家出したっ・・・」


ようやく言った。風丘は内心ふぅと息をつくと、腕を高く振り上げた。


バチィィンッ バシンッ バシンッ バシンッ バシンッ


「うぁぁぁぁっ!」


「正解。次は?」


バシィンッ


「はぅっ お袋の財布から金盗った・・・」


バチィィンッ バシンッ バシンッ バシンッ バシンッ


「ってぇぇぇっ ふぇっ・・・も・・・無理・・・いてぇ・・・」


「分かってるじゃない。あとは?」


「無理」という惣一の涙混じりの訴えは華麗にスルーして、風丘はまた尋ねる。


バシィンッ


「んんっ・・・ぇっ・・・もっ・・・わかんねーよっ・・・」


頭を振って「やだ、分からない」と連呼し、本格的に泣きが入ってきた惣一。
そんな惣一の様子を見て、鞠菜は唖然としていた。


(うわぁ・・・あの子が泣いてるとこ久しぶりに見た・・・)


しかも叱られて泣いてるなんて、小学校に上がってすぐ以来のレベルな気がする。

と、二人の様子を驚きの目で見つめていた。


そして風丘は、「分からない」を繰り返す惣一に、仕方ないなぁと助け船を出した。


「お母さんに対する態度。あぁ、お仕置き始まる前もやってたねぇ・・・」


「・・・あ・・・」


思い当たる節があった様子の惣一に、風丘は微笑んだ。


「分かった? それじゃ、どうぞ。」


バシィンッ


「うぅっ・・・クソババアって・・・暴言吐いたっ・・・」


バチィィンッ バシンッ バシンッ バシンッ バシンッ


「ぎゃぁぁっ いたぁぃっ・・・ふぇっ・・・うぁぁっ!! ふぇぇっ・・・」


「よし。あと1つ・・・なんだけど。」


ヒクッヒクッと膝の上でしゃくり上げている惣一。

そしてそのお尻は付け根から腰近くまで満遍なく真っ赤。
その様子を見て、風丘はしょうがないなぁ、と惣一の腫れたお尻を撫でながら言った。


「今から俺が言ったとおりにできるなら、ここでお仕置き終わってあげる。」


「ふぇっ!?」


唐突な提案に、目を丸くして惣一が振り返る。
風丘がここまで譲歩するのは珍しい・・・と思ったのだが、
次に風丘に耳元で指示を囁かれて、その理由が分かった。


「なっ・・・なっ・・・そんなことっっっ」


「一字一句違わずにね?(ニッコリ)」


それは、ここまでお仕置きされても、それでもやっぱりハードルが高いことで。
惣一は思わず叫んでいた。


「そんなことできるかぁぁぁぁっ」


「・・・ふーん?」


「あ・・・」


風丘の一段低くなった声に、惣一はやってしまったと焦るが時既に遅し。


「言い忘れてたけど。

言うって約束するまで残りのお仕置きは・・・ここ、だから。」


「!? やだっ・・・そんなっ・・・」


ここ、と手でさすられて示された所は、一番叩かれたくない場所。
やめて、お願い、と必死に乞おうとした惣一だが、

そうする隙も与えられずにまた再びあの痛みが襲った。


バッチィィィィンッ


「っ・・・ぎゃぁぁぁぁっ!! いたいぃっ・・・やっ・・・むりっ・・・」


「言うってお約束できる?」


「ふぇっ・・・うぇぇっ・・・」


バッチィィィィンッ


「うあぁぁんっ!!」


「新堂?」


「言うっ・・・言うからぁっ・・・」


だめ押しの一発に、惣一は必死で頷いていた。


「よし、じゃあ行っておいで。」


風丘は容赦なく惣一の下着とズボンを上げると、立ち上がらせ、トンッと肩を押す。
まだ瞳が潤んだままの惣一だったが、

ここで立ち止まればまた何をされるか分かったもんじゃない、と、
お尻が腫れているせいでどこかぎこちない歩き方ながら

風丘の指示を達成するべく歩を進めた。

そして、向かった先は・・・


「え? え?」


リビングの隅にいる鞠菜の前だった。
突然のことに困惑してきょろきょろする鞠菜に向かって、惣一が口を開く。


「あの・・・お袋・・・」


しかし、続く言葉は風丘に遮られる。


「新堂?(ニッコリ)」


「っ・・・分かったよ・・・あの・・・」


「???」


俯く惣一に、鞠菜が頭上に?マークを浮かべている。
惣一は、意を決して言った。


「お、お母さん・・・心配・・・かけて・・・ご・・・ごめん・・・な・・・さい・・・」


「!!!」


風丘が惣一の耳元で囁いた指示は、

鞠菜に「お母さん、心配かけてごめんなさい」と言うこと。
言わされた感満載だが、それを何とか達成して、

羞恥から惣一はとっとと鞠菜に背を向けようとする。


「風丘っ・・・これでっ・・・」


しかし、それは鞠菜の行動によって阻まれた。


「うわぁっ! おいっ・・・何してっ・・・」


鞠菜が惣一の腕を掴んで抱き寄せ、思い切り惣一を抱きしめたのだ。


「あんたはっ・・・何でそんな最初に言わなきゃいけないようなことを、
ここまで叱られて無理矢理言わされなきゃ言えないのよっ・・・」


「お、おい・・・」


その声が涙混じりなのは気のせい・・・ではないだろう。
困ってしまった惣一は、鞠菜の腕の中で身動きとれずにいる。


「私と喧嘩してむかつくことがあっても、納得いかないことがあっても、
もうこんなことするのだけはやめて・・・」


「・・・」


「心配で・・・気が狂うでしょうがっ・・・」


「っ!!」


絞り出すような鞠菜の声を聞いて、

惣一は一瞬身を固くし、その後ゆるゆると自分を抱きしめている母親の姿を見やる。

そして、恐る恐る自分の肩にある鞠菜の頭を撫でた。


「悪かったよ・・・お袋・・・」


口をついた言葉は「お母さん」でも「ごめんなさい」でも無かったけれど。
風丘と約束したから言った「セリフ」ではなく、惣一の心からの言葉だった。






「今回は本当に・・・ご迷惑をお掛けしてっ・・・」


2人が落ち着いた頃合いを見計らって、

「じゃあ、僕は帰りますー」と声を掛けた風丘に、鞠菜は平謝りに謝っている。


「いえいえ。無事解決して良かったです。(ニッコリ)
あ、惣一君、今日はお仕置き終わって冷やしてないから、後で自分でするんだよ?」


「るっせぇ、余計なお世話だ!」


わざとやってる風丘に、惣一は不機嫌そうに言う。
そんな惣一に、鞠菜が苦笑する。


「ちゃんと冷やしなさいよー。

・・・それにしても、学級懇談会で話に聞いて、内心ちょっと馬鹿にしてたけど

あれはほんと痛そうね・・・」


「あぁ・・・マジで・・・って・・・」


鞠菜の言葉を反芻して、惣一が驚愕の顔で鞠菜を見る。


「学級懇談会って何だよ・・・お袋まさか・・・知って・・・」


「たわよ? だって1年生入学式直後の懇談会で、

うちのクラスは叱るときはそういう方針にしますーって風丘先生からお話あったもの。」


「なぁぁぁぁっ!?」


3年生にあがる直前のこの時期まで知らなかった事実に、

惣一が声を上げて風丘を見るも、風丘は当然でしょ?と返す。


「こんな特殊な叱り方、保護者の方の許可得ずにやるわけないでしょ?
説明して、『そういうやり方して欲しくない』って家の方には申し出てもらうようにしてるよ。

今のクラスは誰もいなかったけど。
昔はうちの学校全クラスそうだったけど

今はやるクラス相当少数派だから、よけいちゃんと説明しなきゃだしね。」


「風丘・・・お前・・・」


「んー?」


赴任して早々

自分より年上の保護者集団にそんな説明を軽々出来てしまう風丘のハートの強さに、
惣一は妙な感動すらも覚えるのだった。